ジェニーの記憶
映画『ジェニーの記憶』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:The Tale
製作国:アメリカ(2018年)
日本では劇場未公開:2019年にAmazon Primeで配信
監督:ジェニファー・フォックス

ジェニーの記憶

あらすじ

ジェニファーは昔を思い出していた。それは13歳の頃。彼女は乗馬を学ぶためにサマーキャンプに来ていた。そこで出会ったのはコーチとなる女性と男性。まだ未熟だったジェニファーにとって二人は聡明な大人に見えた。馬の扱いも上手くなり、ますます二人を信頼していく。そして、ある日、ジェニファーはさらに深い関係になる。

ネタバレなし感想

児童性的虐待の問題の本質に迫る衝撃作

最近、日本で起きた性犯罪をめぐる裁判で無罪判決が相次いだことが大きな話題になりました。なかには父親による未成年の娘への性的暴行虐待が疑われたケースもあり、それさえも平然と無罪になってしまう状況に疑問と怒りの声をあげる人もさすがに目立ちました。

「日本は法治国家だから司法は絶対だ」「司法の判断で無罪となったら文句は言えない」と高らかに主張する人もいますが、司法を疑い、時に改善を求めることも法治国家には大事な要素です。

そして性犯罪において日本の司法や世論の認識は大きな問題を抱えていることが専門家や性被害者からも指摘されていますが、その意見はなかなか反映されていません。
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なによりも根本的に問題なのは「性犯罪」というものの特殊性です。この性犯罪はなかなか他の犯罪と同列に扱うことが難しい、固有の問題性を抱えています。しかし、そのことが理解されていないがゆえに、性犯罪が起こるたびに偏見が増長していくという悪循環に陥っています。

例えば、前述したような未成年が性犯罪の被害者になる事例。これについても未成年の性被害者の方を非難する意見も決して珍しくありません。「迂闊な行為で自業自得だ」「愛情があったゆえの行為なのでは?」「相手の男を陥れるために被害を訴えたんじゃないか」…そんな部外者からの言葉の数々。それらの浴びせられる言葉に対して被害者が反論することは基本ありません。それはなぜか?

この問題の根深い構造を映画というメディアを巧みに使って、児童性的虐待の被害者である当事者の心理を生々しく映し出した作品があります。それが本作『ジェニーの記憶』です。

本作について一番に特筆すべきは、この物語は監督である“ジェニファー・フォックス”の実体験に基づくということ。児童性的虐待の被害者本人が監督として映画を作ったのです。“ジェニファー・フォックス”はもともと著名なドキュメンタリー作家だったのですが、そんな彼女が自伝的映画に挑戦というだけでもトピックになるのに、この衝撃的な題材。

ただ、本作は同じ児童性的虐待を題材にした映画である『トガニ 幼き瞳の告発』のように、酷い性犯罪の実態を暴き出す、怒りに満ちた社会派な作品…とは違います。あまり言及するとネタバレになるので避けますが、アプローチが異なるんですね。とにかく言えるのは、児童性的虐待の被害者の苦悩がこれでもかというほど伝わってくるということ。静かに強烈な映画です。なによりこれほど性犯罪のリアルに迫った映画はないのではと思うほど。

インディペンデント・スピリット賞でも作品賞・脚本賞・編集賞にノミネートされ、主演をつとめた“ローラ・ダーン”の名演にも称賛がおくられています。2018年のアカデミー賞はヒット大作に注目が集まったせいか、本作に光があたることがなかったのは残念。それでもこの『ジェニーの記憶』はその年に最も衝撃を与えた一作なのは間違いありません。

本作を観ると、性教育の大事さを痛感します。そして子どもだけでなく子どもたちを取り巻く大人こそ正しい性に関する知識を知るべきだと肝に銘じるばかりです。でも大人が性教育を受ける機会なんて子ども以上にないんですね。ましてや性行為経験さえあれば性を熟知したと勘違いしがちです。そのためにも本作のような映画が大きな役割を果たすのではないでしょうか。

本作は日本では劇場公開されず、一部の映画専門チャンネルで放映されましたが、2019年4月に「Amazon Prime Video」でも配信されたので比較的見やすいと思います。

内容が内容なだけに躊躇する人もいるかもしれませんが、普通にドラマ映画として非常に完成度の高い一作です。見逃すのはもったいないでしょう。

オススメ度のチェック
ひとり◎(ショッキングだが観る価値は大)
友人◯(議論を呼ぶ内容)
恋人◯(議論を呼ぶ内容)
キッズ✖(子どもへの性的な描写あり)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

美しい出来事から物語を始めよう

『ジェニーの記憶』はかなりトリッキーな見せ方をしてくるために、私も最初は頭に「?」が浮かぶほど、理解に一瞬の熟慮タイムを必要としました。でもその意図がわかると“なるほと”と納得がいくと同時に、この映画がやってみせた非常に高度な映画的才能と自分自身を題材にするうえでの懸命な姿勢のコラボレーションに“なんて凄い事しているんだ”と感服しました。

主人公は年齢も40代となった中年の女性ジェニファー。優れたドキュメンタリー作家として世界中でカメラを回すかたわら、教授として若者たちにも講義をする、順風満帆なキャリアを送っています。ある日、スマホの留守電メッセージに母から執拗に電話がかかってきているのに気付きます。どうやらジェニファーが子どもの頃に学校で課題かなにかで書いた「ストーリー」を偶然見つけて読んだようで、その内容に酷く動揺しているようでした。

そして、ジェニファーの様子も少しおかしくなります。取材先で撮った動画を編集していると突然のフラッシュバックに襲われ、パートナーのマーティンとベッドを共にしているときもどうも集中ができません。マーティンにはその理由をこう説明します。「その“ストーリー”は、私が最初に付き合った“ボーイフレンド”について書かれたもので少し“年上”で、母も知らなかったから驚いているだけ」と。

翌日、母からその例の“ストーリー”が綴られた紙が送られてきて、電話もかかってきます。やはりなおも語気を荒げる母に対して「騒ぎすぎよ」と落ち着いて諭すジェニファー。しかし、その課題を採点した当時の教師のコメントにはこうありました。

もしこの話が現実に起こったことなら、あなたは虐待を受けていたことになる。とはいえ綴られた感情に女性への成長が見える」

ここで本作はジェニファーが自分の記憶をたどるというかたちで、過去パートへと移行していきます。

「まずはこの美しい出来事から物語を始めよう」

『ジェニーの記憶』が児童性的虐待を題材した作品を知ったうえで鑑賞し始めた観客にとって、この導入は混乱します。なんといっても40代にもなるジェニファーは性被害を受けたという自覚もないのですから。

そのためこの手の題材にありがちな陰惨な性犯罪がスリラー映画風に描かれていく展開はありません。“私はこんな被害を受けたんだ!”と告発することすらありません。それどころか子ども時代の思い出のアルバムをめくるように、当時の記憶が非常にあやふやなかたちで再生されていく。そういう意味ではミステリー要素の漂うジュブナイルドラマみたいです。

それこそが児童性的虐待の問題の本質を浮き彫りにする巧妙なアプローチなのですが。

揺らいでいく美しいはずの記憶

過去パートが始まってそうそうにびっくりなのが、その過去パートで登場する人物、さらには昔の自分とさえも、“今”の自分がナレーションみたいな立場で対話するという演出が挟み込まれること。

例えば、“先生”のもとに馬術を習いに初めて訪れた昔の自分に対して、「なぜこの話を書いたの?」と尋ね、昔の子ども時代の自分が「今までの私には書くべき体験がなかった」とカメラ目線的に観客側を直視して答える。

デッドプールとかがよくやる第4の壁の突破ですね。もちろん本作のこのメタ演出はふざけているのではなく、自分でも不確かな記憶をたどっているということを表す映画的技法。ただこれだと「信頼できない語り部」状態であり、観客もジェニファーのこの過去パートがどこまで真実なのか半信半疑で鑑賞することになります。

そう思っていたら“信頼できなさ”を突きつける展開が。今のジェニファーが母のところにあるアルバムを見て当時の自分を思い出そうとしていると、母が「それは15歳の頃よ。13歳はこっち」と指摘。そこにあったのは明らかに想像していたよりも幼い見た目の女の子の写真。ジェニファー自身も幼さにショックを受けます。

つまり、先ほどの過去パートのジェニファー(ジェニー)の見た目は15歳なのでした。そして作中では先ほどの過去パートが“正しい”13歳の姿で再演されていきます。これだけで観客には印象がガラッと変わります。不安も一気に増します。

また当時の関係者に今のジェニファーが会っていくと、“先生”の夫の存在や、他にその場にいたアイリスという大学生の子など、結構記憶から消去されている人間すらいることもしだいに明らかに。自分の記憶が都合よく捏造されていることを痛感しながら、過去パートは修正を重ねつつ、進んでいきます。

そんなことも露知らず、作中の過去パートの13歳のジェニーは、「彼女ほど美しい人を見たのは初めて」と“先生”に夢中。そんな“先生”の隣にいたビルという男性にも憧れを抱き、もともと大家族で自分の居場所を感じていなかったジェニーは、この“先生”とビルのいる場所に幸せを感じていき…。

そしてその関係性は一線を超えます。

13歳のジェニーはビルの家にひとりで泊まることに。

ここでも自問自答は続きます。「なんて答えただろうか」「YESと言ったか」…しかし、13歳のジェニーは「これは私の人生、あなたじゃない」「ビルは良い人」だと今の自分に名言。

そして「君は特別だ」などとビルに言われ、そのまま上半身の衣類を脱ぎ、裸になるジェニー。また、別の日にはビルと出かけ、体を重ねるのでした。愛する人との愛に溢れるセックスとして…。

ジェニーの記憶

被害を自覚する難しさ

『ジェニーの記憶』は児童性的虐待の問題性の本質を痛烈に自己批判を交えて描きだしています。

ひとつは児童性的虐待の被害者が“自分は被害者なんだ”と自覚することの難しさ

作中ではマーティンに例の“ストーリー”を盗み見られ、「これはレイプじゃないか」と詰問される場面がありますが、40代のジェニファーは「当時はそんな風に考えていなかった」「私は被害者じゃない」と頑なに認めません。また、母親にさえも「なぜやめなかったの?」と聞かれ「愛よ。特別だと思われたくて」と返答。被害どころか愛として認識しています。

そんなジェニファーもビルと同じ40代になり、ビルと同じ年齢に。あの出来事を客観視できるようになり、やっと被害者としての自分の見つめ直しが始まります。そして終盤、幼いジェニーとの自問自答。「私は愛されていた」と自信たっぷりの13歳のジェニーに対して、「これから(ビルに)会いに行く」と告げる40代のジェニファー。完全なる決別。被害者としての自覚とスタート。そして、いざ出会った今のビルはジェニファーのことを覚えてもおらず、それでも「セックスのたびに吐いた」と被害を訴え、逃げるように出ていくビル。このあまりの現実の“美しさのなさ”が“ストーリー”とのギャップになっていて余計に辛く…。

でもこれこそ児童性的虐待に限らずですけど、性被害者が直面する苦しさ。自分の尊厳に自分でナイフを突き立てなければならないような“やるせなさ”です。

また、作中でも描かれていましたが、このジェニファーのような体験を他の多くの人もしているのではないかと投げかける不吉さもありました。講義でジェニファーはおもむろに受講している若い女性に対して「初めてセックスしたときのことを聞かせてくれる?」と尋ねます。一瞬びっくりしなからも「17歳」のときだと答え、「初体験を楽しんだ?」という質問にも「ええ、まだ子どもで何をしているかはわからなかったですけどね」とあっけらかんと口にする女性。

その姿をじっと見つめるジェニファーは、ついこの間までの無自覚な自分を見ている気分だったことでしょう。

レイプとしてのセックスと、レイプじゃないセックスの違い。大人だってこの違いについて共通認識を持てていないのに、それで被害者かどうかを自覚するというのは…難題です。

歪んだ大人がそそのかした創作

『ジェニーの記憶』が生々しく映し出す児童性的虐待の問題性の本質のもうひとつが、“子どもの自己決定権”を都合よく誘導する大人の存在

子どもと言えど、自分のことは自分で決める…それが大切なのは百も承知。でもやはり子どもである以上、未熟な部分もあります。ましてや“性”に関してはなおさら知識不足(ときに大人でさえも)。

そこをつけ狙うのが児童への性犯罪です。

作中のビルと“先生”のように言葉巧みにジェニーを誘い、優しく接してコントロールしていけば、“同意”も何もかも自由自在。あとは子どもが勝手に物語を創作してくれますから。本作の原題「The Tale」が示すとおり、作中のジェニーは自分で自分の物語を創り上げたつもりになっていますが、本当は上手い具合に悪意を持った大人に操作されているだけ。

子どもに自由を与えます…そんな一見すると子どもの味方と捉えてもよさそうなことを言う大人ほど信用するのは危険なのか。少なくとも、子どもに“物語を創作させる”ようなことを大人がそそのかすことは絶対にあってはならないですね。それは本当の意味で自由ではありません。

一方、『ジェニーの記憶』は、そういう創作の怖さに対して、同じく創作というアプローチでやり返す構成になっているのが凄いです。監督の“ジェニファー・フォックス”は、本作を作りあげることで、自分で自分の物語をまたも創作してみせました。そしてそれは自分の性被害に向き合う物語であり、作中の13歳のジェニーがやったこととは真逆なんですね。

だから本作はひとつの答えでもあります。歪んだ創作によって壊れた人生は、正しい創作によって再スタートできると。そのメッセージ性こそ一番の心に訴えかけてくるものでした。

今のところ、性犯罪をテーマにした映画ではこれを超える作品は私は思いつかないほど、重大な一作だと思いますし、性犯罪に関心のある人、性犯罪を題材にした作品を作りたい人は、絶対に観るべきマスト・ムービーではないでしょうか。

“ジェニファー・フォックス”監督の勇気にあらためて敬服。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 99% Audience 85%
IMDb
7.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 9/10 ★★★★★★★★★

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作品ポスター・画像 (C)HBO Films