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『コロンバス Columbus』感想(ネタバレ)…メスとモダニズムとコゴナダ

コロンバス

メスとモダニズムとコゴナダ…映画『コロンバス』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Columbus
製作国:アメリカ(2017年)
日本公開日:2020年3月14日
監督:コゴナダ

コロンバス

ころんばす
コロンバス

『コロンバス』あらすじ

講演ツアー中に倒れて病院に運ばれた高名な建築学者の父を見舞うため、モダニズム建築の街として知られるコロンバスを訪れたジンだったが、父親との確執から建築に対しても複雑な思いを抱いており、コロンバスに留まることを嫌がっていた。そんな中、地元の図書館で働くケイシーと出会う。ケイシー自身もこの街に単純ではない感情を抱いていた。

『コロンバス』感想(ネタバレなし)

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小津安二郎を継承する人がいた

海外の映画批評家が「最も素晴らしい日本映画は?」と聞かれて答える作品は何でしょうか。

個々人の趣味嗜好はあるにせよ、一般論的な定番としては“黒澤明”監督の『七人の侍』(1954年)に並んで頻出するのが“小津安二郎”監督の『東京物語』(1953年)です。

題材になっているのは当時であればどこにでもいるような日本の家族。それなのになぜ海外の人の心すらも掴むのか。おそらくそれは“小津安二郎”監督の巧みなテクニックによって、家族という共同体を俯瞰的に捉える目線が提供され、おのずと自分自身の家族すらも観察したような感覚になるからなのかな、と。普段は自分の家族を客観視することはなかなかできませんからね。当事者になってしまっている以上、必要以上に感情的になったり、溺愛したり、嫌悪したり、いろいろ主観が働いてしまうものです。でも映画という四角い映像に映し出されることで、それは水槽にいる魚を見ているような気分になる。「物語」として受け入れられる。まさに映画の魔法だなと思います。

そんな数多の“小津安二郎”監督作品に魅せられた海外の映画人の中でも、なんと自分の仕事に使うネーミングさえも影響を受けるという、どっぷりハマってしまった人がいたのでした。その人物が“コゴナダ”という監督です。一見するとどこらへんが“小津安二郎”監督作品由来なの?という感じですが、“小津安二郎”監督作ではよく一緒になる脚本家“野田高梧”の名前がモチーフになっているのだとか。「のだ こうご」をファミリーネームを後ろにして「こうご のだ」→「こごのだ」→「こごなだ」ってことですかね。

“コゴナダ”監督は韓国系アメリカ人で、ビデオ・エッセイをいくつか手がけているものの、長編映画をメインに活動している人ではなかったようです。そもそもあまりプライベートを明らかにするタイプの人間でもないらしく(だからこんなネーミングを名乗っているのでしょうけど)、“コゴナダ”監督を語る特徴と言えばとにかく「映像構図」に対するこだわりが極端に強いということ。

作品を観るとわかりますが、それこそ“小津安二郎”監督作によくみられる「小津調」という技法や、“ウェス・アンダーソン”的な美学をビンビンに感じるセンス。これほど作家性が凝っているのですから、それはもうアーティスティックに映画を観る人にはたまらないです。

気になった方はぜひとも“コゴナダ”監督の長編映画である『コロンバス』を観ましょう。

物語自体はとても地味。二人の男女のドラマ(恋愛ではない)。しかし、どうですか、この溢れんばかりの映像美的スタイル。モダニズム建築の宝庫として知られるインディアナ州コロンバスを舞台に、芸術性の高い建築物を素材にしつつ、巧みな構図を連発。もうどのシーンを切り取っても絵になります。雰囲気としてはアニメ映画に見られるような構図の様式が随所に登場し、観る人によってはものすごい芸術鑑賞気分です。

その圧倒的なセンスを炸裂させた『コロンバス』は、映画批評サイト「Rotten Tomatoes」で批評家スコア「97%」の超高評価。絶賛の声が並び、多くの人がその年のトップ10に本作を選出し、インディペンデント・スピリット賞でも新人作品賞や新人脚本賞、撮影賞にノミネート。文句なしの傑作認定を受けました。“コゴナダ”監督の次回作はすでに名作を配給することでおなじみの「A24」が目をつけているそうで、知る人ぞ知る名インディーズ監督の仲間入りですね。

その『コロンバス』、2017年の映画なのですけど、日本では2020年になってやっと劇場公開。これは観ないわけにはいきません。

出演陣も意外に見逃せません。『スター・トレック』シリーズ『search サーチ』でも印象的な名演を披露した韓国系アメリカ人“ジョン・チョー”が主人公です。私は彼の整然とした佇まいがとても大好きなので、この『コロンバス』でもそれがたっぷり堪能できて最高でした。“ジョン・チョー”もじゅうぶん芸術品ですよ。

その“ジョン・チョー”と肩を並べて出演するのが“ヘイリー・ルー・リチャードソン”『スウィート17モンスター』のヒロインの友達のあの子、『スプリット』で誘拐される子のひとり(ヒロインじゃない)…と言えばわかる人にはわかるでしょうか。今度はちゃんとヒロイン。そして今回は落ち着いている…。

基本はこの二人のドラマであり、ほぼ静かな掛け合い。しみじみと物語と映像に専念できます。

不安の多いご時勢、平穏な映画で心を落ち着かせてみませんか。

オススメ度のチェック

ひとり ◎(隠れた名作を観るなら必見)
友人 ◯(マイナー映画ファン同士で)
恋人 ◯(落ち着いたドラマを見るなら)
キッズ △(静かな大人のドラマです)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『コロンバス』感想(ネタバレあり)

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建築物に囲まれて二人は出会う

インディアナ州コロンバス。

広い部屋。小物に至るまで全てが芸術的な配置になっているそのオシャレな部屋を歩きながら誰かを呼ぶ女性がひとり。「教授!」と呼びかけるその女性の姿はまわりの落ち着いた装飾品とは全くマッチしていません。

そして、雨の中、外に立っている人を発見。背を向けているので顔は見えません。どうやらその人が探している人のようです。しかし、女性が電話している間にまたも傘を持ってスタスタ歩いて行ってしまい、なんと今度はすぐに倒れてしまいました。大慌てで急いで駆け付ける女性。

別の場所。タバコを吸いながらぶつぶつ喋っている若い女性がいます。彼女の名前はケイシー。図書館で働いており、今は少し休憩がてら建物の外にいました。すぐに戻り、また仕事を再開。広々とした図書館を歩き回りながら、本を本棚に並べていくいつもの作業。

ある本棚の一画ではゲイブという若い男が床に座って読む作業に没頭していました。ケイシーは彼を映画に誘いますが、今夜は古い友達が来るらしく、あっさり断られます。

また別の場所。病院にキャリーケースを引きずる真面目そうな男が現れます。彼、ジンは建築学者の父が倒れたという報を受けて、急遽駆け付けたのでした。ジンは韓国ソウルで英語から韓国語への翻訳の仕事をして出版業界で働いていますが、父親とは疎遠だったようです。父のアシスタントだった女性は父に相当な恩があるらしく、急に容態の悪くなった父に取り乱していましたが、息子であるジンは淡々としています。「あなたは息子でしょう」と言われてもドライです。

泊まる場所として大豪邸の中の広すぎる部屋に通されたジン。あたりを見渡し、部屋を物色しますが、とくだん興味を持つものはなく…。

一方、ケイシーは母と狭い家でくつろいでいました。家は裕福ではなく、母は実は薬物依存症からリハビリしている最中。それでも気軽な談笑をしながら些細な時間を過ごします。

ある日、ケイシーが外でタバコを吸っていると韓国語で電話するジンを見かけます。なんとなくその場に居合わせた縁という感じで、タバコを一本もらうジン。「英語、喋れるのね」「アジア人が英語を喋れるのは変?」「それは…」「からかっただけだ」とそんな他愛もないトークを少しする二人。一緒に歩きながら話していると、ケイシーは建築に興味があり、ジンは建築と関係ある人生であるものの自ら距離をとっているということが互いに共有できます。

一時の交流だった二人でしたが、また別の日に再会。ケイシーはジンにこのコロンバスの街の有名な建築物の案内をしてくれます。ここは私が2番目に好きな建築物、ここは3番目…。「なぜ?」と理由を聞くジンに、自分の建築への想いを上手く言葉にしようとするケイシー。

二人はこの街の観光名所を巡りながら、建築物についてあれこれととめどなく会話をしていきます。ひとつひとつ土台を作っていくように、地道に…。

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あの建物、この建物

『コロンバス』はそのタイトルどおりインディアナ州コロンバスにある有名な建築物が多数登場し、それが物語の鍵にもなっていきます。こうやって街とともに物語が紡がれる感じは、最近だと『パターソン』でも体験しましたが、この『コロンバス』はさらに密着度が色濃いです。

“コゴナダ”監督がこのコロンバスを訪れて魅了されたことで生まれたという本作。

そもそもなぜこの街はこんなにも芸術的な建築物に溢れているのか。その理由は有名なディーゼルエンジンメーカー「カミンズ」のCEOだった「J・アーウィン・ミラー」という人がいて、その人物は建築にとても興味があり、自分の地元に芸術建築物を支援する財団を作った…というのがきっかけのようです。

『コロンバス』の冒頭で登場する荘厳かつ内装のインテリアが印象的なあの場所は、そのJ・アーウィン・ミラーの住居と庭(通称「ミラー・ハウス」)です。「エーロ・サーリネン」が手がけ、このコロンバスには他にも彼が生み出した建築物が多数あります。

ケイシーが最初に登場したときに見ている建物は「First Christian Church」。教会といえば、異様にとんがった突起のある建物の「North Christian Church」も映りますし、サンクチュアリ内も作中で見られます。

ケイシーが働いている図書館は「クレオ・ロジャーズ記念図書館」で、この建物を設計したのはルーヴル美術館のガラスピラミッドを設計した建築家として広く知られるあの「イオ・ミン・ペイ」です。

ケイシーの2番目にお気に入りな「アーウィン・カンファレンス・センター」はガラス張りの銀行として有名だと作中でも語られていたとおり。3番目に好きだという「ファースト・フィナンシャル銀行」の建物。
ジンとケイシーが名所めぐりをする中で、ベンチでまったりしている場所は「Mill Race Park」。日本語版のポスターに使われているあの奇妙なタワーもこの場所にあります。

他にも新聞社「The Republic」のオープンガラス張りな建物、音楽をかけて車のライトに照らされて外でケイシーが踊るのは「Southside Elementary」、病院として登場する「Columbus Regional Health」、途切れているアーチのようなものが印象的な「Columbus City Hall」、映画のラストでも挿入される「Robert N. Stewart Bridge」、他にもいくつか…。

この『コロンバス』はさながら観光映像動画そのものです。

「Google ストリートビュー」でこのコロンバスの地域を検索していくとインターネット上で映画を追体験できるので、時間がある人はやってみてください。

コロンバスの有名建築物を網羅的に紹介したサイトもあるので、それと合わせて探索してみるといいかもですね。

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建築物から出るときがくる

しかし、単なる観光名所ムービーというわけではこの『コロンバス』はありません(まあ、作中でも「観光ガイドがしたいだけなのか?」とジンが発言するのは少し作品への自虐も含んでいる感じですかね)。ここで“コゴナダ”監督の手腕が発揮。ただ撮っているだけだと絵ハガキになりかねない建築物に物語を乗せつつ、絶妙な構図を常に提供してきます。

それは著名な建築物だけで発揮されるのでもなく、なんてことはないシーンでもさりげなく展開。

例えば、ジンとケイシーが初めて会うシーン。二人の間にはそれほど高くないフェンスがあり、それを横移動しながら会話しつつ、やがてフェンスが開いている場所にたどりついて合流する。この一連の流れが実にスマート。

二人が歩く木が生えるちょっとした緑地道では中央に二股の木があるせいで、微妙な二人の距離感をなんとなく醸し出していますし、ファースト・フィナンシャル銀行の前で二人が車の屋根に体をよりかけて向かい合ってタバコを吸いながら会話する場面でも「車」という障害物を挟みつつの距離感演出

これぞ「小津調」の系譜と唸らされる、固定カメラの映像センスの数々も惚れ惚れする出来。家の台所に立つケイシーを廊下側から離れて撮るシーンでは手に持つ赤いやかんが目に残りますし、ジンが部屋で帽子を手に取って上着のかかっている場所にかけつつ、突然韓国語で話しかけ一杯飲むシーンも良いです(なんだかんだで私はここが一番好きかもしれない)。また、一緒に部屋にいるジンとエレノアを小さな鏡に映る姿だけを映し、ジンが立ち上がると今度はさらに奥の洗面台の鏡にジンが映るとかもね、完璧すぎる。

こういう固定空間映像では出たり入ったりする第3者の存在が重要で、ミニマリズムな最小構成で物語る美学が本当に素晴らしいです。この映画自体が機能的かつ合理的な理念を重視するモダニズム建築そのものになっています。

物語はとてもシンプルで、対照的な二人のようなジンもケイシーも共通点があって、それは親の存在によってこの街に縛り付けられています。ジンは建築家の父、ケイシーは薬物に手を出した過去がある母。親という存在は子どもにとって自分を閉じ込めたり守ったりする構造物…要するに建築物です。そんな「親=建築物」に対するアンビバレントな気持ちをどう処理すればいいのかわからない。尊敬はしている、凄いのはわかっている、でも自分は自由になりたい。いろいろな気持ちが去来しては上手くカタチにならずに消えていく。

ジンもケイシーも自分の建てた建築物を持っていないゆえに、アイデンティティに揺らいでいます。それを共有し合った二人が選んだ結論。それは成功するかわからないけど、この「世界=建築物」から出てみるというケイシーの決断。そして父と向き合うジンの決断。

ひとつの街で起こる物語としては何も特筆性はないのですが、それでも個々の人生の転換点になっている。人生は「どの建築物を気に入るか」、その選択の積み重ねなのかなと思ったりもする映画でした。

一般的なハリウッド映画は空間的にもダイナミックに移動してしまうので、ひとつの街を濃厚に描くということは乏しく、情景もクソもない残念なものも多々ありますが、この『コロンバス』はひたすらに街の中で展開する物語に特化させており、“コゴナダ”監督の「この街を味わい尽くしてやる」というポリシーが伝わってきました。

それにしても本当に日本映画的ですね。監督本人は韓国系なのにここまで日本に創作性は寄るというのも不思議。“小津安二郎”監督が『コロンバス』を観たらなんて思うのだろうか…。

こういうふうに街が描かれると、街の人も嬉しいでしょうね。爆発がドカンドカン起きる映画よりは私は良いと思うのですけど…。

『コロンバス』が長編初監督デビュー作になった“コゴナダ”監督。次も絶対に観ないとダメだなと心に誓いました。

『コロンバス』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 97% Audience 79%
IMDb
7.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)2016 BY JIN AND CASEY LLC ALL RIGHTS RESERVED

以上、『コロンバス』の感想でした。

Columbus (2017) [Japanese Review] 『コロンバス』考察・評価レビュー