怪物は退場しても死なない…映画『ゲティ家の身代金』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:アメリカ(2017年)
日本公開日:2018年5月25日
監督:リドリー・スコット
ゴア描写
ゲティ家の身代金
げてぃけのみのしろきん
『ゲティ家の身代金』あらすじ
1973年、石油王として巨大な富を手に入れた実業家ジャン・ポール・ゲティの17歳の孫ポールが、イタリアのローマで誘拐され、母親ゲイルのもとに、1700万ドルという身代金を要求する電話がかかってくる。しかし、守銭奴としても知られたゲティは身代金の支払いを拒否してしまう。
『ゲティ家の身代金』感想(ネタバレなし)
ケチ男とダメ俳優と天才監督
皆さんは劇場で映画を鑑賞するとき、通常料金でそのまま観てしまうタイプですか、それともなるべく割引で安くしようと狙うタイプですか? 映画館はかなり色々な割引サービスを用意してくれており、上手くタイミングや条件を合わせると結構お得です。1年に1回程度しか映画を観ない人は気にならないかもしれませんが、私みたいに数えきれないくらい鑑賞するのが当たり前の映画ファンにとっては、この割引も総計するとバカにならない金額になります。やっぱりお得に鑑賞できるにこしたことはないですよね。
じゃあ、もし私が億万長者になったとしたら、この映画館の割引サービスを利用するのか…。いや~、利用しちゃうかもしれないです、クセになってますからね。でも、そうしたらきっとそんな私を見て「こいつ、ケチだな…」と思う人がいてもおかしくはないなとも思います。まあ、別に「ケチであること」は悪いことではないとも思いますけど。
しかし、本作『ゲティ家の身代金』が描く、実在の大富豪「ジャン・ポール・ゲティ」はもはやケチとかそんな一般人が使う言葉では当てはまらないような異次元の存在でした。
1892年生まれのアメリカの実業家にして石油王。彼の資産は日本円にして1.4兆円。ちなみに日本で最近話題になったリッチマンのZOZOTOWN創業者の前澤友作氏の総資産は3330億円ですから、桁違いなのがわかるでしょう。
もはやお金が降って湧いてくるような状況。札束で焚火をしてもいいくらいです。
しかし、そんなゲティは超ケチで有名なのでした。そのケチっぷりを最も鮮烈に印象付けるエピソードが、孫のジョン・ポール・ゲティ3世が誘拐された事件での出来事。犯人の要求する、日本円にして50億円の身代金の要求に対して「払いたくない」と一蹴。これだけなら犯人の思惑に乗らないためにやむなくなのかなと思いますけど、捜査にすら無関心。その莫大なお金で捜索をサポートすればかなり状況も変わるのにそれにすらお金を使いたくない。「NHK受信料、払いたくない」とか言っているオッサンと同レベルのノリ。
そのクレイジー・モンスター・リッチなゲティを描くというだけでも、じゅうぶんこの映画の話題性は保証されているのですが、もうひとつ本作は注目を集めてしまったスキャンダルがリアルの製作側で起こってしまいました。
ゲティを演じる予定だった“ケヴィン・スペイシー”が未成年へのセクハラが報道され降板(2018年12月時点で別件で性的暴行の容疑で訴追されるなど、俳優を事実上引退)。その問題発覚がすでに撮影を撮り終え、映画公開まで2か月のタイミングであったため、これは映画自体がお蔵入りかと誰もが思ったはず。しかし、本作の監督“リドリー・スコット”は違った。即決で代役として“クリストファー・プラマー”で再撮影を敢行。1000万ドルが費やされたそうですが、それよりも道義的責任を重視。見事、予定どおりに公開に間に合わせたという神業を披露。
私は最初この再撮影話を聞いたとき「“ケヴィン・スペイシー”の役はそんなに出番がなかったのかな」と呑気に思ったのですが、実際に鑑賞したら出番だらけで、よく取り直したなと驚愕するばかりでした。
なにより図らずもゲティとは対極的な行動をとった“リドリー・スコット”という構図になり、映画の深みも増す結果に。公式ですらこの再撮影騒動を宣伝に使っているあたり、なんだかんだでトラブルの中でも利益を得ようと狙う業界の動きもまた、ゲティっぽい感じもしたり。これも運命だったのか、それとも必然なのか、考えてしまう一件でしたね。
そんな裏話を噛みしめながら鑑賞するとより一層面白さのアップする映画だと思います。
『ゲティ家の身代金』感想(ネタバレあり)
屋敷に住み着く怪物「ゲティ」
『ゲティ家の身代金』は誘拐事件を扱った映画なので、ジャンルはクライムサスペンスです。でも、私は本作を鑑賞し終えたとき「ゴシック・ホラーみたいだな」と感じました。
そう思った理由のひとつは、舞台です。
大富豪にして守銭奴の古老ジャン・ポール・ゲティは、美術品のコレクターでもあり、世界中から自分の目で価値を評価してかき集めた絵画や彫刻を、自らの屋敷に並べています。そして、作中ではゲティは誘拐事件が起こってもその屋敷から基本は出ようとしません。自分の手先として元CIAのチェイスを呼び寄せ、交渉人の役割を担わせるくらい、自分は表に出ない姿勢を貫きます。
そのゲティの姿は、世俗から離れ、自分の欲だけで構成された世界である屋敷に住み着く怪物そのもの。作中で誘拐された孫がナレーションで語っていますが、「見かけは人間だが宇宙人(エイリアン)みたいなもんだ」という言葉のとおり。これはもちろん“リドリー・スコット”監督の代表作『エイリアン』に引っ掛けた言葉遊びでもあるわけですが、事実、ゲティは人間ではなく怪物として生きているようなものです。
そのゲティという名の化け物と対決することになる一般人代表が、誘拐された少年の母で、当時は離婚してゲティ一族とは離れていたアビゲイル(ゲイル)。
とにかく息子を取り戻すために身代金を払うことも辞さないと考えるゲイルですが、怪物ゲティはそれを許さない。本作ではこのゲイルとゲティとの間にある確執をわかりやすく示していました。欲に溺れダメになった夫(ゲティの息子)から「扶養料も慰謝料も財産分与もいらない。親権だけほしい」と主張して最愛の息子を取り返したゲイル。それを理解できないとあ然と見ていたゲティ。それからしばらくのちに起きた誘拐事件で、その子どもの身代金の適正額はゼロだと言い切るゲティは、「他の子もさらわれる」などもっともらしい理由を並べますが、実際は意趣返しだったのかもしれません。
しかも、ゲイルが立ち向かわなければならないのは、ゲティだけではありません。執拗にネタを求めて金儲けがしたい記者たちなど、群れを成して襲い掛かる怪物たち。新聞社に届けられた息子の耳を5万ドルで写真掲載させてくれと言ってくるメディアといい、人間を金勘定でしか判断しない思考。
ゲイルの敵は、資本主義そのものです。
社会の闇に潜む怪物「ンドランゲタ」
一方で、誘拐した犯人グループの実行犯のひとりチンクアンタもまた、別の怪物と対決することになっているのが、本作の面白いところ。
その怪物とは、イタリアの最大の犯罪組織「ンドランゲタ」。
警察に突入されて銃撃戦になった後、誘拐した少年を売った相手がこの組織。それはチンクアンタが思っている以上に巨悪で恐ろしい存在でした。
身なりのいいスーツの男が言い放つ「肉をたくさん食べさせろ。そうすれば傷つけても回復が速い」という言葉にドン引きしつつ、本当に耳を切るという所業に観客も一緒に絶句(このシーン、生々しかった…。「これはメイクだ、メイクなんだ」と自分に言い聞かせてスクリーンを観ていました)。情念とかすらなく、人間を人間とすら思っていない。また人の心があるチンクアンタとは別の次元に君臨しているのが、この組織です。
実際、この「ンドランゲタ」という組織の支配力は絶大で、作中でも警察を含む町全体を手中におさめているなどしていましたが、強大な権力を持っています。世界で最も裕福な犯罪組織と言われており、つまり、ゲティと同じ「金」の力で欲を成し遂げる奴らなのです。
ちなみにこの「ンドランゲタ」、薬物と武器の密売が儲けの手段となっているのはすぐ想像できると思いますが、オリーブオイルも主要な“金儲け道具”になっているそうです。
「ンドランゲタ」はまさに裏社会の存在ですから、人目を避ける怪物っぽさもムンムン漂わせていました。
本作は、「怪物vs怪物」のモンスターバトル・ムービーだった…なんて荒唐無稽な解釈も面白いじゃないですか。
怪物は倒せていない
このように、ゲイルはゲティという怪物と、チンクアンタはンドランゲタという怪物と、それぞれ対峙するのですが、怪物は物理で倒せるような相手ではありません。
結局、ゲティは「身代金は税控除の対象にならない。身代金を息子に貸す形にすれば損金処理が可能だ」という節税の狙いで身代金を値切りに値切った後に支払うと提示。しかし、子どもの監護権を前夫に譲るという条件つき。
この時点でゲティが本当に欲しかったものがハッキリ明示されます。大富豪が金で買えなかったもの…それは愛。父を亡くし、母と喧嘩別れした過去を持つゲティが、愛を求めている姿は母子を描いた絵画を購入する姿からも伝わっていました。
“リドリー・スコット”監督も、「ゲティには度胸と才気があった。誘拐犯はテロリストであり、今日の政府なら身代金の交渉には応じない。ゲティは先進的なアプローチをとったと言える。しかし、それも本心からの決断ではなかったようだ」と、ゲティという怪物の皮をめくった奥にある心を見つめて本作を作ったようです。
最期は絵の母子を抱いて終わりを迎える怪物。「どんなものにも価値がある」と豪語した怪物は、自分の価値に気づいてくれる愛に飢えていたのかもしれません。
対して、犯人側で苦悩していたチンクアンタは最後にほんの少しの愛を示したことで、おそらく自分が怪物になるような事態を防いだのではないか。そう考えることもできます。無論、犯罪組織は全くダメージを受けていませんが。
怪物ひしめく男社会を裏で支えていた女性たちが映るのも印象的でした。とくに終盤のゲイルが用意した身代金を受け取った犯人組織が、女性たちに金を数えさせているシーンは、さりげないですが意味深いです。怪物は女性には敵わないんだという視点は“リドリー・スコット”監督らしいですね。
ラスト、ゲイルと息子が見つめるゲティの彫刻。彼は死してなお、資本主義という概念のもと、生き続けることを突きつけるような、ちょっと不穏なエンディング。
実際、ゲティ財団は世界有数の資金力で地球上の芸術品を手中に収めていますし、あの誘拐された少年の弟のマーク・ゲティは「Getty Images」という画像提供サイトで成功をおさめており、ネット社会のコンテンツさえ、ゲティ・ファミリーの掌の上。そう考えると、冗談抜きで世界の全ての創作物にゲティは手を伸ばしていることになります。
怪物「ゲティ」を引き継ぐ代わりなんていくらでもいるのです。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 78% Audience 66%
IMDb
6.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 6/10 ★★★★★★
関連作品紹介
リドリー・スコット監督作
・『ハンニバル』(2001年)
…『羊たちの沈黙』の続編。これぞ怪物の物語。猟奇的なシーンも多く、『ゲティ家の身代金』のあのゴアなショッキング・シーンもそれを継承したものなのかな。
・『プロメテウス』(2012年)
…『エイリアン』をより神話的に再解釈したような物語。リドリー・スコット監督は世界の原点には怪物的な存在がいると考えているのでしょうか。
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以上、『ゲティ家の身代金』の感想でした。
All the Money in the World (2017) [Japanese Review] 『ゲティ家の身代金』考察・評価レビュー