オフィシャル・シークレット
映画『オフィシャル・シークレット』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Official Secrets
製作国:イギリス・アメリカ(2019年)
日本公開日:2020年8月28日
監督:ギャヴィン・フッド

オフィシャル・シークレット

『オフィシャル・シークレット』あらすじ

2003年、イギリスの諜報機関で働くキャサリン・ガンは、アメリカの諜報機関から驚きのメールを受け取る。イラクを攻撃するための違法な工作活動を要請するその内容に強い憤りを感じた彼女は、マスコミへのリークを決意。2週間後、それは大きな騒ぎになっていき、自分のやったことの重さを痛感したキャサリン・ガンは動揺し、自分の仕業であると自首するか迷いだす…。

『オフィシャル・シークレット』感想(ネタバレなし)

国に反逆することはできますか?

「whistleblower」という英単語が何を意味しているか、わかるでしょうか。

これは「内部告発者」を意味します。直訳すると「ホイッスルを鳴らす人」と訳せますが、そもそも「blow the whistle」で「悪事をばらす」という慣用表現になるそうです。

内部告発というのはときどきよく聞く言葉であり、主に社内の不正(違法行為、セクハラ・パワハラなど)を社員などの内部の人間がマスメディアにリークしたり、記者会見を開いたりして実行されます。最近だと映画関係であれば2020年6月にアップリンクという映画ファンに愛されていた映画館の経営者が、元従業員にパワハラを告発されて大きな問題になりました。

内部告発者というのは場合によっては告げ口をした奴として非難されたりしかねないものであり、その行為には大きなリスクが伴います。一応、日本では公益通報者保護法という法律があって、それによって内部告発者は一定の範囲で保護され、不利益を受けないようにはなっているのですが、それでも危うい立場にいることには変わりありません。

内部告発というとせいぜい一般的には企業相手ですが、もしこれが国家相手だったらどうでしょうか。それは下手をすれば、いや下手をしなくても国家を揺るがす一大事件に直結するでしょう。そんな内部告発をしようと思った人の覚悟や心情はちょっと私には想像がつきません。ただ、世界では自国を相手に内部告発してみせた人間というのも少なからず存在します。

今回紹介する映画はまさにそういう人を描いた実話モノのノンフィクション映画です。それが本作『オフィシャル・シークレット』

この映画はマルシア・ミッチェルとトーマス・ミッチェルが2008年に上梓したノンフィクション「The Spy Who Tried to Stop a War」を原作としています。題材になっているのは、イギリスの情報機関「政府通信本部(GCHQ)」で働くひとりの女性。なお、このGCHQは秘密情報部(MI6)とは別物です。GCHQの前身となった機関はあれですね、アラン・チューリングの主導のもと「エニグマ」暗号通信を解読しましたね(『イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密』で描かれました)。

とにかくそのGCHQで働いていたひとりの女性が、仕事上でイギリスが不正行為を行っている証拠を目にし、それをマスメディアにリークした…という事件が2003年に起き、それを映像化したのが本作です。

イラク戦争絡みの不正の暴露をテーマにした映画というわけですが、こういうポリティカル・サスペンスは最近も『バイス』『記者たち 衝撃と畏怖の真実』『ザ・レポート』など頻出しています。開戦から数年間はこの戦争に疑義を唱える映画を作ろうものなら非愛国的だと非難する声が公然と上がったものですが、今はすっかり状況が変わりました。それだけあの戦争は誰もが疑いと不正だらけだと認識するようになった…ということなのでしょうけど。

『オフィシャル・シークレット』を監督したのは南アフリカ出身の“ギャヴィン・フッド”です。『ツォツィ』(2005年)のような出身地を題材にした良作を生み出しつつ、一時期は『ウルヴァリン: X-MEN ZERO』(2009年)や『エンダーのゲーム』(2013年)といったエンタメ作に寄り道するも、直近の2015年の『アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場』でポリティカル・サスペンスへと転向。これが高評価だったことで軌道に乗ったのか、『オフィシャル・シークレット』に続いていきます。確かにこのジャンルが合っている気がする。


俳優陣も注目です。主演は『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズのヒロインであるエリザベス・スワン役でおなじみの“キーラ・ナイトレイ”。社会派政治映画に出演する彼女はなかなかお目にかかれないですね。それにしても『イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密』にも出演していましたが、今度は自分が情報機関に所属する(しかも裏切る)人間を演じるなんて、ヘンテコな縁です。

他のキャストは、ドラマ『ドクター・フー』の“マット・スミス”、ドラマ『ダウントン・アビー』の“マシュー・グード”、『ハリー・ポッター』シリーズのヴォルデモート役で知られる“レイフ・ファインズ”、『もうひとりのシェイクスピア』の“リス・エヴァンス”、『オマールの壁』で高い評価を受けた“アダム・バクリ”など。

世界が混乱しているときこそ、国家は良からぬことを企むもの。内部告発は私たち“持たざる者”の武器であり、『オフィシャル・シークレット』を観てそのスキルを磨いておきたいところです。

オススメ度のチェック
ひとり◯(俳優ファンも要注目)
友人◯(サスペンスを楽しむなら)
恋人◯(夫婦のドラマもある)
キッズ◯(社会を知るための勉強に)

『オフィシャル・シークレット』予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『オフィシャル・シークレット』感想(ネタバレあり)

有罪か、無罪か、それとも…

2004年2月25日。ある裁判がマスメディアの注目を集めながら開廷しようとしていました。裁かれるのはひとりの女性、キャサリン・ガンです。彼女は裁判席に立ち、判事を真っすぐ見つめ、その言葉を聞きます。有罪か無罪か。運命の瞬間が訪れます。

その1年前。キャサリン・ガンは家で夫のヤーサーと一緒にテレビを見ていました。そこにはイギリスのトニー・ブレア首相が番組出演をしており、イラクのサダム・フセイン大統領の脅威を饒舌に訴えていました。2001年9月11日、同時多発テロ事件が発生して以降、世界は変わりました。テロとの戦いが盛んに叫ばれ、アメリカ政府はフセイン大統領が大量破壊兵器を保有していると喧伝。イラク戦争開戦に向けて明確な理由を提示し、あらゆる手段を講じて準備を進めていました。アメリカの最も重要な同盟国であるイギリスもそれに同調しています。

しかし、家のソファで観ながらキャサリンはその自国のトップの言葉をだとバッサリ切り捨てます。ただの思いつきでそう言ったのか。いいえ、違います。実は彼女は政府に関係する職場で働いていたのでした。

GCHQはイギリスの情報機関であり、あらゆる政府関連の情報が集約されます。ここがキャサリンの働いている場所です。今日も出勤すると、中国語で同僚と会話。キャサリンの仕事は中国語のスキルを活かした翻訳。さっそく席につき、パソコンで音声データを聞きます。

するとあるメールに目がいきます。そこにはとんでもないことが書かれていました。アメリカの諜報機関「NSA(国家安全保障局)」からのメールには、イラク攻撃を正当化するべく、国連の非常任理事国の通信を傍受してスパイしていることが示されていました。つまり、イギリスは不正行為を国家ぐるみでしていることに。こんなことが許されるはずがない。しかし、それは紛れもない証拠でした。

家に帰ると、今度はテレビでアメリカのブッシュ大統領が映り、ブレア首相と握手していました。その裏で起きている不正を知ってしまったキャサリンは怒りを露わにしますが、それだけではどうにもなりません。そして行動に移すことを決心します。

いつもの職場にて例の機密の書かれたメールを自分のファイルにこっそりコピー。フロッピーに入れて持ち出し、隣の別の部屋に何食わぬ顔で行き、メールの文章を印刷します。そしてそれを持ち帰りました。

帰宅後、その印刷した紙の裏に内容説明の文字を書き、夫にも秘密で、それを封筒に入れます。夜、人目を気にしつつ、それをポストに投函しました。リークしたのです。

2週間後。反戦デモが活発になる中、戦争の準備は着々と進んでいるようでした。しかし、キャサリンはメディアをチェックするも、あの話題については全然報じられておらず、意味はなかったのかと少々気分が沈みます。

一方、ロンドンのオブザーバー紙は紛糾していました。マーティンが人づてに手に入れてきた手紙がその原因です。そこには衝撃的な国家の不正の事実が記されており、NSAのフランク・コザによって書かれたメールらしいことがわかります。でも捏造ではないのか。ミスは許されない。事実だとしても大変なことになるのは不可避。上司を含めた会議は白熱しますが、結果、専門家のお墨付きもあって報道することに決定しました。

こうしてキャサリンがリークした不正の証拠は世間に晒されることに。世界のメディアが大注目する中、当のGCHQも黙っているわけがありません。職場内では犯人探しが始まり、キャサリンは無実の同僚が疑われる姿に罪悪感を蓄積させていきます。

そしてとうとう自分がやったと白状することに。イラクに爆撃が降り注ぐ中、イギリスを激震させたこのリークという爆弾はどう処理されるのか。ここでも戦いが始まりました。

平凡な女性労働者を社会は見えているか

『オフィシャル・シークレット』は衝撃的で社会的にも重大な事件を題材にしているという意味では有意義な一作なのは言うまでもないでしょうけど、内部告発モノとしてはオーソドックスです。だから題材を差し置けばストーリーテリングや演出は平凡であると受け取ることもできます。

ただ、本作のオリジナリティはそこではなく、注目すべきは主人公にあると思うのです。

内部告発をすることになったキャサリン・ガン。彼女は女性で、さらに平凡な庶民にすぎないということは特筆できると思います。

どうしても国の情報機関所属と言うと、エリート中のエリートを想像しますが、キャサリンはそういうタイプではありません。彼女はそもそもイギリス生まれですが台湾育ちであり(だから中国語を話せる)、日本の広島で英語関連の仕事をしていたくらいです。つまり、すごくそのへんにいそうな普通の人なわけです。GCHQの仕事も新聞広告を見て応募して採用されただけ。翻訳業務で勤務しているのみ。もちろん翻訳はプロフェッショナルな仕事であることは否定しませんが、少なくとも特別な訓練を受けて国に忠誠を尽くしていることもない、どこにでもいる普通の労働者です。それに加えて女性だということ。

このキャサリンの立場(女性&普通の事務労働者)は間違いなくリークの実行に影響を与えたと思うのです。つまり、世間的にはそんな人間は“取るに足らない人”として見向きもされていない…という点で。

キャサリンがあそこまで割と簡単に情報を持ち出せたのは、まさかそんなことをするはずがないと思われているからであり、それは彼女の立場ゆえ…かもしれない。こんな“事務仕事している女”が国家にたてつくわけがないと舐められている。それが仇になるのですが…(まあ、この事件の後にはさすがにセキュリティが厳重になったでしょうけど)。

作中でオブザーバー紙がリーク情報を報道した時、「recognize(recognise)」の綴りのせいで真偽が疑われるヘマをしてしまいます。その際の原因は良かれと思ってスペル修正をした事務の女性で、上司に厳しく叱責されます。その事務の女性も最初は画面外で見向きすらされていません。事務女性のせいで組織が危うくなる…構図としてGCHQのキャサリンと全く同じなんですね。

こうした描写から世間というものがいかに“事務仕事している女”をスルーしてきたか、本作ではその実態を淡々と描いているのではないでしょうか。

もし告発したのが男性だったら…

キャサリンが内部告発者であると自白して以降の展開も、女性ゆえの問題にぶちあたっていくことになります。

キャサリンがその後にたどる不安な状況は、もし彼女が男性だったらこうはいかなかったであろうと思うものが多いです。

例えば、同じく内部告発者として超有名なエドワード・スノーデン。彼はヒーローかヴィランかというわかりやすい二者択一で論じられ、彼を描いてきた映画なんかは基本的にヒロイズムを軸に映し出そうとします。つまり、真の正しさを貫いたヒーローとして。また、その妻はそのヒーローを献身的に支えたということがクローズアップされ、美談となります。

でもキャサリンは明らかに違います。まず彼女は夫との夫婦関係にも亀裂が入ります。しかも、キャサリンの夫はトルコのクルド人なので、ちょっと状況はさらに複雑です。

そしてキャサリンに一杯食わされた政府は彼女の家庭を脅かそうとするわけです。手始めに大柄な男性二人を常にストーキングさせるという、女性だったら恐怖を感じるであろう手口を駆使。そして、夫を国外退去させる手段を実行し、家庭そのものを破壊し、彼女をひとりの女性にして孤立させようとする…。

いずれもキャサリンが女性だから講じてきたであろう汚いやり口ではないでしょうか。女性だったら、家庭を奪い、孤立させておけばいい。この時点でも女性ゆえに舐められた目線を感じると思います。

そもそもかつての大戦時から女性はスパイとして採用されてきました。それは女性の方が気づかれずに社会に溶け込めるからであり、国が積極的に推し進めたことです。しかし、大戦終結すると女性スパイは一転して「裏切り者」「社会を騙す信用できない女」としての烙印を押され、酷い目に遭っていきます(このあたりはドキュメンタリー『戦時下 女性たちは動いた』で描かれていました)。


キャサリンも当然そのようなバッシングに遭ったと思われますが、映画ではそこを強調することはしていません。

ただ、ラストに待つ裁判の意外な結果はそうなるべくして起きたオチだとも言えます。起訴しないという対応で、異例の早さで終わった裁判。一見すれば喜ばしいこと。でも冷静に考えれば、これこそキャサリンが取るに足らない存在だと思われている証明。もし男性だったらヒーローにさせないために徹底的に有罪に持ち込むでしょう。でも女性ならどうせヒーローになんてなるわけもない。

キャサリンは無罪になったわけではありません。無視されたのです。

だから本作の結末は「内部告発してやったぜ!」という勝利よりも、苦い後味の残るものでしょう。

要するにこの『オフィシャル・シークレット』、外側はポリティカル・サスペンスなのですが、中身は濃厚なくらいに「女性の労働問題」を描いた一作と言えると思います。

なのですけど、日本の公式サイトでコメントを寄せている10人のうち女性が1人しかいないことなどからも察せるように、本作をそういう視点で分析することが日本ではあまり見られないのは残念です。本作はもっと女性労働問題の専門家とかに批評してもらうべき一作なのだけど…。

今も社会には無下にされている女性たちがたくさんの秘密を事務的に抱えています。女性を軽視すればどうなるか、わかっているでしょうか。

『オフィシャル・シークレット』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 83% Audience 89%
IMDb
7.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

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・『ザ・レポート』


作品ポスター・画像 (C)2018 OFFICIAL SECRETS HOLDINGS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED. オフィシャルシークレット

以上、『オフィシャル・シークレット』の感想でした。