当事者に任せてください…「Netflix」ドキュメンタリー映画『アウトスタンディング: コメディ・レボリューション』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2024年)
日本では劇場未公開:2024年にNetflixで配信
監督:ペイジ・フルビッツ
LGBTQ差別描写
あうとすたんでぃんぐ こめでぃれぼりゅーしょん
『アウトスタンディング コメディ・レボリューション』簡単紹介
『アウトスタンディング コメディ・レボリューション』感想(ネタバレなし)
笑えない現実だからこそ笑う
6月は世界的に「プライド月間」としてセクシュアル・マイノリティの連帯を深め、誇りを胸に、喜びを分かち合う…そんな期間となっています。ということで6月は何かとLGBTQ関連の催しも多く、世界のニュースを眺めていると少し幸せになれます。
しかし、そう気楽でもいられません。アメリカでは大統領選挙の年です。つまり、便乗するように陰湿で支離滅裂な差別言説が激しくなるということでもあります。実際、保守系のロビー団体として有名な「ヘリテージ財団」は「Project 2025」というマニフェストを公表し(LGBTQ Nation)、極右や保守を奮い立たせ、自分たちの理想とする世界を築くために拳を掲げています。その中では無論、多様性は排除されています。反”多様性”レトリックで誤魔化すことすらせず、敵意剥き出しです。
そんな相手と戦うわけですから、当然負けないためにフルパワー満タンで挑む必要があります。しかし、先日の大統領候補討論会でドナルド・トランプと対峙したジョー・バイデンは虚無な反論が目立ち(The Mary Sue)、思わずみんな「大丈夫そ? もう違う人に交代したら?」と心配しないといけない始末(The Daily Beast)。
では日本はどうか。日本も酷いです。去年の2023年の「LGBT理解増進法」の施行からちょうど1年(朝日新聞)。日本の当事者にとっては悪意に満ちたバックラッシュの中でサンドバッグにされ続けた1年でした。その間、政治はと言えば、円安とどっちが低いのかわからないほどに支持率が沈下している総理が、「理解と議論を深める」としか言わないBotと化し、生成AIレベルの機械的な説明答弁を繰り返すのみ(Yahoo)。直近の東京都知事選は「俺って面白いだろ?」と自惚れているだけで何も面白くない人たちによるポスター荒らしの場と成り下がり、マイノリティをネタにする政治の茶番劇に当事者はうんざりしています。
絶望したくもなります。だからこそ、どう闘うべきなのか。
当事者に寄り添った専門的な良書を届けるのも良し。交流会などで輪を広げるのも良し。メディアの適切な報道を増やすのも良し。
でも「笑い」というのもひとつの抵抗手段になります。
今回紹介するドキュメンタリー映画は、そんな「笑い」を武器に立ち上がり続けたLGBTQコメディアンたちの軌跡を追いかけた作品です。
それが本作『アウトスタンディング コメディ・レボリューション』。
本作は、アメリカにおけるスタンドアップ・パフォーマンスを原点に持つコメディがLGBTQとどう歴史的に関わってきたのかを整理し、多くのLGBTQ当事者であるコメディアンの語りとともに届けるという内容になっています。
「笑い」というのは、ときにLGBTQを苦しめるものになったり、LGBTQを励ますものになったりしてきました。その歴史が約90分にまとめられていて、気軽に学べます。
作中で登場するLGBTQコメディアンたちは多彩な顔触れ。
ざっと名前だけ挙げると…(あいうえお順)
”アレック・マパ”、”エディ・イザード”、”エレン・デジェネレス”、”ガイ・ブラナム”、”カレン・ウィリアムズ”、”KJ・ホワイトヘッド”、”ケイト・クリントン”、“サンドラ・バーンハード”、”ジェーン・ワグナー”、“ジュディ・ゴールド”、”ジョエル・キム・ブースター”、”スコット・トンプソン”、”スザンヌ・ウェステンホーファー”、”ソロモン・ジョルジオ”、”ティグ・ノタロ”、”トッド・グラス“、”トリクシー・マテル”、”パティ・ハリソン”、”ハンナ・ギャズビー”、“フォーチュン・フィームスター”、“ブルース・ヴィランチ”、”ボブ・スミス”、“マーガレット・チョー”、”リア・デラリア”、”リバー・ブッチャー”、“リリー・トムリン”、“ロージー・オドネル”、“ロジャー・Q・メイソン”、“ロビン・タイラー”、”ロズ・ヘルナンデス”、”ロビン・トラン”、”ワンダ・サイクス”…などなど。
歴史解説では、トランスジェンダー史を専門とする”スーザン・ストライカー”も出演しています。
本作を観て、笑われるくらいなら笑ってやる…の精神でいきましょう。私たちが笑顔になるために…。
『アウトスタンディング コメディ・レボリューション』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2024年6月18日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :元気も貰える |
友人 | :当事者同士で |
恋人 | :関心あれば |
キッズ | :社会勉強に |
『アウトスタンディング コメディ・レボリューション』感想/考察(ネタバレあり)
LGBTQを嘲笑う者たち
ここから『アウトスタンディング コメディ・レボリューション』のネタバレありの感想本文です。
『アウトスタンディング コメディ・レボリューション』は2022年5月7日に開催された「スタンドアウト(STANDOUT)」というイベントをまず映し出します。LGBTQ+のコメディアンたちがロサンゼルスのグリーク劇場(グリーク・シアター)に集結するという夢の大舞台です。しかし、ここまで来るのに何世代ものの苦難の道がありました。
セクシュアル・マイノリティとコメディの接点は昔からあって、本作では1920年代の栄華に触れられます。”レイ・バーボン”、”グラディス・ベントレー”、”ベッシー・ボーンヒル”、”ジーン・マリン”、”エラ・ウェズナー”…。まだ「LGBT」という言葉どころか「ゲイ」という言葉すらなかった時代。性規範から逸脱した者と粗雑に扱われようとも、そこにはマイノリティたちにエンターテインメントを届ける人たちがいました。
しかし、第1次世界大戦と第2次世界大戦によって世界の規範は大きく揺らぎ、堅牢な保守化の波が押し寄せます。ジェンダーの規範は強化され、「ラベンダーの恐怖」など、多くの当事者は迫害の対象となります。
1950年代から1960年代にかけて、アメリカのコメディ界はシス・ストレート男性が独占します。そのうえ、多くはゲイをバカにして、ゲイだと思われることを笑いにするのが鉄板に…。「この人、同性愛者なんじゃないの? ゲラゲラwww」というやつです。
1970年代はゲイ権利運動とバックラッシュが激しく交互にぶつかり合います。反同性愛活動家の“アニタ・ブライアント”のように芸能関係者が露骨に敵対することも…(作中で映っていましたが「FUCK YOU ANITA!」のシャツで対抗したくもなる)。エイズ/HIV危機でさえもまたもゲイを嘲笑う文化が沸きます(大勢が死んでいるというのに)。
そして2010年~2020年代。今度はゲイではなく、トランスジェンダーが嘲笑のターゲットにされています。手口は同じ。作中では、醜悪な差別パフォーマンスで問題視された“デイブ・シャペル”が取り上げられていました。これは「Netflix」配信のコメディ・ショーであり、その批判を同じく「Netflix」配信となった本作がするという意味。わかってますか、Netflixさん…。
LGBTQを差別的に嘲笑する人は「これこそタブーを気にしないコメディの在り方だ」と自画自賛しているのですけど、実際にやっていることはマイノリティを差別したい権力に都合よく媚び売っているだけで、全然タブーでも何でもないです。
差別をジョークで装うことはただのヘイトスピーチでしかない。そしてそれは歴史的にずっと繰り返されてきた常套手段の攻撃であったこと。嫌というほどに噛みしめられます。
この緊張感と恐怖は経験した者にだけわかる
『アウトスタンディング コメディ・レボリューション』はそんなLGBTQを差別的に嘲笑するクソみたいな世界に対して「クソだね」と声を上げる…そういうコメディアンの姿をたくさん紹介していきます。
ここで「LGBTQをネタにする非当事者コメディアン」と「LGBTQをネタにする当事者コメディアン」の違いというものが、すごくハッキリ浮き彫りになります。
「LGBTQをネタにする非当事者コメディアン」(そしてそれは往々にして当事者を嘲笑するだけ)は、LGBTQというものを他者化しており、しょせんは自分の実人生とは関係ありません。だから余裕でいられます。ゲイのふりをして、トランスのふりをして、どんなに滑稽にみせようとも、自身に実害はなく、好きな時に切り離せるのです。
対する「LGBTQをネタにする当事者コメディアン」はどうか。本作で描かれるのは、テレビによって全盛期を迎えたコメディ界における、LGBTQコメディアンたちの緊張感です。
当時の多くの当事者コメディアンは自身の性的指向や性同一性を世間に隠していました。よっぽど親しい人には言っていたようですが、業界で公にはできません。それは露呈してしまえば、職を失い、将来のキャリアまで台無しにし、家族にさえ見放されることがじゅうぶんに起きうるからです。
当事者がコメディの舞台に立つというのは恐怖との戦いでした。それは非当事者が絶対に経験したことのない戦慄でしょう。
カミングアウトのエピソードでたいていは取り上げられる“エレン・デジェネレス”の一件は何度見ても胃がキリキリします。番組内で実は当事者同士で話しているものの、それを明言はできずに、「レズビアン」を「レバノン」に置き換えて絶妙に場を繋ぐ。こんなことをするしかない時代が確かにあった…。
笑えるようになる前に、こんなにも笑えないシチュエーションをたくさん体験しなきゃいけなかった…かつての当事者の苦悩。
それでもその苦難を乗り越え、LGBTQコメディアンはジョークを通じて偏見やヘイトを告発する活動家(アクティビスト)となりました。
それはLGBTQコミュニティ外に向けられる告発に留まらず、内部に向けられる告発もありました。かつて黒人の”リチャード・プライヤー”が白人主体のゲイ・イベントを非難したように、この界隈の人種的な隔たりは大きな問題です。”マーガレット・チョー”や”ジョエル・キム・ブースター”のようなアジア系のコメディアンの目立った活躍は本当に最近になってやっとです。
常に積み重ねの結果です。1979年にファニー・ウィメンズ・ショーに立った”ロビン・タイラー”が16歳の時にゲイとカミングアウトし、レズビアンという言葉に巡り合い、ニューヨークで”パット・ハリソン”とコンビを組んで…そんな開拓の時代でも、先駆者が刺激を与えていたりして…。クィア黒人女性のコメディアンの歴史を切り開いた“マムズ・メイブリー”とかも、私はもっと知りたかったな…。
そうやって今に至る。次の未来に現在進行形で繋がっている。コメディは社会問題を反映する鏡であり、バトンを渡してもいるのだということがよくわかります。
日本のお笑いの業界は…
そんな『アウトスタンディング コメディ・レボリューション』を観ていて、私はどうしても日本の現状を思わずにはいられませんでした。
日本もテレビを中心とした芸能界はゲイやトランスを嘲笑のネタとして好き勝手に弄んできました。2ちゃんねるやニコニコ動画を発祥とするネット文化も同性愛者をこぞってネタにして遊んできた経緯があり、それは2024年時点の今もあちこちに拡散して続けています。
そうやって考えると、今の日本は1950~1960年代のアメリカと同列の水準と言えるのかもしれません。
しかし、少し違うのはそんな日本でも最新のLGBTQ権利運動の人権意識に基づいてちゃんと向き合うとしている人も少数ながらいるということです。そういう意味では、今の日本は非常に二極化した業界の振り幅があり、当事者は一喜一憂が激しくなりがちです。
LGBTQ差別構造を捉えた先駆的なドラマが放送されて嬉しくなったり、かと思えば基本用語さえろくに使いこなせていない稚拙な番組が現れたり…(J-CAST)。昔ながらのニューハーフ系タレントがいまだにLGBTQ権利運動に冷笑的だったり、ゲイを公表する芸能人が差別に加担していたり、「当事者=味方」とは言えない状況も多く、日本の保守的な地盤の根深さが実感される日々です。
でもきっとそんな世の中でも、必死に耐えて隠れながらも頑張っている当事者の人がどこかにいるんですよね。カミングアウトして、連帯を表明する当事者もわずかにでてきています。
日本のお笑いの業界は特定の企業の力が圧倒的に強く、そう簡単に歯向かえないほどに強敵でしょう。それに立ち向かうのはそれこそタブーです。
けれども「笑い」の力はいつかそんな相手を凌駕し、社会に片隅で怯えるマイノリティに笑顔を与えてくれる。そんな未来を信じています。
「stand up(抵抗する)」するのが、スタンドアップ・コメディアンの使命です。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
◎(充実)
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・『テレビが見たLGBTQ』
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作品ポスター・画像 (C)Netflix アウトスタンディンク
以上、『アウトスタンディング コメディ・レボリューション』の感想でした。
Outstanding: A Comedy Revolution (2024) [Japanese Review] 『アウトスタンディング コメディ・レボリューション』考察・評価レビュー
#LGBTQ歴史 #ゲイ #レズビアン #トランスジェンダー