それはたった1発で…Netflix映画『ハウス・オブ・ダイナマイト』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2025年)
日本では劇場未公開:2025年にNetflixで配信
監督:キャスリン・ビグロー
はうすおぶだいなまいと

『ハウス・オブ・ダイナマイト』物語 簡単紹介
『ハウス・オブ・ダイナマイト』感想(ネタバレなし)
世界よ、己の危うさを自覚しろ
ホワイトハウスの一部が半壊しました。敵国やテロリストの攻撃を受けたからではありません。自国の大統領の指示でした。
ノーベル平和賞を何がなんでもとりたいと幼児のように駄々をこねていたアメリカの“ドナルド・トランプ“大統領でしたが、政府が閉鎖している中、2億5000万ドルかけてホワイトハウスに宴会場を建設する計画が着工しました。当初は「現在の建物に支障をきたすことはありません」と言っていたのですが、しっかり歴史的建造物はその一部が解体され、外観に大きな変化をもたらすのは史上初です(PolitiFact)。
正直、こんな滅茶苦茶なことが現実のアメリカの政府中枢で起きている中で、今回の映画を紹介するのは場違いというか、説得力が薄くなってしまうのですけど、まあ、これも現実なのでね…。映画のほうはいたってシリアスで宴会どころではありません。
それが本作『ハウス・オブ・ダイナマイト』。
本作はあの“キャスリン・ビグロー”の『デトロイト』(2017年)以来の久々の最新作。『ハート・ロッカー』や『ゼロ・ダーク・サーティ』など、アメリカの政治や社会への批判を遠慮なく打ち出してくることに定評のある監督ですが、今回の切れ味もエグいです。前回は人種差別の問題に切り込みましたが、今作では「核の抑止力」に依存する軍国主義を炙り出します。無論、その批評の刃はアメリカだけでなく、核兵器に陶酔するあらゆる国家に向けられるものです。
「“核の抑止力”がいかに深刻な問題性を抱えているのか」を主題にした映画はたびたび作られています。最も有名なのはやはり1964年の『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』。ブラックコメディですが、そのリアリティは今なお生々しく強烈です。他にも、『未知への飛行』(1964年)、『ザ・デイ・アフター』(1983年)などがありました。
“キャスリン・ビグロー”監督の『ハウス・オブ・ダイナマイト』はその系譜に連なる2025年の最新版という立ち位置です。ノンストップのポリティカル・スリラーとなっていますので、観だすと釘付けになって動けなくなります。もはやホラーとも言えますね。
俳優陣は、『DUNE』シリーズの“レベッカ・ファーガソン”、『陪審員2番』の“ガブリエル・バッソ”、『ヘッド・オブ・ステイト』の“イドリス・エルバ”、ドラマ『ファウンデーション』の“ジャレッド・ハリス”、『サタデー・ナイト/NYからライブ!』の“トレイシー・レッツ”、ドラマ『アイアンハート』の“アンソニー・ラモス”、ドラマ『オビ=ワン・ケノービ』の“モーゼス・イングラム”、『リトル・マーメイド』の“ジョナ・ハウアー=キング”、『トロン:アレス』の“グレタ・リー”、『オッペンハイマー』の“ジェイソン・クラーク”、『Extraction』の“マラキ・ビーズリー”など。
かなり登場人物の数が多く入り乱れますが、案外とわかりやすい構成になっているので大丈夫かなとは思います。
防衛費を増やしましょうと嬉々として口にする政治家の声を聴くよりも、この『ハウス・オブ・ダイナマイト』を観るほうが何倍も実人生に関わる大事なことです。
『ハウス・オブ・ダイナマイト』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2025年10月24日から配信中です。
鑑賞の案内チェック
| 基本 | — |
| キッズ | 大人のサポートが必要かもしれません。 |
『ハウス・オブ・ダイナマイト』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
アラスカ州、フォートグリーリー基地の第49ミサイル防衛大隊。ここは常に警戒状態ですが、静かな夜明けを迎えていました。ダニエル・ゴンザレス少佐は妻に離婚を切り出された電話に対応するも話し合いはできずに終わります。基地内はデスクについた隊員が飲食しながら穏やかな談笑しています。
モニターの上部には緑で「DEFCON 4」と表示されています。これは差し迫った危機はなく通常よりもやや高い情報監視の強化を継続していることを意味します。
ダニエルは苛立ちながら、気の抜けた隊員を腹いせのように叱ります。仕事は弾道弾迎撃ミサイル(GBI)の運用です。
ところかわって、ワシントンD.C.にてオリヴィア・ウォーカー海軍大佐は家で夫と子どもに別れを告げ、職場へ。そこはホワイトハウスの地下にある危機管理室(シチュエーションルーム)です。
部下のウィリアム・デイビス海軍先任上等兵曹も出勤して隣に立ちます。今日は中国の軍事演習が間近にあったり、北朝鮮が最近はやけに何も動きがなかったり、はたまた中東が不穏な情勢だったりと、比較的よくある報告を受けます。
そんな早朝、フォートグリーリー基地に早期警報の警告音が発せられます。太平洋上でミサイルを検知したのです。しかし、衛星が見逃したので発射地点は不明。北朝鮮のミサイル発射実験だろうと基地では推測し、基地はあまり焦らず、何度もやっているモニタリングの対応をとります。
シミュレーションルームでは、安全招集テレビ会議が緊急で行われます。これも毎度のことです。参加者も慣れており、わざわざ大統領が参加するほどのことではないです。日本海に落下するいつものパターンだと報告されます。
ところが基地では新しい動きを観測。ミサイルの傾斜が水平になったのです。弾道飛行に入ったことを意味します。このままではアメリカのどこかに落ちる…それも着弾まで19分…。
オリヴィアの表情は固まり、すぐさま大統領と対応しようとしますが、大統領は外出中です。対応は今の会議にでているリード・ベイカー国防長官の判断に任せられます。シチュエーションルームの最高責任者のマーク・ミラー海軍大将は落ち着いて対応するように言い聞かせますが、先ほどの雰囲気とはガラっと変わりました。
基地に弾道弾迎撃ミサイルの発射命令がだされ、黄色の「DEFCON 2」に切り替わります。
どうやらロシアも中国も慌てているようですが、いまだにどこから発射されたものかもわからないです。
連邦緊急事態管理庁(FEMA)も警報を受け、政府存続計画担当官のキャシー・ロジャースは追加の情報を求めるも何も得られません。
そうこうしているうちに着弾まで16分…。アラスカの基地から迎撃ミサイルが2発発射されますが…。

ここから『ハウス・オブ・ダイナマイト』のネタバレありの感想本文です。
抑止できない、迎撃できない「システム」
『ハウス・オブ・ダイナマイト』は戦争ホラーでしたね。終末の直前になすすべもなく佇むしかできない恐怖…その無力さを残酷なまでに突き付ける映画です。
映画は正体不明の弾道ミサイルを観測したことから始まり、シカゴに着弾まで19分という緊迫感がずっと続きます。19分なんてほんとに短いですよ。秒数を数えようと思えばできるので、死のカウントダウンです。
19分しかないのにどうやって110分以上の映画を持たせるのだろうと思ったら、同じ出来事に見舞われる関係者を複数視点で繰り返し描写する構成でした。厳密には3回、時間が戻って繰り返されます。実質、何回も観ることになるので、登場人物はもちろん、ミサイル危機の対応システムの様子が素人でもよく観察できます。
最初は通常モードです。こういうミサイル疑惑な飛翔体は頻繁に確認されているので(たいていは実験や誤認で問題はない)、関係者もどこか慣れきっているのがわかります。しかし、それが攻撃を意図した弾道ミサイルだと判明した瞬間、前代未聞の事態に場が凍り付きます。一番変化がハッキリしているのは、アメリカ戦略軍司令官のアンソニー・ブレイディ空軍大将ですよね。他愛もない気の抜けた姿からぶん殴られたような表情に変わりますから。
そして迎撃に…失敗します。ちなみに作中では国家安全保障問題担当大統領副補佐官のジェイク・バリントンが言いずらそうに「テストでは迎撃ミサイルが目標に命中した確率は61%です」と説明するのですが、これはあくまでミサイルがロケットから分離に成功した場合の話で(映画では2発のうち1発は分離しなかったように)、それを加味すると総合的な成功率はもっと低いです。コイントスより酷い賭けなわけで…。
また、「これに500億ドル?」なんてボヤいているシーンもありますが、実際は“ロナルド・レーガン”大統領が1983年に戦略ミサイル防衛プログラムを開始して以来、この計画に費やしてきた研究費を含む金額はその10倍の5000億ドルを超えますからね。迎撃できるかは神頼みなシステムに76兆円ですよ…。
なお、映画内では1発のミサイルしか撃たれていませんが、実際は何十発もミサイルを同時に撃たれると言われています。1発であれだけ現場の情報がパンクしていたのに、それがもっとだと…。
「核の抑止力」は「核兵器を持っていれば敵国は攻めてこない」という前提の理論です。でも映画では核ミサイルを撃ってきました。抑止できませんでした。その場合、大方の軍国主義な政治家は「いや、迎撃すればいいから」と吹聴してきたわけですが、それもろくなシステムではなく、このように迎撃失敗のシナリオもじゅうぶんあり得ます。
じゃあ、その後はどうするの?…という話ですが、その後はもうないんですよ。連邦緊急事態管理庁(FEMA)というたいそうな名前の組織も、10分ちょっとの時間しかなければ、もうバンカーに逃げる程度しかできません。基地の隊員も、ホワイトハウスの危機管理室の人たちも、ディスプレイを眺めるしかできません。それはまるでこの映画を視聴している私たちと同然です。祈ろうが何をしようが結末に影響はしない…。Netflixと現実が違うのは、一時停止不可能であり、再生バーが進んでいくだけということ…。
繰り返しの構成によって本作は、観客に世界ナンバーワンを自称する軍事大国アメリカのあまりにもあっけない脆弱性を提示します。アメリカの大国主義的な楽観が脆くも崩れ去る瞬間です。
N-D-O-1-1-1-7
抑止できず、迎撃できずの後の『ハウス・オブ・ダイナマイト』は大統領の仕事に焦点をあてます。迎撃や避難の指示は大統領の仕事ではありません。最後に大統領にしかできない仕事が待っています。
いつも傍にいる報復戦略顧問のロバート・リーヴス海軍少佐からついに渡されたのは、いわゆる「核のフットボール」と呼ばれる黒いブリーフケース。そこには核兵器での報復の手順が整理された「核攻撃決定の手引書」があります。
作中では大統領が「レストランで注文するみたいだ」と皮肉を飛ばしていましたが、本当に「デニーズ・メニュー」とあだ名があるらしいです。確かにラミネート加工されているメニュー表そのまんまの作りですしね…。でもこの粗末な代物が「世界を核で滅ぼす」かどうかの命運に案内する…それが私たちの現実…。大統領は「狂気だ」と言っていましたけども、紛れもなくリアル。ここは映画のフィクションではありません。
本作の大統領は名前の設定もなく、非常に記号的です。それこそ役目を果たすためだけに存在するパーツのようなもの。国家の威厳を象徴させず、システムの部品でしかないように映したのは演出として大正解だったと思います。
でも、本作の大統領はわずかな描写からも良識的な人だとわかりますし、黒人繋がりでどことなく“バラク・オバマ”っぽいです。現在の“ドナルド・トランプ”のような独裁思考の権力者に設定しなかったのも良い風刺でした。
要するに、倫理的で良識的な大統領が選ばれていたとしても、辿り着くシナリオはこうだということ。「悪人の手に核兵器が渡れば危険だが、善人が核兵器を運用すれば上手くいく」というありがちな幻想を打ち砕きます。
最後の大統領の決断は描かれませんが、それはもうどうでもいいこと。アメリカの死、世界の死はもう決まっています。映画のラストのアンチカタルシスな悲壮感は、私たちが「核の抑止力」という思い込みにすがりついたことへの罰…。
ではここで『ハウス・オブ・ダイナマイト』のエンディングにさらに追い打ちで暗い話を付け加えましょう。さあ、真の現実に戻るのです。
2025年5月、“ドナルド・トランプ”大統領は「ゴールデンドームミサイル防衛システム」という1750億ドルのプロジェクトを始めると宣言しました(Slate)。今のミサイルのシステムの他に…ということです。でも軍事専門家は役に立たないと言い放っています。理由は…『ハウス・オブ・ダイナマイト』を観た観客なら嫌になるくらいにわかっているでしょう。
私たちの世界に必要なのは、金玉を増やしたアメリカではなく、核兵器がひとつもないこと…それだけが正解ですね。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
以上、『ハウス・オブ・ダイナマイト』の感想でした。
作品ポスター・画像 (C)Netflix ハウスオブダイナマイト
A House of Dynamite (2025) [Japanese Review] 『ハウス・オブ・ダイナマイト』考察・評価レビュー
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