空襲の中で自分を捜して…「Apple TV+」映画『ブリッツ ロンドン大空襲』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:イギリス・アメリカ(2024年)
日本では劇場未公開:2024年にApple TV+で配信
監督:スティーヴ・マックイーン
人種差別描写 恋愛描写
ぶりっつ ろんどんだいくうしゅう
『ブリッツ ロンドン大空襲』物語 簡単紹介
『ブリッツ ロンドン大空襲』感想(ネタバレなし)
あのロンドンで空襲の下にいた人たち
1939年9月に勃発した第二次世界大戦。その1年後にはイギリスのロンドンを含めた各都市は大規模な空襲に襲われていました。俗に言う「The Blitz」と呼ばれる空襲で、これはドイツ語で「稲妻」を意味しています。
「バトル・オブ・ブリテン」と称されるイギリス空軍とドイツ空軍の空戦が1940年7月から発生し、ナチス・ドイツによる空からの攻撃はイギリス庶民の生活にも甚大な被害を与えました。空襲は断続的に8カ月あまりにわたって続き、約4万人以上のイギリスの人たちが亡くなり、200万戸の家屋が破壊されたと記録されています。
戦術の結果としては、このナチス・ドイツによる空襲は成果をあげなかったと言われていますが、市民におびただしい犠牲者がでたことには変わりありません。
このイギリスを襲った大空襲の戦火の真っ只中にいた人々を描いた映画が、今回の紹介する作品です。
それが本作『ブリッツ ロンドン大空襲』。
ひとつ事前に説明をしておくべくことがあるとすれば、本作は戦争映画なのは間違いないですが、兵士を主人公にしてはいません。あくまで戦火の街で生きる庶民が主人公です。『この世界の片隅に』みたいなものですね。
『ブリッツ ロンドン大空襲』はその名のとおり、空襲が激しくなっていくロンドンを舞台に、ひとりの女性とその息子の視点を交互にして物語が進んでいきます。
ドンパチするような戦場のシーンはないですが、大作級のスケールになっており、この手のジャンルとしては見ごたえはじゅうぶんです。
『ブリッツ ロンドン大空襲』を監督するのは、イギリス人の”スティーヴ・マックイーン”です。2008年の『HUNGER/ハンガー』で長編映画監督デビューを果たし、一気に注目の監督となり、『SHAME -シェイム-』(2011年)、『それでも夜は明ける』(2013年)、『ロスト・マネー 偽りの報酬』(2018年)と監督作を重ねてきました。
2023年には『Occupied City』というかなり独特なアプローチのドキュメンタリーを手がけたりもしましたが、やはり”スティーヴ・マックイーン”と言えば、自身のルーツである黒人のアイデンティティを描いた作品が印象的。それこそアカデミー賞で最優秀作品賞に輝いた『それでも夜は明ける』は黒人奴隷の壮絶な実態を描いたものでしたし、2020年のアンソロジーの『スモール・アックス』も黒人差別とそれに対抗する社会運動を映し出したものでした。
実は今回の『ブリッツ ロンドン大空襲』も、主人公の親子のうち、子どもは黒人となっています。
”スティーヴ・マックイーン”監督によれば、この当時の写真の中に「疎開のために駅に佇む大きなスーツケースを持っている小さな黒人の子」を写したものが1枚あって、その写真にインスピレーションを受けたそうです。その子が実際はどんな人生を送ったのかはわかりませんが、この映画をきっかけに知っている人からの連絡があったりするかもしれないと期待して…。
『ブリッツ ロンドン大空襲』で主演するのは、若手の中では頭ひとつ飛びぬけてすでに大女優感が漂っている“シアーシャ・ローナン”。
共演には、“ポール・ウェラー”など明らかにミュージシャンの人を多く配置しており、たぶんこれは”スティーヴ・マックイーン”監督の趣味なのかな。音楽もひとつの題材になっている映画でもありますし。
ということで”スティーヴ・マックイーン”監督のやりたいことを全部詰め込んだ「戦火の庶民たちに寄り添う」戦争映画という感じです。
これだけ大作として映像のクオリティも素晴らしいのに、日本では劇場公開されないという悲しい現実…。「Apple TV+」での独占配信なのですが、いろいろもったいない…。
観れる機会があれば、ぜひなるべく大きい画面で鑑賞してください。
ちなみに猫は無事です。
『ブリッツ ロンドン大空襲』を観る前のQ&A
A:Apple TV+でオリジナル映画として2024年11月22日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :当時を追体験 |
友人 | :題材に関心あれば |
恋人 | :恋愛要素は少しあり |
キッズ | :戦争の歴史を学ぶ |
『ブリッツ ロンドン大空襲』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
1940年9月、激しく火の手があがるロンドンの街。消防士が必死に消火活動にあたっています。しかし、炎の勢いは全くおさまる気配はなく、ホースによる放水も虚しいです。建物は倒壊し、残骸が広がっていきます。
この火災は空襲によるものでした。そして爆弾は今も空から落ちてきて…。
ロンドンのステップニーにて、リタ・ハンウェイは9歳の息子のジョージとベッドの上で戯れていました。そのとき、空襲警報が鳴っているのが聞こえてきます。
2人は父と猫を連れて急いで夜の街に飛び出し、近くの駅の地下に避難しようとしますが、ここはもう入れないと言われてしまい、駅の前で群衆はパニックになっていました。爆弾の音が聞こえ、なんとかゲートが開いて、市民は地下になだれ込みます。
ひと息つき、リタの父はジョージは疎開させるべきだと言います。確かにもはやいつ何が起きてもおかしくありません。一刻を争います。
家に戻った後、疎開の準備をします。ジョージは母が来れないことが不満のようですが、リタは「空襲が終わるまでの辛抱だから」と言い聞かせます。それでもジョージは寂しさを口にします。そこでリタは自分がつけていたジョージの父のネックレスをジョージの首にかけてあげます。
ジョージの出発の日。リタの父はイジメに負けるなと言葉をかけ、送り出します。そしてリタとジョージはバスに乗って駅に向かいます。
駅のホームは大勢の子どもたちでごった返していました。みんな疎開する子たちです。ジョージはまだ不満で、母に「嫌いだ」と言い残して走って列車に乗ってしまいます。リタは懸命に窓越しに声をかけますが、ジョージは顔を向けることはありません。無情にも列車は動きだします。
息子がいなくなり、リタは気持ちが沈んでいました。リタは他の多くの女性たちと工場で働いています。ここで作っているのはアマトールという爆薬による大型の爆弾です。慣れた作業でどんどん爆弾が量産されていきます。
その頃、列車内で他の子たちにジョージは揶揄われ、言い返します。目の前に座っていたキャシーという女の子だけ味方をしてくれました。ジョージはロンドンにいた頃も同年代の子にイジメられていました。黒人ということで、嫌なことをよく言われます。落ち込むジョージに母と祖父は歌を歌って励ましてくれました。
家に戻りたくなったジョージは走行中の列車のドアを開け、思いきって飛び降ります。
一方、リタはBBCの軍需工場の工員を取り上げる放送に出演し、得意の歌を披露していました。その歌声はラジオで各世帯に流れます。リタはジョージにも歌が届くと願っていました。
そのジョージは線路を引き返すようにひたすら歩いているとも知らずに…。
人種的アイデンティティを見つける
ここから『ブリッツ ロンドン大空襲』のネタバレありの感想本文です。
『ブリッツ ロンドン大空襲』は疎開先への列車移動中に離脱してロンドンに戻ったジョージと、そのロンドンで健気に生活を続けるリタ、2人のパートが交互に展開されて進行します。とくにジョージの視点のパートは、予想外のことがどんどん起きていく巻き込まれ型の旅路となっており、目が離せませんでした。
序盤は反対方向の列車貨物でトミー、アーチー、イアンという3人の幼い白人の兄弟と出会い、関係を深めたりして、いかにもジュブナイルっぽい雰囲気で楽しくなってきます。『スタンド・バイ・ミー』みたいだなと思ったら、兄弟のうちのひとりが列車に無惨に轢かれる瞬間を目の当たりにするという…。ここだけ“スティーヴン・キングが考えたのか…っていうほどのショッキングな出来事です。
そしてジョージはロンドン市街地を彷徨う中、自身の人種的アイデンティティと向き合うことになるのが印象的。もともと母のリタがクラブで黒人男性のマーカスと知り合い、その間に生まれたようですが、マーカスは白人との喧嘩の騒動で一方的に逮捕されてしまい、その後に行方不明。ジョージは父の顔も知らず、私生児として白人家庭の中で育ってきました。
当然、母も祖父も白人なので、たとえ血の繋がった親であっても、黒人としてのアイデンティティの尊さを説得力を持って語ることなんかはできません。
当初は、自分にとって「肌が黒い」ということはイジメの原因にもなるし、アイデンティティも何も感じていないようでしたが、イフェというナイジェリア出身の警官に保護されて、黒人としてのアイデンティティに誇りを持つことに自信がつくようになります。
直前に大英帝国の奴隷文化の展示の中を歩いたりと、本作は一種のアイデンティティ探しの旅路にもなっていました。最終的に出会ったイフェは避難場でも人種差別を許さない姿勢を明確に示すなど良識人で、「僕はブラックだ」とジョージが明言できるようになる導き手として、理想的な存在でした。
この戦火の時代におけるイギリスでの黒人差別の日常というのはなかなか描かれないものですから、本作はジョージという迷える目線を通してその世界探索をみせてくれる新鮮さがありました。
ただ、やはり戦火なので残酷な展開が遠慮なく起きます。イフェも死んでしまうし、その次はアルバートとかいう奴に火事場泥棒の仕事を強要されるし、そこから逃げたと思ったら地下駅で浸水で溺れかけるし…。
なお、あの演奏パフォーマンス中に爆撃で死亡する黒人の人物は、“ケン・スネークヒップス・ジョンソン”という実在のスウィングバンドのリーダーで、実際にこういうふうに亡くなったそうです。
また、駅の地下のホームが突然の大量の水が押し寄せて大パニックになるシーンも、実際にあった出来事だそうで、大勢が亡くなりました。
本作はジョージという架空のキャラクター(一応は前述したとおり、ある写真に写っていた子をモデルにしているけど)のプライベートな自己探求を軸にしつつ、史実の出来事を上手く織り交ぜて戦争体験を映像化できていたと思います。
リタの視点はやや平凡だけど…
『ブリッツ ロンドン大空襲』のもうひとうのパートであるリタの視点ですが、こちらについては個人的にはジョージのパートと比べると、だいぶ見ごたえは劣るかなというのが正直な感想です。
まず“シアーシャ・ローナン”演じるリタが、かなりベタな「戦火でたくましく生きる薄幸の美人女性」という人物像そのまますぎるというのもあるのですが…。リタ自身が物語の推進力になるというよりは、リタの周囲でいろいろなことが起き、その中にリタは佇んでいる感じで終わってしまっているのがもったいなかったです。
例えば、あの軍需工場で「地下鉄駅の開放を!」とシェルターを求める抗議でマイクを奪って乱入する女性たちとか、はたまた社会主義者や共産主義者と非難されようとも気にせずに共同避難者生活コミュニティを築き上げるミッキーなど、リタの周囲にいる登場人物のほうがもっと物語を見てみたいと思える魅力があったし…。
シングルマザーとして屋台骨で社会を支えている女性に焦点をあてていくのは良いのですが、今作のリタの女性像は下手すると戦時中のプロパガンダとして推奨される女性像になりかねないところもあるので、ちょっと危うい表象ではあったかな、と。
『戦時下 女性たちは動いた』というドキュメンタリーでもわかるとおり、かなりあの時代の女性たちは「プロパガンダとして女性を利用しよう」という勢力と、「そうなってたまるか!」という反対運動の間で翻弄されていたわけで、たぶんリタみたいな女性がいたら真っ先にプロパガンダの材料として狙ってくる輩はわらわらと出てくると思うし…。
結局のところ、本作のリタはジョージの帰りを待つという役割くらいしか存在意義がないのが残念だったので、もう少し別の役目をプロット上で与えるか、いっそのことほとんど描かない方向にするのがベターだったのではないか…。“シアーシャ・ローナン”の存在感を活かしきれずに(もしくは存在感に負けてしまって)終わったところはあったかもしれません。
そんなこんなで半分は新鮮で半分は平凡な味わいという、混ぜると何とも言えない完成度ではあった『ブリッツ ロンドン大空襲』でしたが、全体としては良質に仕上がっているので、堪能することはじゅうぶんにできました。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
作品ポスター・画像 (C)Apple
以上、『ブリッツ ロンドン大空襲』の感想でした。
Blitz (2024) [Japanese Review] 『ブリッツ ロンドン大空襲』考察・評価レビュー
#スティーヴマックイーン #シアーシャローナン #第二次世界大戦 #イギリス史 #空襲