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『市民K(Citizen K)』感想(ネタバレ)…このページはロシアにブロックされています

市民K

このページはロシアにブロックされる?…ドキュメンタリー映画『市民K』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Citizen K
製作国:イギリス(2019年)
日本では劇場未公開:2020年にAmazonビデオで配信
監督:アレックス・ギブニー

市民K

しみんけー
市民K

『市民K』あらすじ

2003年、ロシアで富豪として有名なミハイル・ホドルコフスキーは脱税の罪により10年の禁錮刑に処された。当時、新たに選出されたウラジーミル・プーチン大統領に対抗したことが失脚の原因だと多くの人々が考えている。そして、シベリアの刑務所で服役するうちにホドルコフスキーは世界的に有名な反体制活動家となった。一体、このロシアでは何が起こっているのか。

『市民K』感想(ネタバレなし)

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あなたはロシアを本当に知っているか

2020年7月1日、ロシアで実施された憲法改正の全国投票。結果をハラハラドキドキと見守っている人はいなかったでしょう。国内でも国外でも、その選挙の結論は見え見えだったからです。それこそ賭け事にすらならないほどに。

ロシアのこれからを左右する極めて重大な憲法改正の選挙はあっさり賛成多数で承認され、既に20年間君臨するプーチン氏は2036年まで大統領の座にとどまることが可能になりました。ひとつの国に四半世紀も同じ人が君臨すれば相当なものです。これを独裁と言わず何を独裁というのか。

独立系世論調査機関によれば、24年に任期が切れるプーチン氏の続投を「望む」と答えた人は46%で、「望まない」の40%を上回っているそうです。

私たち日本社会はそんな日本のすぐ北にある隣国の状況は割と他人事で横目に見ていると思います。「ロシアってプーチンのところでしょ?」と日本人すらもそう認識し、ネットでは「おそロシア」などとスラングを使って気軽に茶化すのが日常。

でもロシアのことをどこまで知ってるでしょうか。おそらく大学でロシア史をしっかり学んだ人か、政治専攻でもない限り、よく知らないのではないでしょうか。

どのような経緯で今のロシアに至ったのか、ざっくりと解説できることもできず、ただ漫然とロシアと接している日本はそれこそなんとなくプーチン大統領を支持するロシア国民とそう変わらない気もします。

そこで今回紹介するドキュメンタリーです。本作ではソ連崩壊後からロシアがどのような道筋を辿り、現在のプーチン独走状態になったのかを克明にまとめた一作。それが『市民K』です。

タイトルにピンと来た人もいるかもですが、あの有名な映画史に残る傑作『市民ケーン』を意識した題名ですね。『市民ケーン』はウィリアム・ランドルフ・ハーストという実在の新聞王をモデルにした主人公です。この『市民K』も「ミハイル・ホドルコフスキー」という実在の強力な富豪が主軸になっており、そういう呼応関係があります。まあ、詳しくはドキュメンタリーを観てほしいのですが…。

監督はドキュメンタリー界隈ならば知らぬ者はいない名手“アレックス・ギブニー”です。彼はとくに2000年代以降、良質なドキュメンタリー作品を連発し、そのたびに国家や企業など権力に容赦なく切り込んできました。アメリカ出身のドキュメンタリー作家と言えば、マイケル・ムーアがいますが、ムーアがエンターテイナーならば“アレックス・ギブニー”は完全に社会派ですね。

1992年には日本の経済成長と日米関係を題材にした『Inside Japan, Inc.』、2005年には大企業エンロンの破綻に迫った『エンロン 巨大企業はいかにして崩壊したのか?』、2007年にはアメリカ兵がアフガニスタンのタクシー運転手を拷問死させた事件に切り込む『「闇」へ』(この作品はアカデミー賞で長編ドキュメンタリー映画賞を受賞)、2013年には匿名暴露で話題の謎集団を取り上げた『ストーリー・オブ・ウィキリークス〜正義と犯罪の狭間』、2015年にはカルト組織を扱った『ゴーイング・クリア: サイエントロジーと信仰という監禁』、2016年には秘密のコンピュータウイルスの謎に迫る『Zero Days』、2019年にはセラノスという医療ベンチャー企業が不正発覚で大騒ぎとなった騒動を整理した『The Inventor: Out for Blood in Silicon Valley』…など。これらは“アレックス・ギブニー”監督作のほんの一部です。

そして最新作となる『市民K』ではロシアという大国に突入していくわけですが、なぜ今ロシアなのか? それはちゃんと観れば(そして世界に関心を持っていれば)わかるでしょう。

とにかくロシアについて語るのであれば、本作の内容を知ってからにしておきたい…そう思える一作ではないでしょうか。とくに難解というわけでもないですし、比較的簡単に整理はされている方です。

“アレックス・ギブニー”監督のドキュメンタリー作品は日本ではなかなかお目にかかれなかったのですが、この『市民K』はAmazonプライムビデオで配信されているので、気軽に見れます。

オススメ度のチェック

ひとり ◯(ロシアを知るための重要作)
友人 ◯(政治好き同士なら推奨)
恋人 △(恋愛とは無縁の代物)
キッズ △(子どもにはやや難解か)
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『市民K』予告動画

↓ここからネタバレが含まれます↓

『市民K』感想(ネタバレあり)

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ソ連崩壊が全ての始まり

『市民K』の始まりは、いみじくもプーチン大統領が子どもからの質問「一番影響を受けた出来事は?」と聞かれて「ソ連崩壊だ」と答えたように、全ての発端はそこになります。

1991年12月26日、長らく続いてきた「ソビエト社会主義共和国連邦」という社会主義国家は崩壊しました。大戦など多くの激動の歴史を経てきた大国はここに潰えたのです。しかし、消えたわけではありません。「ロシア連邦」という新しい主体が成立しました。

けれども国民にとってそれは幸せな改革とはいきませんでした。自由化・通貨の安定・民営化の3柱で政策は進められたものの上手くいきません。一時の高揚感は吹き飛び、生活は困窮していきます。

作中で「モスクワ・タイムズ」創刊者のダーク・ザウアーは、資本主義への移行について「多くのロシア人は無知で、自動的に裕福になれると思っていた」と語っていましたが、まさに勝手に良くなるという希望的観測でいたのでしょうか。

あの「バウチャー」という、まあ、要するに今でいうクーポン券みたいなものをばらまき、それにわけもわからず飛びついて踊らされる国民たちはなんだか哀れです(あのCMもやたらハイテンションなのが…)。

そうした中で力を強めていったのが「オリガルヒ」と呼ばれる新興財閥。これはもともとソ連時代に権力を持っていた人物や国営企業が看板だけを付け替えて集団化した存在であり、ソ連崩壊という時代の激震にものうのうと生き延び、むしろ権力を増しました。

その新興財閥を率いていたひとりが「ミハイル・ホドルコフスキー」です。ロシア国内の有望な企業に対して投資・買収を次々と実施し、力を蓄えていきます。石油会社ユコスもその一社。その手はメディアにも伸び、新聞やテレビ局など主要なメディアはホドルコフスキーの傘下に入りました。つまり、ロシアのエネルギー業界はもちろん、メディア業界も手中におさめた、あらゆる分野の王になったのです。コングロマリットはどこでも現れるんですね。

そのホドルコフスキーは政治にも関与していきます。新世代は経済的政治的自由を求め、指導者として「ボリス・エリツィン」を推しました。しかし、あまり結果は実らず、大統領の再選は危うくなります。体調悪化も目に見えて明らかで、誰しもがリーダーにしたいと思える人間ではなく…。

しかし、メディアを支配するホドルコフスキーのサポートで印象は劇的に回復。メディア戦略の勝利でした。そもそもここまで味方したのも、エリツィンの敵候補がメディアを国営にするとチラつかせてきたため。再び共産主義に戻らないようにするためです。

大義名分があったこのメディアと政治と一体化。ところがそれはホドルコフスキーの身にすらも火の粉が飛んでくる恐ろしい事態を招くとは…。
作中でこう語られます。

「新生ロシアを作れたはずだ。支持する候補が負けそうだとわかったとき、民主的プロセスの理念を放棄してしまった」

ここで違う選択をしていれば今のロシアはなかったでしょうね…。

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想定外のプーチンの反逆

新興財閥がエリツィンの次に後押しすることになった人物。それこそ「ウラジーミル・プーチン」です。

プーチンはそもそも何者でもない男でした。元KGBであり、ただのメンバー。それが、サンクトペテルブルク市の副市長になれて、ロシア大統領府総務局次長に就任し、とんとん拍子で大統領になれたのです。普通はあり得ません。

そんな嘘みたいな出世ができたのも、新興財閥の支えあってこそ。もともとプーチンはメディアの使い方を熟知していて、それこそ副市長時代に自分のドキュメンタリーを作っていたほど(タイトルが「力」なのがもう…)。相手が左派なら左派だと思わせる、国家主義者なら国家主義者の佇まいをし、保守派なら保守派になりきる。なんでもなれるのがプーチン。当時の国民は希望を失っており、自分の国は大国だともう一度思いたかったので、その要望に応えました。

しかし、そんなプーチンとホドルコフスキーの間にしだいに亀裂が生じ始めます。本作を観ていると私は上下関係の逆転が起こる瞬間が見えてくるようだと思いました。今まではメディアが優位に立てていたけれども、プーチンはメディアを道具として利用したいだけ。だからひっくり返る。こういう瞬間はもしかしたらどんなコミュニティもあるかもですね。

原子力潜水艦事故の対応をめぐり、保養地でバーベキューをしていたプーチンをテレビはこきおろしましたが、これでプーチンもテレビへの敵対意識を鮮明に。メディア操作に乗り出し、ついにはプーチン政権はテレビ局を買収します。

ホドルコフスキーの仲間は国外へ脱出。それでもホドルコフスキーは公開番組で戦おうとしますが、それも茶番。結局、詐欺と脱税の疑いで逮捕されてしまい…。

「オリガルヒという階級を撲滅する」と、スターリンの発言を改変引用して宣言するプーチンにとって新興財閥は国民感情を動かす格好の標的だったのでしょう。

クラスノカメンスクでの世俗から切り離された投獄生活。そこでホドルコフスキーが自分を見つめ直していったような感じにも受け取れる本作。彼も正直言って権力者側です。別に可哀想な善人だと慰めるほど単純な立ち位置ではありません。でも人はこういう体験で何かが変わるのでしょうかね。

2010年。ホドルコフスキーは仮釈放される時期に再び起訴されます。しかも、今度は石油を盗んだと主張されます。列車にしたら地球3周の長さの石油をどう盗むのか、物理的にあり得ない訴えに笑止千万でしたが、結果は禁固13年の有罪。

結局、オリンピック時の恩赦でホドルコフスキーは解放され、そのまま国外へと逃亡します。外国からプーチン政権を批判する活動をするしかなく…。

もの凄い急転直下の人生です。メディア戦略で大統領にしてあげたら、その大統領によって監獄送りにされるんですから。飼い犬に手を嚙まれるとはこのことですね。いや、犬じゃなかったのかもしれない、トラだったのかも…。

そして今のロシアは不動のプーチン政権のもと、明らかに社会主義的、もっと言えば独裁国家にすら見える状態に。なんというか、こんなはずでは…という感覚しか思い浮かびません。

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ロシアだけの話ではない

『市民K』はもしこれが20年前に公開されたドキュメンタリーだとしたら、よくあるアメリカに都合がいい反ロシアな作品かな?と片づけられていたかもしれません。

でも本作はどう考えてもロシアだけで収まる話ではないです。それは“アレックス・ギブニー”監督も意図しないようにはしつつ、でも重なってしまう必然性を感じていたようですが…。

つまり、このロシアの顛末はまさに今のアメリカに重なる気がするのです。それこそロシアの初期~中期の段階が、今のアメリカと同一のような。

強力な支配欲に憑りつかれた大統領が国のトップにつき、メディアを我が物顔でコントロールし、敵となる相手を容赦なく切り捨てる。プーチンは「自分自身が国であり、自分なくしてロシアを成り立たせないようにした」と評されていましたが、ドナルド・トランプもそう変わらないでしょう。少なくともそれを目指しているように思います(上手くいくかどうかは未知数ですが)。

そして私たち日本人にはそれだけで終わらないはずです。この日本にも一致する点はいっぱいあったと思います。今の日本は政治批判力を失ったメディアが無数にあり、さらに政治家と結びついたメディアや芸能界も平然と存在します。「選挙活動は政府のゲーム」と作中で語られていましたが、日本も同じように感じている人は少なくないでしょう。

一番ハッとさせられるのは国民意識です。ロシアの人は2018年の選挙のときも口々に「安定がいい」「革命は望んでいない」「他にいない」「昔よりマシ」と発し、極めて政治に消極的です。完全に冷めています。実際は腐敗が進んでいるのに自分が気づきさえしなければいいという考えです。では日本はどうか。低い投票率、政治議論の浅さ、茶番劇化…これらの惨状を見るにそう変わらない、いやもっと酷いかもしれません。

コロナ禍のとき、街頭インタビューで日本の若者が「政治がなんとかしてくれると思っている」と気楽に話している場面がありました。その政治を動かすのは若者含む国民なのですが、その自覚はありません。舵を取る国民がいなければ、政治家は権力欲に憑依されて暴走する。それはロシアが証明してくれています。

『市民K』が突きつける問題は、一国の話ではなく、全ての国で起きる普遍的な崩壊の悪例。こうならないようにするにはどうするべきか。まず「なんとかしてくれる」という思考は一切持たないようにしないとダメなのは言うまでもないでしょう。

本作の冒頭は雪原を背景に石油採掘の燃えがある火が轟々と揺らめき、黒い煙だけが漂うという、なんともロシアっぽいシーンが映し出されます。石油はある一時期は「○○年に枯渇する」なんて言われましたが、現状はその気配がありません。まるで無尽蔵に続く繁栄の象徴のようです。しかし、それはどうでしょうか。表面的には石油が出続けていても、裏で何が起こっているか、それを掘っている社会がどうなるかは誰にもわかりません。石油だけがあっても意味ないです。それを使う社会がなくては…。そして社会、すなわち国家は無限に続くのでしょうか。あなたはこの『市民K』を観てどう思ったでしょうか。

『市民K』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 95% Audience 55%
IMDb
6.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★
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・ 『レボリューション 米国議会に挑んだ女性たち』

・ 『ウィーナー 懲りない男の選挙ウォーズ』

作品ポスター・画像 (C)Greenwich Entertainment

以上、『市民K』の感想でした。

Citizen K (2019) [Japanese Review] 『市民K』考察・評価レビュー