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映画『ハムネット』(2025年)感想(ネタバレ)…クロエ・ジャオ流の悲劇と癒し

ハムネット

映像で染みわたる…映画『ハムネット』(2025年)の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Hamnet
製作国:イギリス(2025年)
日本公開日:2026年4月10日
監督:クロエ・ジャオ
性描写 恋愛描写
ハムネット

はむねっと
『ハムネット』のポスター

『ハムネット』物語 簡単紹介

16世紀、イングランドの小さな村。母から薬草の知識を教えられ、今も森で独りで過ごすことが多いアグネスは、作家になろうと努力するも困窮した家を支えるために家庭教師の仕事をしていたウィリアム・シェイクスピアと出会い、関係を深めていく。そして、2人の間に3人の子どもたちが生まれるが、そのうちのひとりで唯一の息子であるハムネットに悲劇が起きる。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『ハムネット』の感想です。

『ハムネット』感想(ネタバレなし)

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「ハム“ネ”ット」と「ハム“レ”ット」

「文系」と「理系」をやたらと二項対立させる風潮には心底うんざりしていますが、そんな両者を繋ぐのが「ウィリアム・シェイクスピア」です。

シェイクスピアと言えば当然「文学」の対象ではないのか?と思うかもですけど、確かにそのとおりなのですが、シェイクスピアの著作はいわゆる理系の学問の研究対象にもなってきましたし、医学者や自然学者を魅了してもきました

その著作の中身には現代にも通じるような科学的洞察力があったり、はたまた知見を物語のアイディアに変換してみせていたり、多彩な楽しみかたができます。

別にシェイクスピア自身が科学者だったわけではないのですけども、もしかしたらそれはの影響なのかもしれません。

シェイクスピアの妻「アン(アグネス)」薬草学の知識に長けていて、教えてもらっていたとか…。いや、実際は知りませんけども…。このアンについてはその人生は謎が多いです。

かくいうこの私のサイトもその名に「マンドレイク」を冠している以上、薬草学と無縁ではいられませんが(私は薬草の知識、全然ないんだけど)、今回紹介する映画はその知られざるアンという人間に触れさせる一作です。

それが本作『ハムネット』

シェイクスピアの有名な悲劇戯曲『ハムレット』とタイトルは似ていますが、別にそれの映画化とは違います。本作はアンがウィリアム・シェイクスピアに出会い、関係を深め、子どもが生まれ育てていく姿を描いているのですが、伝記映画というよりはひとつの歴史解釈を物語にしたようなものです。

具体的には、アンとウィリアム・シェイクスピアの子どものひとり、ハムネットが幼くして亡くなるのですが、その死が後の『ハムレット』のインスピレーションになったという前提で描いています。これは伝記的解釈と呼ばれるもので、真実性はあまりないのですが、それでもひとつの物語として丹念に作り込まれています。

原作があって、北アイルランドの作家“マギー・オファーレル”が2020年に発表した小説の映画化となっています。

映画では脚本に原作者の“マギー・オファーレル”自身も関わり、当初は“サム・メンデス”が監督する予定もあったらしいのですが、最終的に監督に抜擢されたのは“クロエ・ジャオ”でした。

“クロエ・ジャオ”は、2015年の『兄が教えてくれた歌』で長編映画監督デビューし、『ザ・ライダー』(2017年)でインディーズ界隈での注目を集め、2020年の『ノマドランド』で一気にアカデミー賞の作品賞に輝く快挙。2021年の『エターナルズ』ではオタクっぷりを披露しました。

その“クロエ・ジャオ”が『ハムネット』の監督となったのは、結果的に相性抜群でしたね。そもそもが二次創作的な設定である点、抑制的な感情を主軸とする語り口、繊細な人物の活写…すべてが“クロエ・ジャオ”の作家性にぴたりとハマりました。

主演するのは、『ウーマン・トーキング 私たちの選択』『リトルハンプトンの怪文書』“ジェシー・バックリー”。その相手となるウィリアム・シェイクスピアを演じるのは、『異人たち』『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』“ポール・メスカル”です。

他の共演は、ドラマ『デューン 預言』“エミリー・ワトソン”『ブルータリスト』“ジョー・アルウィン”など。

基本的に戯曲『ハムレット』のほうを全く知らずとも、今作の理解には何の問題もありませんので、そのままこの世界に浸ってみてください。

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『ハムネット』を観る前のQ&A

✔『ハムネット』の見どころ
★創作が悲しみを癒す力を繊細に描く語り口。
★俳優陣の名演。
✔『ハムネット』の欠点
☆—

鑑賞の案内チェック

基本 子どもの死が描かれます。
キッズ 2.0
性行為の描写があります。
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ハムネット』感想/考察(ネタバレあり)

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あらすじ(序盤)

ストラトフォードの青々とした林冠の下。その根元でひとりの女性が丸まって眠っています。傍には小さな洞窟がぽっかりと暗闇を覗かせており、森は静かです。

その女性…アグネスは目を覚まし、1羽のに気づきます。そして鷹狩り用のグローブを片腕につけ、鷹を手にとまらせます。美味しそうに肉を食べる鷹を物憂げな表情で眺めるアグネスでした。

一方、ウィリアム・シェイクスピアは森の中にある民家で、子どもたち相手に家庭教師をしていました。そこへ薬草を採取したアグネスが帰ってくると、好奇心にかられたウィリアムは彼女に会い、会話をかわします。2人はゆっくりと手をとり、口づけ。しかし、アグネスはすぐに距離をとり、ひとり家に戻ります。

自作農の家ではアグネスはいつか嫁に行くだろうと思われていましたが、アグネスはそれなりの年齢を過ぎても薬草採りばかりで社交的とは言えません。

対するウィリアムは自分の家に帰宅すると、家族の空気は不穏。借金返済のために家庭教師をしているものの、報われない日々でした。アグネスは森の魔女だという噂をウィリアムの母は口にします。

別の日、ウィリアムは森に独りでいるアグネスのもとへ。最初は警戒するアグネスでしたが、ウィリアムは親しげに距離を詰めようとします。

そしてウィリアムは「オルペウスとエウリュディケーの物語」を語り、アグネスは聞き入ります。その物語を気に入ったアグネスは少し笑みを浮かべ、ウィリアムに薬草の知識をみせます。石の上で薬草をすりつぶし、肌に塗る…すると傷の痛みが和らぎます。その場でまたも2人は口づけをかわします。

こうして2人は互いに意識し合う関係になりました。ウィリアムはアグネスへの想いが高まり、夫婦になりたいと熱望。しかし、アグネスは家族が許さないだろうと悲観的で、密会をするだけです。誰も来ない食料保管庫で、2人は体を交えます。

2人は森ではしゃぎまわり、それぞれの身の上を語ります。アグネスの薬草の知識は代々女が受け継いできたもので、母はもう亡くなっていました。アグネスの家は今や兄バーソロミューに任せられています。

そんな中、アグネスは妊娠し、家を追われて、やむを得ず、ウィリアムの家に駆けこんできます。ウィリアムの母は激昂しますが、なんとかアグネスはここに身を寄せることができます。

こうして2人は結婚し、アグネスは森の中でスザンナを出産します。

そしてさらにハムネットジュディスという双子を出産し、3人の子どもに囲まれた生活が始まりますが…。

この『ハムネット』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2026/04/11に更新されています。

ここから『ハムネット』のネタバレありの感想本文です。

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相思相愛だと想像して

あの名作が生まれるきっかけとしてこんな創作者の体験があった!…という創作裏話的な物語は定番中の定番です。

『ワンダー・ウーマンとマーストン教授の秘密』(2017年)、『メアリーの総て』(2017年)、『グッバイ・クリストファー・ロビン』(2017年)など、とりあえずこのサイトで感想を書いた作品を挙げるだけでもいろいろあります。

ただし、これら伝記的解釈はどれも相当に脚色で話を盛っており、真実とは言いづらいところがあります。まあ、ある種の「こんな名作にはこんな作り手の人生が投影されているのではないか(そうであってほしい)」というこちら側の考察(願望?)のいち形態でしかないのかもしれませんが、私はこれはこれで面白いので真実はさておき楽しんでいますが…。

今回の映画『ハムネット』の場合は、アン・ハサウェイとウィリアム・シェイクスピアの息子であるハムネットの死が戯曲『ハムレット』のアイディアに活かされている…という解釈をしています。

この解釈は多くの歴史家からは懐疑的に受け止められているそうで、その理由として、ハムネットは1596年に11歳で亡くなったのに対し、『ハムレット』は1599年から1601年の間に執筆され、間が空きすぎているとか、さまざまな指摘があります。

一方で「ハムネットとハムレット」の関係性を分析する説も昔からかなり根強く人気で、「名前が実質的に互換的なのである」以上の考察がこちらもあれこれ行われてきました。

そもそもウィリアム・シェイクスピアの子どもが生まれた時期頃から劇のキャリアで頭角を現すまでの数年間は歴史的な資料が乏しく、何をしていたのかよくわからないそうで、そのうえ、妻のアンも謎多き人物でした。この夫婦は関係が険悪だったという説もあれば、良好だったという説もあり、やはり詳細は不明で、解釈が乱立しています。

ともかくこの映画『ハムネット』はそうした解釈の余地がいくらでもある空白期間を巧みに用いて、可能なかぎりの想像を膨らませ、私たちに感情を揺さぶる物語を提供してみせています

とくにアンとウィリアム・シェイクスピアの男女2人にかなり絞った作りになっており、ほぼこのカップルの関係性の物語と言えるでしょう。他の周辺の人物も描こうと思えば描けるだろうに、わりとばっさり視野の外に配置しています。

そしてウィリアム・シェイクスピアよりもアンに焦点を置いているところが味わいを深めていました。アンとは何者で、何を考え、何を成したのか…。

まず前半はアンとウィリアム・シェイクスピアの馴れ初めが結構たっぷり時間をかけて描かれており、ぎこちない男女が関係を深める過程をとてもロマンチックに映し出します

興味深いのは二者ともに疎外された存在としての立場を持っており、幾重にもその疎外が折り重なった先に行きついた2人だけの居場所があるということです。

ウィリアムのシェイクスピア家は、母親メアリーがカトリック教徒コミュニティで影響力のある裕福な地主一族の娘だったそうです。ただ、当時はエリザベス1世が即位して宗教改革を実行し、イングランド国教会がローマ・カトリック教会から分離。結果、国内のカトリック教徒は信仰活動が違法になってしまいました。なのでカトリックは排斥される側にありました

当のウィリアム自身はどんな宗教を信じていたのかは諸説ありますが、本作のウィリアムは家でも居心地悪そうで、そんな男が森で魅力的な女性に出会う…というストーリーはあらためてみるとベタですね。

対するアンは自然信仰的な人物像になっており(「九つの薬草の呪文」を口にする描写にわざわざなっているので、あからさまに異教信仰です)、作中でも言われているとおり、こうした女性は「魔女」扱いになります。あのカトリックのメアリーにそう名指しされてしまうのですから、ここには疎外された者がさらに別の疎外を生み出すという二重構造がみてとれます。

しかし、ウィリアムはそんなアンに惹かれます。アンもまたウィリアムに惹かれます。相思相愛です。互いの世間に嫌われている部分にこそ夢中になります。

実際、2人は1582年に結婚した際、アンは26歳で、ウィリアムは18歳だったそうで、ことさらウィリアムの若さが際立つのですが、今作を観ていると、これだけ幸せいっぱいなのだから結婚して当然だなと思ってしまいますね。

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創作が人の心を救う瞬間

アンをどんな人物として描くのか…これまでいくつもの作品が独自の解釈をしてきました。アカデミー賞で作品賞を受賞した1998年の『恋におちたシェイクスピア』はアンを否定的に描写しましたが、このアカデミー賞で作品賞にノミネートされるも受賞には至らなかった『ハムネット』は、アンを夫を献身的に支える人として描いています。

ただ、それだけでなく、本作のアンは非常に自立しており、夫のキャリアはどうすれば花開くかを見定め、導いてすらいます。子どもたちも劇の世界に惹かれており、家族総出で支えられている感じですね。

とくにハムネットはジュディスと服装を入れ替えて女装したり(これは当時のシェイクスピアの劇で女性の役を男性が演じていたことへの示唆)、ものすごく無邪気に父への憧れをみせてくれます。

そんなハムネットにウィリアムは父親として「brave(勇敢さ)」を語るのですが、ハムネットはその言葉を「力で制する」みたいな男らしさとして受け取らず、ペストに苦しむジュディスの傍に寄り添ってあげる行為で証明します。

このあたりの流れはとても男らしさの再構築が進んでいますね。

しかし、残念ながらその結果、ハムネットはこの世を去ります。悲劇なのは確かにそうですが、当時はこれくらいの年齢までに子どもの3分の1は死亡するほどだったそうなので、こういう死はありふれていたのでしょう。

問題はアンのほうで、アンは代々受け継いできた薬草学の知恵をもってしてもこの死を覆せず、ある意味で自身の誇ってきた唯一のアイデンティティが否定されたことになります

そのアンを救うのがウィリアムの劇です。この最後のシーンは魅入りますね。創作がなぜ人の心を救うことがあるのか、それを見事に可視化していました。

ちなみにここではエンドクレジットまで“マックス・リヒター”のあの定番曲「On The Nature Of Daylight」が使われますが、本作の音楽担当が“マックス・リヒター”本人なので、本人使用ですね(『ディス/コネクト』でもやってた気がする)。やっぱりこの曲、“マックス・リヒター”も特別に好きなのかな。

総括すると、本作『ハムネット』は、シェイクスピアの戯曲のみならず、アンに対しても包括した、今までで一番優しいトリビュートだったのかなと思います。

『ハムネット』
シネマンドレイクの個人的評価
7.0
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)

以上、『ハムネット』の感想でした。

作品ポスター・画像 (C)2025 FOCUS FEATURES LLC.

Hamnet (2025) [Japanese Review] 『ハムネット』考察・評価レビュー
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