「メキシコ麻薬戦争」体験イベントへようこそ…映画『ボーダーライン』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:アメリカ(2015年)
日本公開日:2016年4月9日
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
ボーダーライン
ぼーだーらいん
『ボーダーライン』物語 簡単紹介
『ボーダーライン』感想(ネタバレなし)
「メキシコ麻薬戦争」を体験してみませんか?
「メキシコ麻薬戦争」体験イベント開催のお知らせ「麻薬カルテル」を許せない、悪い奴をぶっ倒したい…そんな方に朗報です。アメリカ政府主催の「メキシコ麻薬戦争」体験イベントの参加者を現在募集中。あなたの正義が輝くときです。事前知識が全くない人でも心配ありません! 専門のスタッフがあなたのそばでサポートします。
・年齢、性別は問いません。
・開催地や日程、内容などについて現地にて説明いたします。
こんな募集があっても普通はお断りだと思いますが、信じないでくださいね。
でもそもそも「メキシコ麻薬戦争」を知らない日本人は多いと思います。「メキシコ麻薬戦争」はイラク戦争のような大戦とは違って日本ではほとんど報道されないので日本人の認知は非常に低いのですが、もう深刻どころか絶望的状況にあるのです。
“知りたいけど現地には行きたくない”…そんなときに便利なのが「映画」。
「メキシコ麻薬戦争」を知るなら、ぜひ本作『ボーダーライン』を観てほしいです。
「メキシコ麻薬戦争」を題材にしたドキュメンタリー映画では『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』(2015年)なんかがありましたが、『ボーダーライン』はストーリーのある、あえていえば“普通の”映画です。なので、観やすいと思います。主人公自身が「メキシコ麻薬戦争」についてよく理解していない人ということもあり、スムーズに感情移入できるでしょう。
一方、「メキシコ麻薬戦争」の知識があるよという稀有な日本人は、本作も新鮮に楽しめるはず。なんていったって監督はドゥニ・ヴィルヌーヴ。
『灼熱の魂』(2010年)、『プリズナーズ』(2013年)、『複製された男』(2013年)と個性の強烈な作品を次々と世に送り出して存在感が増している“名前の言いづらい”映画監督のひとりです。
ヴィルヌーヴ監督過去作と比べて『ボーダーライン』は大人しめというかやっぱり“普通な”感じはしますが、それでもヴィルヌーヴ監督らしい“普通じゃなさ”も詰まっています。いわゆる掃いて捨てるほどあるようなクライム・サスペンスとかアクションのジャンル映画とは一味違うのが魅力でしょう。
俳優も注目で、とくに謎めいたコロンビア人を演じる“ベニチオ・デル・トロ”の演技は釘づけになります。『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』の“コレクター”などエンタメ系作品でも脇役でありながら存在感を発揮できる役者ですが、本作ではある意味「影の主人公」です。『スター・ウォーズ エピソード8』(2017年公開予定)で悪役を演じるとのことで、今後一般にも知られるとうれしいなと思います。
「メキシコ麻薬戦争」モノ映画につきものの、観終わった後の絶望感は本作でも変わらず。でも、実際に起こっていることですから、目を背けないで…。映画の主人公の女性と同様にあなたの平和意識がぐちゃぐちゃになること間違いなしです。
『ボーダーライン』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):シカリオ
アリゾナ州チャンドラー。静かに見える住宅地。しかし、ゆっくり進んでいるのは黒づくめの重武装の特殊部隊であり、ある家を包囲します。
FBI捜査官のケイト・メイサーと彼女のチームは家に装甲車ごと突入。各部屋を見て回り、異常がないかをチェックします。発砲を受けるも間一髪でかわすケイト。
するとある隊員が発砲できた壁に注目します。その壁の奥は空洞でした。そして壁を破壊すると出てきたのは…ミイラ化した遺体。あまりのおぞましさに隊員たちは外で吐きます。その建物には至る所の壁に遺体がズラッと埋まっていたのです。
廊下に15体、寝室に20体、屋根裏と床下はまだ調べていない…。異常すぎる光景。
それだけでは終わりません。裏庭の物置の床下を開けようとした捜査官。その瞬間、仕掛けられた爆弾が爆発。
ケイトは吹き飛ばされ、土煙の中、その惨状に立ち尽くすしかできません。
「ソノラ」というカルテル(麻薬組織)による誘拐を含む凶悪犯罪にアメリカは黙っているわけにはいきませんでした。
ケイトは上司に呼び出されます。会議室にいる男たちの中でも、ひとりだけスーツではない、サンダルの男が話しかけてきます。「結婚は?」「離婚しました」「子どもは?」
さっぱりわからないケイト。
国防総省のマット・グレイヴァー率いるチームに加わってほしいとの命令。専任としての引き抜きです。ターゲットは、誘拐事件の主犯とされる麻薬カルテルの親玉マニュエル・ディアス。誘拐即応班として働いてきたケイトにはカルテルは分野外のことです。
日にちは、明後日。場所は、エル・パソ周辺。ディアスの兄であるギエルモに会うとのこと。
「目的は?」と聞きますが、明快な答えは返ってきません。「今回の誘拐事件の犯人を捕らえられますか?」との問いには「本当の黒幕を捕える」とだけ答えるマット。
「志願します」とケイトは決めました。
さっそくエル・パソに向かったケイトは、マットのパートナーで所属不明のコロンビア人であるアレハンドロに会います。
チームでメキシコのシウダー・フアレス市に移動。
明らかに自分の知らない世界。得体の知れない緊張感。
この地でケイトは常識を吹き飛ばす戦慄の体験をすることに…。
暗殺者が最後にみせる「殺し」
絶句です。
本作『ボーダーライン』の欠点は(映画製作者になんの非もないけれど)救いがないこと…そう言いたくなるくらいの絶望でした。
「死亡フラグをたてる」という言葉がありますが、この映画の舞台の場合、悪いフラグが自分の意思とは無関係に次々たちあがっていく恐怖があります。
映画序盤、対麻薬カルテル特別部隊に所属した主人公は車に乗せられ、自分の意思とは関係なくメキシコのある街を進行します。この様子、まるでディズニーランドの「ジャングル・クルーズ」みたいです(私は「ジャングル・クルーズ」が子どものとき好きでした)。最初の作戦会議は、よくあるアトラクションの注意説明。乗り物が動き出し、外の光景を見ながら楽しむ。徐々に不穏な空気が高まり、最後にドーンとびっくりポイントが用意されている。
しかし、ここは夢の国ではなく、メキシコ・フアレス。地獄です。しかも、これはほんの序の口だったという…。
この場面は、不安定なカメラと不穏なBGMが組み合わさって、ヴィルヌーヴ監督らしい「不吉」演出がとにかく怖かったです。
そんな地獄体験をさせられるFBI捜査官ケイトは、クライム・アクションのジャンル映画だったら到底主人公とは思えないくらい、終始翻弄されっぱなし。表面的に見れば、弱すぎる甘ったれた人間にもみえなくもない。ただ、彼女は別にたるんでいるわけではないのです。冒頭の突入シーンでは、見事な射撃技術を披露して、仕事にも熱心でした。私なんかよりもはるかに精神的にも肉体的にもしっかりしているし、おそらく平均的な警察官よりは優秀なんじゃないかと思います。
でも、絶望する。そこにこの映画が見せたいことがあるのでしょう。
劇中において、ケイトはただひとりの女性警官ではなく、アメリカを体現するような存在として設定されています。ベトナム戦争、アフガニスタン紛争、イラク戦争…戦いが起こるたびにアメリカの正義が揺らいできました。そんなアメリカの正義を崩壊させる戦争のなかでも、アメリカのすぐそばで起こっているのが「メキシコ麻薬戦争」です。ボスの悪い奴を倒し、民主化して、自由の国にすれば「平和」だ…というアメリカの正義はもう通用しない。これはアメリカの正義が隣国メキシコの世界に負ける物語といえます。過去作を観てもそうですが、史実をうまく物語化する才能がヴィルヌーヴ監督にはあると感じます。
アメリカの正義を完膚なきまでに打ちのめす対麻薬カルテル特別部隊のメンバーであり実は別の麻薬カルテルのメンバーだった“アレハンドロ”を演じたベニチオ・デル・トロ。彼の演技が良すぎて、ケイトのキャラがますますたたない状態になっているのは映画にとって良いのか悪いのかはわからないですが、私は楽しかったです。ベニチオ・デル・トロは、日本で今年公開された『エスコバル 楽園の掟』という作品でも、実在したコロンビア最大の麻薬カルテルのボス「麻薬王 パブロ・エスコバル」を演じており、なんか麻薬カルテル専門の俳優みたいになってます。
映画の原題「Sicario」は冒頭で示されるとおり、メキシコで「hitman(暗殺者)」を意味する言葉。映画は暗殺者であるアレハンドロがケイトを殺して終わりなのかと思いきや違った。アレハンドロは最後にケイトを見事に「黙殺」させる。そういう変化球な「殺し」で終わるのがこの映画の上手いところです。
ラスト、子どもたちがサッカーをしているなか、遠くで銃声がし、いったん止まるが再開する光景。メキシコの人たちが当たり前にしている「黙殺」。そしてケイトも「黙殺」したということは、メキシコの一部に加わったということにもなります。
この映画を観た私たちも「黙殺」されるしかないのかと思うと、ただただ無力感しか感じません…。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 92% Audience 85%
IMDb
7.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★
関連作品紹介
『ボーダーライン』の続編の感想記事です。
・『ボーダーライン ソルジャーズ・デイ』
作品ポスター・画像 (C)2015 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved. シカリオ
以上、『ボーダーライン』の感想でした。
Sicario (2015) [Japanese Review] 『ボーダーライン』考察・評価レビュー