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『新聞記者』感想(ネタバレ)…映画は観客さえも暴く

新聞記者

映画は観客さえも暴く…映画『新聞記者』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

英題:Newspaper Reporter
製作国:日本(2019年)
日本公開日:2019年6月28日
監督:藤井道人

新聞記者

しんぶんきしゃ
新聞記者

『新聞記者』あらすじ

東都新聞の記者・吉岡エリカのもとに、医療系大学新設計画に関する極秘情報が匿名FAXで届く。それは大学の新設が内閣府の影響力で作られたことを示すものだった。吉岡エリカは、真相を突き止めるべく調査に乗り出す。一方、内閣情報調査室の官僚・杉原は、現政権に不都合な情報や人物をコントロールする職務に葛藤していた。

『新聞記者』感想(ネタバレなし)

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映画もまた観客をのぞいている

映画はいろいろな楽しみ方のできる最高の存在です。疲れた時、または嫌な気分になった時、そんな鬱屈を吹き飛ばすような爽快感を感じることもできます。ドラマチックな物語に感動して、感情を全開にすることもできます。はたまた自分の大好きなキャラクターを応援することもできます。

そうやって私も映画を満喫している人間のひとりですが、私にとってもうひとつ欠かせない“映画の楽しみ方”があって…それは「映画が自分を暴く」という感覚です。どういうことかというと、映画を鑑賞していてハッと気づかせられる瞬間がたまらないのです。例えば、差別を題材にした映画を観ていて、自分も差別意識を持っていることを自覚する…とか。または、恋愛映画を観ていて、自分でも考えようとしないでいた恋愛へのコンプレックスを見いだす…とか。

でも世の中にはこういうのが嫌いな人もいます。たぶんそういう人は映画には自分の理想どおりの投影を求めているのでしょう。だから、自分の考えているどおりの内容でないと、その映画に不快感を示す人もいます。まあ、それもわかります。でも私は基本、“自分を信用していない”ので、むしろ映画に責められたいくらいに思っているんですね。

ただ、個々人がどういう思考を持っているにせよ、“映画が観客を暴いでしまう”のは避けられません。それが映画というものですから。要するに心理テストみたいなものです。ましてや映画を観た後にこうやって感想でも書こうものなら、その内容によって、鑑賞者であるあなたの本質が浮き彫りになってしまいます。だから映画感想ブログなんて書く人は、とんだドMですよ、露出狂ですよ(暴言)。

長々と語ってしまいましたが、そういう意味では、本作『新聞記者』は鑑賞した日本人全員を暴くという、絶大な効果を持った映画であるのは間違いないのではないでしょうか。

『新聞記者』は東京新聞記者「望月衣塑子」のベストセラー小説を“原案”にした政治報道を主題にした社会派サスペンスです。“原案”なので映画ではかなりオリジナルになっているらしいですが、私は原案作品を読んでいないので、そのへんはわかりません。

とにかく重要なのは、本作は今の日本の現政権を題材にしているということ。政治家などの実名は一切でてきませんが、実際にあった誰でもニュースで見聞きしたあの事件この事件がベースになっているのは一目瞭然。フィクションという体裁はとっていても、どうしたってリアルと地続きな作品なので、日本の観客の心は穏やかではいられません。

当然、賛否両論は起こります。ただ、まずそれはさておき、私は正直、よくこんな映画を作れたなと感心しました。海外にはこういう政権を批判する要素を含む映画はいっぱいあります。最近だったら、『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』とか、『タクシー運転手 約束は海を越えて』とか。『バイス』なんてつい最近のアメリカ政権の話。自国の政府に対しても容赦なしです。

それらと比べたら『新聞記者』は攻め方は弱いと言われるかもしれませんし、確かにそうです。実名じゃないぶん、あの名作『大統領の陰謀』よりもアグレッシブではないでしょう。でも、今の日本の現状を考えれば『新聞記者』のインパクトは相当大きいのも事実。なにせただでさえこのタイプの映画が作られない国ですから。実名ではないのも、逆に言えば“日本がそういう見えざる圧力に忖度している”という証拠です(政治家を実名で批判する映画を作れない大国は、今や「中国・ロシア・日本」の3トップですね)。なので『新聞記者』はそういう良からぬ体質に風穴を開ける…かもしれません。

『新聞記者』なんて特異な邦画を作ったのは誰だ?と思ったら、配給は「イオンエンターテイメント」なんですね。イオンは映画もたびたび制作・配給してますが、最近も『岬の兄妹』とか、“えっ、それ!?”みたいな作品が目立ちますね。凄く良いと思います。

監督は、2019年は『デイアンドナイト』でも観客の心を掴んだ“藤井道人”。『デイアンドナイト』といい、『新聞記者』といい、人を別つ境界をギリギリ攻める作品が得意なのか。いい感じに勢いに乗っています。

主演は、韓国映画界の天才女優にして『サニー 永遠の仲間たち』『少女は悪魔を待ちわびて』『サイコキネシス 念力』と多彩な演技を見せるあの“シム・ウンギョン”。まさか日本映画でその姿を見られるとは。それだけで感慨深い。

そんな“シム・ウンギョン”と肩を並べて共演するのは、侍も刑事もサイコパスもセックスワーカーもクマもなんでもやる“松坂桃李”。この人に関しては、私は日本で今、一番絶好調な30代俳優だと思っていて、もう何やらせても凄いので、なんも言えない…。

ということで、語りがいじゅうぶんの『新聞記者』。政治とかわからなくても大丈夫。サスペンスとして普通に面白いので、手に汗握ることができます。

ただ、忘れないでください。ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェが「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」と言っているように、本作でも、観客が映画をのぞく時、映画もまた観客をのぞいていますよ

オススメ度のチェック

ひとり ◎(2019年の見逃せない一作)
友人 ◎(スリルを共有できる)
恋人 ◯(スリルを共有できる)
キッズ △(大人向けのドラマ)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『新聞記者』感想(ネタバレあり)

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観客こそ中立ではいられない

『新聞記者』のネタバレ感想に入る前に、まず一点。よく映画に対して「中立ではないからダメだ」と言う人がチラホラいますが、それはどういうことなのかと。確かに“中立であることが大事なとき”はあります。裁判とか…。では、映画という表現の世界に中立ってあるのかなと。

例えば最近の映画だと『バジュランギおじさんと、小さな迷子』というインド映画があって、こちらはインドとパキスタンの宗教&国家対立を描く作品で、素晴らしい映画でした。日本人感覚的にはとても中立的な作品に見えます。でも当事国ではやっぱり作品への批判はあるんですね。それだけこの対立が根深いということの裏返しでもありますが。

部外者である日本人だからこそ“中立的だな~”なんて呑気なことを言えるのかもしれません。つまり、観客の立場の問題が大きいだろうなと思ったりも。

一方、『新聞記者』はまさに今の日本の映画です。日本国民の内外に抱える対立感情にダイレクトアタックしてきます。だから本作は“映画が中立的ではない”ということではなく、観客(日本人)が“中立的ではいられない”んですね。

本作に対して早速「プロパガンダだ!」「印象操作だ!」「バッシングだ!」と、まあ、香ばしいご教示がわんさか沸いてくるのも、その証左。見事に映画によって観客が暴かれています。

当事者になってしまうからこそダブルスタンダード上等で条件反射的に反応が起こる。この現象は『ネバーランドにさよならを』でもありました。

映画なんて人に印象を与えるために作られるものだろうに、特定の映画に対して「印象操作だ!」と拒否反応を示すのは、それだけ自分にとって不都合な印象だったということでしょう。

だからといってそんな反応をする観客を愚かと言っているわけではなく、まさにあなたは今、映画によって自分で開けたくもない扉を暴かれてしまった…ということであり、これぞ映画の醍醐味だと私は思うのですが。もし本作を観て、精神的に動揺するほどダメージを受けたなら、素直に咀嚼すればいいだけじゃないでしょうか。

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まずはジャーナリズムを知ろう

そんなことを書くと、映画の感想を語りづらくなってしまいますけど、政治云々は置いといて、一度クールダウンしてみましょう。

『新聞記者』の物語は、案外、シンプルです。簡単に表現すると、“謎の組織”の実態を探ろうとする話。これをファンタジー映画に例えるなら、魔法の城にある“秘密の部屋”を探して冒険する話。ホラー映画に例えるなら、廃墟の家にある“不気味な人形”の隠された歴史を暴き出す話。要するにそんなことと変わりないです。

この「自分の知らないものを知ろうとする。そして知ったらみんなに伝える」。これを専門的な言い方をすると「ジャーナリズム」と言います。なんかどうしても「ジャーナリズム」と聞くと一般人にはかけ離れた世界に思っている人も依然としていますが全然そんなことはありません。

身近にいっぱいあります。SNSもそうです。この映画感想ブログだってそうです。映画を観て、感想を伝える。これは広義のジャーナリズムです。

『新聞記者』の公式サイトに載っている映画監督の是枝裕和氏のコメントでこんなものがありました。

これは、新聞記者という職業についての映画ではない。
人が、この時代に、保身を超えて持つべき矜持についての映画だ。

まさにそのとおりだなと思っていて、宣伝では「内閣官房vs女性記者」とかなり煽っていますけど、そういう映画ではないな、と。

ジャーナリズムの映画です。作中で登場人物が言うように「知っていることを教えてください」…ただそれだけ。

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あなたは何を知り、何を伝えるのか

しかし、残念なことに日本ではそのジャーナリズムが窮地に立たされています。この危機意識をどれくらい共有しているかで、映画の印象は変わるでしょう。

あまり日本の世論では問題認識されていませんが、日本は世界的にジャーナリズムの劣化が心配視されています。国際NGO「国境なき記者団」が2019年に公表した「報道の自由度ランキング」では、日本は180カ国・地域中67位。9年前は11位だったので、とてつもない低下です。

その理由はいろいろありますが、ひとつに「記者クラブ」という日本独特のシステムの存在があって、これらを含み、日本はかなり複雑めいた状況になっています。

だから『新聞記者』は日本政府と戦う新聞記者をヒーロー気取りで描く物語ではありません。そのことはまず冒頭で示されます。既存の大手マスコミへの疑念。日本にはジャーナリズムなんて存在するのだろうか…という視点。これが一番の主題です。

ジャーナリズムの限界を描くという意味では『ラッカは静かに虐殺されている』にも近い側面がありますね。

ただ、『新聞記者』は一応フィクションです。リアリティたっぷりで特定の組織の暗部を戯画化したエンターテイメントです。白人至上主義団体「KKK」を描いた『ブラック・クランズマン』に同様のアプローチでしょう。

どうしても「内閣情報調査室」という組織が何をしているのかという疑惑にばかり目がいきがちですし、そうなると「こんなことをしている証拠はない!」だとか「陰謀論だ!」とか、“政府と映画、どっちを信じる?”みたいな、陳腐な論争になってしまいます。それは水掛け論。ネス湖にネッシーはいるかどうかはどうでもいい、大事なのはその情報を収集して伝える自由がこの社会にはありますか?ということ。

『ブラック・クランズマン』を白人至上主義者が観て、「こんな爆発事件はなかった!」と作中終盤で描かれるシーンに文句を言っているのと同じ。そりゃあそうです。そこはフィクションだもの。大事なのは、別のところじゃないですか…という話。

『新聞記者』も終盤に行くにつれ、どんどんサスペンス増長のためにフィクション度合いがアップしていくのですが、そこに隙ありと指摘しても、意味はないです。

なので『新聞記者』は上っ面だけで映画を観ると、論点すら行方不明になりやすいですよね。逆に言うと、露骨なサスペンスで主題の本質をコーティングしているので、上手いと言えばそうなのですが。これがわざと観客のミスリードを誘発させているほどの狙いがあるのかは不明ですけど。

ともかく、吉岡エリカと杉原拓海という登場人物は、それぞれが新聞企業と内閣情報調査室に属してはいるのですが、全身がその組織には浸っていません。どこかで“ここはオカシイ”と感じている…揺らいだ存在です。また俳優陣の演技が絶妙ですね。

情報量の多い映画に思えますが、実際はこの二人の揺らぎがずっと続き、最後にどこに行き着くのか…しかもその終着地点は見せないので、モヤモヤすることこの上ないのですが、結局はそこで観客にバトンタッチされます。

私たちは映画を観ている間は観客でいられますけど、ひとたび劇場を出れば、あなたは映画の登場人物です。さあ、ではあなたはどの登場人物ですか?

私はこう思っています。

「戦争や政治は互いに正義だと思っている者同士の争いだ」と得意げに言いながら、目の前で起こっている暴力・差別・不正・隠蔽を見て見ぬふりする奴は、間違いなく「悪」だと。

だからそんな悪を描く映画を“観る”し、映画感想を“書く”のはやめません。それが私のジャーナリズムですから。

今作の映画『新聞記者』はジャーナリズムの切り込みとしては世界的な映画と比べると劣ります。本作を起点にして、どんどんステップアップしてくれるといいのですが、日本はそこまで信用できるでしょうか…。

『新聞記者』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer –% Audience –%
IMDb
?.? / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 6/10 ★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)2019「新聞記者」フィルムパートナーズ

以上、『新聞記者』の感想でした。

Newspaper Reporter (2019) [Japanese Review] 『新聞記者』考察・評価レビュー