グザヴィエ・ドランは今を迷う…映画『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:カナダ・イギリス(2018年)
日本公開日:2020年3月13日
監督:グザヴィエ・ドラン
ジョン・F・ドノヴァンの死と生
じょんえふどのばんのしとせい
『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』あらすじ
2006年、ニューヨーク。人気俳優のジョン・F・ドノヴァンが29歳の若さでこの世を去る。自殺か事故か、あるいは事件か、謎に包まれた死の真相について、鍵を握っていたのは11歳の少年ルパート・ターナーだった。10年後、俳優になっていたルパートは、ジョンと交わしていた100通以上の手紙を1冊の本として出版し、それが物議となる。
『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』感想(ネタバレなし)
グザヴィエ・ドランの魅力
「神童」と呼ばれた経験のある人はおそらくこの世界にごく一握りしかいないでしょう。もちろん私はそんなふうに呼ばれたことは一度もありません。「変な子だね」って言われたことはあるけど、たぶんこれは褒められてすらいない…。
しかし、どの業界にも神童というのはフラッと現れるもので、一体どうなっているのでしょうか。
そして今回のキーパーソンとなってくる「映画界の神童」…この人も凡人の私にはとうてい届かないとてつもない逸材。それが“グザヴィエ・ドラン”です。
コアな映画好きであれば耳にしている監督の名前でしょうし、熱狂的なファンも日本に多数存在します。
カナダ人である“グザヴィエ・ドラン”はもともと俳優だったのですが、2009年に監督・脚本デビュー作『マイ・マザー』でいきなりの高評価で大注目に。初監督作の公開時は20歳でしたが、16歳頃から脚本を書いていたらしく、もはやティーン時代ですでに才能を発揮していたことになります。
その後も『胸騒ぎの恋人』(2010年)、『わたしはロランス』(2012年)、『トム・アット・ザ・ファーム』(2013年)、『Mommy マミー』(2014年)と立て続けに自分らしさを全開にした作品を世に発表し、カンヌやヴェネツィアなど国際的な映画祭の大舞台でも一躍トップランナーに。ここまで若い年齢で評価を鷲掴みにした監督も珍しいので、業界の話題性も抜群。
まあ、あと本人も見た目がカッコいいですからね。そういう意味では俳優としてのスター的な観点でのファンも得られており、華々しいキャリアを謳歌する20代の人生を送っていました。
ちなみに俳優としては近年は『ある少年の告白』や『ホテル・エルロワイヤル』、『IT イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』にサラッと出演しているのですけど、もはやゲスト隠しキャラみたいになっています。やっぱり監督としての方が圧倒的に有名ですね。
そんな“グザヴィエ・ドラン”監督。作家性が極めてわかりやすい人でもあります。私なりの言葉で説明すると「アイデンティティに苦しむ“未熟さ”を抱えた者(男性)が、最も密接な他者(母親)との関わりの中で自己を模索する」…そういう映画ばかりを撮っています。処女作にして半自伝的映画でもある『マイ・マザー』からしてそうですし、多くの作品でセクシャリティが関与してくるのも特徴。無論、これは“グザヴィエ・ドラン”監督自身がゲイだからというのもありますし、基本的にパーソナルな物語に固定化する創作スタイルなんでしょうね。
ということもあって、“グザヴィエ・ドラン”監督作は一般ウケしやすいというわけでも、かといって賛否が分かれるというわけでもなく、私は“刺さる人には超ド級のメモリアルな一本になりやすい映画”だと思うのです。なんかこう、エモさに全振りしている感じですよね。このエモーションに心をバキューン!と撃ち抜かれたら、もうあなたは“グザヴィエ・ドラン”信者。
そしてまたもやってきました。“グザヴィエ・ドラン”監督最新作が。それが本作『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』です。
今作では、8歳だった頃の“グザヴィエ・ドラン”が当時『タイタニック』で一世を風靡したレオナルド・ディカプリオにファンレターを書いたという思い出がベースになった一作だとか。なんだ、もうそれだけでエモいじゃないか…。いや、というか8歳でディカプリオに手紙を書いていたのか…。私なんて同じ年齢くらいに何をしていたんだ。たぶん怪獣映画を観ていただけですよ…。
ファンも大注目の『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』ですが、俳優陣もいつにもまして豪華です。今回は初の英語作品なので、有名俳優も出やすいのでしょうね。
まず主演が『ゲーム・オブ・スローンズ』でおなじみの“キット・ハリントン”。そしてダブル主人公的に登場するのが『ルーム』や『ワンダー 君は太陽』で名演を披露した天才子役“ジェイコブ・トレンブレイ”。この二人がいるだけであらかたの観客層を狙い撃ちしていますよ。
他にも大人気女優である“ナタリー・ポートマン”、『リチャード・ジュエル』での名演も記憶に新しい“キャシー・ベイツ”、『デッドマン・ウォーキング』の“スーザン・サランドン”、ドラマ『ウエストワールド』での印象に残る演技を見せた“タンディ・ニュートン”など。キャスティングの豪華さは“グザヴィエ・ドラン”監督史上トップクラス。
「実はグザヴィエ・ドランの映画を一度も見たことないんだよね…」という人も案外といると思います。でも特にハードルが高い監督でもないですし、本作からドラン・ワールドに飛び込むのもいいのではないでしょうか。
オススメ度のチェック
ひとり | ◯(監督&俳優ファンは必見) |
友人 | ◯(刺さる人には特別に刺さる) |
恋人 | ◯(刺さる人には特別に刺さる) |
キッズ | ◯(大人のドラマ要素は濃いけど) |
『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』感想(ネタバレあり)
俳優の死と少年の関係
ドアをノックする女性。「ジョン?」と呼びかけて部屋へと入っていきます。そこで見たものは…。
2006年、ニューヨーク。ひとつの事件が起こっていました。
ルパート・ターナーという少年は、母親のサムに面と向かって話しかけられます。場所はどこか小さな店。人でまあまあ賑やかです。ルパートは自分を理解してくれない母の前から少し離れ、トボトボと店内を歩いていましたが、彼の目にはとんでもないものが飛び込んできました。
それは人気俳優「ジョン・F・ドノヴァン」の死を伝える訃報のニュース。その映像を言葉なく茫然自失と眺めるしかできないルパート。
ルパートはドノヴァンの熱烈なファンでした。彼の出演するドラマを無我夢中で食い入るように見つめ、その魅力的な姿に「OMG,OMG,OMG…」の連呼でハイテンション。部屋にはポスターを張り、もはやドノヴァンこそがこの幼い子の人生の柱になっています。
そのドノヴァンはテレビドラマのブレイクで一躍有名人。ファンの群れに囲まれ、カメラフラッシュを浴び、どんな場所でも話題が尽きない。順風満帆なキャリアを送っているように、外からは見えます。それがなぜ突然死んでしまったのか。
ルパートは大ファンだったドノヴァンの死に絶句するのも無理はありません。しかし、それだけではなかったのです。実はこの子はドノヴァンと“ある関わり”があり…。
世間は大きく騒ぎ立てます。当人たちは苦しみます。誰にも知られずに。
2017年、プラハ。ジャーナリストであるオードリー・ニューハウスは、成人し、今では俳優になったルパートにインタビューしていました。ちなみに大人版のルパートを演じている“ベン・シュネッツァー”は童顔な雰囲気で、明らかにドノヴァンを演じる“キット・ハリントン”と差別化するようなキャスティングですね。実際、“ジェイコブ・トレンブレイ”が30歳くらいになったらどんな顔になるんだろう…。
彼は“ある本”を出版し、話題となっていました。それは“ある若い俳優”の死の真相に迫るもの。それはそれまでの経緯からあのドノヴァンのことではないかと当然のように結び付けられるものであり、何よりもそこを追求します。真実は何だったのか、と。
ルパートの口から語られる当時の事実…それは何なのか。
2人の主人公は監督の分離?
『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』はこんな感じでルパートとドノヴァンの2人の主人公を軸に物語が進みます。この2パーソンなラインがあるので、これまでの“グザヴィエ・ドラン”監督作と比べて物語が入り組んでいます。時間もルパートの方は大きくタイムシフトを繰り返しますので、ここもまた複雑に。ただ、それでも本作はまだわかりやすいストーリーの展開ですが。
ルパートの物語は、従来の“グザヴィエ・ドラン”監督作に通じる要素がかなり多く、ファンもこれこれと親しみやすいパートです。息子と母…それぞれが互いを求めあっているのに、何かしらの対立を生じさせて、当人たちの願っていない亀裂が別れさえ生んでしまう。
今作を観ていてあらためて思ったのが“ジェイコブ・トレンブレイ”の演技力の高さ。主演作ではその才能がいかんなく発揮されていましたし、『ドクター・スリープ』のような脇役での起用でも少ないシーンで一気に観客の印象を奪い取る名演を見せるので、前から上手い上手いと関心していましたけど。この『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』でもまたもや再確認。今回は母と子の話なので『ルーム』の再来な感じですよね。“ジェイコブ・トレンブレイ”の人の感情を揺さぶるパワーが今回も凄い。
あまりにも“ジェイコブ・トレンブレイ”の演技が爆発しているものだから、大人になったバージョンを演じた“ベン・シュネッツァー”の朴訥な感じへの変貌に若干面食らう…。ど、どうした…プレデター? プレデターのショックで大人しくなったの?(違う作品です)
“ジェイコブ・トレンブレイ”、このままキャリアを順調に重ねたら、とんでもない俳優に進化するんじゃないか。
もちろんそのルパートの母親を演じた“ナタリー・ポートマン”も素晴らしいですけどね。というか、彼女も『レオン』での子役ヒットからのキャリア躍進ですから、なんか中の人的には凄い母子なんですけど…。そういう意図もあるキャスティングなのかな?
一方、ドノヴァンの物語。彼の存在のインスパイアのネタは監督が手紙を出したというディカプリオなのでしょうけど、ドノヴァンはディカプリオとは結構違う気がする。いや、“グザヴィエ・ドラン”的にはディカプリオをドノヴァンのような人に見えていたのかもしれないけれど。
ただ、“キット・ハリントン”はなんというかマッチしていました。別に彼のプライベートなんて全然知らないですけど、あんな感じで自己喪失してそうな雰囲気がある(失礼)。『ゲーム・オブ・スローンズ』のあのキャラがそういう立ち位置だったというのもあるけども。
しかし、おそらくこのドノヴァンのキャラクター性は“グザヴィエ・ドラン”自身も反映しているんじゃないかなと思います。“グザヴィエ・ドラン”監督も一気にスター監督になったわけですから。周囲の熱狂の中でいろいろ思うこともあったでしょう。
そう考えるとこの『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』は“グザヴィエ・ドラン”監督の昔と今のパーソナリティが、ルパートとドノヴァンの2人のキャラクターに分離して描かれているのかもしれません。そうだとしたらフィルモグラフィの中でもかなり新しい挑戦ですね。
ドランが不調な理由は…
そんなユニークな取り組みと言えなくもない『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』ですが、残念なことに“グザヴィエ・ドラン”監督作品の中でも歴代最低評価を記録している事実があります。前作である2016年の『たかが世界の終わり』から、なぜか調子に乗れていないですね。まあ、もしかしたらこのキャリアの不調さが『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』に反映されているのかもしれないけど。
本作は確かにどうもプロットにまとまりがない気もします。それは監督本人も製作段階から自覚していたようで、中身に納得がいかずに再編集をした結果、プレミア上映を延期しているくらいです。実は“ジェシカ・チャステイン”が演じるキャラも存在していて、製作発表時は主要キャラのようにキャスティングが公表されていましたが、そのキャラ自体が編集でカットされてしまってもいます(特典映像として公開されていますが、なかなかに貫禄のあるさすが“ジェシカ・チャステイン”という佇まいでした。悪役に近いポジションだったのかな)。なんかファーストカットは4時間以上あったという話も…。
製作途中でどんな作品だったのか、それが完成版とどう違っているのかはさっぱりですが、監督の試行錯誤をあれこれ繰り返した痕跡は窺えますね。
そもそも2人のキャラクターを軸に物語が展開することに、監督自身が扱いきれていなかった面も否めません。これまでどおり1人だけの視点に専念する方がわかりやすいし、持ち味を活かせたのかも。
また、本作はちょっと監督の武器であった“エモさ”が“クドさ”に悪化してしまった側面もあるのかな、と。各キャラクターそれぞれが、いちいち感情表現が大きいので、エモーショナルなパラメータの振れ幅は毎度毎度デカイです。英語映画になったことでそれが余計に悪目立ちしてしまったのかな。「スタンド・バイ・ミー」が流れる母子再会シーンは、人によっては号泣場面でしょうが、別の人にとってはあまりにもコテコテで「う~ん」と目を細める受け捉え方もあるでしょうしね。
さらに映像技法の観点での撮影も今回はそこまで特筆するものは乏しかったかな。やはり『Mommy マミー』の画面アスペクト比「1:1」の演出が鮮烈でしたから、映画ファンは今回はどうなるんだろうと期待しますよね。『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』は撮影ではなくて、シーンをどう編集してつなげるかでいっぱいいっぱいになっている感じが伝わってきます。でも、印象的な絵を撮るのは相変わらず綺麗で上手いです。
あとどうなのでしょうか。“グザヴィエ・ドラン”監督がお得意としているセクシャリティのテーマ。しかし、2009年の監督デビュー時と比べて、そのテーマを扱う作品も世の中に格段に増え、向き合い方も大幅にバージョンアップしました。その中で同性愛者のようなマイノリティをただただ苦悩する悲劇の主人公として一辺倒に描くことに反発する声も、当事者コミュニティからさえも普通に聞こえるようになり始めています。つまり、描き方もより多様な深みを求められているのが現在です。
その点を考えると、本作の同性愛描写も特別な新鮮味はなく、どちらかといえば昔っぽい空気もあると言われれば…。
“グザヴィエ・ドラン”監督と言えどもパーソナルな投影だけでは通用しない、何かしらの進化を求められているのかもしれません。
そうはいっても本作のラストのルパートのように新しい未来を垣間見せる展開になっていましたし、監督もこの現在の潮流を敏感に肌で感じ取っているのは間違いないはず。
『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』は“グザヴィエ・ドラン”監督の次の作品へと期待をお預けにしてしまう、なかなかに悩ましい映画でした。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 21% Audience 61%
IMDb
6.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 5/10 ★★★★★
作品ポスター・画像 (C)THE DEATH AND LIFE OF JOHN F. DONOVAN INC., UK DONOVAN LTD. ジョンFドノヴァンの死と生
以上、『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』の感想でした。
The Death and Life of John F. Donovan (2018) [Japanese Review] 『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』考察・評価レビュー