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『マイヤーウィッツ家の人々(改訂版)』感想(ネタバレ)…改訂しても家族は変わらない

マイヤーウィッツ家の人々

改訂しても家族は変わらない…Netflix映画『マイヤーウィッツ家の人々(改訂版)』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:The Meyerowitz Stories (New and Selected)
製作国:アメリカ(2017年)
日本では劇場未公開:2017年にNetflixで配信
監督:ノア・バームバック

マイヤーウィッツ家の人々(改訂版)

まいやーうぃっつけのひとびと かいていばん
マイヤーウィッツ家の人々

『マイヤーウィッツ家の人々(改訂版)』あらすじ

いろいろと積もりに積もった恨みや競争心を内に抱えたまま、顔を合わせた3人の兄妹ダニー、マシュー、ジーン。そして、その3人をつなぐ存在である、過去の栄光にしがみついて老いてなお気難しい芸術家の父ハロルド。そんなもつれだらけのマイヤーウィッツ家の家族を振り回すのは、やはりいつも父だった。

『マイヤーウィッツ家の人々(改訂版)』感想(ネタバレなし)

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映画じゃねぇ!(でも絶賛)

「映画館で上映しない作品は映画じゃねぇ!」騒動が起こった今年のカンヌ国際映画祭(若干オーバーな表現になってます)。

そんな「映画じゃねぇ!」なブーイングを受けたのは、ポン・ジュノ監督の『オクジャ』。そして本作『マイヤーウィッツ家の人々(改訂版)』でした。

監督は、『イカとクジラ』(2005年)、『ベン・スティラー 人生は最悪だ!』(2010年)、『フランシス・ハ』(2012年)、『ヤング・アダルト・ニューヨーク』(2014年)と、小規模な人間ドラマを描いてきた“ノア・バームバック”。個人的には、脚本を手がけたウェス・アンダーソン監督の『ファンタスティック Mr.FOX』も忘れがたいですね。

その“ノア・バームバック”監督の最新作がNetflixで独占配信というのも時代を感じます。まあ、私は観れればそれでいいですし、正直、本作のように世界同時で最新作が見られるのは、映画好きにとっては嬉しいのだけど…。

ということで『マイヤーウィッツ家の人々(改訂版)』。「(改訂版)」までがタイトルです。相変わらず変なタイトルをつけるのが好きですね。

主演は、コメディならまかせろの“アダム・サンドラー”“ベン・スティラー”。大バトルも見せてくれます。そして、圧倒的ダメオヤジを見事に体現してみせた“ダスティン・ホフマン”の名演が光ります。私としては今回の“ダスティン・ホフマン”は過去最高にカワイイです。まあ、ダメオヤジなんですけど…。

“ノア・バームバック”監督作品常連となりつつある“アダム・ドライバー”も短いながら味のある出演をしていますし、“エマ・トンプソン”“エリザベス・マーヴェル”といった女性も見どころがたくさんあります。

カンヌでブーイングを受けてもそれは作品の中身に対するものではありませんし、実際の作品評価は非常に良く、「Rotten Tomatoes」90%超え。人によっては「Netflix作品ベスト」とか、「人生ベスト」と断言している人もいるくらいですから、ハマれば最高なはず。

派手な作品では全くないですが、観る価値はじゅうぶんです。

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『マイヤーウィッツ家の人々(改訂版)』を観る前のQ&A

Q:『マイヤーウィッツ家の人々(改訂版)』はいつどこで配信されていますか?
A:Netflixでオリジナル映画として2017年10月13日から配信中です。
日本語吹き替え あり
森川智之(ダニー)/ 清水理沙(イライザ)/ 羽佐間道夫(ハロルド)/ 幸田直子(モリーン)/ 斎藤恵理(ジーン)/ 落合弘治(マシュー)/ 久保田民絵(ジュリア)/ 清川元夢(エルジェイ) ほか
参照:本編クレジット
↓ここからネタバレが含まれます↓

『マイヤーウィッツ家の人々(改訂版)』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):家族のいろいろ

駐車場所を探す男、ダニー・マイヤーウィッツ。ここマンハッタンは車だらけで大変です。隣の娘・イライザと会話しながらも愚痴がこぼれます。値段が高いの駐車場には入れたくないと言い張り、後ろからはクラクションを鳴らされ、ご立腹。

イライザはシンディ・シャーマンという写真家の展覧会の話を持ち出し、ダニーは「俺の好きな写真家だ」と答えます。

マイヤーウィッツ家は芸術家系でした。今日は家族の集まりです。やっとダニーは父・ハロルドの家に到着。ハロルドは顔に怪我があり、転んだらしいですが、元気そうです。先に来ていた姉のジーンとも挨拶。
モリーンの作ったサメを使った食事をみんなで食べます。

ハロルドはもうひとりの子・マシューについてやたらと上機嫌に言及。「マシューは家族の中で唯一カネの儲け方を知っている人間だった」「もっと芸術家が生まれてほしかった」「マシューには音楽と芸術の素質があった」とべた褒め。

一方のダニーはイライザが生まれてからは主夫。ただもう離婚するので、アパートを売った金で当面は暮らし、しばらくはここに置いてもらうことになっていました。

2週間後にマシューは西海岸から来るそうで、ハロルドと顧客に会うのだとか。

ハロルド・マイヤーウィッツ作品集を作ってあげて渡します。バード大の美術館担当者のヒルマが作品展に興味を示していたと教えるも、グループ展になると聞いてハロルドは「なら断れ!」と一蹴。

イライザが9歳の頃に共作した曲を一緒に弾いて歌うダニー。足をひきずり、心配するイライザ。「大学に行って離れるのは寂しい」「ママと別れるのは納得いかない」と言いますが、迎えに来たマーカスと行ってしまいました。

今は彫刻家として最高の時期だと自画自賛する父。家を売ろうとしていると聞いて質問するダニー。「本当にいいのか、自分は反対だ」「長年暮らした家だ」「アトリエも作品も?」「マイヤーウィッツの伝統はどうなる?」と不満連続。

モリーンは別荘に行ってしまい、親子の空間に。ビリヤードしたり、食事をしたり、映画を観たり、歌を歌ったり、まったりな日々。映像制作に興味あるイライザの処女作「パジャイナマン」という前衛的すぎる映像を3人で見たりも。

LJという友人の回顧展に2人で行くことになります。LJはハロルドと同年代ながらアートの世界で今も現役で脚光を浴びていました。「いい作品だが展示法に問題があるな」とハロルドは語りますが、ゲストで来ていた大物女優シガニー・ウィーバーが「いい展示方法だ」と褒めていたり、一方で自分はキュレーターから「今も制作活動をされているんですか」と言われたり、完全に面目潰れ。

マイヤーウィッツ家の芸術愛はどこへ…。

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サングラスは誰のもの

マイヤーウィッツ家の面々は実に“メンドクサイ”人たちばかり。

まず、ダニー

冒頭で路上駐車に苦戦しているシーンで始まりますが、まさにこの状況こそダニーのマイヤーウィッツ家での立ち位置そのものです。「空いてるか?」なんて言って路上の駐車可能な場所を探しはしますが、見つからない。でも正規の駐車場は利用したくないというプライドはある。この姿が、家族の定位置におさまる権限はあるはずなのにマシューが、マシューの野郎が邪魔だ!…というイライラと重なります。クラクションならされて赤の他人には「クソッタレ」とキレるのですが、父や家族には怒れない…そこが痛々しい。ちなみにビリヤードでキューを「クソッタレ」とぶっ壊す父とそっくりなのがまた残念感が…。

次にマシュー

バリバリのスーツを着て会計士として働く彼は、芸術肌のマイヤーウィッツ家とは正反対に見え、一般的な「成功」を遂げているように映りますが、でも内面は違います。“アダム・ドライバー”演じる仕事相手にも若干ナメられていることからもわかるように、ビジネスマンとして決して栄光の尊敬ある人生を送っているわけでもない。実はなんで自分は芸術家じゃないんだとも悩んでいる。引け目を心に抱え込み、それなりに自分も家族の一員として何かをしたいと思っていますが、これだということは見つからず…。結果、父の家と作品を売りますが、さらに家族に亀裂を生んでしまって…。マシューも駐車位置は見つからないんですね。

そしてジーン

彼女にいたっては駐車位置を見つけることさえ早々に諦めてます。初登場シーンとか、そこにいたの?ってくらい目立たない姉ですが、実は心に過去に遭わされた根深い闇を抱えていて…。でも意外なほどドライ。それが彼女の父との向き合い方なんですね。終盤にイライザの映像作品に出れて心底嬉しそうなのが良かった、良かった。駐車位置、見つかったね。

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ダメオヤジは私だった

そんな子どもたちの“メンドクサさ”の元凶が父・ハロルドです。

もうほんと“メンドクサイ”の王様みたいな男であるハロルドは、傍若無人で子どもたちをぐるんぐるん振り回します。ぐるんぐるんですよ。

芸術家肌のせいなのか、周囲を全く気にしません。マシューとのレストランでのやりとりからジャケットの場面は、もう笑わせていただきました。

自分を偉大な存在だと思ってはいますが、その実態はちっぽけ。しかし、自覚なし。ライバル(だと思っている)LJの展覧会ではタキシードで服装だけ立派に見せるもあらゆる点でLJに格の違いを叩きこまれ、遁走(ほんとに走って逃げるのがシュール)。ここであったシガニー・ウィーバーを紹介されたことをダニーやハロルドに自慢するのが情けなくも可愛くて…。たぶんハロルドの脳内ではあの展覧会でシガニー・ウィーバーに会ったことしか記憶にセーブされていないんでしょうね。

とまあ、絵に書いたようなダメオヤジなんですが、私なんかは他人事ではみてられなかったですね…。なぜなら、ハロルドと自分が重なる気がしたから。一応、私も映画好きの端くれとして映画という芸術を観客として語るわけです。でも、それだけでしょう。なにかを成し遂げたわけじゃないですよ。それでも芸術に触れ、語っているうちに、何かを成し遂げたような気分になってくる。その終着点がハロルドだと思うのです。しかも、ハロルドは劇中でも『きっと、星のせいじゃない。』や『SEXテープ』などやけにミーハーな映画もキッチリ押さえてある人で、とりあえず芸術に触れまくってさえすれば俺は芸術通だ!な感じがね…。自分の未来の姿を見ているようでした

そう考えると、フリーダムすぎる映像作品を作りまくるダニーの娘・イライザですが、一番ハロルドの血を濃く引き継いでいるかもしれないですね。ホイットニー美術館にてハロルドの抽象彫刻を見つけるラストでもそんな予感を感じさせます。ということは、とんどダメババアに進化する可能性がありますよ…

“ノア・バームバック”監督の描く「家族は腐っても家族」という雰囲気が色濃い一作でした。どんなに改訂を重ねても家族の本質は良いところも悪いところも受け継いでいくんですね。

『マイヤーウィッツ家の人々(改訂版)』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 92% Audience 72%
IMDb
6.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)Netflix

以上、『マイヤーウィッツ家の人々(改訂版)』の感想でした。

The Meyerowitz Stories (New and Selected) (2017) [Japanese Review] 『マイヤーウィッツ家の人々(改訂版)』考察・評価レビュー