劇場が戦場になる…映画『1917 命をかけた伝令』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:イギリス・アメリカ(2019年)
日本公開日:2020年2月14日
監督:サム・メンデス
1917 命をかけた伝令
いちきゅういちなな いのちをかけたでんれい
『1917 命をかけた伝令』あらすじ
1917年4月、フランスの西部戦線では防衛線を挟んでドイツ軍と連合国軍のにらみ合いが続き、いつ終わるかもわからない消耗戦を繰り返していた。そんな中、若きイギリス兵のスコフィールドとブレイクは、撤退したドイツ軍を追撃中のマッケンジー大佐の部隊に重要なメッセージを届ける任務を与えられる。それはあまりにも危険すぎる伝令の大役だった…。
『1917 命をかけた伝令』感想(ネタバレなし)
アカデミー賞は敗れたけれども!
映画にたいして興味がない人にはどうでもいい話なのですが、2019年のアカデミー賞は映画ファンにとってなんだかんだで波乱に満ちた結果になりました。当初はどれが作品賞を獲ってもおかしくない、最有力候補作はいない…なんて言われていたのに、あれよあれよという間に最前線に走り出た映画がひとつ出現。
それが本作『1917 命をかけた伝令』です。
本当に最初期はノーマーク状態で、事前に大きな映画祭にも出ていなかったのもあって露出が少なく目立たない存在でした。ところがどうです。ゴールデングローブ賞では作品賞(ドラマ部門)と監督賞に輝くわ、英国アカデミー賞でも作品賞や監督賞を含む7部門を受賞するわ、他にも数多くの受賞やノミネートを記録し、いつのまにやら素晴らしい戦績をぶらさげているじゃありませんか。
米アカデミー賞でも作品賞と監督賞を含む10部門でノミネートされ、最も無難で可能性の高い映画として評価されていました(それもそれでなんか寂しい評価ではあるのですが…)。
しかし、蓋を開けてみれば最もあり得ないと思われていた(そして奇跡を願っていた人も多い)『パラサイト 半地下の家族』が作品賞も監督賞も受賞するという、異例中の異例の快挙で番狂わせ。『1917 命をかけた伝令』はアカデミー賞の舞台では戦場を突破できなかったようです…。
まあ、でもだからといってこの『1917 命をかけた伝令』の内容に傷がついたわけではありません。この映画の素晴らしさは健在です。アカデミー賞だって撮影賞、録音賞、視覚効果賞を受賞していますからね。作品賞だけが全てではないです。
ということで『1917 命をかけた伝令』も忘れずに鑑賞してください。
語りどころもいっぱいある映画です。
まず監督があの“サム・メンデス”だということ。彼と言えば初監督作『アメリカン・ビューティー』でアカデミー賞の監督賞を獲った天才ですよ(よく考えるとこのキャリアがあるのだし、今さら賞をあげなくてもいいかと2019年は思われたのかな)。まあ、“サム・メンデス”監督はもともと舞台で活躍して高評価を得ていたので実力はじゅうぶんなのですけどね。
それ以降も『レボリューショナリー・ロード 燃え尽きるまで』などシネフィルに話題となった映画を撮り、一般観客層の間で彼の名を有名にしたのはやはり『007 スカイフォール』『007 スペクター』の二作連続でしょう。ここで一気に“サム・メンデス”監督が「大作を担える存在」に格上げされた気がする…。
そしてキャリアも最高潮な今、その次の作品として手がけたのが『1917 命をかけた伝令』でした。本作は第一次世界大戦の西部戦線を舞台にした戦争映画です。なぜ“サム・メンデス”監督がこの作品を撮ろうと思ったのか。監督は以前にも『ジャーヘッド』という作品で湾岸戦争を題材にした戦争映画を手がけているのですが、今回の『1917 命をかけた伝令』は特別な想いがあるようです。
というのも“サム・メンデス”監督の祖父がイギリス軍で西部戦線の伝令を務めていたらしく、その体験を聞いた話を基にしているのだとか。このエピソード、どっかで聞いたなと思ったら、同じく第一次世界大戦の西部戦線を題材にしたこちらはドキュメンタリー映画『彼らは生きていた』を制作したピーター・ジャクソン監督と動機が一緒。祖先の戦争体験を伝えるために戦争映画を作る…なんかいいなと思います。今しかできないことですしね(ほんと、あと2世代3世代と月日が経ったら戦争映画は作れるのだろうか…)。
そんな『1917 命をかけた伝令』。俳優陣はあまり注目されていないですが、意外に豪華な顔ぶれ。主演の“ジョージ・マッケイ”は『マローボーン家の掟』で印象的な姿を刻み込んだあの人。“ディーン=チャールズ・チャップマン”も横に並んでの出演です。
その脇を固めるのがゴージャスで、『シャザム!』や『キングスマン』でおなじみの“マーク・ストロング”、『パレードへようこそ』で高く評価された“アンドリュー・スコット”、ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』でご存知の人も多い“リチャード・マッデン”、みんなメロメロになる紳士“コリン・ファース”、最近は魔術が得意な“ベネディクト・カンバーバッチ”…と、イギリス&アイルランドの名優揃いまくり。なんだ、ただのご褒美か…。ただ、各人ほとんど出番はないので豪勢な使い方です。
もちろん戦争映画は劇場で観てこそ価値があります。大スクリーンで映像を観れば、家で観るより数十倍の臨場感があなたを直撃します。大袈裟ではなく、本当に。レンタルで映画を観るのがいつものパターンという人も、今回ばかりは映画館に足を運んでみてください。損はさせませんから。
オススメ度のチェック
ひとり | ◎(劇場鑑賞は外せない) |
友人 | ◎(みんなで映像に大興奮) |
恋人 | ◎(これぞ映画館らしい体験!) |
キッズ | ◯(戦争なので多少残酷だけど) |
『1917 命をかけた伝令』感想(ネタバレあり)
走る、走る、走る…
『1917 命をかけた伝令』の題材である第一次世界大戦の西部戦線。第一次世界大戦はさすがに理解していても、西部戦線が何なのかわかっていない人も少なくないと思います。「西部戦線」という名称からしてざっくりした感じで掴みづらいですよね。
「イギリスとフランスを始めとする連合軍」vs「ドイツ」という対立軸であり、ベルギー南部からフランス北東部にかけてが戦地となり、その戦争のそもそものきっかけは…という話はWikipediaででも調べてもらうとして…。
この戦いを語るうえでやはり特筆すべきは、第二次産業革命を経験し、工業化が先進国で浸透して以降、初となる世界的な大戦だということでしょうか。もう馬に乗って戦ったり、鎧で剣を振り回したり、そんな戦闘ではなくなったのです。最初は銃剣付きの小銃を持った歩兵が戦うだけだと想定していましたが、戦場は技術の進化によってどんどん激変。機関銃が投入され、毒ガスが投入され、戦車が投入され、飛行機が投入され…。それは同時に効率的に大量虐殺する戦争のシステムが生まれてしまったことを意味し…。
その西部戦線のスタイルは基本は塹壕戦です。地面に穴や溝をどこまでも堀り、敵陣とにらみ合い、一進一退の攻防を行う。つまりおのずと持久戦になってきます。
そんなバトルフィールドでのコミュニケーション手段は何か。この時代に当然インターネットはないですし、場所が場所だけにろくな設備も用意できません。ということは頼れるのは人間のみ。人が走って情報を運ぶ…「伝令」という役割が大事になってきます。
『1917 命をかけた伝令』は伝令のを頼まれたウィリアム・スコフィールドとトム・ブレイクという二人の若い兵士が主人公。休んでいると突然呼び出された二人は、エリンモア将軍から説明を受けます。マッケンジー大佐率いるある味方の部隊がドイツ軍の退却に便乗して攻め入ろうとして進軍しているが、実はそれはドイツ軍の戦略的な罠であり、このままでは返り討ちにあってしまう。なんとか罠に飛び込む部隊を止めるべく、マッケンジー大佐に攻撃中止の指示を伝えてほしい…。
命令は命令なので逆らうことはできませんが、必要最小限の装備で二人だけでそれを達成するのはどう考えても自殺行為。ドイツ軍は退却しているとはいえ、もしかしたらまだ潜んでいるかもしれない…。
しかし、トムは無我夢中で任務を果たすべく急ぎ足になります。なぜなら兄がその危険状態を知らずに進軍する部隊にいるから。愛する家族のためにも1秒でも無駄にはできず、冷静にはなれません。
時は1917年4月6日。1914年8月に第一次世界大戦が勃発してから約3年。ソンムの戦いのような酷い激戦を生き抜きつつも消耗し続ける若者たちは、この戦いはいつ終わるのか知りません。ただ走ることしかできず…。
計算し尽くされた戦場の撮影
『1917 命をかけた伝令』の魅力は誰が観ても同じことを言うでしょうけど、その圧倒的な映像による没入感です。
“劇場が戦場になる”感じと言えば最近はクリストファー・ノーラン監督の『ダンケルク』でも体験しました。“サム・メンデス”監督は『007 スカイフォール』のときも『ダークナイト』を意識したらしく、今回もどことなくノーラン・リスペクトを感じますね。あとスタンリー・キューブリック監督の『突撃』(1957年)への参照もあるのでしょう。
『1917 命をかけた伝令』の没入感を高めるのはもちろんアカデミー賞で撮影賞を受賞した撮影技術です。宣伝でも「ワンカット風」と呼ばれているとおり、まるで主人公をずっとカメラが追いかけているような映像に全編がなっています。英語だと「one shot」と表記されますね。
『ヴィクトリア』や『ウトヤ島、7月22日』は完全ワンカットな作品でした。
本作の場合は完全なワンカットではなくところどころ映像を切っているものをその境目がわからないように繋げたもので、ゆえにワンカット“風”と呼ばれます。『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』と同じですね。『1917 命をかけた伝令』の最も長いロングショットは8分30秒だそうです。
別に完全ワンカットと比べてワンカット風は劣っているというわけではなく、どちらともとてつもない技術と工夫が投じられており、凄いことには変わりありません。
撮影を担当した“ロジャー・ディーキンス”は『ブレードランナー 2049』に続いての連続アカデミー賞撮影賞を受賞しましたが、今回もお見事でした。
上手すぎて文句のつけようがないです。戦場を完全に活かしきっているのが本当に完璧。
例えば、冒頭は塹壕でのシーンから始まるので、あの長い塹壕をひたすらに主人公たちを追いかけて撮り続けます。ある意味、長回しに向いている環境ですね、塹壕は。そして、いざウィリアムとトムが意を決して塹壕から飛び出した瞬間、そこには荒れ果てた大地が広がるのみ。この環境がガラッと変わるのが良い味です。
そしてドイツ軍の前線に到着。そこはどうやら敵がもう撤収した後らしく、二人はドイツ軍塹壕内にあるトンネルを進み、暗い居住スペースを進みます。こんな狭い空間でよく長回し撮影できるなという感じですが、本作では「Arri ALEXA Mini LF」というデジタルシネマカメラを使用。これは高性能ながら比較的小型であり、だからこんな閉所でも対応できたのだとか。
そこでベットルームを漁っている二人。ここでのネズミを駆使した観客の視線誘導が巧みです。ちょっとTVゲーム的なテクニックな感じもします。完全に油断したところで罠が発動。大爆発。それまで観客ともどもずっと緊張感を張りつめさせながら陸上移動を見てきたのに、この地下でのまさかの攻撃に衝撃。
また廃墟となった夜の街での何とも言えないこの世の終わりのような炎と閃光に照らされる暗闇とか、いかにも“ロジャー・ディーキンス”っぽくてたまらないシーンです。
とにかくひたすらに計算し尽くされており、惚れ惚れするような撮影が拝める最高級の戦争映画なのは間違いありません。おカネ、人員、スキル、ロケーション…何もかも桁違いです。
振り出しに戻る
撮影以外で『1917 命をかけた伝令』を語るならば、本作はストーリーが極めて単純です。なにせ伝令をしに行くだけですからね。道中で多少の出会いがありますが、それが何かしらの劇的なドラマを生むでもありません。『ダンケルク』以上に本作はストイックな作りです。
ゆえに退屈さを感じる人もいるでしょう。でもこれもまた昨今の戦争映画のトレンドであり、そうなる意味があります。変にドラマチックに味付けするとそれこそお涙頂戴な感動ポルノになりますし、プロパガンダ的な戦意高揚になりかねないことも考えられます。かといって戦争批判的な社会派的アプローチを選択するのも堅苦しい。
『1917 命をかけた伝令』はあくまで戦争の真っ只中で生きた者たちの生き様を淡々と映像にすることに価値を見いだしており、それは『彼らは生きていた』と同じ、いわば事実至上主義です。“サム・メンデス”監督の祖父へ捧げるメッセージが映画最後に挿入されたように、これは鎮魂でもあります。なので本作にエンターテイメント・コンテンツとしての面白さを求めるのは少し不謹慎というか、見当はずれでしょうね。
ただ本作はストーリーも最低限ながらよくできているなと思いました。
とくに最初と最後のシーンの連結は印象的。冒頭、ウィリアム・スコフィールドが草むらの木を背に座って目覚めるシーンで始まり、ラストも同じ体制になるシーンで終わります。場所は別のところのはずなのに、まるで“振り出しに戻ったような”後味。終わらないエンドレス・ループにハマったみたいですらあるような…。
作中でマッケンジー大佐が「また今度は戦闘の開始を告げる伝令がある」なんて言ってましたが、まさにそのとおりでウィリアムの成し遂げたことはあくまでこの戦争の日常的な雑務のひとつに過ぎません。もしかしたら数日後にまた伝令を頼まれて、別の場所に命を賭けて行けと命令されるかもしれません。
本作は戦争を食い止めた男の話ではないですし、勝利に導いたヒーローの物語でもない。ただの“伝令”係というパーツを担った一兵士だけの出来事。
そのどうしようもない“ちっぽけさ”というのが際立つプロットになっており、無力感すら圧し掛かる。かなり嫌なエンディングだったな、と。
1917年4月6日はこの西部戦線にアメリカ軍が参加した日です。でも戦争はそれで終わるわけではありません。1917年は連合軍が優勢でしたが、1918年にはドイツ軍もまた攻勢をしかけ、1918年11月11日に休戦が成立するまでひたすらに攻防が続きます。
そして第一次世界大戦が終わって、それで終わりでもないのも歴史を知っているならおわかりのとおり。第二次世界大戦が起き、それ以降も私たち人類はどこかで常に戦争をしています。今もずっと。
走らなくていい日はいつか来るのでしょうか…。次に走るのは私かもしれませんし、あなたかもしれませんし、誰かはわからないのです。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 89% Audience 88%
IMDb
8.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★
作品ポスター・画像 (C)2019 Universal Pictures and Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.
以上、『1917 命をかけた伝令』の感想でした。
1917 (2019) [Japanese Review] 『1917 命をかけた伝令』考察・評価レビュー