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『Mr.ノーバディ Nobody』感想(ネタバレ)…殺し屋に定年退職の平穏はない

Mr.ノーバディ

殺し屋に定年退職の平穏はありません…映画『Mr.ノーバディ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Nobody
製作国:アメリカ(2020年)
日本公開日:2021年6月11日
監督:イリヤ・ナイシュラー

Mr.ノーバディ

みすたーのーばでぃ
Mr.ノーバディ

『Mr.ノーバディ』あらすじ

郊外にある自宅と職場の金型工場を路線バスで往復するだけの単調な毎日を送っているハッチという中年男は、地味な見た目で目立った特徴もなく、仕事は過小評価され、家庭では妻に距離を置かれて年頃の息子からさえも尊敬されることもない。仕事でも家庭でも刺激のない人生を送っていた。そんなハッチの家にある日、強盗が押し入る。しかし、そんな家庭の危機的状況でさえも彼の心はやけに静かで…。

『Mr.ノーバディ』感想(ネタバレなし)

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ボブ・オデンカーク、「ジョン・ウィック」になる!

今の“ボブ・オデンカーク”の手にかかればお茶の子さいさい、何だってなれるのかもしれません。

アメリカで絶大な人気を集めるコメディ番組『サタデー・ナイト・ライブ』でコメディアンとして大成功をおさめ、放送作家というキャリアでもエミー賞を獲得するなど順風満帆。コメディの道を進むことを考える者にとっては最高のダッシュです。

さらに何といってもドラマ『ブレイキング・バッド』シリーズでの名脇役としての大活躍で俳優業の人気にも火がつきます。あの主役キャラクター以上に視聴者の印象に残るクセもの弁護士「ソウル・グッドマン」の演技は“ボブ・オデンカーク”ならではの存在感。そのキャラクターのスピンオフ『ベター・コール・ソウル』が作られ、こちらも大好評を得ているのも大納得です。

そんな絶好調の“ボブ・オデンカーク”なら次はどんなことでもできそう…。

でもまさか「殺し屋」になるとは思わなかった…。

いや、倫理的な一線を越える役柄ならすでに『ブレイキング・バッド』のあの弁護士も散々していたし、今さらなのですが、今回はガンガン人殺しまくるのです。それが本作『Mr.ノーバディ』

本作は“ボブ・オデンカーク”演じる中年男が主人公。いかにも平凡でこれといって強みも何もない弱そうな男。しかし、この男、実はとんでもない殺し屋だった…という話。

あれ?それってどこかで見たことがあるような…というか『ジョン・ウィック』ですよね?と思うのも当然ですし、映画のポスターでさえもあからさまに『ジョン・ウィック』のパロディになっているのですが、なんとこの『Mr.ノーバディ』、製作は“デヴィッド・リーチ”、脚本は“デレク・コルスタット”という正真正銘の『ジョン・ウィック』コンビ。つまりセルフオマージュなのでした。

だから『Mr.ノーバディ』を観るとすぐにわかるのですが、随所に遠慮なくパロディしまくりなのです。わざとらしすぎるだろ!とツッコみたくなるレベルです(たぶん製作陣もウキウキでツッコミ待ちしてる)。

ということで『ジョン・ウィック』のノリが好きな人はこの『Mr.ノーバディ』も必見だと思います。漂わす空気感が同じですから。ただし、スタイリッシュさはなく、どこかダメ中年男性の枯れた哀愁が漂う感じになっており、“ボブ・オデンカーク”の演技も相まって、タイプの異なるユーモアを楽しめます。

もちろんアクションは保証済み。衰えない圧倒的暗殺者というよりは、ちょっと老化して鈍っているけどそれでもボンクラには負けないというプライドだけはある中年暗殺者の必死さ。それを全面に出したアクションの連発で、「大丈夫か、おっさん!」という不安を煽られつつ、魅入ってしまいます。

その『Mr.ノーバディ』、監督はあのロシアの“イリヤ・ナイシュラー”だという点もアクション映画ファンには見逃せません。“イリヤ・ナイシュラー”監督と言えば、全編1人称視点のノンストップアクション映画『ハードコア』で、クレイジーなテンションを映像体験をお見舞いし、多くのマニアックなアクション映画ファンを楽しませ、そして一部の人を映像酔いで吐かせた、あの人。

本作『Mr.ノーバディ』は1人称視点にはならないのですが、アクションのカオスさという点ではしっかり継承しているものがあります。

他の共演陣は、『ある愛の風景』の“コニー・ニールセン”、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でおなじみの“クリストファー・ロイド”、ラッパーの“RZA”、そして『裁かれるは善人のみ』の“アクレイセイ・セレブリャコフ”など。

ちなみに『Mr.ノーバディ』というタイトルですけど、他にも『ミスター・ノーバディ』といった類似の邦題の映画があるので混同しないように気をつけて。原題は「Nobody」なんですけどね。

とりあえず世の中の理不尽にイラついたときは、この『Mr.ノーバディ』で鬱憤を解放してみてください。

オススメ度のチェック

ひとり 4.5:アクション映画好き必見
友人 4.0:趣味の合う者同士で
恋人 3.5:アクションが好きなら
キッズ 3.5:残酷描写はたくさん
↓ここからネタバレが含まれます↓

『Mr.ノーバディ』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):誰でもない男の日常

傷だらけ、痣だらけ。痛々しい見た目のボロボロの服の中年男。手には手錠。それでも煙草を吸い、おもむろにツナ缶を取り出し、ジャケットの奥からなぜか出てきた子猫に餌を与えます。

目の前にはその男を見つめる2人組。ここは取調室です。

「あなたは誰?」

男は答えます。「nobody(誰でもない)」と。

ハッチ・マンセルの日常はとくに語るようなこともありません。毎日がただ過ぎていくだけ、ゴミ出し(間に合わない)、運動、通勤、仕事、帰宅…その繰り返し。

不動産業者のベッカと結婚し、ブレイクサミーという2人の子どももいます。しかし、ベッカとは関係性を悪化させており、家では顔を合わせず、ハッチはソファで寝ていました。長男のブレイクも父を嫌っているようです。ハッチはそんな家庭の居場所の無さにも何も抵抗できず、職場でも地味な作業に徹し、ひたすらに従順でした。

ある日の夜中、ハッチは家に黒ずくめの2人組の強盗犯が侵入したのを発見。そのひとりはハッチを目にするや否や銃を向けてきましたが、ハッチはとくにパニックになる様子もなく、現金のある場所を丁寧にわざわざ教えます。しかし、そこに起きてきたブレイクが強盗犯のひとりにタックル。一触即発状態に。ハッチはゴルフクラブで強盗犯を殴ろうと後ろから近づきますが、それを急に思いとどまり、強盗犯を逃がしてしまいました。

その後、警官が到着。長男も警察もあまりに無抵抗だったハッチの行動を責めます。ハッチは何も言い返しません。

家庭の空気はさらに悪化。幼い娘のサミーだけは一緒に寝てくれます。今日もゴミ出しに間に合わない…。

ベッカの兄のチャーリーはハッチに身を守るための銃を渡してくれました。受け取りたくなかったですが、胸に押し付けられしぶしぶ手にするハッチ。銃は冷蔵庫にしまいます。次にハッチは戸棚に格納されている無線機でハリーという男と話をします。どうやらハッチはあの強盗犯の持つ銃に弾が入っていないことを見抜いていたようです。また、ハッチは引退したFBI捜査官の父で、今は老齢のデビッドを訪ねます。

そんな中、このままではあのサミーにさえも嫌われかねないと危機感を持ったハッチはついに動き出しました。デビッドのFBIバッジを見せつけて、犯人のタトゥーを手がかりに店を回ります。

ある店で乱暴そうな男たちに囲まれるハッチ。けれども、そのうちの1人がハッチの手首に彫られたトランプのようなタトゥーに気がつくと、まるで危険人物でも見たかのように一目散に部屋から出ていきました。

情報を入手したハッチはあの2人組の強盗犯の家に乗り込みます。そのルイスとルピタのアパートで2人を脅すハッチ。ところが奥から泣き声が聞こえ、2人には赤ん坊がいることを知り、ハッチは複雑そうな顔をします。そしてそれ以上は何もせずに建物を出て、雨の中、怒りにまかせてレンガの壁を殴るだけ。

帰宅するべくいつものバスに乗ります。しかし、いきなり車がバスの進行を邪魔し、複数の酔っぱらい男たちがズカズカと乗り込んできました。乗客は怯え降りていく中、ひとりの女性は男たちに囲まれ、椅子から動けないでいました。最後尾に座っていたハッチはその女性の横を通り過ぎて前方へ行き、運転手を外に出します。

そしてそれまでの鬱屈を爆発させるように、その男たちに殴り合いを仕掛けにいきました。男たちは目の前のただのオッサンに油断しまくり。

しかし、このハッチ、ナイフで刺されても止まりません。

この中年男、只者ではなかったのです。

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猫は死にません!

『Mr.ノーバディ』は前述したとおり、『ジョン・ウィック』のパロディ満載…というかストーリーライン自体もほぼそのままです。

まず冒頭。取調室でハッチは子猫を取り出して愛でるのですが、『ジョン・ウィック』は犬だったのでこの『Mr.ノーバディ』は猫です!という超安直な出だしに笑ってしまいます。しかも、今回は事が終わってからの姿を最初に映すことで、「猫は死にません!」という開幕アピールになっており、そのあっけらかんとした自虐宣誓にも脱力(デッドプールに野次られたしね…)。

その後、ハッチがいかにしてこんな有様になったのかという顛末への経過が描かれていくのですが、序盤の退屈すぎる実生活パートがあまりにも愛のない単調なカットでパッパッと提示されていく感じ、すごく“イリヤ・ナイシュラー”監督っぽい…。

“ボブ・オデンカーク”の演技もたまらなくいいです。“普通”にしようと精一杯頑張っている、頑張っているんだけど全然ダメ、そのダメさを他人に八つ当たりすることもなく、ひたすらに自己嫌悪に陥っている、その自己嫌悪が余計に他人からの評価を下げ、ダメさに拍車をかけている…この悪循環。多少なりとも身に覚えがある人もいるんじゃないでしょうか。人間なんてこんなもの。

で、強盗に遭遇するのですが、ここで犯人から家族を守るという行動さえもとらなかったハッチは、観客から見ても親失格に思えます。しかし、これも実は家族を考えての行動なのでした。

そしてついにハッチの本領発揮。というよりは“やけくそ”モードです。このバスでの大乱闘シーンは本当に本作の白眉。スタイリッシュではない死に物狂いの格闘がすごく手に汗握りますし、一度バスから放り出されてもう1回再挑戦していく感じが最高です。徐々に本調子になっていく、鈍った体をほぐしていく、その試し相手になっていることも知らない酔っぱらい集団もまた哀れで…。

手すりを破壊し、それで殴打したりとか、とにかく手近にあるもので戦っていくスタイルも楽しいですし。最後は何をするのかなと思ったら、ストローを相手の喉に刺して気道を確保してあげるという、親切なんだか余計に苦しめているんだかわからない気遣いも妙に面白い。

ちゃんと日々の通勤で利用しているバスが、自分の殺し屋業への復帰のリハビリ・フィールドになるという皮肉も決まっていて、単にアクションするだけではない、このユーモアセンスがやっぱりこの製作陣の魅力なんじゃないかなと思います。

“デヴィッド・リーチ”は昔でいうジャッキー・チェンが磨きをかけたアクション&コメディの融合技を見事に受け継いでいるクリエイターなんだろうな、と。

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クロスオーバー求む!

その後はあのバスで半死半生になるまでぶちのめした若者テディが実は恐ろしい支配力を持つロシアン・マフィアのボスであるユリアン・クズネツォフの関係者だと判明。またこのパターンかよ!という話ですが、またこのパターンです。

いよいよ泣く子も黙るロシアン・マフィア軍勢と勝手に黙る中年男ひとりとの壮絶なバトルが開幕。

愛する我が家に不意に突入されてからの大乱戦は、これまた身近なアイテムを駆使していて楽しいです。ただでさえ前半ではいかにもキッチンでつまらなさそうに料理していたハッチを観客も見ていますからね。やっぱりこっち(殺し)の方が性に合っているじゃないか!っていう。

首にテーザー銃を撃ち込まれて気絶し、走行する車のトランクの中で意識を取り戻してからの大暴れも豪快。長回しで事故後を淡々と撮っているあたりも良かったです。トランクってエアバックもついてないし、そんなに安全じゃないよね…。

その後に地下のパニック・ルームに隠していた妻と子どもたちを避難させ、部屋で複数の死体とかろうじて生きている侵入者のひとりを並べて自分の昔話を聞かせるという、なんともニヒルな佇まいも良くて。

ここでハッチは自分がかつては「auditor(監査人という意味)」だと告げ、出ました、いかにも『ジョン・ウィック』世界観っぽい謎用語。これ、ユニバースで世界観共有してる?

で、もう後は止まりません。油断しているユリアンを情け容赦なく追い詰め、派手なカーアクションも見せつつ、最終戦ではハリーとデビッドの頼もしい仲間も駆け付けてのブービートラップいっぱいの待ち伏せ撃退戦。デビッド・マンセルを演じる“クリストファー・ロイド”がすごく楽しそうでホッコリしました。もう80歳すぎたのに元気だなぁ…。

ここでも日々の仕事で利用している職場の技術が、自分の殺し屋業へのカムバックの晴れ舞台になるという皮肉が炸裂。文字どおり爆発多め。建物が倒壊しないのが不思議なくらい。

『Mr.ノーバディ』でも殺し屋という職業はそう簡単には引退させてあげないですよという世知辛い労働者の苦労が充満した一作でした。社畜です。邦画でも『ザ・ファブル』シリーズがそういう殺し屋の苦労話を題材にしていますけど、思うんですが殺し屋ってもっと以前の職業スキルを活かしたセカンドキャリアがあるんじゃないですかね。ほら、アクション俳優とか…。

ともあれまたしても魅力満載なアクション映画をプレゼントしてくれました。この製作陣は信頼感が凄すぎる。『Mr.ノーバディ』、少なくともこっちも3作くらいは作ってほしいし、本当に『ジョン・ウィック』とコラボしてくれないのかなぁ…。一応はクロスオーバーの可能性はあると製作陣は匂わせていますが(でも会社が違うんですけど)、どうなるやら。なんかもうコラボしてほしい暗殺者が最近はひしめき合っていますよ。

これはもう暗殺者同士で労働組合を作るしかないですね。

『Mr.ノーバディ』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 83% Audience 94%
IMDb
7.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0

作品ポスター・画像 (C)2021 Universal Pictures Mrノーバディ

以上、『Mr.ノーバディ』の感想でした。

Nobody (2021) [Japanese Review] 『Mr.ノーバディ』考察・評価レビュー