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ドラマ『ザ・チェア 私は学科長』感想(ネタバレ)…クソ学科のクソッタレ長は忙しい

ザ・チェア 私は学科長

サンドラ・オーが学科長をやります…ドラマシリーズ『ザ・チェア 私は学科長』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:The Chair
製作国:アメリカ(2021年)
シーズン1:2021年にNetflixで配信
原案:アマンダ・ピート、アニー・ジュリア・ワイマン

ザ・チェア 私は学科長

ざちぇあ わたしはがっかちょう
ザ・チェア 私は学科長

『ザ・チェア 私は学科長』あらすじ

英文学科の学科長に女性で初めて就任したジユン・キム。いつものキャンパスも新鮮に思えてくるが、その学科長の椅子に座った彼女に待っていたのは、存続の危機にある学科を守るための数々の困難だった。学生からの人気が衰える古参の教授たち、女性差別や人種差別に屈しないように頑張る若手教員、調子に乗って問題行動をしてしまう旧知の親友…。状況はどんどん悪化していく中、学科長の手腕が問われる。

『ザ・チェア 私は学科長』感想(ネタバレなし)

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稼げるどころか運営するだけでも大変だ!

「総理大臣はもう辞める」と突然の次期総裁選への離脱を表明した菅首相ですが、そんな彼が議長になっていた総合科学技術・イノベーション会議が8月末に開催され、そこで日本の大学を世界トップレベルにするべく方針が固められました。その報道記事で「“稼げる大学”へ外部の知恵導入」というタイトルがつけられたことで、大きな批判を浴びることに…。

大学の本分は稼ぐことなのか。稼いだら世界トップクラスになれるのか。これは大学教育、ひいては学問の在り方を問う大切な問いかけ。

実際のところ、大学内には「カネを集めることが大事!」と疑わない人もいます。そういう人はたいていはリーダー的なポジションについていて、大学内でも有力者になっていることも多いです。

でも大学が担う教育や研究というのは営利目的や資本主義では成り立ちえない基盤であり、だからこそ誇りがあり、英知が結集されていく意義がある…私はそう信じているのですけど…。けれども現実はそんな理想どおりにはいかないのもよくわかっていて…。

そんな存在価値に揺れ動く現在の大学の生々しい実情を、コミカルなタッチでドラマ化した作品が登場しました。それが本作『ザ・チェア 私は学科長』です。

本作はドラマシリーズで、内容は“とある大学の英文学科”の学科長に就任することになった女性を中心に、大学内の人間模様をコミカルに描いています。舞台は特定されない範囲でフワっとしているのですが、おそらくアメリカのどこか。この英文学科は人気下落によって存続の危機にあり、まさしく事態打開のための新しい施策が求められていて…。

それにしてもアメリカでは「英文学科」というのは実際に不人気なんですかね。私は文学は門外漢なので業界事情はさっぱりなのですが、本作を見ると相当に苦境で、なんだか地方の商店街並みの活気の無さとして描かれているけど…。まあ、人気のない学科はどこも似たりよったりか…。

ただ、本作の原案や製作総指揮に名を連ねている何人かは本当に文学系の学科にいた人だそうで、きっとわかる人には“あるある”なネタのオンパレードなんでしょうね。

本作は単なる人気低下だけでなく、人種差別、女性差別、若手研究者の苦悩、古参教授の居場所の無さ、炎上事案の対応などなど、今の大学がおそらくどこでも直面しているであろう事柄が満載。コメディだと言いましたけど、大学関係者の人にしてみれば切実な現実問題すぎて笑えないかもしれない…。本作を視聴した翌日に全く同じ問題を職場で対処しないといけなかったりするとね…。

『ザ・チェア 私は学科長』の主演は韓国系カナダ人の“サンドラ・オー”です。ドラマ『キリング・イヴ Killing Eve』で大活躍でしたが、今作でも魅力全開。私なんかは“サンドラ・オー”が主演ってだけで視聴確定ですね。“サンドラ・オー”が学科長なんて絶対に楽しい学科だと思っちゃうけど…。なお、“サンドラ・オー”自身は生徒会長になるほどのリーダー気質だったみたいですけど、演劇を最優先にするために学歴は捨てるという決断をしたみたいです。

共演陣は、『ホース・ガール』などの“ジェイ・デュプラス”が学生に人気の中年セクシー教員を演じ、『好きだった君へ: これからもずっと大好き』の“ホランド・テイラー”が男社会でずっとサバイバルしてきた高齢女性教授を快活に熱演。また、ドラマ『13の理由』の“ナナ・メンサー”が古い価値観がこびりつく学科で孤軍奮闘する若手有色人種女性教員を演じています。

他には“ボブ・バラバン”、“デヴィッド・モース”、“ロン・クロフォード”、“エラ・ルービン”、“マロリー・ロー”など。

『ザ・チェア 私は学科長』はNetflix配信のリミテッドシリーズで、シーズン1は全6話。1話あたり30分とかなり短いので、お手軽に観られるでしょう。

大学関係の職に就いている人、家でちょっと時間ができた人、仕事・家事・育児の合間の気分転換、総理大臣を最近辞めることにした人…幅広い人たちにオススメです。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:大学関係者も必見
友人 3.5:気分転換に
恋人 3.5:コメディで和む
キッズ 3.5:やや大人向けだけど
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ザ・チェア 私は学科長』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(序盤):学科長の初仕事は…

神妙な面持ちでキャンパスを歩くひとりの女性。いつもの出勤の日常…とは少し気持ちが違います。建物に入り、自分のこれからの部屋の前に。そのドアには「ジユン・キム博士 英文学科 学科長」と書かれています。ジユンはこのペンブローク大学の英文学科の学科長に就任したのです。今日がその1日目。ここから新しいキャリアがスタートです。

机には親友で同じ大学で教員をしているビル・ドブソンから「おめでとう」のメッセージ。プレゼントとして「クソ学科のクソッタレ長」という卓上名札があり、恒例の揶揄いに笑みがこぼれます。椅子に腰掛けてみると、椅子は壊れていましたが…。

さっそく教員会議です。学科長なので一番目立つところに座ります。ズラっと並ぶ英文学科の教員たち。ビルは来ていません。

本題に入るジユン。「学科は危機的状況にあります、受講者も30%以上減少、予算も削減。私たちの学問は数値化できないし、履歴書に資格としても書けない。でも価値ある知識です」…そう熱弁するジユンはこのピンチに燃えていました。自分が学科の窮地を救ってみせる…と。

そこに老齢の女性が入ってきます。古株のジョーン・ハンブリング教授です。55歳以上の職員は早期退職させられるという噂を聞きつけたらしく、慌てており、会議に出席する古参教授たちも動揺してざわつきます。しかし、ジユンは冷静です。「この学科は絶対に廃止させません」

ところがその後に面会したラーソン学部長の言葉は現実的でした。給料が高く学生数が少ない古株の教授のリストを渡されます。要するにクビ候補であり、学科長の初仕事してこの大ベテランをクビにしろと迫っているわけです。

「不要な人はいません」とジユンは相手にせず、「ヤスミン・マッケイを特別講師にしては?」と別の案を持ちかけます。マッケイは学生から大人気で、SNSのフォロワーも誰よりも多く、講義は毎回満席で大盛り上がりです。

折衷案として、ジユンはマッケイに「終身在職権の審査委員長のエリオットと合同講義にできないか」とマッケイに持ちかけます。マッケイは当然のように終身在職権を目指していました。その合同講義には難色を示します。助手だって思われるのではないか、30年間シラバスを変えていない化石のような教授と一緒にできるのか…。

一方、妻のシャロンを亡くした喪失感を引きずり、娘を遠方に送ったばかりのビル・ドブソン教授は電池切れを起こしていました。女子学生のダフナの車で送ってもらい、遅れて講義に到着。セクシーで人気なビルは授業は好評です。今回はティーチングアシスタント(TA)のライラのサポートでなんとか事なきを得ます。

ジユンはビルと複雑な関係でした。今は見守ることしかできません。

ジユンはジユンで家庭に問題を抱えています。養子の幼い娘であるジュジュと折り合いが悪いのです。ジユンの父に仕事中は預かってもらっていますが、ジュジュは韓国語が喋れないので父も困っている様子。ジュジュも何をしたいのか、ジユンは掴みきれていません。

そんな開幕から難題山積の中、ビルは授業でナチスの敬礼ポーズを勢いでやってしまいます。その場は少しざわついた程度でしたが、受講していた学生の何人かはバッチリとスマホで証拠をおさえていました。そんな注目のネタは拡散するのも当たり前。

気づいたときには手遅れ。一部の学生が「大学にナチは要らない!」とデモを展開する状況にまで悪化し、学科長のジユンにプレッシャーが圧し掛かり…。

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シーズン1:組織改革は大変だ!

『ザ・チェア 私は学科長』、人によっては爆笑できるし、ある人によっては胃がキリキリする…そんな物語だったのではないでしょうか。

初の女性学科長にしてアジア系でまだ若い、そんなジユン・キムの前に降りかかる難題は、いくらなんでも厄介なものばかり。

例えば、この学科は分野のせいなのかはわかりませんが旧態依然な男社会。しかも“おじいちゃん”ばかりです。ド田舎みたい…。セクシャル・ハラスメントが日常コミュニケーション。あのジョーン・ハンブリングもこの世界で生き抜いてきただけあって、セクハラを平然と受け止めることに慣れています。まあ、そのベテラン高齢女性のやり方もまた古いわけで、だからこそのタイトル・ナインのスタッフへセクハラ発言も飛び出すのですが…。

「タイトル・ナイン(Title IX)」というのは、アメリカの公的高等教育機関における男女の機会均等を定めた連邦法の修正法のことで、その法に従い、性差別に対応するためのスタッフが居るオフィスが学内にあります。

ジユンは加えてアジア系ですからね。作中でも50代だと思われるなどアジア系にありがちな年齢判断ミスの偏見など、まともに評価されているのかすら怪しくなってきます。実際、ジユンが学科長になれたのはこの学科が不人気で競争が乏しいからなのでしょうけど…。

ヤスミン・マッケイのヤキモキも身に染みます。面白いなと思うのは彼女が有色人種学生にとっても希望の星になっていること。教員の終身在職権を学生が求めるなんてこともあるんですね。マッケイがキャリアを開拓できなければ学生自身にも未来はないですから当然か…。日本にはこういう動き、あんまりない気がする…。

一方の老舗の教授陣たちの我関せずな態度。本当はジユンではなくあの高齢教授たちが団結すればもっと改善できるのですけどね。

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シーズン1:謝罪は大変だ!

また、あのビル・ドブソンのダメダメ感。彼はいわゆる男性版「ファム・ファタール」であり、ただそこにいるだけで問題事項が増えていくわけです。教師としては平均点以上を叩き出せるのに、それ以外はお構いなし。彼があんなに安定的に仕事できていたのは、彼の実力以前にそもそも彼は白人男性だったからという優位性ありきなのですが、本人はその特権を自覚していない

そしてあのナチス騒動。あれ以来、ビルの特権は特権でなくなります。すると化けの皮は剥がれ、どうしようもない醜態だけが擁護されずに露呈するばかり…。ああいう男性、組織に絶対にひとりはいる…。

学問はできるのにまともに謝罪できません。「もし不快に思われたら…」などという「謝罪風の謝罪(Non-apology apology)」に終始するし、自分で収拾できないのにできると己惚れるプライドの高さも…。それに対してきっちり反論して抗議できる学生がいるあたり、皮肉なことに学生の優秀さが証明できている…。

結局、その火消しをして犠牲になるのは女性のジユン。学科長の不信任投票を提案されてしまうのですが、個人的には私はあのライラが可哀想でならなかった…。もう少しあの大学はライラを守ることに全力をあげるべきだったと思う…。

ともあれビルは“男らしさ”キャリア論からの脱却の物語でもあり、やっぱりジュジュのシッターが天職なのかもしれない。世間的にはスケールダウンした仕事に思われるけど、そういう男性の生き方だっていいんじゃないですか。

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シーズン1:稼ぐよりもバズるよりも大事なこと

こうやって鑑賞してみると、今の大学は「稼ぐ」というよりは「良い方向にバズる」ことが大切なんだろうなとしみじみ感じます。悪い方向にバズったらもちろんダメです。良い感じにバズらないと。だからヤスミン・マッケイは学者としても優秀で、しかもバズれるという、理想形なんですね。逆に老教授たちはこの「バズる」がさっぱりわからない感覚で…。このジェネレーション・ギャップというか、時代の変化への適応力の差というのは残酷なものです。

しかし、大学には「バズる」よりも大事なこともある。それは『ザ・チェア 私は学科長』の中でも描かれていたと思います。大学や学問を構成する大切なこと。

例えば、シラバスに対してこれは教員と学生の間で交わされる契約書だとしてジユンが雑な扱いを拒否する場面。教員と学生を対等に位置づける、とても重要な姿勢ですよね。学生を守るのはもちろん教員を守ることにも繋がる。終身在職権だけが全てではない…と。

それにしても“デイヴィッド・ドゥカヴニー”がビルの後任として呼ばれそうになるのですが、まさか本人が登場するとは…。あんな作中でボロクソに言われていたのに…懐の広い人だなぁ…。“デイヴィッド・ドゥカヴニー”も性依存症の治療で俳優業から離れていたり、ちょっと作中のビルに重なる感じなんですけどね。

なかなか理想論どおりにはいかないのは百も承知なのですが、私は『ザ・チェア 私は学科長』で描かれていたように、教員や学生が対等な共同コミュニティを築きあげることこそ、その理想にたどりつく唯一の道なのかなと思っています。そうすれば世界が憧れる大学に成長もできる…といいな。

『ザ・チェア 私は学科長』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 86% Audience 81%
IMDb
7.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0

作品ポスター・画像 (C)Netflix

以上、『ザ・チェア 私は学科長』の感想でした。

The Chair (2021) [Japanese Review] 『ザ・チェア 私は学科長』考察・評価レビュー