怒りのハル・ベリーがぶん殴る…Netflix映画『ブルーズド 打ちのめされても』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ・イギリス(2020年)
日本では劇場未公開:2021年にNetflixで配信
監督:ハル・ベリー
DV-家庭内暴力-描写 児童虐待描写 性暴力描写
ブルーズド 打ちのめされても
ぶるーずど うちのめされても
『ブルーズド 打ちのめされても』あらすじ
屈辱的な敗北を喫した総合格闘家の女性。その負けは格闘家としてのキャリアを終わらせ、今は過去を引きずるだけの惨めな生活を送っていた。しかし、偶然にも参戦してしまった闇試合のせいで、一部の業界で注目を集めることになってしまう。さらに、かつて手放した幼い息子と再会し、負けられない理由も生まれる。ファイターとして、母親として、再起を図る最後のチャンスを掴むべく立ち上がる。
『ブルーズド 打ちのめされても』感想(ネタバレなし)
ハル・ベリー監督デビュー作
アフリカ系アメリカ人の女性の俳優として映画業界で活躍するのは簡単ではありません。人種差別と女性差別の二重の差別がぶつかってくるわけですから。しかし、2020年代になると数多くのアフリカ系アメリカ人の女優が前面で目立つようになってきました。まだ差別は残っていますが、時代は変わりつつあります。
そんな過去、とくに1990年代において、今の時代を切り開く先人となったアフリカ系アメリカ人の女優がいました。その人とは“ハル・ベリー”です。
俳優として活動し始めたのは、1990年代。この頃はそこまで話題ではありませんでした。1991年のスパイク・リー監督の『ジャングル・フィーバー』、1992年のレジナルド・ハドリン監督の『ブーメラン』など、地道にキャリアを積み重ねていきます。
流れが変わったのは1999年。『アカデミー 栄光と悲劇』というテレビ映画で、アフリカ系アメリカ人の女優として初めてアカデミー賞にノミネートされた女優“ドロシー・ダンドリッジ”を描いた伝記映画なのですが、この作品で主役を熱演し、見事にゴールデングローブ賞の主演女優賞にノミネート。さらに2001年の『チョコレート』でアカデミー賞主演女優賞を受賞し、キャリアが一気に頂点へ。
このあたりから『X-MEN』や『007 ダイ・アナザー・デイ』など大作エンタメ映画の出演も頻出し、すっかりブロックバスター映画の顔としてのヒロインにもなるのですが、必ずしも良い結果にはならず…。『キャットウーマン』は大不評でしたし、『クラウド アトラス』はさすがにマオリ族とインド人の役をやるのは無理があった…。まあ、“ハル・ベリー”の演技力の問題じゃなくて、完全にキャスティング側やプロットのせいなんですけどね…。
その後も『キングスマン ゴールデン・サークル』や『ジョン・ウィック パラベラム』などエンタメへの出演もしていましたが、賞に輝くような世界とはすっかり縁遠くなっていました。
しかし、2021年、“ハル・ベリー”のキャリアは新しいステージへ突入です。なんと初の監督作を手がけ、自身で主演もしたのです。それが本作『ブルーズド 打ちのめされても』。
本作は総合格闘技が題材になっており、引退していた女性が再度その世界で闘志を燃やす姿を描くアツい映画です。なんでも“ハル・ベリー”は総合格闘技の大ファンだそうで、本作にも気合いが入ってます。“ハル・ベリー”が己の肉体ひとつで、ときに血生臭いファイティング・シーンを熱演しており、それだけでも見ごたえがあります。“ハル・ベリー”はもう55歳なのですが、なんだか年齢が行方不明になってる…。
加えて『ブルーズド 打ちのめされても』はレズビアン・ロマンスも主軸にあって、さながらレズビアン版『ロッキー』ですよ。ちゃんとトレーニングのシーンもあります。
共演は、トレーナー役で“シーラ・アティム”が出演。“シーラ・アティム”はすでに舞台劇で高い評価を得ている俳優ですが、ドラマ『地下鉄道 自由への旅路』でも短い出番ながら本当に素晴らしい名演で…。今回の『ブルーズド 打ちのめされても』でもその魅力に釘付けです。
他にも、『X-MEN: フューチャー&パスト』の“エイダン・カント”、『密航者』の“シャミア・アンダーソン”、『レディ・バード』の“スティーヴン・ヘンダーソン”など。
『ブルーズド 打ちのめされても』について注意点があるとすれば、本作は性暴力(直接描写は少ない)、DVや児童虐待(これらは描写はある)などを取り扱っており、主人公がそのトラウマと向き合う葛藤のストーリーとなっているということ。かなりガッツリと心理的なダメージを受けている女性の姿を生々しく活写していますし、経験者のフラッシュバック等を刺激する要素もあるので、鑑賞時は気を付けてください。
『ブルーズド 打ちのめされても』は日本では劇場公開されておらず、Netflixで独占配信中です。
『ブルーズド 打ちのめされても』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2021年11月24日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :俳優ファンは必見 |
友人 | :趣味の合う者同士で |
恋人 | :同性ロマンスあり |
キッズ | :暴力描写あり |
『ブルーズド 打ちのめされても』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):戦うのをやめた女
アメリカの総合格闘技団体「UFC」が女子部門を設立して以降、その人気は絶好調。今や女性は闘えないなどとほざく人間はいません。女子総合格闘競技は大盛況で熱気に包まれていました。
この女子総合格闘競技の世界で10戦10勝のファイターだったジャッキー・“プリティ・ブル”・ジャスティス。ところがある試合で完膚なきまでボコボコにされるという衝撃の敗北となり、業界をざわつかせます。
それから月日は経過し…。
ジャッキーは掃除婦として働いていました。しかし、その家主の子どもの悪ふざけにブチ切れて、その子の携帯を床に叩きつけて壊してしまい、あっけなくクビとなってしまいます。
夜の街では「あの女、元UFCのファイターだ…こんな負け方をして引退したのか?」と馬鹿にされる始末。
帰宅すると、ジャッキーの昔からのマネージャーで同棲している男・デシ(デマルコ)がおり、「やるならリングに戻れ、お前は生まれつきのファイターだろ」とけしかけてきます。しかし、ジャッキーは「もう戦いたくない」と後ろ向き。怒りをぶつけるようにセックスに付き合わされ…。
気分転換に地下格闘技場に連れていかれたジャッキー。ここで試合に出るドミニカ人と契約するらしいですが、血まみれで倒れるファイターに複雑な表情を浮かべます。すると、正体がバレたことで観客に煽られ、巨体のファイターに挑発され、ジャッキーはカチンと来て殴ってしまします。足技からの押さえ込み、そして頭突きの連打により、相手をぶっ倒してしまいました。
その地下を出ると、インビクタFCを運営している男・イマキュレートが話しかけてきます。「うちのトレーナーに会ってくれ」と。なんでもブッダカンという名前だそうです。
車で帰っているところで、今度は母であるエンジェルが現れました。久しぶりの再会ですが、家の前になぜいるのか。母は家の玄関に座り込んでいる男の子を指差し、「あそこにいる子どもはあんたの子だ。若い娘が連れてきた。父親は死んだ、撃たれたらしい、潜入捜査がバレたとか…」と矢継ぎ早に説明。ジャッキーは動揺します。
朝。とりあずのその子、マニーは家に置いていますが、マニーは睨みつけるばかりで喋らず、ジャッキーも睨み返すだけ。
家にも居づらいのでジャッキーはブッダカンがいるというジムに向かいます。ブッダカンと呼ばれる人は、なにやら瞑想みたいなことをしていました。手始めに体力テスト。ハードです。そして模擬戦。怒りを発揮するとギラリと才能を見せるジャッキー。
家に帰ると、マニーは風呂場でタオルをかぶっていました。やっぱり喋りません。マニーを学校に行かせるために、母に出生証明書を貰っていないかを聞きに行きます。
ブッダカンの本名はボビーというそうで、タイトルマッチをセッティングしてくれました。勝てば大金。
ところがデシはジャッキーが独断で行動していることに不満らしく、口論となります。その間にマニーが勝手に使った電子レンジでボヤが起き、デシはマニーを怒鳴りつけて手を出そうとしますが、ジャッキーは前に立ちはだかってかばいます。
こんなこともありつつ、ジムでトレーニングを続けますが…。
ハル・ベリー、頑張りすぎ
『ブルーズド 打ちのめされても』、基本的な主軸はスポーツ映画です。落ち目となって社会の片隅で生きる人間が、恋をして、再起して…その構図は完全に『ロッキー』そのもの。
今作で見事に主役を熱演した“ハル・ベリー”は本当に見事でした。昔はアクション映画にも出て、それこそ『キャットウーマン』なんかではお色気がムンムンと漂うポージングと衣装で起用されたりもしていましたが、この『ブルーズド 打ちのめされても』はそんなもの皆無。ひたすらに怒りが攻撃へと転化されていくような、アグレッシブな戦闘の連発。序盤の闇格闘場での巨体ファイターを圧倒するシーンなんかは圧巻です。もうあのままアンダーグラウンドな格闘技の世界で頂点をとってもいいような…。
“ハル・ベリー”も相当に肉体トレーニングをしたはず。こういう映画で筋力を鍛えて役作りをするというのは定番ですけど、忘れてはいけないことなのですが、女性と男性とではその難易度は違います。もともと筋力がつきやすいことが多い生理学的な傾向を持つ男性が感じる肉体トレーニングのハードルと、生理や出産などでコンディションが大幅に乱高下することになる女性が感じる肉体トレーニングのハードル、その高さはまるで別物です。なので“ハル・ベリー”は年齢的にもかなり頑張っていると思います。
終盤では、ついにタイトルマッチの開戦。ここで闘う相手であるルシア・“レディ・キラー”・チャベス。演じているのは、“ヴァレンティーナ・シェフチェンコ”という本物の女性総合格闘家であり、UFC世界女子フライ級王者(ちなみに33歳)。素人の“ハル・ベリー”がこんなプロ相手に迫真のバトルを見せなければいけないなんて大変ですが、完璧に試合を見せきっていました。
しかも、これもうっかりすると忘れそうですけど、今作、“ハル・ベリー”は監督も兼任しているのです。あれだけ自分に鞭打つ演技をやり続けなくてはいけない環境下で、作品全体をディレクションしていく。これは初監督の人がやるような仕事じゃないですよね。
今作で“ハル・ベリー”はもう“シルヴェスター・スタローン”に匹敵する、いや超えたかもしれないキャリアの到達点に突き進んでいるのではないでしょうか。
負けた理由
王道なスポーツ映画でありながら、『ブルーズド 打ちのめされても』にはもうひとつのテーマがあり、それは「女性がトラウマを抱えたとき、それとどう立ち向かうか」ということ。
本作の主人公であるジャッキーは、なぜ実力があったはずなのに屈辱的な敗北したのか。それは作中で暗示されるようにマネージャーの男による支配と圧力下で暴力への恐怖を植え付けられたからであり、完全にPTSDのような状態のまま試合に参戦させられ、恐怖に身動きできずに負けたのでした。
また、ジャッキーは男との交友が多かった母親との生活の中で家庭内で性的暴行を子どもの頃から受けたことを告白します。なのでジャッキーは幼い年齢ですでに男性への恐怖心が体に染み込んでいたのでしょう。
そんなジャッキーが戦うのをやめてしまい、文字どおり拳をあげることもできずに、ただ男の支配化に置かれたまま過ごしていく。DVの典型的なパターンであり、本作はそこから抜け出す物語でもあります。
なお、“ハル・ベリー”自身も男から暴力を受けた経験があるとのことで、その体験を踏まえての本作なのかもしれません。
ただ、このテーマに関しては本作の描き方に関して思うこともないわけではないです。
例えば、本作はそういう女性への暴力や支配に対して、総合格闘競技で輝きを取り戻すことがひとつの突破口として描かれているし、それはそれで感動的ではあるのですが、本来はやはり専門家によるケアとか法の保護を受けないといけない事例だと思います。
本作ではそのケアの部分に関しては、ジムのトレーナーであるボビーとの交流が肩代わりすることになりますし、それに関して発生するレズビアン・ロマンスも物語としては魅力的です。このボビーは同じくトラウマを負ったであろうマニーに対しても、それを乗り越えるアドバイスをする役を担っています。
けれども、やっぱり作中で専門家によるケアとか法の保護を受けるということについても並行して取り組む姿を見せてほしかったかなと。子どもを学校に行かせるよりもそっちが心配になります。
とくにラストはやっと第1歩を進んだシーンで終わるのですが、その1歩が決して信用できるとは限らないということを、ドラマ『メイドの手帖』でも散々見せつけられたばっかりなので…。
『ブルーズド 打ちのめされても』のアプローチ自体は素晴らしいですし、“ハル・ベリー”の熱演は見事すぎるほどだったので、そのテーマ周辺の適切なフォローアップがもっとあればさらに良作だったかなと感じました。
なにはともあれ映画業界においても先駆者にしてファイターであった“ハル・ベリー”には拍手です。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 53% Audience –%
IMDb
5.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Netflix ブルズド
以上、『ブルーズド 打ちのめされても』の感想でした。
Bruised (2020) [Japanese Review] 『ブルーズド 打ちのめされても』考察・評価レビュー