それでも少しずつ上手くなっていく…映画『リトル・シスター 秘密』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:フランス・ドイツ(2025年)
日本では劇場未公開:2026年にWOWOWで放送
監督:アフシア・エルジ
LGBTQ差別描写 性描写 恋愛描写
りとるしすたー ひみつ

『リトル・シスター 秘密』物語 簡単紹介
『リトル・シスター 秘密』感想(ネタバレなし)
2025年のクィア・パルム
カンヌ国際映画祭に出品されたLGBTQ作品の中からひとつを選んで与えられる「クィア・パルム」。2025年の第78回カンヌ国際映画祭でクィア・パルムを受賞したのはこちらの作品でした。
それが本作『リトル・シスター 秘密』。
原題は「La petite dernière」で、英題は「The Little Sister」。フランスとドイツの合作映画ですが、舞台となっているのはフランスのパリです。
10代後半のティーンエイジャーが主人公で、自身のレズビアンの性的指向と向き合う姿が描かれる…高校生から大学生までを駆け抜けて映す青春映画なのですが、もうひとつの特徴はこの主人公がアルジェリア系で、イスラム教の家庭であるということです。
アルジェリアは、北アフリカに位置する国で、1830年にフランスに占領され、1962年に共和国として独立しました。1954年から1962年に勃発したアルジェリア戦争中にはサハラ砂漠でフランスが核実験を行うなど、フランスによる植民地主義の傷は深いです。そんな歴史的経緯もあるので、フランスにはアルジェリア系の移民ルーツの人たちが少なくありません。
ただ、この『リトル・シスター 秘密』はそういうルーツにまで深く遡って歴史を問うようなものではなく、もっとプライベートな個人としての10代の悩める人生を映すことに専念しています。
とくにセクシュアリティと民族的な信仰…この両者の間で揺れ動きつつ、パリで暮らすアルジェリア系の10代の孤独ですね。アルジェリアはほぼイスラム教の国家ということもあり、今作の主人公もイスラム教徒(ムスリム)です。性的マイノリティかつムスリムを描く映画というのは今でもとても数が少なく、これ自体がかなり貴重な表象です。
アップテンポで起承転結がハッキリした語り口では一切なく、非常にアンニュイなトーンで語られていきます。観る前はカミングアウトの物語のようにも思えるでしょうけど、そういう方向にも進まず、ひたすらに内向的な葛藤を映します。
この『リトル・シスター 秘密』は、原作があって、それはアルジェリア系でフランスに暮らす“ファティマ・ダース”の2020年の自伝的小説です。レズビアンとムスリムのアイデンティティをめぐる葛藤は、本人の経験に裏打ちされているのでしょう。
『リトル・シスター 秘密』を監督したのは、父親がチュニジア系、母親がアルジェリア系のフランス生まれの“アフシア・エルジ”。2007年から俳優として活動しており、最近も『Borgo』(2023年)で高い評価を得ています。
“アフシア・エルジ”は、2019年に『君は愛にふさわしい』で監督デビューも果たし、2021年の『Good Mother』と監督作を重ねていっていました。
2025年の『リトル・シスター 秘密』は、カンヌ国際映画祭のコンペティションに出品され、主演の“ナディア・メリティ”が女優賞を受賞。注目もさらに上がった1年になりましたね。
『リトル・シスター 秘密』は日本では劇場公開されず、「WOWOW」で2026年に放送されるのみにとどまっているので、ほとんど注目する機会も乏しいのですが、見逃せない個性を放つクィア映画ではあります。興味を持った人は要チェックです。
『リトル・シスター 秘密』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
| 基本 | 一部に同性愛への差別的な言動や抑圧を映すシーンがあります。 |
| キッズ | ヌードおよび性行為の描写があります。 |
『リトル・シスター 秘密』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
パリの郊外で家族と暮らすアルジェリア系フランス人の17歳のファティマ。イスラム教の家庭で、3人姉妹の末っ子です。両親も一緒の食卓は賑やかで、ファティマも笑みを浮かべながらその場に交じっています。
家は低中所得層向けのマンションで、近所の人たちとも挨拶する程度に溶け込んでいます。
登校すれば、同年代の男子の友人たちに囲まれ、煙草を吸いつつ、家ではまた見せないような姿で佇みます。教室でも男子たちはくだらない調子でふざけ合うばかり。ファティマはやはりここでもなんとなく同調しながらそこに雰囲気だけで加わっています。
休み時間、誰もいない静かな場所で、ある男子と出会います。ボーイフレンドである彼はファティマとより深い付き合いを求めていますが、彼の望む女らしさはファティマにはないと淡々と指摘されてしまいます。
自分はこのままどこかの男と結婚するのだろうか…。そんなことがぼんやりと頭に浮かぶも、全く心が躍るようなことではないです。
あるとき、学校の廊下で、ひとりの生徒がゲイであることを含めてファティマの友人グループに揶揄われていました。その子はファティマに「こいつもレズビアンだろう」と言い放ち、ファティマは激しく否定しながら一触即発の喧嘩状態になります。
幸いにもその場は収まるも、ファティマは動揺を引きずっていました。
モヤモヤし、勉強にも集中できないファティマは、性的マイノリティ向けの出会い系アプリをインストールし、「リンダ、19歳」というプロフィールを作って、相手を探してみることにしますが…。

ここから『リトル・シスター 秘密』のネタバレありの感想本文です。
同調はしているけど…
『リトル・シスター 秘密』の全体を観終えての私の感想を簡潔にまとめるなら「すごく西欧白人的なクィア・ストーリーの定型を避けているな」ということでした。
とくに象徴的なのがプライド・パレードのシーンです。普通だったらこのシーンを終盤に持ってくることで、ある程度のカタルシスを演出できそうなところをあえてそうせず、映画の中盤に配置し、その明るい高揚感から一気にズドーンと落ち込む展開を持ってくるんですね。
この時点で「この映画はクィア映画のお約束な感じにはする気はないですよ」という姿勢が露わです。
もちろんプライド・パレード自体を否定しているわけではありません。あの場の解放感はしっかり捉えて肯定的に描いています。
でもそういう定番の起承転結にはしない…。なんというか、「自分のアイデンティティを誇れるようになって、めでたしめでたし!」とは現実では簡単にいきませんよ…という苦悩を噛みしめるような、非常に息苦しい心情が根底にありました。
それもこれも、本作の主人公であるファティマがアルジェリア系のムスリムだからということに大きく起因しています。フランスの中心地においても、現在でも圧倒的にマイノリティな立場に立たざるを得ないアイデンティティです。
ただ、このファティマは露骨に孤立はしていません。ここがまたリアルなのですけど、ファティマは家族と仲悪いわけではないし、学校でもひとりぼっちなわけでもない…。いずれの環境にも同調はできているのです。言い換えるなら、同化するのだけは上手くなっている…。でもそれが本人の真の居心地のよさとはまるで正反対なのですが…。
この振る舞いかたは私もすごくよくわかるなと思います。とりあえず場に馴染んで、浮かないようにはしている…。けれどもそれで精一杯という感じ…。ほんのちょっとでも気を抜くと孤独まっしぐらにおいていかれるのは自分でもわかっている…。私も10代の頃はこんな雰囲気だった気がする…。
そんな心情を投影してか、ファティマは常に曖昧な表情を浮かべ、その感情は不明瞭です。喜怒哀楽をなかなか示しません。
一方で、男っぽい服装のセンスといい、周りの交友関係といい、明らかに「典型的な女性らしさ」に浸かるのは嫌だという姿勢だけはハッキリしており、それゆえにクィアな人からは「ファティマもクィアなのだろう」と推察されてしまうほどには、わかりやすい存在感にもなっています。
問題はそのファティマ自身にも内面的なクィアフォビアがあるのだろうと窺わせるあたりですかね。
結局のところ、ファティマは他人に対する不信感というよりは自分に決定的な自信がなく、それが矛盾を抱えたぎこちなさになってしまっています。こうなってくると、カミングアウト以前の問題で、どう自己受容するかという話です。
今回のファティマを演じた“ナディア・メリティ”も、よくこの人を見つけてキャスティングしたなというベストマッチだったと思います。演技的な上手さよりも、素のぎこちなさを引き出せるほうが、この映画にはふさわしいですし。ちなみに、“ナディア・メリティ”はもともとサッカー選手で(作中でチラっと披露するボールさばきも素の実力)、演技経験はほぼ無しです。
東アジアとの共通経験
『リトル・シスター 秘密』では主人公のファティマを出会い系アプリに手を出し、この学校でも家庭でも閉塞感を抱える現状を打開しようとします。打開というか、せめてもの息継ぎがしたいくらいの思いかもしれません。
しかし、プロフィールは偽りで、登録した写真は「帽子を被って顔を背けた自分の姿」というのも、この時点でのファティマを自己否定感がよく表れていますね(この帽子は作中でずっと心情を表すアイテムになっていました)。
で、いろいろな女性と会っていくわけですが、フランクでお喋りな人もいれば、官能的な人もいます。でもどこかファティマに合いません。
結果的にジナという年上の韓国系の女性と親交を深めていき、やがては体を交えるまでに関係は深まります。
意外な組み合わせに思えるかもですが、白人中心欧州国にてマイノリティな人種として生きる点は通じていますし、ムスリム社会における性的マイノリティとしての息苦しさは、東アジアによくある保守的な家庭での息苦しさとどこか似通っているのかもしれません。
たぶん本作を観ていて、「ファティマとは人種も信仰も全然違うけど私もその気持ちがわかるな」と漠然と思った日本の鑑賞者も少なくないでしょう。なのでファティマとジナの共鳴は、東アジア圏に繋がりのある人は納得しやすいのではないでしょうか。
それでもファティマとジナは異文化同士。食べ物から習慣にいたるまで違いはいくらでもありますが、そうした交流も愛おしい時間になります。
ただ、そう事は容易くいきません。ここで本作は、信仰や家庭を捨てるという単純な決断に走らせないのもまた現実味がありました。別に「信仰や家庭を大切にしろ」と押し付けているわけでないですけども、ファティマにとっては信仰や家庭も捨てたくないんですよね。
物語としては「捨てることを“気持ちのいい決断”」としてドラマチックに描くほうがメリハリをつけることができますが、ここでもこの映画はそういうわかりやすさに頼りません。
大学生になってからもなおも性的マイノリティのコミュニティ内においてもどこか一定の「自分の世界」を保ち、自分はどうありたいのかを自問自答し続けるファティマ。信仰や家庭を切り捨てるのではない、その上に立ちながらの自己肯定を模索するファティマ。
ラストも非常にアンチ・カタルシスですが、サッカーボールをリフティングするシーンは、それこそファティマがずっとやってきて上手くなったことの証。もしかしたら今のアイデンティティの模索だって現時点はぎこちなくても、ずっとやっていけばいつかは上達するのかもしれません。母だって“サッカーをする自分”を今は認めてくれたのだから、将来的にはクィアな自分も受け入れてくれる…そう前向きに考えることもできる…。焦らず一歩一歩自分のペースでいこうという、極めて地に足のついたエンディングだったのではないかなと思いました。
『リトル・シスター 秘密』は技術的にトリッキーなことはしていませんし、観客を容易に引き付けるストーリーテリングも採用していませんが、大衆のウケを狙わず、クィア・ムスリムとしてのアイデンティティをめぐる成長物語のリアルに徹したことは、じゅうぶんに評価したい一作でした。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
○(良い)
以上、『リトル・シスター 秘密』の感想でした。
作品ポスター・画像 (C)2025 JUNE FILMS – KATUH STUDIO – ARTE FRANCE CINEMA – ZDF – MK PRODUCTIONS – MK2 FILMS リトルシスター
The Little Sister (2025) [Japanese Review] 『リトル・シスター 秘密』考察・評価レビュー
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