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あなたも「“昆虫食”陰謀論」にハマってませんか? 昆虫食への嫌悪感の理由と映画の影響

『スノーピアサー』と昆虫食陰謀論

皆さんは「虫」を食べたことはありますか?

走っているときにうっかり虫が口に入ってしまったとか、そういうのはノーカウントです(ちなみに「The Conversation」によれば私たちは1年で250g程度は偶然に食べ物などに混入した虫を口にしてしまっているそうです)。今回は虫を食事として意図的にモグモグしたことはあるか…という話です。

「虫」を食べることを「昆虫食(entomophagy)」と呼びます。あまり虫を食べることになじみがないという人も多いでしょう。でもこちらは身近にあるかもしれません。

それが「“昆虫食”陰謀論」です。今回はこの「“昆虫食”陰謀論」について私なりに整理しています。

このサイトでは普段は私は映画やドラマの感想を書いているのですが、全然関係ないじゃないかと思うかもしれませんが、実は後半には映画の話題もでてきたり…。気になる人はぜひ気軽に読み進めてみてください(虫の画像とかは掲載していないので安心してください)。

“昆虫食”陰謀論!?

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陰謀論者の格好のマトにされる昆虫食

古今東西、世界にはさまざまな陰謀論があります。

「NASAは月面に着陸していない」とか、「巨大地震は人工的に引き起こされたものだ」とか、「地球温暖化の学説は捏造だ」とか、「地球は球体ではなく平面である」とか、「新型コロナワクチンは人口を削減する計画によるものだ」とか、「トランスジェンダー差別を禁止すると女子トイレに女装した男が入り放題になる」とか…。

陰謀論のネタは尽きませんが、共通点があります。それは「ショッキングで不安を煽る」ということです。その方が人は信じやすく、拡散しやすいのでしょう。そして身近なものを題材にしてくる傾向にもあります。例えば、有名な歴史やよくニュースになるもの、はたまたトイレや食事など生活に欠かせない存在…。身近であればあるほど不安を煽りやすいんですね。

そんな中で「昆虫食」もまた陰謀論者の格好のマトにされています

確かに昆虫食は、見るからにショッキングで、それでいて身近な「食事」と「虫」という2つの素材の掛け合わせなので、陰謀論にはぴったりです。

ひとつのエピソードを紹介しましょう。カナダのオンタリオ州に主にペットフードとして使用されるコオロギを生産する工場がありました。普通の工場だったのですが、ここがまさかの陰謀論の火の渦に巻き込まれてしまいます。

2022年6月10日、ある建設会社が世界最大のコオロギ生産施設の工事が完了したことをTwitterで発表しました。極めてシンプルで事務的なツイートです。

ところがその1週間後、そのツイートはとある陰謀論グループに取り上げられ、「政府が私たちに密かに昆虫を食べさせる準備を進めている」とおどろおどろしく拡散され、地元の政治家までその拡散に手を貸し、瞬く間に大炎上していきました。この陰謀論の拡大の様子はカナダの国営放送である「CBC」が詳細にまとめています。

この「“昆虫食”陰謀論」はカナダに限らず、今、世界中で拡大しており、2020年代になってからその陰謀論が急激に成長の兆しを見せています

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グレート・リセット

上記の昆虫食に関する陰謀論は、いわゆる「グレート・リセット(The Great Reset)」と呼ばれる概念の一部を構成しています。

「グレート・リセット」というのは日本では聞きなれない言葉だと思いますが、これは新型コロナウイルスのパンデミック以降、とくに顕著に観察される巨大な陰謀論の総称(というか寄せ集め)です。

要するに、世界の常識や通念が「悪しき政府」によって根幹からひっくり返されようとしている!と恐怖を煽るものです。文字どおり、世界が丸ごとリセットされる!と言いたいわけです。

例えば、「資本主義が終わりを迎えて共産主義になろうとしている」とか、「宗教が禁止される」とか、「中小企業が全て潰れる」とか、「人間の労働者ではなくロボットに取って代わられる」とか、「生物学的性別の男と女の大前提が、トランスジェンダーやノンバイナリーとやらのせいで消される!」とか…。とにかく何でもいいのですが、世界が根本から変わってしまうディストピアの未来が迫っているのだと煽り立てます

この「グレート・リセット」を主張するのは、もっぱら極右(もしくはオルタナ右翼)、いわゆる「Qアノン」と呼ばれているようなドナルド・トランプを支持する人たちです。これらの集団は、アメリカでは「グレート・リセット」はジョー・バイデン大統領によって進行されていると声高に語っています。「Fortune」によれば、保守系メディア「Fox News」は2022年だけで60回以上も「グレート・リセット」に言及し、2021年の30回から急増しているとのこと。

この「グレート・リセット」という名称の由来は、2020年6月に開催された世界経済フォーラム(WEF)の第50回年次総会で作成された経済回復計画の名からきています。世界的な危機となった新型コロナウイルスのパンデミック後の社会と経済再建を目的に、どうすれば立て直せるだろうかということを世界各国の経済界の人々や政治家たちが集まって議論しました。「SDGs」など聞きなれた話題ばかりで、とくに目新しい話はありません。

しかし、これを例のドナルド・トランプを支持する人たちは「世界を破壊させる計画」であると解釈。「グレート・リセット」という言葉を流用して騒ぎ立てているという流れです。

この「グレート・リセット」陰謀論の中に「世界のエリートは自分たちだけが美味しいステーキを独占し、それ以外の者たちには虫を食事として押し付ける気だ」という考えがあるわけです。「リベラルな世界秩序」が昆虫食を奨励しようとしているというのがこの集団の筋書きです。「WEF」が2020年に昆虫食を取り上げる記事を公開したのもこの陰謀論に拍車をかけましたWorld Economic Forum

極右系のメディアや論客、その支持者の間ではとにかく昆虫食が徹底して敵視されまくっており、ネットを漁れば簡単にその手の陰謀論者が昆虫食を揶揄する画像などがいくらでも見つかります。

陰謀論界隈では世界を脅かすものは、昔は「ユダヤ主義」、90年代から2010年代は「ポリティカル・コレクトネス」(2020年代になると「woke」に名称を変える)、2020年代は「昆虫食」がトレンドなのです。

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日本でも“昆虫食”陰謀論は流行中

この2020年代に爆発的に急拡大している「“昆虫食”陰謀論」は残念ながら日本でも順調に蔓延しています。

ただ、ちょっと興味深いのは、欧米では主に極右系のコミュニティの間で爆発的に増大しているのに対し、日本国内ではどちらかと言えはQアノンを批判してきた…左派のような人たちの間でも「“昆虫食”陰謀論」が観察できるということです。日本での陰謀論の中身はだいたい欧米と同じで「政府が強引に私たちに昆虫食を押し付けようとしている!」という類のものです。

2023年2月に食用コオロギに関するニュースが見られた際もネット上には「#コオロギ食に反対します」「#昆虫食に反対します」のハッシュタグが飛び交いました。コオロギパウダー入り商品を販売した企業に対して、虚偽や憶測に基づいて電凸や不買を呼びかける動きも観察でき、被害を受けた企業は法的措置も辞さない態度を表明する事態にまで発展したことも…J-CASTニュース。完全にモラルパニックのありさまです。

実にいろいろな人が昆虫食に過激な言動を示しているのですが、一方で、極右と左派…政治的立場で言ったら正反対なのに、なぜ「“昆虫食”陰謀論」を共有してしまっているのでしょうか。

陰謀論を研究しているアリソン・ミーク准教授は、虚偽の情報というものは反政府感情の高まりを利用すると「CBC」で語っています。

今、アメリカはバイデン政権となっているため、その政権を支持していない極右系の人たちが「“昆虫食”陰謀論」に飛びついて政府を攻撃しています。一方で、日本は保守的な自民党政権が長らく政権を維持しているので、その政権を支持していない左派やリベラルを中心とする人たちが「“昆虫食”陰謀論」に飛びついて政府を批判している…という感じなのでしょう。「“昆虫食”陰謀論」の急激な高まりは2020年代に入ってからなので、それがQアノンと連動している事実を知らない人も日本にはまだ多いのかもしれません。

このことからもわかるように、政治的立場に限らず、「型」にハマってさえしまえば、誰でも陰謀論にのめり込んでしまうリスクがあります

「自分はこの政治的価値観だから平気」「自分は政治に興味ないし、大丈夫」…そんな考えでは陰謀論がいつの間にかあなたの体を這いずり回っていることにも気づかなくなってしまいます。

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わりと昔からある“昆虫食”陰謀論

以上、「“昆虫食”陰謀論」を説明してきましたが、この昆虫食をターゲットにした陰謀論は決して最近になって初登場したわけではありません。実は昔から定期的に持ちあがっています。

有名なのは、きっと皆さんの中にも覚えている人はいるでしょう、「ミミズバーガー」の事件です。

これはマクドナルドなどの著名なハンバーガーチェーン店で用いているパティ(肉)に「ミミズの肉が入っている」という都市伝説のことです。最も初期にこの噂が拡散したのは1978年だそうですが、それから1970年代以降、ずっと不定期にこの都市伝説があちこちの社会で浮上しては消え、浮上しては消え…を繰り返しました。ジョージア州アトランタにある4つのマクドナルドのフランチャイズ店のオーナーの経験によれば、当時の1978年には売り上げが30%も落ち込んだとのことですSnopes.com

もちろんこの都市伝説は事実ではありません。メディア「Insider」がマクドナルドの食肉加工工場を取材した記事を見てもらえるとわかりますが、普通の肉です。おそらく肉をブレンダーでひき肉状態に加工する際、それはスパゲッティ状にニョロニョロとでてくるのですが、その様子がミミズにも見えなくもないので、そんな都市伝説が生まれたのでしょう。

それでも「世界的大企業が実はハンバーガーにミミズを使っている」という陰謀論は大衆の関心を集めるのに苦労せず、この時代でも「“昆虫食”陰謀論」の魔力の高さが窺い知ることができます。

昆虫食の文化

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人類は大昔から現在に至るまで虫を食べてきた

「“昆虫食”陰謀論」の土台にあるのは「あんな気持ち悪い虫を食べさせるなんて!」というショッキングな嫌悪感・不快感です。

しかし、忘れてはいけません。私たち人類は太古の昔から実は「虫」を食べてきました。そして現在も絶賛、虫を食べまくっています

研究によれば、130か国の3071の民族グループによって最大2086種の虫が食べられているそうです。「The Guardian」の記事には、虫は世界中の80%の国で20億人以上に既に食べられていると説明されています。つまり、むしろ昆虫食の方がはるかにマジョリティであり、昆虫を食べない方がよっぽど珍しいのです。

厄介なのが「虫を食べない一部の国」がこの地球において最も人間社会経済の特権的地位にある先進国であるということ。

そうです、逆に昆虫食の文化が根付いていないのが欧米です。また、日本も昆虫食が地方では食文化として残っている場所もありますが、大多数の日本社会では一般的に昆虫が恒常的に食されることはありません。

欧米や日本で例外的に食される昆虫関連の食品と言えば「ハチミツ」です。ハチミツはその生成過程でミツバチの唾液に含まれる酵素が含まれることになるので、冷静に考えると「虫が口でくちゃくちゃした蜜を食べている」ことになるですが、なぜか欧米や日本ではハチミツに嫌悪感は生じません。

また、別の方面で言えば、天然着色料として食品添加物のひとつで幅広く利用されている「コチニール色素」はカイガラムシの一種の色素化合物を抽出させて利用したものであり、これも実は私たちが普通に摂取している昆虫由来のものだったりします。

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近年の「昆虫食」の注目

そんな中、欧米では昆虫食が最近になって好意的な脚光を浴びています。

理由は「環境に優しい」からです。

国連食糧農業機関(FAO)の報告書の主執筆者であり、昆虫学の教授であるアーノルド・ファン・ハウスは「1kgの牛肉を生産するには25kgの飼料が必要なのに対し、コオロギでは1kgの食用体重を生産するのに2.1kgの飼料しか必要としません」と解説していますThe Guardian

また、イナゴ、コオロギ、ミールワームなどの一般的に食べられる昆虫の繁殖は、家畜の10分の1のメタンを放出するだけで、亜酸化窒素も300分の1しか生成せず、養豚や養鶏によって生成される汚染物質であるアンモニアもはるかに少なくなることも報告されていますThe Guardian。地球温暖化や環境汚染を低減できるのです。

これだけメリットがありながら、栄養価も高く、従来の肉の代用品になり得るパワーがあります。虫は肉の代替タンパク質源になる可能性を秘めています。

こうした背景から国連食糧農業機関などは2013年あたりから昆虫食を積極的に紹介する動きもあり、にわかに欧米では昆虫食が好意的に取り上げられるムーブメントも2010年代から起き出しています。

昆虫食に関するレシピ本もいくつもでています。『Bugs for Beginners: the most complete guide to teach you how to cook edible insects: A cookbook with 75+ recipes and everything you need to know to eat a bug』では、各料理を「buggy(虫っぽい)」かの度合いでランク評価しているのが特徴。『Bugs』(2016年)や『The Gateway Bug』(2017年)なんていう昆虫食を取り上げたドキュメンタリーも製作されました。

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「昆虫食」の現実と限界

こうやって近年の昆虫食をめぐる好意的な世相を紹介すると、「ほら、やっぱり昆虫食を押し付ける気だ!」と陰謀論者がノリノリになりそうですが、もちろん陰謀論が事実なわけではありません。

「Brooklyn Bugs」という組織を立ち上げたジョセフ・ユンは「食事の選択肢を減らすのではなく、増やすことに努めています。私たちは何も奪おうとはしていません。私たちは虫を貧しい人々だけが食べるものに追いやるのではなく、太古の昔から食べてきた古代の食べ物として学ぶべきです」と「The Independent」にて語っています。

「そうは言っても、欧米や日本に暮らしている貧困層に虫を食べるように押し付ける気でしょう?」とまだ疑う人もいるはず。

しかし、心配は要りません。少なくとも現時点では。

なぜなら現在の昆虫食には大きな欠点があるからです。それはコストの高さ

メディア「The Daily Beast」では、「コオロギは米国で育てられたプレミアムビーフの4倍の値段になる可能性があります」と業界人の声を取り上げており、当面は「贅沢品」となっています。「Party Bugs」によれば、昆虫食が高価になってしまう要因として、昆虫生産の規模の小ささ、標準化された生産方法の欠如、消費者需要の低さ、昆虫入手経路の乏しさ、厳しい規制などを挙げています。

北米昆虫農業連合の“シェリル・プレヤー”も、昆虫食が他の食品を圧倒するほどの勢いはなく、厳しい競争を強いられていることを吐露しています。世界初のコオロギ・プロテインバーを本格発売したパイオニア企業の「Chapul」も苦戦が報じられていますFood Navigator USA。倒産する企業も普通にあります。日本国内の昆虫食市場における2021年の昆虫食市場額は、前年から約6割増でも10.8億円しかありません(映画が1作ささやかにヒットした程度です)。

日本の「“昆虫食”陰謀論」言説の中で、映画『スノーピアサー』を取り上げる人が散見されました。この作品では人類は環境変化で大多数が滅び、生き残った人々はずっと走り続ける列車の中で階級に分かれて厳しい社会管理に基づき生活しています。最後尾の車両では最も貧しい人が住んでおり、その人たちは配給される「プロテインバー」を食べるしかなく、その材料はゴキブリです。「“昆虫食”陰謀論」の支持者はまさしくこの映画『スノーピアサー』のような惨状が待っていると信じきっているわけです。

ただこれはリアルではあり得そうにないです(そもそもこの映画、SFとして相当に荒唐無稽な設定が多い作品なのですが)。前述したとおり、昆虫食は意外に高価なのです。この『スノーピアサー』は昆虫食をタブー視する欧米的価値観で作られたものであることがよくわかります(タブーが生まれる理由の詳細は後述)。

『スノーピアサー』に登場するプロテインバーのシーン

『スノーピアサー』に登場するプロテインバー。

すでに説明したとおり、地球上の多くの国々では歴史的にもう昆虫は食べられており、今、新たに食用として生産されている昆虫の多くは富裕層向けの売り出しになっています(少なくとも低所得者層に買ってもらおうという商業的展開は乏しい)。現代社会においては、富裕層の人が少しでも昆虫を食べて環境負荷を下げてくれるといいなという感じであり、しかし、あまり上手くはいっていません(変わりダネの食物として好奇の目で見られるのが現状)。

「政府が強引に私たちに昆虫食を押し付けようとしている!」と主張する人の中には「昆虫食は補助金を得ている」と訴える人もいます。しかし、日本のSNSで拡散した一連の昆虫食をめぐる超高額の補助金疑惑は事実無根であることが「BuzzFeed」の調べでもファクトチェックされています。

そもそも食品業界が補助金を得るのはごく普通のことです。日本の農林水産省の「新事業・食品産業部の委託事業・補助事業」の事例だけをみても、実に多種多様な食品が政府の支援を受けています(無論、昆虫食が他の食品を押しのけて補助金を独占しているような事実はありません)。昆虫食が仮に補助金を得ていたとしてもオカシイことではありませんし、それは陰謀論の根拠にはなり得ません。

また、「昆虫食を推進するよりも世の中にはもっと大事なことがある」と主張する声もあがったりしますが、これは典型的な「燻製ニシンの虚偽」であり、まるで昆虫食のせいで他の社会課題がないがしろにされているかのようなミスリードを与えていますが、そのような事実はないです。例えば、昆虫食をバッシングする理由として「食料自給率や食品廃棄解消の方が大切だ」ともっともらしく同じ食料業界の課題を取り上げる人もいますが、別に昆虫食が食料自給率や食品廃棄解消の取り組みを棄損していたりはしません。この「AよりもBの方が大事だ!」というこじつけのような論法は他の話題でもよく用いられますが…。

結局のところ、昆虫食が「タピオカドリンク」や「高級食パン」のように急にブームになったり、私たちの生活に溶け込むのは、ものすご~くハードルが高いのです。

事実上の陰謀論者となってしまっている人たちは昆虫食のこの現実を無視し、昆虫食が“異様に推進された存在”で社会規範を駆逐しようとしているかのように扱ってくるのが特徴です。そして絶対に自分のその考えが間違っているとは認めず、どんなに指摘を受けても「いや…」「でも…」と食い下がってきます。

このように「“何か”が異様に推進されている」「そこにカネが流れている(それは不公平だ)」という論調は陰謀論によく見られる定番の構造です。例えば、「ポリティカル・コレクトネス」「LGBTQの権利」「貧困女性支援」…さまざまなトピックがそうした論調で槍玉にあげられ、攻撃を受けています。

昆虫食はなぜ嫌われてしまったのか?

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昆虫食をタブー視する一部の国の背景

ここで少しテーマを変えましょう。そもそも昆虫食はなぜ欧米や日本ではタブー視されるようになってしまったのでしょうか。

欧米や日本だって時代を遡れば、はるか昔のご先祖は虫を食べていたはずです。私たちはいつから昆虫食に見切りをつけるばかりか、それを忌み嫌い、あげくには陰謀論にハマるまでに落ちぶれたのでしょう。ハチミツの事業が補助金を得ても騒がれないのに、昆虫食だけやたらと「補助金」がどうのこうのと疑心暗鬼になるのはなぜなのか…。給食には多彩な食品が採用されているのに、昆虫食が給食にでれば「押し付けだ」とことさらにそれだけ目の敵にするのはなぜなのか…。

何か原因がないと、人はこうも典型的な反応を示したりしないでしょう。

ヨーロッパやアメリカでも忌避せずに昆虫食を食べていた歴史はわりと近代にもあります。「Atlas Obscura」によれば、17世紀初頭のイタリアでドイツ兵が揚げた蚕を喜んで間食していた話などが伝わっているそうです。アメリカでもユタ州の初期のモルモン教徒入植者たちはネイティブアメリカンから交換してもらった昆虫のフルーツケーキを19世紀半ばに食していたという話もあります。

ではなぜ昆虫食の文化は欧米で広がらなかったのか。

昆虫学者のチャールズ・T・ブルーズはその理由を「人種の優位性(superiority)」のためだと説明していますAtlas Obscura。つまり、「虫を食べるなんて時代遅れの野蛮人のすることである」という、特定の人種や民族を見下した優生思想的な価値観です。

「The Food Insects Newsletter」の編集者であるロザンヌ・ヤウは「虫は貧しさを表していたので、ヨーロッパ人にとって昆虫を食べることを受け入れるはおそらく恥ずべきことだったのでしょう」と述べていますAtlas Obscura

日本も欧米化が著しい国ですので、欧米的な価値観がどんどん流れ込み、昆虫食への拒絶反応を助長したのかもしれません。調査・研究機関「ホットペッパーグルメ外食総研」の調査によれば、回答者のうち約9割が昆虫食を避けると答えたそうですJ-CASTニュース

今、いわゆる先進諸国の人々が昆虫食に直面するということは、自分たちの歴史上にある優生思想的な昆虫食への嫌悪感と向き合うということにもなるのでしょう。「政府が強引に私たちに昆虫食を押し付けようとしている!」と疑念が膨らむ感情の裏側には「虫を食べさせる=自分を下等に扱っている」という早合点が暗黙のうちに内在しているかもしれません。

なお、昆虫と政治や歴史文化を組み合わせて学術的に分析する学問として「昆虫政治学(entomo-politics)」なるものもあるそうです。より詳しく気になる方はそうした分野を掘り下げるのもいいのではないでしょうか。

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嫌悪を助長するメディアの影響も…

昆虫を食べることに嫌悪感や不快感がある理由として、病気や感染症の心配をする人もいるでしょう。

確かに昆虫を食べるとアレルギー反応がでる人がいます(甲殻類アレルギーと一致する部分が多いとのこと)。ただ、アレルギーは別にどんな食品でもあり得ますし、病気や感染症だって他の哺乳類や鳥、魚も媒介します。昆虫だけがとくに危険ということもありません。

他にも生物濃縮などの問題点が挙げられますが(詳細な学術的整理はToti et.al.などが詳しい)、安全基準が今後より精密に定められるかもしれません。

現状、例えば、コオロギを食べることに関する健康面での安全性に関しては専門業者「FUTURENAUT」(日本語記事)が詳しく解説していますので、そちらを参考にしてみてください。

見た目が気持ち悪いじゃないか!という声もあがるでしょう。

であるならば、矛盾するのが日本人の食文化です。日本では昆虫とほぼ見た目が大して変わらないエビなどの甲殻類を一般的に抵抗感なく食べています。なぜエビは良くて虫はダメなのでしょうか。

皿に盛りつけられたエビの料理

昆虫もエビも「節足動物」で体の構造は共通点が多い。

「そう言われてもダメなものはダメなんだよ~!」と悶々とするあなた。別に責めていないので心配しないでください。ここではなぜその嫌悪感が生まれるのかを掘り下げているだけです。

専門家の意見を聞きましょう。「disgustology(嫌悪学)」という学問があります(そんな学問があるのか!と私も初めて知ったときは驚きました)。

嫌悪学者によれば、人が何に嫌悪するのかというのはかなり反応が分かれやすく、それだけでその人が「保守派」か「リベラル派」かを分類したりもできるそうですScripps News

嫌悪学において、その人の嫌悪感に強く影響を与えるもの、それは「メディア」です。アメリカの「保守派」と「リベラル派」は普段見ているメディアが全然違うので嫌悪感も全く異なってきます。

そう考えると昆虫食への嫌悪感、言い換えれば「昆虫恐怖症(entomophobia)」とも言える(また、これまで未経験のものへの不安や恐怖を感じる心理的傾向を「ネオフォビア;neophobia」とも言ったりもします)それにおいても、メディアの影響は無視できなさそうです。

振り返れば、メディアは虫をいつも「気持ち悪い存在」として描いてきました。私は映画が好きなので映画の話を中心に展開しましょう。

前述した『スノーピアサー』もそうですが、昔の映画だと、『放射能X』(1954年)、『スクワーム』(1976年)、『巨大クモ軍団の襲撃』(1977年)、『スウォーム』(1978年)、『ミミック』(1997年)など、そもそも虫自体が襲ってくる昆虫パニック映画はたくさん作られてきました。『スターシップ・トゥルーパーズ』(1997年)なんてまさしく虫を最大の脅威の象徴として活用しています。

逆に『風の谷のナウシカ』(1984年)は忌み嫌われる虫を守ろうとする主人公を描くという、逆転の発想に基づいています。『モスラ』『アントマン』も昆虫は味方ですね。これらは昆虫パニック映画に対するカウンターです。とは言え、『風の谷のナウシカ』を観て、虫を食べたくなったりはしませんよね(むしろ食べづらくなる)。

現在もメディアを見ても「虫」を好意的に描いている作品はあっても、食べ物としてポジティブに描いている作品は滅多にないでしょう。

虫を食べる食生活をわりと真っ当に描いている作品として有名なものを挙げるなら『ライオン・キング』があります。この映画では主人公の子どもライオンが群れを離れた際に、主に虫を食べているイボイノシシとミーアキャットと暮らすことになり、最初は虫を食べる行為に嫌悪感を示すも大人になればすっかり慣れっこになっています。昆虫食に嫌悪感があるのが前提になっているのはやはりアメリカ的な価値観の映画であることを証明していますね。

『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』などのフィクション映画でも昆虫食は気色悪いショック・シーン扱いですし、『世界残酷物語』のようなモンド映画でも現実の昆虫食はいかにもゲテモノでショッキングな行為として紹介されており、欧米の固定観念を窺わせます。『ブレードランナー 2049』の冒頭においても食用昆虫の飼育生産のシーンが挿入されますが、終末的なイメージと関連付けられており、このあたりは『スノーピアサー』と同様です。

日本のテレビ番組では昆虫食は罰ゲームのネタに利用されるくらいが関の山で、地方の昆虫食が取り上げられる際もアナウンサーが実に嫌そうに食べていたりします。

もしかしたら将来的な昆虫食の欧米や日本での定着を左右するのはメディアかもしれません。

虫を食べる食べないはご自由に…でも…

昆虫食を自分の人生に取り入れるかどうかは、あなたの自由です。「虫を食べたくない」という選択も当然尊重されます(むしろ欧米や日本はその選択が潤沢に尊重されまくってきたでしょう)。

でも昆虫食への嫌悪感をこじらせるのは危険だということもとどめておくとよいでしょう。

「虫を食べるのはちょっと私の好みじゃない」のであれば、素直に「私は虫は食べない」と気持ちを表明すればいいだけであり、何も陰謀論めいたことに加担する必要はないはずです。

虫はどこにでもいますが、同じくらいに陰謀論もどこにでもいます。

陰謀論は食べないようにしてください。ハッキリ断言できます。健康に悪いです。

参考文献
【ネット】
●1999. Worm Meat Used in McDonald’s Hamburgers? Snopes.com.
●2010. Insects could be the key to meeting food needs of growing global population. The Guardian.
●2013. Eating insects: good for you, good for the environment. The Conversation.

●2014. How to convince the world to get over the ‘yuck factor’ and eat insects. The Guardian.
●2018. Why Eating Insects Is an American Tradition. Atlas Obscura.
●2019. Using Cockroaches And Rotten Food To Tell Liberals From Conservatives. Scripps News.
●2019. Edible insect pioneer Chapul exits bar category (for now), turns attention to new project raising bugs for aquaculture, poultry feed. Food Navigator USA.

●2020. The Biden Presidency Already Has Its First Conspiracy Theory: The Great Reset. The Daily Beast.
●2021. COVID Truthers’ New Freakout: Being Forced to Eat Bugs. The Daily Beast.
●2022. Eww world order: How the right-wing became obsessed with eating bugs. The Independent.
●2022. ‘Worm’ up to the idea of edible insects. Food and Agriculture Organization of the United Nations.
●2023. Why are edible insects still so expensive? Party Bugs.
●2023. Davos conspiracy theories, such as global leaders forcing the population to eat insects instead of meat, have hit the mainstream, researcher says. Fortune.
●2023. 「昆虫食」市場急拡大も…根強い拒否反応 なぜ受け入れられない?識者に聞いた理由と打開策. J-CASTニュース.
●2023. 敷島製パン、コオロギ商品めぐり対応苦慮 デマや陰謀論も拡散…提携企業は法的措置を検討. J-CASTニュース.
●2023. 「こおろぎ」を食べてもよいと記された聖書。昆虫食めぐり陰謀論が拡散したが…【ファクトチェック】. BuzzFeed.
●2023. 「コオロギ事業に6兆円」昆虫食めぐり“血税が使われている”と拡散した情報は誤り。実際の予算額は? BuzzFeed.
●2023. コオロギ・昆虫食の安全性に関する見解. FUTURENAUT.

【本】
●Aaron T. Dossey, Juan A. Morales-Ramos, M. Guadalupe Rojas. 2016. Insects as Sustainable Food Ingredients: Production, Processing and Food Applications. Academic Press.
●Michela Dai Zovi. 2018. Bugs for Beginners: the most complete guide to teach you how to cook edible insects: A cookbook with 75+ recipes and everything you need to know to eat a bug. Kindle.
【論文】
●Julieta Ramos-Elorduy. 2009. Anthropo-entomophagy: Cultures, evolution and sustainability. Entomological Research.
●Rohan Deb Roy. 2019. White Ants, Empire, and Entomo-Politics In South Asia. The Historical Journal.
●Dele Raheem, António Raposo, Oluwatoyin Bolanle Oluwole, Maaike Nieuwland, Ariana Saraiva and Conrado Carrascosa. 2019. Entomophagy: Nutritional, ecological, safety and legislation aspects. Food Res Int.
●Elisabetta Toti, Luca Massaro, Aisha Kais, Paola Aiello,Maura Palmery and Ilaria Peluso. 2020. Entomophagy: A Narrative Review on Nutritional Value, Safety, Cultural Acceptance and A Focus on the Role of Food Neophobia in Italy. Eur. J. Investig. Health Psychol. Educ.