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映画『八犬伝』感想(ネタバレ)…オヤジ2人の感想考察合戦

八犬伝

または自分語り合戦…映画『八犬伝(2024)』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

英題:Hakkenden
製作国:日本(2024年)
日本公開日:2024年10月25日
監督:曽利文彦
動物虐待描写(ペット)
八犬伝

はっけんでん
八犬伝

『八犬伝』物語 簡単紹介

江戸時代、曲亭馬琴の名で巷に知られていた読本作者の滝沢馬琴は、友人である絵師の葛飾北斎に、構想中の新作小説の始まりについて語っていた。8つの珠を持つ「八犬士」と呼ばれる人物が悪と戦うべく運命に導かれて集うという超大作であった。不器用な言葉に背中を押されて連載が開始するが、さまざまな出来事が馬琴の創作性を揺さぶる。そして完結はなかなか見えてこないまま、年月が経過する。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『八犬伝』の感想です。

『八犬伝』感想(ネタバレなし)

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28年かかっても現代でも愛され続けるなら…

完結に28年もかかった長編小説なんて、一体どれくらい体力と気力を消費したのかと思うと、クラクラしますね。

私事ですが、この「シネマンドレイク」という感想サイトも開設してからもうすぐで10年。ただの駄文を書いているだけなのでクリエイティブな仕事をしている人と比べるのはおこがましいですけども、どんなに好きなことであっても長期間ひらすら取り組み続けるのって予想以上に疲労があるという現実を私も実感しています。

28年をかけて長編小説を完結させたあの人にも想いを聞いてみたいものです。

それは何者かというと、江戸時代後期に「曲亭馬琴」の名で巷に知られていた読本作者の“滝沢馬琴”という人物。“馬琴”は1814年『南総里見八犬伝』という大作を刊行し、1842年にようやく完結させました。

『月氷奇縁』『椿説弓張月』など以前から執筆を重ねて有名になっていた“馬琴”の人生後期の最大の挑戦となった『南総里見八犬伝』。大まかな物語は、室町時代後期が舞台で、ある呪いによって苦しめられることになった名家が、その呪縛を討ち払える運命を背負った8人の若者…「八犬士」を集め、悪を倒すという、時代劇ファンタジーとなっています。この八犬士は、「犬」の字を含む名字を持ち、それぞれに仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の文字のある数珠の玉を産まれたときから所持し、牡丹の形の痣が身体のどこかにあるという共通点があります。個性豊かなキャラクターたちです。

『南総里見八犬伝』は、後世も愛され続け、東映が1900年代に何度も映画化したほか、東映・角川の合作で1983年に『里見八犬伝』という映画も作られ、2006年にはドラマ化もしました。独自にアレンジした『八犬伝―東方八犬異聞―』という“あべ美幸”による漫画もあり、アニメ化もされました。『大神』などゲームにも要素のひとつとして登場したりもしています。

そんな中、2024年に新たな大作映画が舞い降りました。

それが本作『八犬伝』です。

ただ、最初に留意点として、この映画『八犬伝』は厳密には『南総里見八犬伝』の映画化ではなく、1982年に“山田風太郎”が執筆した小説『八犬傳』の映画化なんですね。『南総里見八犬伝』も縮めて「八犬伝」と呼称されるので、誤解しやすいのですが…。

“山田風太郎”の小説『八犬傳』は、『南総里見八犬伝』を生み出した“滝沢馬琴”が知り合いである“葛飾北斎”と交流を重ねながらまさに『南総里見八犬伝』を執筆していく姿を描くという伝記ドラマの側面と、『南総里見八犬伝』そのものの物語、この2つが交錯していく二重構成になっています。ちょっと二次創作的なアプローチです。

長らくこの“山田風太郎”の小説『八犬傳』の映画化も待望されていましたが、ようやく実現にこぎつけたのは、近年も映画館「kino cinéma」や配給「キノフィルムズ」といった映画事業への取り組みに投じている「木下グループ」の全面推進のおかげでしょうか。

2024年の映画『八犬伝』の監督に抜擢されたのは、VFXに精通しており、『ピンポン』(2002年)、『ICHI』(2008年)、『あしたのジョー』(2011年)、さらには『鋼の錬金術師』3部作(2017年・2022年)と、作品を重ねてきた“曽利文彦”です。

確かに『南総里見八犬伝』は“曽利文彦”監督にぴったりそうな題材ですが、“曽利文彦”監督は子どもの頃にテレビで観た連続人形劇『新八犬伝』に夢中だったそうで、念願の映画仕事となったようです。

本作『八犬伝』の『南総里見八犬伝』パートは“曽利文彦”監督らしくVFX全開でダイナミックな映像も要所要所で盛り込まれています。

ただ、何度も言うように純粋な『南総里見八犬伝』の映画化ではないので、『南総里見八犬伝』を知らない人がこの本作『八犬伝』を観ても、全体像がわかりにくく、少し物足りなくなる感触はあると思います。あくまでこの映画は滝沢馬琴と葛飾北斎の創作者の触れ合いが見どころで、『南総里見八犬伝』パートはそのおつまみです。

『八犬伝』を観賞した後は、他の『南総里見八犬伝』の映像化作品にもぜひ手をだしてみてください。

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『八犬伝』を観る前のQ&A

✔『八犬伝』の見どころ
★滝沢馬琴と葛飾北斎の2人の創作者の語り合い。
✔『八犬伝』の欠点
☆『南総里見八犬伝』自体の物語は簡略的な映像化にとどまる。

鑑賞の案内チェック

基本 犬が殺されるシーンが一部にあります。
キッズ 3.0
『南総里見八犬伝』の映像化部分は子どもでも見やすいです。伝記ドラマ部分が混ざるのは子どもにはわかりにくいかもしれません。
↓ここからネタバレが含まれます↓

『八犬伝』感想/考察(ネタバレあり)

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あらすじ(前半)

安房里見家初代当主の里見義実は飢饉の隙を突かれて安西景連に追いつめられ、籠城してひと月にもなっていました。部下は飢えで疲弊、もはや打つ手なし。元気なのは八房という飼い犬くらいなもの。「景連を噛み殺してくれぬか。伏姫をお前の花嫁にしてやるぞ」と声をかけてみます。すると八房は駆けだすのでした。

その夜、安西軍はなぜか散り散りになりました。急に形勢が変わって困惑する里見義実たち。そこへ八房が本当に景連の首をとってきてやってきました。どうやらこのたった1頭の犬が状況を変えてしまったようです。

景連を操ったとして玉梓という女性を捕らえ、金椀八郎らの助言で極刑にすることにした里見義実。しかし、玉梓は首を切り落とされる直前に呪いの言葉を吐き捨てました。

後日、八房は伏姫を引っ張って連れ去ってしまいます。伏姫は花嫁になることを覚悟したようで、里見家から魔性のものを遠ざけるためにと言い残します。

伏姫は行方不明になり、里見義実は懸命に捜索。山奥の洞窟にいると突き止め、鉄砲隊で取り囲み、発砲します。ところが伏姫が死んでしまいます。

伏姫は絶命する前に儀式をしたものの怨霊は完全に消えていないと言い、胸元に掛けている光る八つの珠を持つ者を探してほしいと頼みます。そして八つの珠は上空に浮遊し、それぞれどこかへ散ってしまいました。

…という物語の出だしを滝沢馬琴は語ります。「これが『八犬伝』の始まりだ」

それを部屋で聞いていたのは葛飾北斎。ぶっきらぼうながらも葛飾北斎はその創造力を褒めますが、挿絵は描かないと言い切ります。文句をつけられるのが嫌だと…。

馬琴は長男の鎮五郎を武家にしたいと考えていますが、自分は創作に専念し続けています。馬琴はどんなに名の知れた大名からの招待でも家から出ようとしないほどに頑固です。

この『八犬伝』のアイディアはボツにするしかないか…。そう諦めかけると、葛飾北斎はサラリと絵を描いてくれます。走り描きでも創作意欲をかきたてるものでした。でもやはり本格的には描いてはくれません。

馬琴はこの『八犬伝』を書き始めます。物語はどんどん溢れます。伏姫の言葉どおり、八犬士がこの世に出現し、それぞれの運命に気づいて集結。権力者である扇谷定正の傍で邪気を放つ玉梓を倒すべく、動き出す…。

しかし、馬琴自身にも思わぬ障害が出現し、創作心が揺れ動くことになり…。

この『八犬伝』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2025/02/11に更新されています。
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創作論が他の創作論に触れ合う

ここから『八犬伝』のネタバレありの感想本文です。

映画『八犬伝』の個人的に楽しかった最大のポイントは、滝沢馬琴と葛飾北斎という2人の触れ合いでした。

2人とも現代日本においては文化的偉人として記録されているわけですけども、本作の序盤なんかは本当にただのオヤジ2名の与太話が地味に繰り広げられるだけです。実際はどうだったか知りませんし、間違いなくこれは本作の脚色なのでしょうけど、こういう会話をしてそうなのが容易に想像つくというか…。

家庭に居場所を感じず、頑固に意地っぱりに口だけ達者で、部屋でぶつくさ言っているだけ…。現代にもうじゃうじゃいるオヤジたちの姿です。

一応は滝沢馬琴と葛飾北斎は創作者であり、ときに自身の創作論を語り合います。まあ、そうは言ってもそこまで常人には理解できない天才の会話ということでもなく、なんか映画の感想や考察をことあるごとに喋って書きなぐっている私たちとそんなに変わらない…

中村座を観劇しながらの『忠臣蔵』はどうだとか、『東海道四谷怪談』はどうだとか、そういう雑談も、既視感があります。

この中村座の歌舞伎は“中村獅童””尾上右近”といった完全に本職のプロが演じているので、凄く見ごたえがあって、それがあのどうしようもない滝沢馬琴&葛飾北斎のオヤジ組と落差になっていて何とも言えない味がでてたのも良かったですね。

ちなみにあの歌舞伎はグリーンバックのスタジオ撮影らしいです。演技が迫真すぎて全く気にもならなかったのはさすが…。

こういう感想雑談を楽しめているのは私が同類だからであり、一般の人はあんなオヤジ2人の駄弁に面白さなんて感じないのかもだけど…。

もちろんずっとお喋りしているだけの映画じゃありません(私はそれでもいいのですが)。

葛飾北斎が「その時代に鉄砲はでてきたのか」なんて考証を追及すると、滝沢馬琴は「読者に許される嘘なら受け入れる」と持論を語り、ここから「虚」と「実」の使い分けをどう考えているかという核心的なテーマの話に踏み込み始めます。

「正しい者は勝ち、悪は罰せられる…そういう世界を物語として描きたい。悪が勝つこともあるこの世の中だからこそ」と虚の世界に理想を見出す滝沢馬琴。そんな意外に純朴な男が中村座の奈落で鶴屋南北と遭遇し、『忠臣蔵』を愚弄するのはなぜかと問い、真逆の創作論を突き付けられて揺さぶられる。

このシーンは意味深な暗い演出もあいまって、作中で一番緊迫感のある怖さがありました。

一方で、渡辺崋山には『八犬伝』の正義に勇気づけられたとファン目線で褒められ、「正義は虚であってもそれを貫いて人生となれば実となる」と創作論を補強してもらえます。

創作者が他の創作者と影響し合うありさまを本作はあの時代の中で映し出しているのが興味深かったです。

そして忘れてはいけない、滝沢馬琴を演じた“役所広司”と葛飾北斎を演じた“内野聖陽”の名役者2人の組み合わせはやはり肝であり、この映画に欠かせないのは言わずもがな。

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この映画の創作はイマイチ単調

映画『八犬伝』はそういう創作論語りは大いに満喫できたのですが、滝沢馬琴が創作していった『南総里見八犬伝』自体の映像化パートは、そこまで効果的に重なってこない感じでイマイチでもありました。

やっぱり『南総里見八犬伝』を単独で映画化したような作品と比べると、はるかにボリューム面でもドラマ面でも見劣りします。

犬塚信乃、犬川壮助、犬坂毛野、犬飼現八、犬村大角、犬田小文吾、犬山道節、犬衛親兵衛の八犬士を登場させるごとに、作者の滝沢馬琴が「いや~、このキャラクターはこういう正義を込めながら考えたんですよね」なんてオーディオコメンタリーよろしく解説でもしてくれて、そこに葛飾北斎がいちいち余計なツッコミでも入れてくれれば、非常に楽しかったのですが、そういう内容じゃないし…。

せっかく勧善懲悪であることのこだわりを現実パートで熱く語っているのに、この『南総里見八犬伝』における悪役である玉梓の存在感はあまりに抽象的なので、「正義が悪を成敗する快感」というものは薄いです。それもあって観客は『南総里見八犬伝』のパートでは終始置いてけぼりになります。犬好きにしてみれば犬を平然と撃ち殺した里見義実を一発ぶん殴らないと気が済まないかも…。

私は『南総里見八犬伝』の本来の物語を知ったうえで本作を観賞していましたけど、『南総里見八犬伝』を未読の人は本作の『南総里見八犬伝』のパートが薄すぎるので「こんなあっさりした物語の完結に28年かかったの?」と困惑するのではないだろうか…。

“曽利文彦”監督が特異な映像面においても、最新のVFXを駆使したエンターテイメントとして平凡な出来栄えであり、そんなに個性はないです。それよりもどうせなら現実パートで葛飾北斎を介入させているのですから、葛飾北斎の絵のイメージを駆使したアニメーション演出を混ぜ合わせるといった斬新な表現に挑戦してほしかった…。

できたと思うのですよね。予算の問題とかあるにせよ…。映画『陰陽師0』を観たときにも思ったのですが、日本は時代劇にVFXを組み合わせていくのもいいのですが、よりファンタジーな世界観であるならば、アニメーションを活かすといいんじゃないかと思います。ハリウッドはやりそうにない、日本らしい映像表現になりますよ。

現実パートも滝沢馬琴が高齢化していくとトーンダウンし、感傷的になりすぎるところがあったのが少し残念。目が見えなくなってお路に代筆をさせながら執筆を続けるシーンも、単に叱られて平謝りする“黒木華”を映すのではなく、この物語のテーマである創作論をそこでも話し合わせ(老男と若女の創作の考え方の交差もいいじゃないですか)、物語に影響を与える…みたいな脚色を添えても良かったと思います。

豪華な俳優と複雑な二層構造の物語を持ち合わせても単調に終わってしまうとありきたりなので、この映画なりの虚実の技をさらに練ってほしかったです。

『八犬伝』
シネマンドレイクの個人的評価
5.0
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)

作品ポスター・画像 (C)2024「八犬伝」FILM PARTNERS.

以上、『八犬伝』の感想でした。

Hakkenden (2024) [Japanese Review] 『八犬伝』考察・評価レビュー
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