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『ブックセラーズ』感想(ネタバレ)…ドキュメンタリーだけど読書したい気分になる

ブックセラーズ

真の愛好家が「本」の価値を唯一無二の説得力で熱く語る…ドキュメンタリー映画『ブックセラーズ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:The Booksellers
製作国:アメリカ(2019年)
日本公開日:2021年4月23日
監督:D・W・ヤング

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ぶっくせらーず
ブックセラーズ

『ブックセラーズ』あらすじ

本。それはただの読み物ではない。紙の束でも、文字の羅列でもない。業界で名を知られるブックディーラー、書店主、コレクター。本を探し、本を売り、本を愛する個性豊かな人々が登場し、本の魅力を語り尽くす。さらに、ビル・ゲイツが史上最高額で競り落としたレオナルド・ダ・ビンチのレスター手稿、「不思議の国のアリス」のオリジナル原稿、「若草物語」のルイザ・メイ・オルコットが偽名で執筆したパルプ小説といった希少本まで登場。

『ブックセラーズ』感想(ネタバレなし)

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読書のための、観る“まえがき”

最初に謝らないといけません。私はこのコロナ禍になってからというもの、本というものから少し遠ざかってしまっているということを。

以前と比べると書店に足を運ぶ回数も減り、図書館にすらも行きづらくなってしまいました。電子書籍の利便性に頼ってしまうことも多々です。気になる本はいっぱいあるし、時間があればいくらでも読みたいのですけどね…。

そんな私がこのドキュメンタリー映画を観る資格はあるのかとやや申し訳なさで頭が上がらないのですが、でも紹介します。それが本作『ブックセラーズ』です。

本作は超雑に言ってしまえば「本の魅力」というものを教えてくれるドキュメンタリー作品です。でもその魅力というのはそんじゃそこらのありきたりなセールストークとはわけが違います。ましてやいまだに日本の学校とかで聞かれるような「活字を読みましょう!」なんていう頓珍漢なお説教とは次元が違います。

そもそも「ゲームばっかりしてないで~、テレビばっかり見てないで~、スマホばっかり触ってないで~」と前置きを加えつつ、本を読むように叱ってくる大人に言いたい。じゃあ、あなたは本の魅力を伝えられますか?…と。

本って何がそんなにいいのでしょうか。本にはどんな価値があるのでしょうか。

この『ブックセラーズ』は真の愛好家が「本」の価値を唯一無二の説得力で熱く語る、マニアック全開の一作です。そこには本を読ませようという商業的誘導も教育的指導もありません。ただ純粋に本への愛を語り尽くしているだけです。

こうやって説明すると「なんだか私には立ち入れない世界な気がする…」と一歩下がってしまう人もいるかもしれません。確かにそうやって謙遜してしまう感じはよくわかります。

でも大丈夫です。このドキュメンタリーはマニアの世界へとズカズカ入っていくわりに、初心者を振るい落とすようなマネはしません。本ページをゆっくりと開き、わざわざ注釈まで丁寧につけてくれるような、そんな優しさもあります。

まず何よりも登場する人たちが面白いです。タイトルのとおり、本作は「ブックセラー」、つまり「本を売る人」がメインとなっています。当然、そこには「本を買う人」もいます。

そうやって聞くと、なんだかTSUTAYAとかで本を売り買いする庶民的なイメージがもわんもわんと頭に浮かんできますが、本作で映し出されるのはそういうのではなく。

間違いなくプロフェッショナルな人たちばかり。しかも個性が強い。そして、本作はそういうプロの人たちに熱く語ってもらいつつ、こっちの観客としてはそんな尖ったプロの人たちを観察するという楽しみもあったりするわけです。

ほんと、面白い人ばっかりですよ。本への偏愛が凄まじいです。あと時折入るユーモアもいいですし。

さらに本作は現代的なトピックも幅広く網羅しており、そこも抜かりありません。例えば、この業界における白人中心主義に対してアフリカ系の人たちはどう向き合ってきたのか、とか。または、男性支配的な業界構造における女性のエンパワーメントはどうなされたのか。別の視点で言えば、世代間の考え方の違いはどうなっているのか、そしてインターネットの発達がどういう影響をもたらしたのか。

これらの話題が整理されていき、本の歴史がペラペラとめくられていきます。

監督は“D・W・ヤング”という人物で、これまで数多くの短編ドキュメンタリーを手がけてきています。

『ブックセラーズ』を観ればきっと本を読みたくなる、いや、それ以上に本を大切にしたくなる…そういうドキュメンタリーです。ちなみに日本での公開日である4月23日は「World Book Day」でもあります。

このドキュメンタリーは読書のための、観る「まえがき」みたいなものです。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:本好きにはたまらない
友人 3.0:本を語り合る仲と
恋人 3.0:本への愛がある人と
キッズ 3.0:本の歴史を学べる
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ブックセラーズ』感想(ネタバレあり)

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本に魅せられた多様な人たち

読書は逃避だと言う人がいる。日常から空想の世界へ、本の世界への逃避だと。いや、それ以上に本は人を完全にするものなのだ。

そんな言葉で始まる本作『ブックセラーズ』。

この作品では実にたくさんの本に魅せられた人たちが登場します。その誰もが現実逃避で引きこもっている人間ではありません。むしろ本という最強のアイテムを駆使して、現実と強固に繋がっています。

そういう古い本を主に扱う、セラー、ディーラー、コレクター、鑑定士…。肩書は個人個人で違ってきます。人種も性別も年齢も多様で、興味を持つ本の種類だって魔術書からヘミングウェイまでバラエティ豊か。

本作に登場する人たちをいくつか抜粋すると…。

デイヴ・バーグマンは大型本が大好きで、明らかに重そうで四苦八苦していますが、その重みも幸せに変換される様子。歴史あるアーゴシー書店を経営するジュディス・ローリー、ナオミ・ハンブル、アディナ・コーエンの3姉妹は、自社ビルを土台に地域の本の文化を支えています。ジム・カミンズはエドガー・アラン・ポーの「タマレーン」初版本を購入し、着々とコレクションを充実。アーサー・フルニエはエフェメラの収集にも熱が入っています。スティーヴン・マッシーは史上最高額の本となったダ・ヴィンチのハマー手稿(レスター手稿)の競売人としてその世紀の瞬間に関わりました。ビビ・モハメドは革製本の最も有名なディーラーであり、本というよりは豪華な装飾品のようなアートな品々に誇りを持っています。ヘザー・オドネルは1927年創業の老舗ストランド書店で10代の頃から働き、この世界にどっぷり浸かってきました。レベッカ・ロムニーは人気テレビ番組「アメリカお宝鑑定団ポーンスターズ」に出演して有名になった若手ブックセラーで、若さ溢れる挑戦心に燃えています。ジャスティン・シラーは先駆的な児童書のスペシャリストで、文学において貴重な本も持っています。アダム・ワインバーガーは書店を持ちませんが、ブックハンターとしてならどこへでも行きます。ヘンリー・ウェッセルズのコレクター魂も誰にも負けません。ケヴィン・ヤングはニューヨーク公共図書館ショーンバーグ黒人文化研究センターの所長であり、やっぱり本質は本のマニア。ニコラス・D・ローリーは鑑定士で、お手本のようなカイゼル髭がトレードマーク。ジェイ・ウォーカーは何よりも個人図書館が一番の自慢。シリータ・ゲーツは若手ながらヒップホップのアーカイヴィストとして新たな開拓をしています。ウィリアム・リースは最も偉大な希少本ディーラーであり、ホワイトハウスで表彰されたことも。キャロライン・シンメルは世界で最も重要な女性作家コレクションの持ち主であり、その価値を男性中心の業界に認知させました。

…と、ひたすらに書きまくってしまいましたが、これでも全員ではありません。本作に映し出される人たちの多様性がわかってもらえればそれで良し。

しかし、作中でも言及されていたように、こういう古本を取り扱うマニアはなぜか中高年男性白人というイメージであり、確かに私もそんな印象を無自覚に持っていました。

やっぱり『チャーリング・クロス街84番地』みたいに映画の先入観というのは大きいのでしょうかね。よく考えると日本でも本屋とか図書館に陣取っているのはたいていは老人という印象が濃すぎるんですよね。まあ、確かに実際に図書館に行くと、場所や時間帯にもよるのですが、高齢者は多いです。あと、なんか人付き合いが悪く、小難しい人というラベルも貼られやすいです。人間よりも本が好きな非社交的な存在みたいに…。

しかし、最近は『ある女流作家の罪と罰』のように業界のメインステージに立てなかった人を映す映画も現れていますし、状況は違ってくるかもしれません。

何よりもこの『ブックセラーズ』を一度観てしまえばそんな古臭い固定観念は吹き飛びますね。

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本への分厚い愛

『ブックセラーズ』は単にたくさんの愛好家を映すだけでなく、その愛し方の多様さまでも披露してくれます。

作中に出てくる多くの人が対象としているのは「希少本(稀覯本)」。文字どおりレアな本で、ものによってはとんでもない金額がつけられます。ただ、ブックセラーたちは別に億万長者になりたいわけでもなく、純粋に収集愛を全開にしているだけです。

実物大になっている化石の魚類の図版を広げて、「プレイボーイの折り込みより凄いだろう」と満面の笑みを浮かべるオッサンがいる世界のなんと平和なことか。あれだって動物学的に相当に貴重な学術書のはずなんですけどね。

また、古い本ばかりではありません。90年代のヒップホップのライター記事を収集していたりもしましたが、あれなんて普通に研究として価値があるし、正直、ネットとかで公開して誰でも読めるようにしてほしいと思うくらいです。たぶん読みたい人は日本にも大勢いるはず…。

男性社会である本の世界で女性関連の書籍の価値を理解させたという人もいたように、新しい視点が持ち込まれることで、さらにその業界に眠っていた本に光があたる。「ポリコレで表現の自由が…」としつこく繰り返す人は多いですが、少なくとも本の世界では新規の価値観の登場は、新たな発掘の面白さへと連鎖していくものなんですね。

私が本作を観ていて面白いなと思ったのは、ブックセラーたちの本の管理の仕方。高価なものが多いですし、さぞかし厳重なのかなと思ったら別にそんなことはない。普通に本棚に並べて置くだけ。特別な部屋でもないですし、猫すら飼ってたりする。たぶんそこらへんの図書館より雑な管理、というか私の部屋の本より保管が大雑把な気もする…。

でもおそらくあのブックセラーたちはそこも含めて「本」であるという認識なのかなと思います。むしろアクリルガラスとかに入れて、美術品のように保管されるとそれは「本」ではない。「本」というのは本棚に並べて、年月の中で埃をかぶり、多少の劣化もありながら、存在し続けるもの。何よりも人に読まれてこその「本」である。そういう価値観なのではないかな、と。

ブックセラーたちは本を「商品管理」しているわけでもない。本は本なんですね。それがきっとあの人たちの愛なんでしょう。

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インターネットは本を破壊する?

そんなブックセラーの中には、大きな危機感を感じている人もいます。それはインターネットの影響力。

これは日本だってずっと指摘されてきていたことですし、今さらな気もします。しかし、本作で危惧されていることは、ちょっと世間的によく聞くものとは違いました。

思えば、私がよく耳に目にしていた「インターネットによる本の破壊」はあくまで商業的なビジネスの話題ばかりでした。例えば、紙の本が売れなくなるだとか。そうなると本屋が潰れるだとか。

もしくは活字離れになって悪影響がうんたらかんたらというような、なんだかよくわからない説教だったりもします。

でも『ブックセラーズ』が言いたいことはそうではありません。例を挙げれば、パソコンでの執筆が主流になることで草稿が必要なくなり、どうやって作品が生まれたのかという過程を知れなくなるとか。カバーや装飾といったアート的な側面が消えうせるとか。さらにはネットのオンラインサイトで一瞬で全巻を揃えられるので、本をハントしていく醍醐味というものが消えるとか。

つまり、ブックセラーたちは本のビジネスを心配しているのではなく、本の文化の風化に懸念を表明しているのでした。

確かにかつてはあんなに電子書籍を敵視していた日本の大手出版社たちは今では自分から電子書籍サービスを立ち上げ、すっかり手のひら返しです。結局は儲かればいいという世界です。

ブックセラーたちにしてみればそういう本を金儲けにして薄利多売する巨大企業も総じてインターネットと同類の親和性の高い敵なんでしょうね。

こういう売れる本だけが、もっと言えばカネになる本だけが重視される世界こそが、ブックセラーたちの恐れている地獄。この感覚はよくわかります。私の趣味とする映画界も同じです。映画も動画配信サービスと登場で映画の存在意義が揺れましたが、映画が劇場で流れるかスクリーンで流れるかはあまり本質的ではないと私も思っていて…。大事なのは結果的にどういう映画に有利になるのかということです。今の映画界はとにかく興行収入を叩きだせる映画ばかりが重視されます。

日本だってそのとおりです。去年のコロナ禍の2020年は映画界は散々だったのですが、あるひとつの作品が記録的な大ヒットを達成したことで、映画界隈をよく知らない人からは「映画業界ってコロナの影響をそんなに受けてないでしょ? だってあの映画、○○○億円も稼いでいるんだし」とか言われたりしました。でもそれは違う。映画はヒットしている作品だけじゃない、むしろその他にも無数の作品があって、それによって映画文化が支えられているわけで、ひとつのヒット作が生まれても一部の大企業が利益を上げるだけなんですよね。ひとつのヒット作に集中すると、映画を語り合う文化はしぼんでいきます。みんなが見ているらしいアレを自分も見逃すとマズいという「FOMO」だけが動機になっちゃいますし…。

インターネットが本を破壊するというよりは、インターネットに多い独占的な市場主義構造が本を破壊すると言った方がいいのかもしれません。

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本は貸すな、自分で愛そう

『ブックセラーズ』のオチ担当と言えるフラン・レボウィッツ。有名な人で、Netflixにドキュメンタリーシリーズ『都市を歩くように -フラン・レボウィッツの視点-』という作品もあるので、気になったら見てみてください。

そのフラン・レボウィッツのように好き勝手に辛口に批評できたり、はたまた若い人たちは悲観することなく新しいアイディアを形にできたり、そういう世界が何よりも求められます。

『ブックセラーズ』はどの業界にも通じる普遍的な未来への道筋を教えてくれた気がしました。

本もまたその読者を読む。正しい読者でいよう。

『ブックセラーズ』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 90% Audience 71%
IMDb
6.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0

作品ポスター・画像 (C)2019 Blackletter Films LLC All Rights Reserved

以上、『ブックセラーズ』の感想でした。

The Booksellers (2019) [Japanese Review] 『ブックセラーズ』考察・評価レビュー