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『ミナリ Minari』感想(ネタバレ)…アメリカの地にアジアは育つのか

ミナリ

アメリカ社会で生きてきたアジア系を今こそ描かなければ…映画『ミナリ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Minari
製作国:アメリカ(2020年)
日本公開日:2021年3月19日
監督:リー・アイザック・チョン

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みなり
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『ミナリ』あらすじ

農業での成功を目指し、家族を連れてアーカンソー州の高原に移住して来た韓国系移民のジェイコブ。荒れた土地とボロボロのトレーラーハウスを目にした妻モニカは不安を抱くが、長女アンと心臓を患う好奇心旺盛な弟デビッドは親に従う以外はなかった。やがて毒舌で破天荒な祖母スンジャも加わり、デビッドと奇妙な絆で結ばれていく。しかし、思い描いていた理想は遠く、追い詰められた一家に、思わぬ事態が降りかかり…。

『ミナリ』感想(ネタバレなし)

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アジア系が迫害されている今だからこそ

コロナ禍は世界中で深刻な健康被害を発生させましたが、他にも無視できない問題がありました。それはアジア系へのヘイトクライム(憎悪犯罪)です。

アメリカでは主要16都市で2020年にアジア系市民に対するヘイトクライムの件数が前年比2.5倍に急増したことが明らかになっています。刃物で刺されたり、突き倒されたり、被害例はさまざまで、死者も発生。寺が放火されたり、連続銃撃事件も勃発しており、現地で暮らすアジア系の人たちは戦々恐々としています。

この背景にはもちろんドナルド・トランプ前大統領が新型コロナウイルスを「チャイナ・ウイルス」と呼ぶなど、「パンデミック=アジア人が原因」という誤った偏見を拡散させたことも大きいです。

しかし、アジア系というのは昔から差別されてきた歴史がありました。どうしても今はアフリカ系やラテン系に注目があたりがちで、アジア系は蚊帳の外になっていることもあったものです。でもアジア系への差別は根深く存在する。それが今、感染症という不安によって露骨に表出しているのでしょう。

もちろんこれを黙っているわけにはいきません。アメリカは政府もこの問題に動き出し、市民レベルでも抗議集会が行われています。アジア系の俳優などもこの非常事態に声明を相次いで発表し、差別への断固たる姿勢を呼びかけました。

そんな中で、今回紹介する映画の意義はとても大きいと思います。それが本作『ミナリ』です。

タイトルの「ミナリ」って何のことなのか…それは作中でわかるので観てのお楽しみとして、本作はアメリカに移住してきた韓国系アメリカ人の家族を描いた物語。淡々としたストーリーながらも、そこにはこのアメリカという新しい大地でなんとかして根を張ろうともがくアジア系のマイノリティの姿が映っています。

まさに現代のアメリカ社会で不可視化されてきたアジア系の生き様をハッキリ示す映画であり、本作が本国で2020年に公開されたのも運命的でした。

『ミナリ』は各映画賞で非常に高く評価されており、その評判も納得の出来栄え。2019年の『パラサイト 半地下の家族』に続いてまたもアジアな映画が旋風を起こしているのは嬉しいです。

しかし、そこにも“作中の大部分の言語が韓国語だから”という理由でゴールデングローブ賞の作品賞の対象になれないなど、アジア系差別が滲み出ており…(結局、外国語映画賞を受賞しましたが)。

『ミナリ』がそんな有害な偏見を変えるきっかけになればいいのですが…。

監督は“リー・アイザック・チョン”という韓国系アメリカ人で、この人物は日本も要注目です。なぜならハリウッド版の『君の名は。』の監督に抜擢されているのですから。私も正直、最初はこの映画企画もたいして期待してなかったのですが、『ミナリ』を観てしまうとひょっとするとアメリカ版『君の名は。』も凄い名作になるんじゃないかとワクワクしてくる気持ちも…。

俳優陣は、ドラマ『ウォーキング・デッド』でおなじみで、『バーニング 劇場版』でも絶賛された“スティーヴン・ユァン”。『ミナリ』では父親役を演じています。

加えて『海にかかる霧』や『ファイティン!』に出演してきた“ハン・イェリ”が母親の役。そして物語上とても重要な役にしておそらく多くの観客の印象に刻まれるだろう名演を見せるのが祖母を演じる“ユン・ヨジョン”です。『ハウスメイド』(2010年)、『チャンス商会〜初恋を探して〜』(2015年)、『チャンシルさんには福が多いね』(2019年)など数多くの韓国映画で活躍してきた名俳優ですが、ついにハリウッドでその名を轟かすとは。今回の『ミナリ』の演技で助演女優賞も期待されるほど。

子役の“アラン・キム”“ネイル・ケイト・チョー”は本作で俳優デビューだそうで、今後にも期待。なかなかアジア系で子役が主役を張ることもまだ少ないですが、チャンスが増えてほしいです。

“ブラッド・ピット”の映画製作会社「PLAN B」と、あの信頼マークの「A24」がタッグで送る『ミナリ』ですからね。その点でも映画ファンは見逃せません。

日本の地を離れたことのない人々の中には関係ないと思う人もいるかもしれません。でも世界には『ミナリ』で描かれるように新天地で生きづらさに耐えながら粘ってきたアジア系の人たちがたくさんいる。その人たちのおかげで支えられているものもいっぱいある。

そのことを心にとめながら『ミナリ』をぜひ鑑賞してみてください。

オススメ度のチェック

ひとり 5.0:見逃せない名作
友人 4.0:シネフィル同士で
恋人 3.5:家族について語り合う
キッズ 3.0:大人なドラマです
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ミナリ』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):これが家?

トラックの後ろを車がついていきます。その車の後部座席には小さな男の子。名前はデビッド。この子の家族は韓国系で、アメリカのアーカンソー州の高原に引っ越してきたのです。

父の名前はジェイコブ。新天地で農業を成功させようと野心に燃えています。母の名前はモニカ。熱意に燃える夫に付き従ってここまで来ました。デビッドには少し年上の姉もいて、アンという名前です。まだ幼さもありますが、姉として大人の空気を読んでいます。

到着した場所。そこは殺風景な林の中の草原しかないところ。その場所にポツンとある家。いや、正確には家というよりは下に車輪のついているトレーラーハウスのような平屋の建物です。見るからにお粗末であり、これで本当に大丈夫なのかと心配になる貧相さ。

「これが家なの?」とモニカは唖然。思わず「酷い」と言ってしまいます。でもジェイコブはやけに満足そうで、「この土がいいんだ」と力説。彼にとっては家よりも農業の土地としての価値しか見えていないようです。

デビッドは状況も理解していないので、なんだか新しい遊び場のような気分です。父の言うことにも無邪気に従っています。

でもデビッドは外で元気に遊べません。実は心臓に病気があるのでした。モニカはデビッドの血圧を測り、いつも健康に気を遣っています。

引っ越したはいいものの、すぐに農業で利益は出せません。ひとまず近くの孵化場で雛の性別判定の仕事で収入を得ることにします。ジェイコブとモニカはベテランの鑑定士として紹介されますが、職場の空気は冷たいです。「アンニョンハセヨ」と隣の女性に挨拶されるモニカ。「みんな韓国人ですか?」と聞くと「何人かは」と返事が返ってきます。

親が仕事している間、デビッドは暇そうです。父と外で休憩していると、煙突の煙に興味を持ちます。「オスの雛は廃棄されるんだ」と父は説明。デビッドにはよくわかりません。以前暮らしていたカリフォルニアの話をしつつ、この新天地は広い土地があるから凄いだろとゴリ押しする父。「母さんにそう言え」と息子を誘導します。

モニカはまだ家に不平不満がありました。案の定、大雨が来て、家は危なっかしいほどの状態に。竜巻でもくればこの家は一溜まりもなく、電気も不安定で消えたりしています。「警報じゃないから大丈夫」とジェイコブは謎の自信を見せるのみ。

とうとうモニカは耐えかねて大声で夫を怒ります。それに対してジェイコブも「子どものためなんだ! 俺は家を養ってきた!」と反論。「私たちにチャンスはない」とモニカは悲観的です。

翌朝。親の喧嘩を目撃し、子どもたちは気まずそうに母を見つめます。「引っ越しするの?」と聞くと、母は「しない。かわりにおばあちゃんがくる」と一言。

こうして家にモニカの母(スンジャ)がやってきて、5人暮らしとなりました。スンジャはマイペースで掴みどころのない人です。デビッドはこの祖母がどうも苦手でした。

農業はやっと協力者の助けもあって作物を植えるところまでいきます。それでも順調とは言えません。

「もし上手くいかなければお前は子どもと家を出て行ってもいい」とジェイコブはモニカに告げますが、それはあまりにも無責任すぎます。

そしてこの家族にさらなるトラブルが…。

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雛の雄は捨てられる

『ミナリ』は淡々とした物語ですが、そこにアジア系アメリカ人の暮らしのリアルな苦悩が映し出されています。監督の“リー・アイザック・チョン”の経験を基にしているとか。

ジェイコブが何もない草地で農業を成功させようと奮闘する姿自体が、アメリカ社会でアジア系が健やかに根を張り育つことの難しさを暗示させているようでもあります。

家族の柱(と本人は思っている)であるジェイコブは、非常にアジア系に典型的な家父長制で家族をまとめようとします。当然ながらそれは上手くいきません。希望的観測で始めた農業もすぐに現実を思い知らされます。

対する妻にして母であるモニカは家父長的な夫の態度に耐えるしかできません。加えておそらくアメリカでのアジア系への蔑視もまたモニカを追い込む要因になっているのでしょう。夫と差別、二重苦です。

ここでこの夫婦はニワトリの雛の雌雄鑑別の仕事をしているのが意味深いです。ニワトリは卵を産む雌に価値があるので、雄は用済みになって廃棄されてしまいます(動物虐待として今も批判されている)。この鑑別は地味そうですが、実はものすごく熟練のスキルが必要で誰でもできるわけではありません。つまり、あのモニカは相当な実力の持ち主であり、たぶん夫よりもキャリアアップするだけの才能を持っているんですね。でも夫の願望のために自分は引っ込むしかない。

さらにこの雛の雌雄鑑別で雄が捨てられるという部分に、ある種の家父長制へのカウンターがこもっているとも解釈できます。

一方で子どもたちはというと、姉のアンは両親の歪なバランスを敏感に感じ取っており、かといって自分では何もできず、無力さを痛感しています。作中での影は薄いですが、それこそアジア系女性の立ち位置をリアルに反映しているとも言えなくもない。

しかし、一番下のデビッドは実に奔放。まだ幼いので事情もわかっていないですし、かなり無垢に父を慕っています。ジェイコブも息子を「男の絆」で繋げようと躍起。けれどもデビッドは心臓が悪いという理由で活発に動けず、要するに「男らしさ」を発揮できない。不良品の雄の雛のごとく…。

『ミナリ』はこの家族の「人種とジェンダー」を風刺するような象徴的な構成が絶妙だと思います。

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孫vs祖母の対決

そんな家族に加わることになる祖母のスンジャ。モニカとしては子どもの世話係はもちろん、夫の圧力の緩衝材になればいいという算段なのかもしれません。母を前に思わず涙するモニカが心苦しいです。

このスンジャがまた面白いキャラクターで、こう言ってはあれですが、とても韓国的というか…。

もう人種差別とか、女性差別とか、全く歯牙にも掛けない…己の世界観で全てを突っ切るパワーの持ち主です。子どもに対しても同じで、良い大人として振舞おうという気遣いもゼロ。

子どもの前で花札を口汚く教える姿とか笑っちゃいますし、お土産で持ってきた栗を悪気もなく口でむいてくれる場面ですごく嫌そうなデビッドの顔とかも。格闘技をテレビで満喫する姿も妙ちくりんです。とにかくデビッドにとってはこの祖母は敵認定となります。なんだこいつ、変だぞ…と。

デビッドがおねしょしてしまったときに、「ペニス、ブロークン」とあまりにデリカシーなくシンプルな英語で表現する祖母ですから、まあ、デビッドの未熟なひと欠片の男らしさもズタズタになりますよ。おばあちゃんを「韓国臭い!」と不快感を露わにするデビッドと、「あんた、韓国、知らないでしょ」というツッコミがもうシュール。デビッドにとってはとにかく異形な生物なんだろうな、あのおばあちゃん…。

物語が提示する大きなテーマである「保守的な諸々との対峙」がこうも「デビッドvsスンジャ」というしょうもない対決に集約されていくのがなんとも可笑しいです。

デビッドにしてみればクッキーとかを焼くアメリカンなおばあちゃんのイメージしかないから、あれは本物のおばあちゃんじゃないと拒絶する。あげくにおしっこを飲ませる暴挙に。

でもそれで体罰を父から受けそうになり、そこでスンジャが「こんな可愛い子を叩くのか。小便くらいで」と擁護する姿もユーモアありつつ、そこに愛がある。

「デビッドvsスンジャ」の対決から浮き出てくるのは意外にも素朴なもの。男らしくなくていい、白人なんて気にするなという、背負いすぎないことの大切さ。得体の知れない恐怖(それは差別でもありますが)というものへの不安を取り除く安心感。まさにこの家族に欠けていたものです。

この語り口もまた非常に巧みでした。

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今度は一緒に支え合って…

ここでオチにしてもいいのですが、『ミナリ』はさらにもうひとつのステージに展開させます。

あの家族の新しい支えになりそうだったスンジャが脳卒中で倒れ、認知に大幅な問題を抱えてしまいます。あのお気楽なスンジャの姿は消えてしまいました。

そしてまたも夫婦の仲には不穏な亀裂が。そこでスンジャが起こしてしまう火災。

あの火事は最悪の悲劇を暗示するものにも思えます。とくにそれは戦争です。作中で農作業を手伝ってくれる悪魔祓いになぜか夢中なポールという白人男(“ウィル・パットン”の佇まいも目を惹きます)。彼は朝鮮戦争のことを口にしますが、やはりアジア系とアメリカを語るうえで戦争の話題は外せないでしょう。多くのアジア系移民の背景には戦争があります。戦争がなければ移民にならなかった人たちや、差別にそこまで苦しまずに済んだであろう人たちも大勢います。

ジェイコブたちの家族を襲う火災という業火は、この移民ファミリーに再び戦争の傷跡を思い出させるようなものです。一瞬で何もかも失ってしまう恐ろしさ。その後に残る焦燥と絶望。

ちなみに“リー・アイザック・チョン”監督のデビュー作『Munyurangabo』(2007年)はルワンダ虐殺の後に生きていく少年の姿を描いたアフリカ・ムービーで、家父長制の圧力など『ミナリ』との共通点が非常に多いです。『ミナリ』の「雛の雌雄鑑別で雄が捨てられる」というのも虐殺や戦争と重なりますね。

結果的にジェイコブの家族はリスタートになってしまいます。

4人で川の字に並んで眠る家族(こういうことをするのはアジア人ならではらしいです)。別に家族が抱えた問題がうやむやになったわけではない。ただやっぱりこのアメリカという地では支え合わないととてもじゃないが生きていられない。だからもう一度やり直す、今度はより良いかたちで。

心臓の健康を改善し、走れるようになったデビッドの姿はひとつの希望。何かが変われる、きっとデビッドは新しい家族の未来へと導く力になる。そう信じたくなるものがあります。

ラストはスンジャがよく採集していたセリ(ミナリ)を小川で見つけに行くシーンです。別に無理をしてアメリカのマジョリティと張り合わなくてもいい。自分たちにしか気づけないものを理解し、それを活用していくことで新しい人生を切り開ける。そんな展望を見せてくれるエンディングでした。

アジア系を描くとたいていは世代を軸にした家族の物語になることが多いです。最近であれば『フェアウェル』や『ハーフ・オブ・イット 面白いのはこれから』もそうでした。そこで保守的な家庭観をオリエンタリズムでコーティングして、半ばうっかり肯定するようなことはやっぱりダメだと私も思います。でも家族と向き合うのは今のアジア系の最大の命題になっているのも事実でしょう。なんだかんだでアジア圏は家族が呪いや束縛になってきましたし、同時に活力になっていた側面もありました。ここからどう次のステージに発展するかは正直に言って私もわかりません。

少なくとも今は古い家族の畑を耕し直して整備しているシーズンなのかもしれないです。使えるものはそのまま肥料に、植えるものは新種の苗を…。そうやって生まれた新しい畑には、これまでにないアジア系の生き生きとした世界があると私は信じています。

『ミナリ』がその種になるといいですね。

『ミナリ』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 98% Audience 91%
IMDb
7.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0
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関連作品紹介

アジア系アメリカ人を描く映画の感想記事です。

・『フェアウェル』

・『ハーフ・オブ・イット 面白いのはこれから』

作品ポスター・画像 (C)Photo by Melissa Lukenbaugh, Courtesy of A24

以上、『ミナリ』の感想でした。

Minari (2020) [Japanese Review] 『ミナリ』考察・評価レビュー