アンカット・ダイヤモンド
Netflix映画『アンカット・ダイヤモンド』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Uncut Gems
製作国:アメリカ(2019年)
日本では劇場未公開:2020年にNetflixで配信
監督:ジョシュ・サフディ、ベニー・サフディ

アンカット・ダイヤモンド

あらすじ

ニューヨークで宝石商を営む男は、ギャンブルにのめり込んでしまい、おカネに困っていた。しかし、そんな切羽詰まった状況を打開する一攫千金のチャンスを掴む。それは莫大な価値があるとされる宝石の原石だった。それをオークションに出して大儲けしようと企んでいたが、思わぬ客によって邪魔が入ってしまう。そこから男はさらに危険な賭けにすがりつき…。

『アンカット・ダイヤモンド』感想(ネタバレなし)

アダム・サンドラー史上最高演技

日本は「国民的」という言葉を多用しがちですが、アメリカではそうはいきません。多民族多人種多宗教の国であるゆえに、アメリカ国民全員を象徴するなんて無理な話です。

例えば、コメディアンだっていろいろな人がいて、それぞれが支持されやすいコミュニティ層を持っていたりします。

今回取り上げる“アダム・サンドラー”だってそうです。本国では非常に人気の高いコメディアン俳優ですが、日本では多少は名は知られていても認知度はそこまで高くない気がします。それも無理はない話で彼が出演するコメディ映画はそこまで日本でヒットしているわけでもないです(日本でリメイクされた『50回目のファースト・キス』は一番の有名作かも)。

その理由の一つは“アダム・サンドラー”のユーモアセンスは必ずしも日本人に全て理解できるものでもないから…かもしれません。というのも彼はユダヤ系アメリカ人で、出演作ではユダヤ・ネタも本当に多いです。

そんな“アダム・サンドラー”出演作はアメリカでも大好評とは限りません。それどころか史上最悪級にボロクソに酷評された映画もひとつでは済んでいないです。なのに今も彼の人気は衰えない。主演作品の低評価と俳優の人気は全然関係ないんだと自ら証明してくれています。

50歳を超えた“アダム・サンドラー”は今も常にアメリカに愛されるバルミツバー・ボーイなのです(「バルミツバー」とはユダヤにおける宗教的・社会的な責任を持った成人男性のことです)。

“アダム・サンドラー”はただ笑いをとるだけでなく、映画製作にも昔から積極的に関わっており、「Happy Madison Productions」という製作企業を1999年に設立しています(名前の由来は『アダム・サンドラーはビリー・マジソン一日一善(Billy Madison)』と『俺は飛ばし屋 プロゴルファー・ギル(Happy Gilmore)』)。最近も『ピクセル』(2015年)や『マーダー・ミステリー』(2019年)のようなエンタメ作に関わっていました。ちなみにNetflixで配信中の『アダム・サンドラーの100%フレッシュ』(2019年)というスタンドアップ・ショーを観ると彼の軌跡が詰まっていて感無量になるのでファンは必見です。

コメディを主ステージとしてきた“アダム・サンドラー”ですが、2017年の『マイヤーウィッツ家の人々 (改訂版)』のように近年は映画祭や賞レースでも注目の作品でシリアスな演技を見せたりもするようになり、予想外の一面で観客を新たに魅了しています。


そして2019年、ついに“アダム・サンドラー”の名が各種の主演男優賞にズラリと並ぶ事態が起こりました。こんなことになるとは…サタデー・ナイト・ライブ時代には想像もつかなかった飛躍…。

その記念すべき映画が本作『アンカット・ダイヤモンド』です。

監督は“ジョシュ・サフディ”“ベニー・サフディ”サフディ兄弟。『神様なんかくそくらえ』や『グッド・タイム』など批評家から高い評価を得てきたこの若手監督が、まさか“アダム・サンドラー”で映画を撮るとは思わなかった…。もともと“アダム・サンドラー”にオファーするも辞退されてしまい、ジョナ・ヒルをキャスティングする予定だったらしいですけど。

で、やはりと言いますかさすがの“サフディ兄弟”で、『アンカット・ダイヤモンド』も素晴らしい高評価を記録。アメリカでは「A24」の配給で、傑作コースでした。

お話は観てのお楽しみですが、“サフディ兄弟”監督作らしく不安を煽るクラクラするサスペンスが展開されるので、この監督の作家性が好きな方は大満足できるはず。

他のキャスト陣は、『アナと雪の女王』のエルサでおなじみの“イディナ・メンゼル”(ちなみに彼女もユダヤ系)や、『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』の“キース・スタンフィールド”です。また本作で長編映画デビューしたという“ジュリア・フォックス”はいきなりの賞ノミネートするほどのロケットスタートになりました。

日本ではNetflixオリジナル映画として配信となりましたので、これを機に“アダム・サンドラー”の凄さを味わい尽くしてください。

オススメ度のチェック
ひとり◎(俳優の名演に刮目せよ)
友人◎(映画ファン同士で見逃さず)
恋人◯(趣味が合うなら)
キッズ△(悪い大人のドラマです)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『アンカット・ダイヤモンド』感想(ネタバレあり)

人生は上手くいかないもので…

2010年秋。東アフリカに位置するエチオピアのウェロ鉱山。なにやら騒がしい様子で、かなり重傷の怪我人が運ばれてきます。周りに群衆が押し寄せ騒然となり、どうやら事故があったようです。

一方、鉱山内を進む男に切り替わります。ある場所にたどり着き、石を砕くと中から手のひらサイズの光る鉱石が。

2012年春のニューヨーク。内視鏡で体内を診察されている男。画面には「ハワード・ラトナー 48歳」とあります。腸は綺麗だと順調に進んでいましたが、ポリープが見つかり、詳しい検査結果は後に伝えられることになりました。

ハワードはこのニューヨークで宝石商としてあちこち走り回る忙しい日々を追っていました。次から次へと人に電話し、落ち着きなく指示を飛ばします。実は彼には大きな懸念がありました。それはギャンブルで失敗したせいで金欠状態にあるということ。借金をしており、すぐに返さないといけません。店には高利貸しの取り立て人であるフィルがやってきます。またハワードの義理の兄であるアルノもまた取り立て屋です。彼らと揉め、今持っているカネをとられ、高級腕時計も奪われ、惨めなハワード。

しかも、ハワードは妻ダイナと3人と子どもがいるユダヤ系の家庭持ちながら、妻との関係性はヒビが入り、離婚寸前。そのため同じ宝石店で働くジュリアとの愛人関係にますます逃げていました。

しかし、ハワードには一発逆転の勝算がありました。それはエチオピアのアフリカ系ユダヤ人が掘り出した希少なブラックオパールの原石。入手に大変時間がかかったというそれは約5千カラットで、100万ドルの価値はあると踏んでいました。

このオパールが物語のマクガフィンになるわけですが、じゃあ、原題の「Uncut Gems」を「アンカット・ダイヤモンド」と和訳するのはミスじゃないか(「gem」は宝石のこと。アンカット・オパールの方が良かった?)と思わなくもないです。でもこのハワードが働く場所は「ダイヤモンド地区」と呼ばれており、宝石が扱われてきた歴史があります。なので別に間違いでもない…のかな。

念願のオパールが届いたことで有頂天になるハワード。しかし、たまたまその時に来店していたプロバスケットボール選手でボストン・セルティックス所属のKG(ケビン・ガーネット)につい調子に乗ってその宝石を見せてしまったところ、夢中で気にいってしまい、欲しがります。無論、売れないと断るハワードですが、なぜ見せたんだと逆に怒られ、しょうがなく指輪を担保として返すという約束で一時的に貸すことに。

KGはこの宝石をゲン担ぎに試合に力を入れるようで、そこで思いつきます。今、バスケのギャンブルをしてKGが勝つと投資すればガッポリなんじゃないか、と。

夜。そして案外とあっさりこちらの都合よく試合は進み、おカネを手に入れたハワードは大喜び。ジュリアとイチャイチャして過ごします。

しかし、事態は急転直下。宝石店に勤めていてKGと繋がっているドマニーいわく、KGは宝石を持ったまま次の場所に行ってしまったらしく、まだしばらく返せない状況。さらに悪化は続き、痺れを切らした取り立て屋たちがハワードの家族の団欒の場まで追跡してきて、ハワードを拉致。そこでカネを返さず、さらに賭けに使ったことに激怒し、全裸トランクの刑にして放置。月曜に金を返せとキツク言われます。さらにさらにジュリアが他の男とヤッているのも目撃し、怒り心頭。

そしてトドメの一撃と言わんばかりにあの宝石のびっくりな鑑定額が飛び込んできます。それは約20万…。

ズタボロで八方塞がりとなったこの無様な男に大逆転のシュートは打てるのか…。

アンカット・ダイヤモンド

アダム・サンドラーという原石が輝く

『アンカット・ダイヤモンド』の魅力はやはり主演である“アダム・サンドラー”のパフォーマンス。キャリア史上最高の演技という評判は伊達ではありません。

ヘラヘラしながらでも追い込まれていき周りが見えなくなっていく感じが、これまでの“アダム・サンドラー”の演じてきた役でもありましたけど、それが“サフディ兄弟”監督の見事な手腕によって100倍は輝いているという…。まさに“アダム・サンドラー”という原石が“サフディ兄弟”監督の手でピカピカに磨かれました

ここまで繊細な演技ができるとは…。以前から自虐的なスタイルは得意でしたけど、今回は特別にそれが活かされていて、本当に“アダム・サンドラー”をキャスティングして良かったな、と。

主人公ハワードは多方面で追い込まれています。まず借金問題。そして家庭問題。続いて健康問題(診査結果がわかるまでドキドキ)。この3重苦で心理的にも余裕がなくなった彼は、オパールの魔力に憑りつかれます。

ちなみにあのオパール。ハワードは100万ドルの価値があると言っていましたけど、現在の記録されている最高額のオパールは重さ3.15kgで価格が190万ドルらしいので、素人の私の見立てですけど、あのオパールにそこまで価値があるようには見えません。

でも大事なのは実際の金額ではなく、ハワードは価値があると“思い込んでいる”ということ。他者の声など聴きやしません。

そしてそのハワードと同じくオパールに目を奪われた男がひとり。それがKGでした。それにしても実在の選手をああやって登場させるとはずいぶん攻めていますね。日本だったら絶対にやりません(まあ、すでに引退しているからできたのでしょうけど)。KGは2007年のボストン・セルティックスに移籍直後は最高潮でしたが、徐々に力を出せなくなり、焦っていました。なので『アンカット・ダイヤモンド』作中のKGもかなり追い込まれていたことに。なんとしても勝ちたいと宝石をラッキーアイテムにしたくなるのも致し方無いのか。

そんなKGを賭けに利用するという、クズの極みを突っ走るハワード。どんなおカネでもまたすぐにギャンブルにぶっこむあの体質はかなり絶望的な重度の依存症

でも作中では意外に着実に上手く事が運んでいきます。健康も良好だと報告をもらい、ジュリアとの関係もなんだかんだで相思相愛。七転八倒の精神で状況をゴリ押しで改善させていくハワード。

ついにラストのギャンブル。当選金1億2290万ドルゲットのチャンスを掴むべく、全額をKGの活躍による勝利に賭けます。テレビに映る試合はひとつ、またひとつとハワードの理想どおりに成功し、なんと完全に勝利。人生、勝った…。

そう安堵してドアを開けた瞬間、彼が想定していなかった最後の勝負があったのでした。

サフディ兄弟監督の演出が煌めく

『アンカット・ダイヤモンド』はさすが“サフディ兄弟”監督。話としては割となんてことはないのに演出力で持っていくあたりの巧みさ。

この監督の作品は、のっぴきならない状態に半ば墓穴を掘って自滅したような登場人物が必死に状況を好転させるべく奮闘する…という姿を追いかけることが多いですが、凄い人物に物語自体が寄ることで、観客にさえも状況を掴めなくさせます。

本作も序盤から会話の連続(しかもあまり上手くコミュニケーションが成立していないような言葉の応酬)で何が何だかわかりません。キャラの関係性さえちょっと把握に手間取ります。バスケで言えばボールをぶつけあっている状態であり、もはやドッチボール。「fuck」って言いすぎです(何回言ったんだ…)。

そこから息もつかせなぬままに雪崩のようにストーリーを登場人物と観客を巻き込んで持っていくテクニックは相変わらずの鮮やかさ。

映像センスも見事で、冒頭のエチオピアのウェロ鉱山とニューヨークという2つの地点が繋がる幻想的な映像ワープは予想外。宝石→内視鏡の体内。そして、最後にハワードの撃たれた傷口からまたどこかへ…と誘われていくのが普通じゃないストーリーを予感させます。ちゃんと死がオープニングとエンディングで対になっているのもいいですしね。

ユダヤ文化を風刺する

『アンカット・ダイヤモンド』に欠かせないもうひとつの要素は「ユダヤ系」の文化。

ハワードはユダヤ系の一家です。そもそも“サフディ兄弟”監督もユダヤ系で、作中のハワードは監督の父親がモデルだそうです。

ハワードが手に入れるあの宝石は、エチオピアのアフリカ系ユダヤ人がわずかな給料で危険労働した結果で発掘された代物です。それを利用して大儲けしようと企むのもユダヤ人。つまり、本作はユダヤ系コミュニティにおける巨大な格差社会が痛烈に描かれています

一方の搾取する側に見えるハワードですが、彼も彼でユダヤ系のコミュニティ・ルールに馴染めているようには見えません。作中で「過越」を家族で祝うシーンがあります。「過越」は「ペサハ」とも呼ばれ、ユダヤ教の宗教的記念日です。しかし、ハワードはスマホをいじってます。あまり興味なさそうです。

このシーンでは「十の災い」という出エジプト記に記載されている災難を読み上げるのですが、この後のハワードにはまさにこんな災難が連発することに…。

また本作のタイトルの一部である「アンカット」は、ユダヤ教における「割礼」を指しているとも解釈できます。「割礼」は男子の性器の包皮の一部を切除する風習で、成人になるための通過儀式のようなものです。ハワードはそのダメダメな行動からもわかるように大人として人格的に未成熟で、アンカットな男なのでした。

とりあえずどんな宗教を信仰していようと無宗教でもギャンブルは身を滅ぼすということです。賭けるカネがあるなら映画館に行こう。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 92% Audience 52%
IMDb
8.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★

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作品ポスター・画像 (C)Elara Pictures, IAC Films, Sikelia Productions アンカットダイヤモンド アンカット・ジェムズ