こんな男は世の中にいる…Netflix映画『その住人たちは』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:スペイン(2020年)
日本では劇場未公開:2020年にNetflixで配信
監督:デビッド・パストール、アレックス・パストール
その住人たちは
そのじゅうにんたちは
『その住人たちは』あらすじ
幸せな家庭を築いていたはずだった。着実にキャリアを伸ばして企業の重役にまで到達した。にもかかわらずハビエルの人生は自分が職を失ったことで一気に瓦解する。自分の根城だった大切なマンションの部屋も失い、未来に不安を感じて過ごすしかない。それに耐えられなかったハビエルはある策略を思いつく。それは倫理の一線を越えるものだった…。
『その住人たちは』感想(ネタバレなし)
スペイン映画の十八番なのか?
2020年3月25日時点でスペインではパンデミックの影響で政府による非常事態が宣言され、全土で人の移動を制限し、不要不急の外出が禁止されています。
ただ、ルールを素直に守るわけではないスペイン人もいるのです。
SNSで話題になったのはムルシア州の街にてティラノサウルスの着ぐるみ姿で道をうろついている人物。これならば許されると思ったのだろうか…。地元警察は生暖かく注意喚起していました。さすが闘牛を祭りにし、「ドン・キホーテ」を文学の代表作とする国。やることが豪傑だ…。
でもさすがにこの行為はスペインでも許容できないでしょうね。
そんなドン引きな行為がじっくり映し出されるスペインのサスペンス・スリラー映画、それが本作『その住人たちは』です。
原題にもなっているスペイン語の「hogar」は英語でいうところの「home」と同じ意味。その名のとおり、とある“家庭”で起こるある事件を描いています。
主人公はそれなりのキャリアを手にしていた中年の男。何かしらの理由で職を失い、一瞬にして無職になってしまったその主人公は、妻と子どもの視線を感じながらなんとかまたもとの華々しいキャリアに返り咲いて夫として父としての威厳を取り戻そうとしますが上手くいかず。そこで手を出してしまった“ある行為”がどんどん取り返しのつかない事態に発展していき、主人公は倫理すらも見失っていく…。大まかな流れはそういう話。あとはネタバレになるので後半の感想で。
簡単に雰囲気だけ言ってしまえば、派手なトリックで魅せる作品ではなく、いわゆる心理スリラーですね。中身は全然違いますが『ザ・ギフト』とか『イット・カムズ・アット・ナイト』とかのような、胸糞悪い気持ちにさせられる陰惨な家族崩落モノです。
家族が酷い目に遭うさまなんて見たくないという人には全然オススメできないですが、その手のスリラーはフィクションとしてなら大好物ですよという方にはどうぞどうぞとお酌できる…そんな映画です。
スペインはジャンル映画、とくにスリラーが目立つ気がするのですけど気のせいでしょうかね。『ザ・チャイルド』の“ナルシソ・イバニェス・セラドール”、『私が、生きる肌』の“ペドロ・アルモドバル”、『リグレッション』の“アレハンドロ・アメナーバル”などなど、ジャンル系作品で活躍する人が多めのようにも思います。お国柄としてそういうジャンルが人気なのかな?
『その住人たちは』の監督は“デビッド・パストール”と“アレックス・パストール”の“パストール”兄弟です。彼らはこれまで、ウイルスが蔓延した世界を描く『フェーズ6』(2009年)、パンデミックで社会が崩壊した終末世界を舞台にした『ラスト・デイズ』(2013年)など、なんかやたら今の世界的状況に合致するジャンル映画を手がけてきたクリエーター。本人たちも『その住人たちは』のインタビューでそのことを言及されていましたけど、今作『その住人たちは』はそういうスケール大きめなタイプではなく、ひとつの家族(厳密には2つの家族なのですけど)を軸に起きるミニマムなパニックを静かに描くことに徹しています。要するに家族に起きるアポカリプスですね。個人的には題材が狭くなったぶん物語が引き締まって“パストール”兄弟の力量が上手く前に出ている作品だと思います。
俳優陣も結構豪華でスペインの名俳優が揃っています。素晴らしいストーリーで圧巻だったスペイン・ノワールともいうべき『マーシュランド』でも印象的だった“ハビエル・グティエレス”を筆頭に、『インビジブル・ゲスト 悪魔の証明』や『クローズド・バル 街角の狙撃手と8人の標的』の“マリオ・カサス”も負けじと名演を披露していますし、『悲しみに、こんにちは』の“ブルーナ・クッシ”、『静かなる復讐/物静かな男の復讐』の“ルス・ディアス”など。各役者陣の演技アンサンブルに支えられている面もかなり大きいのではないでしょうか。
家族でみんな揃って観る映画では絶対にないのですが、ひとりでこっそり観ながら、こんな人間にはならないようにしようと自省するのも良いでしょう。もしくはこんな人間が身近にいないだろうか、とね。
Netflixオリジナル作品として2020年3月25日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | ◯(暇な時間にどうぞ) |
友人 | ◯(サスペンス好き同士で) |
恋人 | △(後味が悪いので注意) |
キッズ | △(悪い大人の映画です) |
『その住人たちは』感想(ネタバレあり)
あなたにふさわしい暮らしを
幸せそうな家庭。父と母と息子が不自由なく暮らすその家族は、温かい光に包まれており、まるで理想のようです。そこに「La vida que mereces(あなたにふさわしい暮らしを)」というキャッチコピーが表示されます。
これはTVに映る映像。フリジスマート電機のCMでした。それを会社のオフィスで見ているのは3人。二人は若めで、一人は年配。「当時から傑作ですね」と二人がなんとなく本音なのかお世辞なのかわからないふうに褒め、子どもの頃に見ましたよとトーク。「最近の広告は?」と聞かれる年配の男性。どうやらこの年配の男性が、若い二人に面接“されている”ようです。
しかし、「素晴らしい職歴で大ベテランですけど、うちでは役不足ではないですかね、ハビエルさん」とやんわり消極的な発言が口にされ、ハビエルという年配の男性が反論しようとするも「若さも冒険心も感じられません」とバッサリ。採用してもらえませんでした。
その採用を断られた会社の受付にて、駐車券を押してくれないことに苛立っていると、なんとかお情けで処理してもらうことに。
帰宅。その家はかなり高級そうなマンションで、眺めもいいところです。ハビエルは面接は好感触だったと妻マルガに説明し、見栄を切るも、妻も感づいていました。ハビエルは勤めていた会社の重役の職を失い、今は就職活動中。けれども今の世間はそんなに余裕はなく、再雇用は順調には得られません。
このままではこの居心地はいいけど高価な場所には住めない。家賃は高すぎる。それは避けようがなく、惜しむ気持ちをグッとこらえてもっと安い場所に引っ越しを決めました。車も売ると妻に約束します。一時的な引っ越しだと子どものダニに説明しますが、反応は冷たいです。
また、何かと世話をしてくれたアラセリにも車内で事情を説明して辞めてもらい、家の鍵をぶん投げられます。
さっそく引っ越した後、次の面接。いろいろ試した結果、ある企業では「いつ始められますか」と良い感触。その場で契約書にサインするように求められます。意外に上手くいって嬉しそうにその契約書にサインしかけますが、ふと躊躇。試用期間3か月のインターンを無給でという条件に納得がいかないハビエル。結局、自分から断ってしまいました。自分が格安なお得人材扱いされていることに激怒し、車を蹴ることでしか怒りを発散できません。大切な車に自分で傷をつけてしまい焦るハビエル。するとふと車内に前の家の鍵があるのを発見します。
前の家を車の中から覗くハビエルは、仲睦まじい夫婦が窓に見えるのを確認。そしてあろうことか、翌日、そのマンションの部屋に侵入してしまうのでした。それはもちろん自分の家ではないので犯罪です。しかし、やめないハビエルは、部屋の中にある新住人の家族写真を眺め、窓からお気に入りの景色を眺め、冷蔵庫の中を眺め、ソファに座り、何食わぬ顔で過ごすのでした。
夜、また以前の家を外から覗くハビエルは、またしても住人がいない間に部屋を物色。そこで引き出しの中に「1日」と書かれた赤いメダルみたいなものを見つけます。それは同じものが5つありました。パソコンを勝手に触り、フォルダの中から事故で怪我をした人の写真を見つけ、酒気帯び運転で免許停止になった書類、さらにはカレンダーに守護天使小教区での用事が書き込まれているのを発見。
就活もせずにハビエルはその教会に向かうのでした。そこでアルコールなどの依存症に苦しむ人が集まるグループセラピーが行われており、流れで参加するハビエル。あのメダルは参加したらもらえるもので、つまりあの新住人の夫、トマスは何度も断酒に失敗しているようだと察知します。そのグループにはトマスもいて、ふとハビエルは何を思ったのか、自分も妻も娘も失って依存に苦しんだとまるでトマスと同じ経験者であるかのように語ります。
断酒会が終わり、トマスと会話するチャンスを得たハビエル。同じ境遇同士で打ち解け合います。もちろん、ハビエルは友達になりたいわけではありません。狙いがありました。
全てはあの「バルセロナ、ボスキ通り78番地5階2号室」…自分の“家”のために…。
縄張りを頑なに守る獣
『その住人たちは』は雑に言ってしまうと「家や個人を乗っ取る、成り代わる」というネタを主軸にしたスリラーで、こういうものはスペイン映画でもかなりよく見られるタイプだと思います。最近だと『シークレット・ヴォイス』なんてものはまさにそれでしたし…。
世間一般だと『パラサイト 半地下の家族』を連想する人が多いのかもしれませんね。2つの家族間における、静かな乗っ取りがサスペンスフルに描かれるわけですから、そこは共通しています。
でも『その住人たちは』は『パラサイト 半地下の家族』とは構図含めて全く似て非なる映画です。あちらは貧富というわかりやすい上下関係がベースになっており、それは誰でも理解できる要素でした。対するこの『その住人たちは』はもう少しわかりにくいものをベースにしています。
それは何か。そのキーワードは全てが主人公のハビエル自身に存在します。
ハビエルのやることに同意できる人はほとんどいないと思いますが、でも節々で生じる感情は無縁ではないはずです。とくに男性は。
自分よりも若い人たちに下に見られることの屈辱。妻や子にさえもやんわりと愛想をつかされたまま家にいることの羞恥心。それは全て「男らしさ」というものに起因するプライドです。夫らしく、父らしく、威厳を保っていたい。それ自体は他者の気持ちなんてどうでもよく、完全に独りよがりなものなのですが、その「男らしさ」を満たすことしか眼中にない。
ハビエルにとってはその「男らしさ」の象徴が「家」と「車」なんですね。妻は 「ただの家でしょ」と言うのですが、ハビエルにとっては違う。縄張りです。テリトリーです。それを取り返そうとするのは当然の本能のようにハビエルが行動していきます。庭師のダミアンは「トラ」に例えていましたね。
その過程で自分の家族すらも邪魔になってくるのでした。印象的なのは子どものダニをランニングに無理に付き合わせて、最終的には嘔吐させるくらいまで追い込んでしまうシーン。ハビエルとしてはダニに男らしくなってほしいのでしょう(それは体型を痩せてほしいというのもありますし、キャリア的なものもあるはずです)。しかし、それが叶いそうにない、もっといえば自分の子の存在がハビエル自身の男らしさに似合わないと判断するや否や容赦なく捨てにかかります。
売ると約束していたにもかかわらず保持していた車すらも「家」を奪取するための道具に使うほどにハビエルの行動は先鋭化していき、やがてただ家をまた手に入れるだけではない、あのトマスの妻ララと娘のモニカすらも奪い取る作戦に踏み出していくことに…。それはハビエルの愛ではなく、単に彼の男らしさにとって都合がいい妻と娘だったからに過ぎません。
『その住人たちは』は、トキシック・マスキュリニティ(有害な男らしさ)の実像をスリラーによって投影した一作でした。
こういう男は現実にいませんか
ただ、『その住人たちは』はいくらなんでもその家族乗っ取りの過程が荒唐無稽すぎないかとツッコむ人もいると思います。確かに手段はかなり大雑把というか、あれでは痕跡が残って警察に捕まるんじゃないかと思うような手口も多いです。
向かいの部屋の邪魔な犬ヨナスを毒殺したり、ダミアンという児童性犯罪者な庭師を道具発火で用済みにしたり、ピーナッツアレルギーを利用してトマスに妻ララの手(スプレー噴射)で大ダメージを与えたり…。
まあ、でもハビエルは自分が逮捕されるかもとかそういうことを気にする人間ではないのでしょう。とにかくあの縄張りが欲しい。それだけ。
それに手段はともかく本作のストーリーとしてのオチは、案外と嘘でもなんでもなく、実際に今の世の中で普通に起きていることなのではないでしょうか。
そもそもハビエルはなぜキャリアを失ったのか。それは作中でハッキリと明示されません。ただハビエルは平社員というわけではないですし、あの元の家の雰囲気から明らかに高給な重役ポジションにいたことがわかります。普通その手の人はいきなり無職になるというのは滅多に起こりません。それこそ会社が倒産したか、何かの責任をとるハメになったか…です。
ハビエルのその後の所業を見ていくと自分の目的のためならあまり倫理観を気にしない人間にも見えます。少なくとも善人には見えません。元の会社で問題を起こしたと察するのも無理やりではないでしょう。
ダニとの会話が印象的ですよね。「笑い者」だと言うダニに、それがなぜなのか全然わからないハビエル。彼はそういう他者への認識が致命的に欠けている人であるかのように。
もしハビエルが元の会社で不正に該当する行為でクビになった人間なのだとしたら、本作の物語はそういう過去に失敗をしてしまった人間が返り咲こうとするまでを描く話です。
そしてそれは私たち現代社会にも根底に存在するでしょう。ハラスメント、差別発言、横領…いろいろなことで会社を追われた男たち。でもそういう失敗した男たちは社会の末端で人生を細々とやり直しているのかというと案外とそうでもなく、過去の過ちを気にしないかのように新しいキャリアの席に(しかも以前よりも立派な席になっている場合も)居座っている。世間のニュースを注視している人なら、こういう実在の男たちを目にしているはずです。
本作で犠牲者となるトマスという男。彼は彼でまた「男らしさ」の満たされなさにもがいていました。妻の父がトップの会社にいることの苦痛。それでも既存の男らしさから脱却してやり直そうとした瞬間、巧妙な手際で利用されてしまう。こんなふうな“間違った男が正しくあろうとする男を踏み台にする現象”もまた、平然と現実で起きていることです。
『その住人たちは』のラストでは、ハビエルが作ったという冒頭のCMと同じような家庭が映し出されます。CMと同じようにハビエルは家庭を築き上げました。ハビエルにとっては理想的な家庭を。
でもその空間は、最後に映る水がポタポタたれている蛇口のように、どこか綻びがあるものです。それが気になってしまったとき、あの男は何をするのでしょうか。
その縄張りは虚像でしかないと思うのですが…。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer –% Audience –%
IMDb
6.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 6/10 ★★★★★★
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・『マウトハウゼンの写真家』
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作品ポスター・画像 (C)Nostromo Pictures, Netflix
以上、『その住人たちは』の感想でした。
Hogar (2020) [Japanese Review] 『その住人たちは』考察・評価レビュー