でもこの男は町も止められない…Netflix映画『レベル・リッジ』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2024年)
日本では劇場未公開:2024年にNetflixで配信
監督:ジェレミー・ソルニエ
人種差別描写
れべるりっじ
『レベル・リッジ』物語 簡単紹介
『レベル・リッジ』感想(ネタバレなし)
久しぶりのジェレミー・ソルニエ監督作
「きみ、なんか悪いことしてそうだから、持ってるそれ、没収するね」
普通に考えたらそんな理不尽なこと起きるわけないと思うのですが、起こってしまう国があるのです。アメリカっていう名前なんですけど…。
これは「民事資産没収」と呼ばれています。
法執行官(警察や保安官)が、犯罪などの違法行為への関与が疑われる人間から、告発することなく資産を没収する行為を指します。疑われさえすれば、その場でおカネから何でも没収されてしまうのです。
え? 推定無罪の原則はどうしたの?!…とツッコみたくなりますが(ドラマ『推定無罪』が泣いてるよ!)、ほんと、何なんでしょうね…。
理屈としては「犯罪が疑われる資産」をあらかじめ先手で没収しておけば、これから起きるかもしれない犯罪を未然に防げるし…ということらしいですけど…。これらの民事資産没収は警察の副次的な財源にもなっており、毎年かなりの多額になります。
この民事資産没収で押収された財産を取り戻すには、所有者は犯罪行為に関与していないことを証明しなければいけません。一方的に没収しておきながら返してほしければ無実をそっちが証明しろって言うんですから、とても大変な道のりです。
当然、この民事資産没収は批判もされていて、職権の乱用で不正が横行しているなどの問題点が指摘されています。しかし、すっかり慣習化しているので、なかなか廃止にいたっていません(ほんの一部の州では違法になっています)。
今回紹介する映画はそんな民事資産没収を引き金に、とんでもない緊張感がずっと走り抜けることになるクライム・スリラーです。
それが本作『レベル・リッジ』。
本作の物語は、あるひとりの黒人男性がある町にやってきて大金を警察に没収されてしまうことから始まります。その大金を取り返そうと奮闘するのですが、しだいに警察や町全体の腐敗が露わになって大変なことに…。
ジャンルは先ほども書いたようにクライム・スリラーで、詳細は目で見て確認してほしいのですけど、この主人公が結構なパワフル・ファイター。ドラマ『ジャック・リーチャー 正義のアウトロー』に似たポジションもあります。主人公を黒人に変えたバージョンみたいな…。なんにせよ「怒らせてはいけない相手に喧嘩売っちゃった」系ですかね。
でも監督があの“ジェレミー・ソルニエ”なんですよね。“ジェレミー・ソルニエ”監督と言えば、『ブルー・リベンジ』(2013年)や『グリーンルーム』(2015年)と、凄まじい緊張感をお見舞いする映画で瞬く間に頭角を現した異才。監督作『ホールド・ザ・ダーク そこにある闇』(2018年)を「Netflix」で独占配信してから、6年ぶりとなる新作です。
『レベル・リッジ』も「Netflix」独占配信映画ですが、どうしても「Netflix」はこういうアクションっぽい感じの作品を毎年大量に配信しているせいで、「またか…」とスルーされそうなのですけども、“ジェレミー・ソルニエ”監督作ですからね。他のエンターテインメント作品に埋もれることはない、ただごとじゃない個性を放っていますので見逃さないでください。
今作『レベル・リッジ』も凄まじい緊張感は保証済み。開幕早々から休みなしです。
主人公を演じるのは、ドラマ『地下鉄道 自由への旅路』に抜擢されてキャリアが急速に飛び立った若手の“アーロン・ピエール”。『レベル・リッジ』でも再確認できますが、良い演技を保証してくれる俳優ですね…。
共演として、ドラマ『特捜刑事マイアミ・バイス』や『刑事ナッシュ・ブリッジス』でおなじみの“ドン・ジョンソン”が重要な役に配置されており、このキャリアのある“ドン・ジョンソン”をこの役に起用するのがまた狙ってます(観ればわかるはず)。
他には、『僕と頭の中の落書きたち』の“アナソフィア・ロブ”、『ヘイト・ユー・ギブ』の“ジャネイ・ジェイ”、『イコライザー THE FINAL』の“デヴィッド・デンマン”、『American Outlaws』の”エモリー・コーエン”など。
『レベル・リッジ』は約130分と長めなので、家でじっくり腰を据えてこの緊張感を体験してください。
『レベル・リッジ』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2024年9月6日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :じっくり満喫 |
友人 | :派手さのないエンタメ |
恋人 | :恋愛要素は無し |
キッズ | :やや暴力描写あり |
『レベル・リッジ』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
イヤホンで音楽を聴きながらリュックを背負いマウンテンバイクで森の道のアスファルトを軽快に走るひとりの黒人の男。名前はテリー・リッチモンド。ある目的でシェルビー・スプリングスの町へ移動していました。
しかし、いきなり後ろからパトカーにぶつけられ、なんとか軽い転倒で済んだものの、驚きます。間髪入れずにパトカーから警官が降りてきて、銃を突きつけながら「伏せろ」と警告してきます。「横断歩道で止まらなかった。ずっと追跡していたんだぞ」と言われ、手錠をされました。
テリーは無抵抗で、大人しくされるがままになります。身分証明書をみせて、もうひとりの警官が照会しますが、犯罪歴などの問題はありません。
リュックを調べていた警官は中から何かを取り出します。大金でした。3万ドル以上あります。それはいとこのマイク・シモンズの保釈金で、加えて今後の生活ができるようトラックを購入する費用にも充てるつもりでした。
警官2人組は交通違反の警告に留めると渋々告げます。しかし、このカネは麻薬絡みの可能性もあるので今は預かると言ってきます。テリーは従うほかありません。
解放されてからもともと行く予定だった町の裁判所へ真っ直ぐ向かい、エリオットという事務員に大金を没収された件を相談するも相手にされません。そのとき、サマーという人が別の事務員が引き継いでくれます。それは民事資産没収だと説明してくれ、取り返すには裁判しないといけなく時間もお金もかかると現実を突きつけます。
テリーのいとこのマイクはギャングの大物の証人になったことで罪状が軽くなったのですが、保釈できなければ州刑務所に移送され、おそらく報復でギャングを密告した裏切りのせいで危険が待っているとは容易に想像できました。なんとかそれを防がないといけません。しかし、サマーには弁護士資格はまだなく、できることは限られます。
翌日の早朝、テリーは警察署へ向かい、黒人の警官ジェシカ・シムズに被害届をだします。けれども、加害者が警官だとわかると顔色は変わり、本人が登場でピリピリした空気に…。
そこに警察署長のサンディ・バーンが現れ、「これ以上文句があるなら重罪に問う。自分で招いた災難だ」と切り捨てます。それでもテリーは狼狽えず、「次の月曜の朝9時に来ればいとこに会わせる」との言葉を引き出します。
月曜日、テリーは警察署に到着しますが、マイクを乗せたバスはちょうど出発したばかりだと告げられます。わざと早めたようです。バイクをかっ飛ばして、バスに追いつき、乗っているマイクに「保釈金を支払うまで証人保護プログラムを申請して身を隠しておけ」と指示します。
問題はどんな手段が残されているかであり…。
能ある鷹は”ぶつけられても”爪を隠す
ここから『レベル・リッジ』のネタバレありの感想本文です。
“ジェレミー・ソルニエ”監督の過去作『グリーンルーム』はライブハウスの中だけでスリルが展開していきましたが、今作『レベル・リッジ』は町自体が恐怖の空間です。
冒頭から一発食らわされるのですが、無論、これは警察による不正義というブラック・ライヴズ・マターな黒人差別でもあります。本作は全体を通して劣悪な人種差別が充満しています。
そうなると『デトロイト』みたいな殺伐としたシチュエーションになりそうですし、実際、警官のジェシカなどのこの町に暮らす黒人たちは物言えずに耐えるだけで息苦しそうです。
しかし、本作の主人公はただ怯えて翻弄される人間ではありませんでした。
この主人公のテリー(テレンス)、開幕から只者じゃない空気を匂わせています。あの警官2人はそれに鈍感にも気づかないのですが(舐めてる)、そもそも屈強な肉体の男がマウンテンバイクで大金だけ運んでいる、このストイックさからして「こいつ、強者だぞ…」と警戒フラグが立つべきだったのです。
警察は把握してないですけど野宿もしてますからね。
そして素性とスキルが徐々に明らかになるスリルが楽しめます。そう、そういうスリルなんですね。元海兵隊員で、MCMAP(近接戦闘のプロ)、テーザー銃にも耐える鋼の体躯。でも一番ブルっとするのは、どんな酷い目に遭っても絶対に手順を遵守することですね。常に冷静な人間が最も恐ろしいというお手本のようになっている…。
3度目の警察署訪問でついにテリーの本領発揮。あっという間に交互に2人を制圧。本作のアクションは最近のエンターテインメント作にありがちな、高速でシャカシャカとアクロバティックに繰り出すやつではなく、かなりリアル寄りの体術になっているのがいいですね。
しかし、この3度目の警察署訪問もまだ本気ではありません。緊急時の対応にすぎないのですが、あの警官たちはそれでも自分たちが優位だと思っているらしく、徒党を組んで追い詰めれば撃退できると踏んで、嫌がらせを継続してきます。権力に溺れると自分の実力を見誤ってしまう…怖いものです。
テリーはあくまで遠慮して全力をだしてないだけなのに…。穏便に立ち去ろうとしてくれているのに…。「能ある鷹は爪を隠す」ということわざを知らないのか…。
カイロン・チャイニーズというあのおそらくテリーと同類が働いているであろう中華レストランも魅惑的なアジトっぽくて良かったですね。
そして、当初の目的であったマイクを失い、良心的であったサマーにさえも危害を加えられたことで、テリーの最終ラインを超えました。
終盤の「ひとりvs警察集団」の戦闘もストイックさを維持した戦い方で痺れます。ここもきっと訓練どおりの手順で戦っているのだろうなというのが察せられる…。最後の最後まで感情がブレずに全うする…。テリーさん、2024年でベスト級の寡黙ファイターだよ…。
警察によるカツアゲと闘う者たち
『レベル・リッジ』の主人公は確かに単独最強なのですが、いくら強靭であろうとも、腐敗で壊れてしまった町を立て直すことはできません。こればかりは物理攻撃力は通用しませんから。
町という舞台で孤軍奮闘しながら社会の歪を一身で受けることになるという設定は、1作目の『ランボー』を思わせますし、より演出を絞った『ランボー』の派生形と言えるかもしれません。
何よりもさっきも書いたように、『レベル・リッジ』は警察による不正義というブラック・ライヴズ・マターな黒人差別が背景にあります。
徐々に明らかになるのは根深い組織的不正です。微罪であろうとも勾留期間をやけに延長しまくって、その間に没収した資産を取り返す期間を過ぎさせるという策略(期限を過ぎると資産は警察のものにできる)。それ以外にもありとあらゆる手段で、資産を取り返す手段を実行できないように仕組んでいます。せこいです。こんなの、警察によるカツアゲです。
それを判事も含めて事実上黙認しており、誰も異を唱えることができません。本作ではサマーがその不正に気付きますが、夜中に薬物を注射されて脅迫され、職業キャリアすらも脅かされます。陰湿さが極まっています。いくら町が破産しそうだからと言ってもここまで手を汚したらもうこの町の存在意義自体が揺るぎますよ。
悲しいのは、この民事資産没収絡みの手口は実際にアメリカ国内で起きていることだということ。どう考えても根本的におかしい制度だと思うのですけども、「ルールだから」のひと言でやめようとしない。既得権益を手放さない。
こんな奴らを殴って改心させることはできません。
ということで、本作ではドライブレコーダーが鍵になってきます。こうやって「撮る」ことが抵抗のスタートラインになるというのは、昨今のブラック・ライヴズ・マターの潮流を意識していますし、作中で裁判所内で逮捕されるテリーをサマーがスマホで撮影していたりもしました。
本作がしっかりしているのは、あの終盤の「ひとりvs警察集団」の戦闘パートの最中でもちゃんと署長の不正行為の証拠をドライブレコーダーで撮影しているという点。ドンパチすることに偏って車を爆発させまくる映画にはできない、賢い芸当ですよ。あれだけの緊迫した戦いの中で映像証拠を押さえることも忘れずに両立するテリーがあらためて有能すぎる…。
ラストは病院に駆け込んで証拠を手にするテリーの姿。ハッキリとは何も好転していないような気がするけど、しかし、希望を全て捨て去るほど絶望もできない。微かな変化が終盤にはありました。
ひとりのファイターでは変えられないものでも、闘う仲間が増えていけば戦況は変わっていく。そんな転換点を感じさせる味わいのあるエンディングでした。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
作品ポスター・画像 (C)Netflix レベルリッジ
以上、『レベル・リッジ』の感想でした。
Rebel Ridge (2024) [Japanese Review] 『レベル・リッジ』考察・評価レビュー
#警察