サミュエル・L・ジャクソンは認知症でも手強い…「Apple TV+」ドラマシリーズ『トレミー・グレイ 最期の日々』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2022年)
シーズン1:2022年にApple TV+で配信
原案:ウォルター・モズリイ
児童虐待描写 人種差別描写 恋愛描写
トレミー・グレイ 最期の日々
とれみーぐれい さいごのひび
『トレミー・グレイ 最期の日々』あらすじ
『トレミー・グレイ 最期の日々』感想(ネタバレなし)
サミュエル・L・ジャクソンはスゴイ俳優だ
おそらく日本の映画ファンの間で最も知られている黒人俳優のひとりは“サミュエル・L・ジャクソン”でしょう。やはりインパクトが絶大です。“サミュエル・L・ジャクソン”と言えば、ブレイク作『パルプ・フィクション』に象徴され、最近でも『ヒットマンズ・ワイフズ・ボディガード』で観察できたように、汚い言葉で乱暴にまくしたてて上手く言いくるめていくイメージであり、仮に出演作の体裁上、Fワードを封じられても口達者なところは変わらずだったりします。
本人がオタク気質ということもあり、『アベンジャーズ』のニック・フューリー役や、『スター・ウォーズ』のメイス・ウィンドウ役など、エンタメ作にも積極的にでてくれるあたりも人気の秘訣です。今や大人気俳優としてその地位を確立しています。
そんな“サミュエル・L・ジャクソン”ですが、生い立ちは決して平凡ではありませんでした。1948年にワシントンD.C.で生まれ、テネシー州で育ちます。父親はアルコール依存症で早期に亡くなってしまい、ほとんど顔を見たこともないそうです。そんな彼は公民権運動の激動の時代を青春として過ごしました。20歳だった1968年に公民権運動のリーダーであった“マーティン・ルーサー・キング・ジュニア”が暗殺され、若き“サミュエル・L・ジャクソン”は失望と怒りに燃え、人種差別を根絶するために運動に自ら繰り出します。
また、“サミュエル・L・ジャクソン”は子どもの頃から吃音持ちであり、あの今ではトレードマークになっている口汚い言葉遣いもそんな吃音を隠すカモフラージュに利用していた側面もあったようです。その“サミュエル・L・ジャクソン”は実は海洋生物学を専攻していたのですが、ひょんなことから演技の道に転身。1972年にブラックスプロイテーション映画『Together for Days』に出演して長編映画デビューを飾ります。アルコールと薬物依存に迷走しつつ、当時の公民権運動の代替を映画で成し遂げようとする先人たちに支えられて俳優業を続け、1991年の『ジャングル・フィーバー』での演技がカンヌ国際映画祭で高く評価されます。こうして俳優として成功の道がやっと開かれました。遅咲きながらもついに…。
その“サミュエル・L・ジャクソン”ですけど、昔は賞に輝くこともあったのですが、最近はすっかりエンタメ作ばかりの出演に偏っていることもあって、賞のステージとは無縁になっていました。
そんな中、“サミュエル・L・ジャクソン”の演技力はやっぱり凄いんだなと痛感できる主演のドラマシリーズが登場しました。
それが本作『トレミー・グレイ 最期の日々』です。
『トレミー・グレイ 最期の日々』は認知症の高齢者でほぼセルフ・ネグレクト状態にある黒人男性を主人公にしています。記憶が曖昧で何が真実なのかもわからない描写という点では、『ファーザー』などと通じる部分もありますが、『トレミー・グレイ 最期の日々』の方が生活環境は過酷。
しかし、この『トレミー・グレイ 最期の日々』はそこからジャンルが変わります。具体的には「リベンジもの」へとゆっくり転身し、ある事件を認知症高齢者が追うというミステリーサスペンスにもなっていく。かといってバカバカしいエンタメでもなく、丁寧なドラマが積み重ねっていくので落ち着きのあるストーリーが楽しめます。原作は著名な小説家“ウォルター・モズリイ”の2010年の作品で、原作者がこのドラマにも関わっているのでたぶん忠実なドラマ化なんじゃないでしょうか。
そして何よりも主演の“サミュエル・L・ジャクソン”の名演。これはとにかく観ればわかる。何かしらの賞に輝いてもよいくらいの演技の素晴らしさです。
共演は、『ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償』の“ドミニク・フィッシュバック”、ドラマ『BOSCH/ボッシュ』の“シンシア・マクウィリアムズ”、ドラマ『ブラックライトニング』の“デイモン・ガプトン”、『アイム・ユア・ウーマン』の“マーシャ・ステファニー・ブレイク”、ドラマ『ballers / ボーラーズ』の“オマー・ベンソン・ミラー”など。
『トレミー・グレイ 最期の日々』は全6話(1話あたり約50分)。話数が少ないので観やすい部類のドラマではあります。
少しずつ種明かしが進んでいく緊張感のあるミステリーサスペンス、バックグラウンドを感じさせる俳優陣の演技…そうしたものを堪能したいのであれば『トレミー・グレイ 最期の日々』はオススメです。“サミュエル・L・ジャクソン”のファンは必見ですね。
『トレミー・グレイ 最期の日々』は「Apple TV+」で独占配信中。最近の「Apple TV+」は良作ドラマが充実してきているなぁ…。
オススメ度のチェック
ひとり | :俳優ファンは必見 |
友人 | :ミステリー好き同士で |
恋人 | :ロマンス要素も少しある |
キッズ | :一部で暴力描写あり |
『トレミー・グレイ 最期の日々』予告動画
『トレミー・グレイ 最期の日々』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):パパ・グレイの復讐
録音機をいじるひとりの高齢の男が拳銃を準備しながら独り言で語りだします。
「ロビン、伝えておくが、俺の家族の今後は君にかかっている」「君が俺の財産相続人になって怒っているがね」「でも長い目でみれば、君のおかげで幸せに暮らせるんだ」「今日起きることは申し訳ないと思っている」「あの男は報いを受けるべきだ」
そしてドアをノックする音。男は「入れ」を声をかけます。
その2カ月前。モノが散乱した部屋で、テレビのニュースを眺める髭も髪も伸び切っている高齢男性。トレミー・グレイは痛そうに椅子から立ち上がります。そのとき、幻覚が見え始め、燃え盛る家が記憶から蘇り、「俺が助けていれば…」と子ども時代の悲しみに沈み…。
ドアをノックする音。「パパ・グレイ、いるのか?」と声をかけてくる相手はレジーだと名乗ります。ドアを開けると大甥のレジーがいました。レジーは高齢のグレイのためにたまに訪問して生活状況をチェックしたり、身の回りの世話をしてくれているのでした。
グレイがかなり認知症が進行しています。「お前が来る前に知り合いの男が来たんだ、コイドッグだ」と大昔の幼少時に親しくしてくれた男の記憶と今が混在して自分でも判断がつかなくなっていました。
レジーに連れられて手の傷を病院で診てもらうグレイ。火傷は完治しており、グレイも「ある夏の日は100キロ以上の綿花を摘んだよ」と自慢。問題は認知症です。医者はレジーだけと会話し、認知症の専門家で最先端研究をしているルービン先生を紹介します。
帰り道もグレイは突発的な行動に出ます。若い女性に気軽に話しかけ、さらに通りすがりの女性に「センシー」と呼びかけて触ったり…。
帰宅すると、レジーはおもむろに妻のニーナについて悩みを語ります。しかし、グレイはぼーっとしており、耳に入っていません。
レジーは帰り、月日が経過。缶詰を食べ続けていましたが、その豆も無くなってしまいました。
またドアのノック。次にやってきたのはヒリー、姪であるニーシーの息子です。レジーは来られないらしく、銀行でいつものカネをおろすのを手伝ってくれます。しかし、ヒリーはカネの3分の1をくすねます。
その銀行でシャーリー・リングという女性が話しかけてきて「40ドル貸してくれませんか」と言うので、グレイは気楽に貸します。
その後はニーシーの家のパーティのような集まりに連れて行かれます。「レジーはどこだ?」と開口一番に質問しますが、「トラブルに遭ってね」としか答えてくれません。みんな黒い服です。
ロビンというニーシーの親友の若い娘に案内され、ある部屋へ。そこにあったのは棺。中にはレジーが…。なんでも撃たれたそうで、その非情な現実に泣きじゃくるグレイ。
帰りのバスで、認知症で記憶がおぼろげになりつつも、グレイは心にある感情を刻みます。レジーを撃った犯人を見つけ出してやると…。
サミュエル・L・ジャクソンが蘇っていく
『トレミー・グレイ 最期の日々』の主人公であるトレミー・グレイはいわゆるセルフ・ネグレクトが進行しており、生活環境はかなり劣悪。かろうじてサポートしてくれる唯一の親戚であったレジー(レジナルド・ロイド)の死以降はほぼ孤独死寸前という危険な状態でした。それはロビンの登場で一命をとりとめます。
この第1話から“サミュエル・L・ジャクソン”の演技が、まあ、とにかく凄い。まずあの認知症で言葉も上手く話せずに会話のキャッチボールもできない状況になっているグレイを見事に演じてみせています。表情といい、仕草といい、どれも絶妙。加えて本作では幻覚のシーンと混ざり合う難しさもあるのですが、それも難なくこなす演技の器用さ。痛々しい境遇ではありつつも、どこかユーモラスさも忘れていない(ロビンが初めて家に来た時の「ロビン?鳥の?」とおどける感じとかすごくいい)。
で、これだけでも演技としての見ごたえはじゅうぶんすぎるくらいなのですが、『トレミー・グレイ 最期の日々』はここからさらに面白い。
ロビンの世話もあって住む環境が劇的に改善された後、グレイは例のルービン先生のもとへ。そこで最先端の認知症治療の被検体になることを提案されます。これは背景には黒人が非道な実験の材料にされてきた実際の歴史があって(『ハンター・アシュリー』などの感想も参照)、本作もその理不尽な現実を突きつけるような要素があります。
ただ、『トレミー・グレイ 最期の日々』はこの人種差別的な待遇をあえて逆手にとって利用してやるという狡猾さがあって、グレイは見違えるように(一時的ではありますが)認知機能が改善。記憶も戻り始め、雰囲気がガラっと別人レベルで変わります。
この改善後のグレイの姿はまさしく私たちがよく知る“サミュエル・L・ジャクソン”そのまんまであり、要するに高齢黒人男性が“サミュエル・L・ジャクソン”に変身して憎き相手を懲らしめる話なんですね。
こうして一気にアグレッシブな反転が見られるのがまた痛快であり、ジャンル的な楽しさでもあるのですが、本作はそれでも調子に乗ってハジケすぎず、しっかり過去のリンチなどの人種差別にフォーカスして、人生に区切りをつける、これぞ本当の終活ドラマになっている。このバランスの良さも上手いもんだなと思いました。
ヤングケアラーの観点では補足がいるけど
『トレミー・グレイ 最期の日々』のもうひとりの主人公がロビンです。
まだ10代のロビンもグレイと同様に過酷な境遇です。父は借金絡みで酷い状況にあり、母は売春婦で生活苦。家庭では日常的に暴力を受け、自衛するしかない状態。そんな両親を失い、ニーシーの家に預けられるも、そこではヒリーが性暴力的な手をだしてきたり、ニーシー自身がまるで味方をしてくれなかったりと、こちらも最悪。完全に居場所を失います。
そのロビンがグレイの家に半ば逃げ込み、支え合っていく。これ自体は温かみもあって感動がある描写です。ソファベッドを買ってもらって心底嬉しそうにしている姿とかも。
とは言え、本作のロビンは事実上のヤングケアラーであり、ある意味ではグレイがかなり良識的な人間だからまだ鑑賞できる関係として成り立っているようなもので、実際はこれでもキツイ環境にあるとは言えますけどね。
ダブロン金貨の莫大な資産があるとわかった時点で、もっとロビンの負担を減らすために行政的でなくとも民間サポートに費やしてあげてもよかったのではと思うけど…。本来はロビンにもケアを含めてサポートがいるだろうし…。
ただこのあたりの終盤の展開はかなりアメリカ的だなと思いました。日本だったら「子どもは何かしらの家族に属するべき」という家族規範が根底にあるのですが、本作はロビンがグレイとの血縁がある家族と法的な建前とは言えども遺言をめぐる権利をめぐって対立し、結果、ロビンに有利に進んでいるのですから。赤の他人の子どもであっても、権利に基づいて自主的な主体性が尊重されるというのはアメリカっぽい。
本作はロビンをとても現代的な若者像の見本として設定しており、そのあたりの模範さも重要なのかなと思います。ロジャーとの関係も恋愛伴侶規範に偏りすぎない程度で抑えているのも良かったですし。
最終話ラストは、レジーを殺害したアルフレッドと決着をつけて、治療の効果も切れて入院拘束となったグレイ。そしてそのグレイの残した遺産の管理を受託人として任せられたロビン。これは単なる資産の相続というだけでなく、人種差別の歴史的な記憶の継承も意味しているわけであり、天文学を学んで火星に行きたいと夢見るロビンのようなアフリカ系の若者たちに託す未来の話でもある。
暗くなりすぎず、けれども根幹をぶれることなく、アフリカ系アメリカ人の過去と未来を繋げるドラマとして、『トレミー・グレイ 最期の日々』はスマートな作品でした。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 87% Audience 100%
IMDb
7.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
サミュエル・L・ジャクソンの出演作の感想記事です。
・『ヒットマンズ・ワイフズ・ボディガード』
・『ザ・バンカー』
・『ミスター・ガラス』
作品ポスター・画像 (C)Apple
以上、『トレミー・グレイ 最期の日々』の感想でした。
The Last Days of Ptolemy Grey (2022) [Japanese Review] 『トレミー・グレイ 最期の日々』考察・評価レビュー