イギリスで上映中止の騒動を起こした問題作…映画『ブルー・ストーリー』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:イギリス(2019年)
日本では劇場未公開:2020年に配信スルー
監督:ラップマン
ブルー・ストーリー
ぶるーすとーりー
『ブルー・ストーリー』あらすじ
ロンドン南東部。近郊の自治区からペッカムの高校に通う親友同士のティミーとマルコ。ある日、ティミーの仲間がマルコを襲ったことがきっかけで、二人は終わりなきギャング抗争に巻き込まれ、友情は一瞬にして失われて感情に流されるままに敵対していく。復讐が連鎖していく勝者不在の泥沼の抗争に翻弄される二人に未来はあるのか。
『ブルー・ストーリー』感想(ネタバレなし)
これもまたイギリスの現実
映画の上映が中止になるという事態は滅多に起こるものではありません。だからこそコロナ禍の一件による映画館の世界的な一斉休業は異常な出来事なのですが、以前から特定の作品が何かしらの理由では上映中止になってしまうことはあり得ていました。
例えば『ジョーカー』の公開時はアメリカでは厳戒態勢が敷かれていたことをニュースで聞いたでしょう。過去に同様の作品公開時に事件が起きたので、各映画館が持ち物チェックをするなどして警戒を強めるのは、まあ、無理もないかもしれません。幸いにも大規模な上映中止にならずに良かったです。
しかし、イギリスでは2019年、ピエロの映画よりもはるかに大問題を巻き起こした作品が存在していました。しかも、実際に上映が一時中止になる騒動にまで発展してしまったのです。
それが本作『ブルー・ストーリー』です。
本作はイギリスで社会問題にもなっているギャングの若者たちの抗争を題材にした作品。親友だった二人の若者が互いに異なるギャングに属することになり、決裂し、傷つけあっていくという果てしない暴力の連鎖を描いています。
イギリスは格差社会であるというのは言わずもがなですが(どの国もそうですけど)、その問題に寄り添ってきた第一人者であるケン・ローチ監督のような人でもなかなかギャングという題材に手を伸ばすことはありませんでした。『ブルー・ストーリー』はその近寄りがたいギャングの存在にクローズアップしている作品なのです。
そんなにイギリスってギャングが問題になっているの?と思うのですが、まさに本作の上映に関して起きた事件がギャングの身近さをまざまざと見せつけました。バーミンガムのショッピングモール内にある映画館で本作が上映されていた時期、なんと本物のギャングたち100人以上がモールに乱入。なた(!)を持って武装しており、そのまま警察と衝突。少なくとも7人の警察官が負傷する大変な事態になりました。
この衝撃的な事件を受けて映画館側は本作の上映を中止。本作のせいなのかは定かではないのですが、内容が内容なだけにギャングたちの闘争魂に火でもつけたのか、結果的に暴力を煽ってしまったようにみえるかたちに。映画の製作陣はこの上映中止の判断に不満の声をあげましたが、なんとも厄介な話です。一番迷惑を被っているのは一般市民なのですが…。
『ブルー・ストーリー』の監督はイギリスでラッパーをしている“ラップマン”という人物で、非常に人気が高いアーティストなのですが、本作も彼の体験を元にしているそうです。それもあってかおそらくとてもギャングの生々しさを捉えていると思われ、本作を観ていると「あ~こういう感じなのか~」と勝手にギャング見学できた気分になったりも。
そんなお騒がせな『ブルー・ストーリー』なのですが、作品自体の評価は抜群に高く、“ラップマン”監督の才能も相まって、2019年を象徴するイギリス映画になったのは間違いありません。これほどまでに尖ったクリエイターが映画界に乗り込んできたともなればざわつくものです。
俳優陣は新人が多い顔ぶれなのですが、本作で一気に注目を集めて好スタートをきった人も。2020年の英国映画テレビ芸術アカデミーのライジング・スター賞(要するに新人賞)に本作に出演した“マイケル・ワード”が輝きました(なお過去には『ブラックパンサー』のレティーシャ・ライトや、『スパイダーマン ホームカミング』のトム・ホランドが受賞しています)。また、本作で主人公を演じた“ステファン・オドゥボラ”や、ヒロインを演じた“カーラ・シモン・スペンス”など、今後の活躍を大いに期待できるニューフェイスもたくさん。
無知だった私みたいな人にしてみれば相当にショッキングな映画ですが、これもまたイギリスのひとつの現実。映画という鏡が映すリアルそのものです。
『ブルー・ストーリー』は日本では劇場公開されずに配信スルーになりましたが、興味ある人はお見逃しなく。ギャング映画好きは必見です。
オススメ度のチェック
ひとり | ◯(ギャング映画に関心あるなら) |
友人 | ◯(ギャング映画好き同士で) |
恋人 | △(気分は沈んでしまう) |
キッズ | △(暴力だらけの映画です) |
『ブルー・ストーリー』感想(ネタバレあり)
一瞬で親友が他人になった
11歳のティミー少年は、母親からこの地域の地元よりも学業的に良い隣の地域の学校を薦められます。せっかくここで友達もできているのに、良い友達を新しく作りなさいと諭され、それを聞くしかありません。こうしてロンドンの南東のデプトフォードからサウスロンドンの中心地であるペッカムにある学校へと転校することになりました。
ひとり寂しく過ごす時間はそこまで心配はいりませんでした。なぜならマルコという大親友ができたからです。二人は意気投合し、瞬く間に絆を深めていきました。
数年後、成長したティミーは学校でいつものの友達とつるんでいます。ドウェインとハキームの軽妙な会話に交じり、もちろんその中にはこの学校に来てからの一番のベストフレンドであるマルコの姿も。パーティに招待されたことで男たちは大盛り上がり。
するとティミーはリアという女子生徒を見かけ、思い切って話しかけにいきます。リアはシャイヤンという女友達といつも一緒です。実はティミーはリアのことから初めて会った日から気になっていて、想いを秘めていました(それは他の男友達にはバレバレでしたが…)。「勉強を手伝うよ」なんて話題でリアと好感触なトークしつつ、また友達の輪に戻ってくるティミー。ドウェインとハキームはゲラゲラとそんなウブなティミーをからかいます。マルコだけが味方をしてくれますが、彼も優しくおちょくるのでした。
学校が終わり、街でブラブラしているとまたもリアを見かけ、やっぱり話しかけにいきます。すると他の男二人が今話しかけようとしたのにとからんできます。相手はナイフをちらつかせますが、なんとかその場は済んで安心。
また、マルコを家に招待しようと地元に二人で行くと、キリーという昔の学校の友達が話しかけて懐かしい再会に喜びます。ただ、キリーの仲間がよそ者のマルコにからんできて、なんとかここでもその場をとりなします。
この地域一帯では、ティミーが暮らすデプトフォードのギャング「ゲットー」と今通う学校のあるペッカムのギャング「ペッカム」との間で抗争が起きており、なにかと衝突しがち。ティミーたちはそんなギャングと距離を置いており、そもそも地域が違うティミーとマルコも仲良し。
ティミーの家ではマルコはティミーの母の手料理を絶賛。マルコは家に帰り、兄のスイッチャーと会話し、「ティミーの母の料理は最高だ」と語りますが、「デプトフォードには行くな」と警告されます。このスイッチャーはペッカムのギャングのリーダーだったのです。セックスシーンがいっぱいあるらしい映画を一緒に見ようとしていると、スイッチャーのもとに「ゲットーの奴らがくる」という電話が。マルコを置いて兄はただならぬ雰囲気で出かけていきます。
しばらくして兄は帰ってきますが、挙動不審で、「誰かに聞かれたらずっと俺はここにいた、一緒に映画を観たというんだ、母さんでも警察でも」とマルコに念押しをします。実を言うとさっき抗争となり、連れのガリスが撃たれて死んでしまったのでした。
パーティの日。ティミーは下衆な会話をする男たちに対して少し遠慮していますが、女しか眼中にない男たちはどんどんアタック。リアと踊るチャンスがありません。でもまさかのリアの方から話しかけてきてくれて少し良い空気になるも、喧嘩騒ぎでお開きに。
翌日、リアとデートをする約束をとりつけ、その幸せを男友達に「セックスじゃなくて彼女に興味があるんだ」と語ると「ゲイかよ」とバカにされますが、ティミーは幸福です。
その“お家デート”でティミーはリアと愛し合い、最高の瞬間を味わっていました。
一方、兄が捕まったマルコはゲットーたちに恨まれ、腕を折られるという仕返しを受けます。
学校でティミーとマルコは激しく口論。キリーの仲間にやられた、キリーの住所を隠すのか、リアは引っ込んでろ、とうとうヤったのか、尻軽といけよ…そんなことをマルコに言われ、しかも大切なリアをはたかれ、怒り心頭となりティミーもマルコを殴ります。睨み合う二人。
親友が他人になった日。それは悲劇と転落の始まり…。
ニュースでは伝えないオレたちの日常
いわゆる「不良」を描く映画は日本にだってあって、最近だと「半グレ」と呼ばれる若者たちはトピックになりがちですし、世間の一部を熱狂させた「HiGH&LOW」シリーズも広義の意味では不良ジャンルと言えるでしょう。
ただ、これらの国内作品は不良をフィクショナルな扱いにとどめて「カッコいいもの」として描いている傾向が強く、リアルな社会に存在するものという位置付けは薄いです。「HiGH&LOW」シリーズなんかは完全にエンタメに特化していますね。
一方のこの『ブルー・ストーリー』はギャングの若者たちをリアルなイギリス社会に実在するものとしてしっかり描いています。それは肯定的でも否定的でもない、ありのままです。
似たようなイギリス映画に2006年の『キダルトフット(Kidlthood)』という作品があって、こちらもギャングの若者たちを描いています。『ブルー・ストーリー』はその現代アップデート版ですね。
しかし、社会問題として真面目にギャングに関して解説して、その原因を浮き彫りにさせるような、そういう言ってみればお上品な社会派映画でもないのが『ブルー・ストーリー』の特徴。作中でもニュース映像で「これは社会や教育の問題」として言及されますが、そこを掘り下げることはしません。
じゃあ、何かと言えば本作は徹底した没入感を与えてくれます。ギャングの世界ってこういうところなんだ!という疑似体験です。
それは悪い姿だけではありません。ニュースではただ野蛮な奴らが暴れているだけに見える。でも自分たちギャングもひとりひとりは普通の人間で、友達と戯れ、恋に悩み、愛に導かれ、ただただ生きている。そんなギャングの日常が添加物なしで味わえるのが本作です。
「ゲーム・オブ・スローンズ」をネタに好きな女の子と配信を観るデートを約束したりとか、ものすごくイマドキで、そして共感しやすい光景でもあります。ティミーは曲を歌うリアに「歌手になれる。ボイエガはスター・ウォーズに出たし」と励ますあたりも、まあ、今っぽい(ちなみにジョン・ボイエガはペッカム出身で、ペッカムの劇場でキャリアをスタートさせました)。
こういうのを見ていると「あのギャングたちも普通に映画感想ブログとかやっているかもしれない」とか親近感が湧いてきますね。
もちろん怖い一面もしっかり体感できて、ほんとに鉈を振り回すのかとか(刀を持っている奴もいたなぁ)、そこも物珍しさはあるのですけど。
これがブルー・ストーリーだ
けれども『ブルー・ストーリー』の若者たちには大作映画に出られる夢の人生はない。彼ら彼女らは自身では這い上がれない蟻地獄のような世界にいます。
本作は3~4幕構成(厳密にはプロローグとエピローグがあり、時間軸的にはメインは2幕)で、それがかなり衝撃的な展開とともに幕を閉じ、次の幕に移ります。
最初の衝撃はまさかのリアの死です。ティミーとマルコが決裂し、兄スイッチャーにけしかけられてマルコが復讐としてティミーを襲うくだり。これほどまでにあっけないヒロインの死はなかなかないです。「ゲーム・オブ・スローンズ」は前振りだったのか…いや、あの殺伐とした作品よりもこっちのリアルの方が恐ろしいんだ…と言っているのか。
3年後。そして終盤にはブリッカーと呼ばれることになったマルコを憎み、あげくに主人公であるティミーまで死ぬ結末。しかもスイッチャーは薬で自殺し、本当にただ最悪な後味を残して終わることに…。
このショッキングさをあえてラップのナレーションで“言葉”として流していくという斬新な演出もインパクト大で、そこだけ劇映画的ではない感じになることで、リアルな重さが出るというか。映画だったら物語の力で、いざとなれば主人公は助かる!とか、ヒロインと結ばれる!とかなるものじゃないですか。でも本作はそうはならない、そうはさせない。なぜならこれがリアルだから。
さらにエンディングではまだ復讐の連鎖が続くことを示唆して終わる。バッドエンドどころじゃない。
もうお願いだから復讐はやめてくれ…と懇願したい気持ちになりますけど、そんな声は届くはずもない。作中ではここまでの最悪エンドにならないようにするための分岐点もあったような気がするのに、今さらではどうしようもない。
ここまで微塵も救いがない物語が待っているとは想像もしていなかったのですが、あの日常と対になる惨劇はまさに実際のイギリスのギャングたちが置かれている現状であり、『ブルー・ストーリー』はそこにおいても全く揺るぎなく映し出す。どこまでもリアルを映し出す鏡であろうとする。その姿勢は本当に凄いなと思いました。
そういう意味では“ラップマン”監督は題材に対して誠実に描いており、決して暴力を煽る露悪性はないです。でもやっぱりこのギャングの性質上、ちょっとした刺激でも暴力に直結してしまうのですよね。
くどいようですけど、ギャングがこういう生き方しかできないのは社会や教育、もっと言えば政治の責任です。でもギャングたちはだからといって政治に対して声を上げようとはしない。なぜならその次元にすらいないからです。ひたすらに同レベルの他者同士で傷つけあうエンドレスな暴力を繰り返すしかできない。嫌だと思っていても止められない。プライドだけが終わりなく激突する。
そうなったらオシマイなんだぞ?とこの映画に教えられた気がします。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 97% Audience 72%
IMDb
5.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★
作品ポスター・画像 (C)Paramount Pictures ブルーストーリー
以上、『ブルー・ストーリー』の感想でした。
Blue Story (2019) [Japanese Review] 『ブルー・ストーリー』考察・評価レビュー