ヴィクトリア女王 最期の秘密
映画『ヴィクトリア女王 最期の秘密』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Victoria and Abdul 
製作国:イギリス・アメリカ(2017年)
日本公開日:2019年1月25日
監督:スティーヴン・フリアーズ

あらすじ

1887年、インドが英領となって29年目。アグラに住む若者アブドゥル・カリムは、ヴィクトリア女王の即位50周年記念式典で記念金貨“モハール”を献上する役目に任命され、もう一人の献上役モハメドと共に英国へ渡ることになる。そこには日常に退屈したヴィクトリア女王がいた。

ネタバレなし感想

どんな気持ちだったのか…それを知る映画

来年春に私は譲位し、新しい時代が始まります。多くの関係者がこの為の準備に当たってくれている事に感謝しています。新しい時代において、天皇となる皇太子とそれを支える秋篠宮は共に多くの経験を積み重ねてきており、皇室の伝統を引き継ぎながら、日々変わりゆく社会に応じつつ道を歩んでいく事と思います。
これは2018年12月、天皇陛下の在位最後の誕生日会見の場で、語られた言葉の一部。

どんな気持ちだったのか、その心中は私なんかには察することさえ難しいです。なにせ国という巨大な世界の中枢で象徴として在り続けることを課せられた人生です。さらには自分の前の天皇(父でもあります)が戦争という負の歴史の一端を担った事実があるゆえに、自分の天皇としての責任はかつてない重さだったはず。自分が同じ過ちを繰り返したらどうしよう…そういう重圧と恐怖が常に心にあったのではないか…そんな風に考えてしまいます。間違いなく日本に生きる者の中で最も「戦争はしてはいけない」と心に堅く念じていたのは平成を象徴する天皇であったと断言できます。その人生のステージを降りるというのは…どんなものなのでしょうか。

しかし、日本の映画界ではそんな天皇の苦悩や葛藤、または喜怒哀楽を人間的に描くことは、いまだにタブー同然に扱われています。これでは戦時中とたいして変わりありません。

一方で、ヨーロッパでは皇族・王族を映画で描くことは珍しくなく、普通です。それどころか人気の題材とさえ言えます。だからといって、皇族・王族がバカにされているとか軽視されているとかではなく、ちゃんと愛されています。皇族・王族を描く映画は、皇族・王族と国民とを繋げる大事な架け橋なんだと思います。

本作『ヴィクトリア女王 最期の秘密』もまた、皇族・王族の、とくに人生のステージを降りる気持ちを窺い知ることのできる、大切な一作です。

その名のとおり、イギリスを象徴する女王「ヴィクトリア」を題材にした作品であり、演じるのはこれまたイギリスを代表する名女優の“ジュディ・デンチ”。“ジュディ・デンチ”は現時点で84歳であり、すでにヴィクトリア女王が亡くなった年齢(81歳)を上回るのですが、本作では変わらぬ素晴らしい名演を披露。これだけでも見る価値があると言い切れるレベルです。

ちなみに、“ジュディ・デンチ”は1997年の『Queen Victoria 至上の恋』という映画でもヴィクトリア女王を演じており、『ヴィクトリア女王 最期の秘密』はこの『Queen Victoria 至上の恋』の精神的続編と言えなくもない組み合わせになっています。しかも、『Queen Victoria 至上の恋』は夫君アルバート公の死後に、落ち込んで塞ぎこんだ女王がスコットランドの使用人ジョン・ブラウンと交流していくという話。対する『ヴィクトリア女王 最期の秘密』はそのジョン・ブラウンさえも失い、心を閉ざした女王が、今度はインドから来た若者を従僕にして交流していく話。要するには交流相手が変わっただけじゃないか…と言ってしまえばそれまでなんですが。

この“インドから来た若者”=アブドゥル・カリムがキーパーソンであり、ゆえに原題も「Victoria and Abdul」なのです。ちょっと邦題が語弊があるのが…「最期の秘密」といってもそんな大袈裟なものでもないですから。このアブドゥルが何者なのかは映画を観てください。

監督はイギリスの名監督“スティーヴン・フリアーズ”。最近の監督作は『マダム・フローレンス! 夢見るふたり』(2017年)や『疑惑のチャンピオン』(2015年)ですが、『ヴィクトリア女王 最期の秘密』絡みで言えば、“ジュディ・デンチ”が主演した『あなたを抱きしめる日まで』(2013年)や、イギリス王室を描いた『クィーン』(2006年)が特筆されるでしょうか。

ともかく“ジュディ・デンチ”主演、“スティーヴン・フリアーズ”監督、BBCフィルムズ製作と3点揃えば、良質な映画になることは決まっていますから、ロイヤルな世界を覗きたい方はぜひどうぞ。

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

青春恋愛学園ドラマかな?

物語は1887年のインドから始まります。この頃のインドはイギリス領です。

当初はイギリス東インド会社による香辛料貿易を主業務としたアジア貿易のはずでした。ところが、あれよあれよという間に植民地統治に変貌し、インドのみならずパキスタン、ミャンマー、ネパール、スリランカを含む巨大な地域を有する「イギリス領インド帝国」が誕生。1887年は、イギリス国王(当時はヴィクトリア女王)がインド皇帝を兼任することが決まった年です。

そんなときに、ヴィクトリア女王在位50年を祝う記念に発行されるモハール金貨を贈呈する大役に任命されて渡英することになったのがアブドゥルとモハメド。まあ、私だったら絶対にそんな仕事、嫌ですけど(遠いし、ただの金貨1枚ですよ!?)、断れるものでもないのでしょうから、船で海を超えてはるばるイギリスへ。

流れ作業のごとく、そのまま悠久の歴史を持つウィンザー城に到着。キョロキョロと初見さん丸出しで眺めていたのも束の間、女王に金貨を渡す本番の動作手順を教え込まれます。目を合わせてはいけないという指導をとりあえず飲み込む二人。

いざ、正装した来賓客が次々にダイニングルームに現れて、食事が開始。しばらく頃合いを見計らったところで、いよいよ金貨贈呈の瞬間が。伏し目がちに女王の側へ行き、金貨が1枚だけ置いてあるトレーを差し出すも、女王は無関心(ただの金貨ですしね…)。そのまま後ろ向きで下がる際中、アブドゥルはつい好奇心が働いたのか、女王を見てしまい、女王もアブドゥルに目をやり、互いに目が合ってしまう…そしてタイトル「Victoria and Abdul」、ドン。

こういう映画のタイトルがスマートに表示される作品はそれだけで見ていて気持ちがいいですね。

というか、あの“目と目が合う”から始まる物語。これじゃあ、邦画の青春恋愛学園ドラマとかでよくありがちなやつじゃないですか。心がときめいちゃう、アレ。まさかその演出をBBC製作の映画で見られるとは思わなかったなぁ…。

もちろん恋愛関係に発展とかはしないです。「俺はお前のことが好きだぁぁぁーー、ヴィクトリアぁぁーー!」「私もよ、アブドゥルーーー!」みたいな、二人が駆け出してハグみたいな、そんな展開はありませんよ。いや、逆に見てみたい気もなくはないですが。

ただ、プラトニックな関係性を描くことに特化しているという意味では、非常に邦画の青春恋愛学園ドラマに近い構成を持った映画であるとも言えると思います。それこそ本作の肝です。

ヴィクトリア女王 最期の秘密

圧倒的ヒロイン・パワー

まず本作のヒロインであるヴィクトリア女王。

もうこれは誰もが観て思うことでしょうけど、ロイヤルとしての威厳とか以前に、本作のヴィクトリア女王はとにかくチャーミング。間違いなく邦画の青春恋愛学園ドラマに放り込んでも、他の女子を圧倒するヒロイン力を持っていますよ。橋本環奈とか、広瀬すずとか、浜辺美波とか、そんな並みいるライバル女子を押しのけて学校の男子を独り占めできる…圧倒的パワー。“ジュディ・デンチ”、凄い。

序盤の初登場シーンとなる、食事会での“もぐもぐタイム”で観客の心を鷲掴み。ウンザリした面持ちで世界一つまらなそうにスープを平らげたかと思えば、鶏肉を手で掴んでどんどん口に放り込み、続いて気が付けばいびきをかいて居眠りを始め、目覚めると今度はデザートのシュークリームを豪快に頬張る。他の参席者はみんな女王とは目を合わせようとしないので見られていないと思っているからこその、このフリーダムな食事スタイル。私だったら、ずっと見ているのに…。

そんなヒロインもアブドゥルという存在と出会って、ますます輝きます。“あれを教えて、これを教えて”と子どものようにねだる無邪気さ(可愛い)、アブドゥルとワルツを踊るときの心まで舞い踊ってる感じ(可愛い)。

作中では前半はほぼコメディタッチで、庶民の目線から見たら滑稽に思える王室の生活を描いていくので見やすいです。女王が食べ終えると問答無用で他の参席者のものも取り下げられる食事会とか、やたら強風の中で野外で行われるお茶会とか。そんなコミカルな風景の中にいる、ヴィクトリア女王とアブドゥルの交流を、観客は微笑ましく、周囲の側近はハラハラしながら見守る。まったりです。

しかし、本作はそれで終わるわけもなく、ここが邦画の青春恋愛学園ドラマとは全く異なる変移を見せる部分ですが、後半はアブドゥルをめぐる女王と王室との対立から、彼女が非常に孤独に生きていることが判明するわけです。愛する者は皆、死に、自分しかいない世界。このテーマ性は、高齢者の孤独死などの問題を抱える日本社会にも通じるものでしょう。形式的に敬われても、生きる意味がない。それは庶民も女王も同じ。だからこそヴィクトリア女王はインド皇帝にふさわしい人間になることに新しい生きがいを見いだすのです。

終盤にヴィクトリア女王が宮廷の側近たちを集めて言い放つ言葉は、見せかけの形式だけでは尊敬も礼儀もそこには真に存在しないことを示すもの。日本も高齢化社会と言いながら、本当に高齢者の抱える悩みに向き合っているだろうか…そんなことを考えたくなります。

腐ったマンゴーをどう解釈するか

一方のヴィクトリア女王に寵愛されることになるアブドゥルですが、彼の描き方は正直言って不十分な部分も多いです。

ちょっと画一的というか、あまりにも聖人君子として女王に尽くす姿勢が目立ちすぎます。無論、実在の人物であり、実際に女王に尽くした事実はあるし、本作のメインはプラトニックな関係性を描くことなので、この割り切り方もひとつのスタンスではあるのですが。

しかし、イギリスとインドの関係性は実際はもっとややこしいです

作中の時代と同時期には525万人が餓死するインド大飢饉が起こったり、インドは決して平和ではないし、イギリス領インド帝国が解体する際はインドとパキスタンが対立するなど、結局のところ、イギリスの植民地支配という負の側面は軽視できません。

作中ではそのことに触れられはしますが、踏み込みが弱く、あまりにイギリス貴族社会に都合のいい話になっていると嫌悪する人がいても無理はないと思います。

ただ、あえて擁護するならば、女王がインドから取り寄せてと命じたマンゴーが腐っていたというシーンは、その負の側面を痛烈に皮肉なかたちで揶揄する場面として解釈できるものだったともいえるのじゃないでしょうか。欲によってインドのものをダメにするイギリス王室の無意識の残酷さ、フルーツの女王が腐っているという意味での王室そのものの腐敗、もっといえば女王の死すら暗示させるようなメタファー…いろいろ解釈できます。本作は原作があって、原作者はシュラバニ・バスというインド出身の人なのですが、たぶんそのシーンにいろいろと込める思いがあったのではと勘繰りたくなります。

映画のラストで映すものを、タージ・マハルが見える庭園に建つヴィクトリア女王像ではなく、インドの地でみずみずしく実るマンゴーとかにすれば良かったのになと思ったりも。

アブドゥルを演じた“アリ・ファザル”の演技は良かったですけど。彼はこれまで『きっと、うまくいく』とか『ワイルド・スピード SKY MISSION』とかに特別出演していた俳優ですが、英語映画でここまでじっくり演技が見られたのは初めて。こういう人だったのか…。

あとはさすがに女王の周囲の側近たちが嫌な奴というヒールを背負わされすぎて可哀想でしたね。インド人侍従への酷い扱いだけを抜き取ってみれば、確かに悪い部分もあったのですが、他にもいろいろな顔を持っていました。例えば、ヴィクトリア女王の息子で、作中では最悪に見えるウェールズ公エドワード(バーティー) ですが、女王の死後はイギリス史上最大の愚王になるとバカにされつつ、実際は「ピースメーカー」と呼ばれるほど巧みな政治手腕を発揮(日本絡みだと日英同盟が有名)。別に悪いと決めつけるような人ではないとだけは、ここに書いておきましょう。なお、バーティーは母であるヴィクトリア女王の死から9年後に亡くなってしまいました。

ちなみにバーティーを演じた“エディー・イザード”は地味ですが名演だったと思います。“エディー・イザード”はトランスジェンダーなのですけど、ヴィクトリア女王の“ジュディ・デンチ”に負けじ劣らず、インド従者を愛して息子の自分を愛してくれない複雑な嫉妬心を抱える男の苦悩を表現していたんじゃないでしょうか。

ヴィクトリア女王の亡き後、イギリスは第1次世界大戦、第2次世界大戦に参戦していき、数多くの犠牲を出しました。今の天皇が退く日本もまた、そんなイギリスと同じ歴史を辿ることのないようにしたいものです。

国の中心に立つ者の想いを忘れずに。そのためにも、いつか日本の天皇が映画の中でありのままに描かれることを期待しています。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 65% Audience 67%
IMDb
6.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 6/10 ★★★★★★

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