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『ノースマン 導かれし復讐者』感想(ネタバレ)…クィアの片鱗をわずかに見せるヴァイキング歴史異譚

ノースマン 導かれし復讐者

クィアの片鱗をわずかに見せるヴァイキング歴史異譚…映画『ノースマン 導かれし復讐者』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:The Northman
製作国:アメリカ(2022年)
日本公開日:2023年1月20日
監督:ロバート・エガース
ゴア描写 性描写

ノースマン 導かれし復讐者

のーすまん みちびかれしふくしゅうしゃ
ノースマン 導かれし復讐者

『ノースマン 導かれし復讐者』あらすじ

9世紀、スカンジナヴィア地域のとある島国。10歳のアムレートは父オーヴァンディル王を慕っていたが、その父が叔父フィヨルニルの裏切りで無惨に殺され、母グートルン王妃も連れ去られてしまう。たった1人で祖国を脱出したアムレートは、父の復讐と母の救出を心に誓う。数年後、アムレートは東ヨーロッパ各地で略奪を繰り返すヴァイキングの一員となっていた。預言者との出会いによって己の使命のために動き出すが…。

『ノースマン 導かれし復讐者』感想(ネタバレなし)

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ロバート・エガース監督がヴァイキング!

日本で「バイキング」と言えばホテルやレストランで見られる食べ放題の食事スタイルのことですが、元々の由来は「ヴァイキング」…つまり、800年~1050年ほどの間に西ヨーロッパ沿海部で盛んに活動していたスカンディナヴィア&バルト海沿岸地域の民を指す言葉です。

じゃあ、なんでそれが日本では食べ放題の名前になったかというと、そもそも「スモーガスボード」というビュッフェ形式で提供するスウェーデン起源のスカンジナヴィア料理が起源で、日本人に親しみやすいように「バイキング」という愛称にしたそうです。

で、話題を海の民のヴァイキングに移しますが、ヴァイキングは映画やドラマなどの映像作品でも人気です。古いものだと『炎と剣』(1954年)、『ヴァイキング』(1958年)、『長い船団』(1964年)などがあり、2000年代に入っても『ヴァルハラ・ライジング』(2009年)といった映画もあれば、ドラマ『ヴァイキング ~ヴァルハラ~』も絶賛配信中です。アニメーション映画だとやっぱり『ヒックとドラゴン』でしょうか。

荒くれ者なイメージが映像映えするからなのですかね。実際のヴァイキングはそこまで略奪ばかりしているわけではなかったらしいですが、エンタメには都合がいいです。たぶんこれからもヴァイキングさんたちには映像作品の中でいっぱい野蛮なことをしてもらうことになるのでしょう。

今回紹介する映画はそんなヴァイキングを描く最新作。こちらはこれまでのヴァイキング作品を超えてやると言わんばかりに勢いよく野蛮モードで突っ走っています。

それが本作『ノースマン 導かれし復讐者』です。

本作は9世紀のスカンジナヴィア地域を舞台に、子ども時代に父を殺された男がヴァイキングとなり、復讐を果たそうとする姿を描く物語

実は『ノースマン 導かれし復讐者』は、スカンディナヴィアの伝説上の人物「アムレート」をモデルにしています。12世紀にサクソ・グラマティクスによって書かれた「デンマーク人の事績」という歴史に関する記録に登場するのですが、あくまで伝説の中で描かれている人間にすぎません。

ただ、このアムレートはシェイクスピアの悲劇「ハムレット」の原型になったという説があり、「ハムレット(Hamlet)の名前は「アムレート(Amleth)」のアナグラムだとまことしやかに語られたりもします。でも実際にシェイクスピアがアムレートに影響を受けたのかは不明です。

ともかくそのアムレートが主人公なのですが、この『ノースマン 導かれし復讐者』はそれをかなり独自に大胆にアレンジしまくっており、異彩を放っています。

なにせ監督があの“ロバート・エガース”です。監督デビュー作である2015年の『ウィッチ』に始まり、2019年の『ライトハウス』と、禍々しさが尋常ではない不吉な物語を作らせたら、この監督の右に出る者はいません。

私も好みに合う監督のひとりなのですが、おそらく現代の映画クリエイターの中では最も“エドガー・アラン・ポー”に近い作家性を持っている人なんじゃないかな。

その“ロバート・エガース”監督がヴァイキングを描くのですから、それはもうワクワクですよ。今作では“ロバート・エガース”監督も大作映画に初挑戦し、初めてのこともたくさんだったようですけど、自分のやりたいクリエイティブを発揮できたと本人も納得の様子。

ちなみに『ノースマン 導かれし復讐者』の脚本には『LAMB ラム』にて脚本を手がけたアイスランドの作家である“ショーン”も参加しており、演出などに類似点が見られます。この“ロバート・エガース”監督と“ショーン”が出会ったきっかけが、歌手の“ビョーク”の紹介だそうで、なんとも不思議な縁ですね(“ビョーク”も今作にちょこっとでている)。

俳優陣は、『ターザン:REBORN』の“アレクサンダー・スカルスガルド”が主役をパワフルに熱演。なんでもそもそもヴァイキングの映画を作りたいと企画していたのは“アレクサンダー・スカルスガルド”だったとのこと。だからなのか今回は気合いが入ってます。

共演は『スキャンダル』の“ニコール・キッドマン”、ドラマ『バッド・シスターズ』の“クレス・バング”、そして“ロバート・エガース”監督とは『ウィッチ』でタッグを組み、俳優キャリアのきっかけを与えてもらった縁のある“アニャ・テイラー=ジョイ”。他にも“イーサン・ホーク”“ウィレム・デフォー”が超短い出番で贅沢に使われており、地味に豪華です。

『ノースマン 導かれし復讐者』はヴァイキングというだけでなく、北欧神話の要素も多分に含まれているので、ダークファンタジーと言った方がいいかもしれません。そのジャンルが好きなら注目です。

残虐で禍々しいヴァイキングの復讐譚を目撃したい…そんなあなたをこの『ノースマン 導かれし復讐者』はヴァイキング・ツアーへ案内してくれるでしょう。

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『ノースマン 導かれし復讐者』を観る前のQ&A

✔『ノースマン 導かれし復讐者』の見どころ
★ヴァイキングの殺伐とした姿を美麗な映像で再現。
★俳優の血気迫る熱演。
✔『ノースマン 導かれし復讐者』の欠点
☆残酷な殺害描写が頻発するので苦手な人は注意。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:殺伐な作品が好きなら
友人 3.5:俳優ファン同士で
恋人 3.5:ロマンス要素は薄め
キッズ 2.5:残酷描写がやや多め
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ノースマン 導かれし復讐者』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):復讐の時が来た

AD895年。若き王子アムレートは、父オーヴァンディル王が征服の旅から帰還したことを母グートルン王妃に嬉しそうに伝えます。父を礼儀正しく迎えるアムレートと母。オーヴァンディル王はアムレートを強く抱きしめ、アムレートに首飾りを渡します。

そこに叔父のフィヨルニルが現れます。宮廷の道化ヘイミルは下品なジョークを行い、フィヨルニルは怒りますが、王はなだめます。

オーヴァンディル王は長きにわたる戦いと旅路で負傷し、疲弊していましや。そこでアムレートを後継者にしようと考え、継承の儀式を執り行います。

儀式はヘイミルの進行で、王とアムレートは半裸で4つんばいとなり、篝火の前で獣のように吠えます。王が殺されたときは仇を討つと誓うアムレート。

翌朝、アムレートは森で王と一緒に過ごしていると、馬に乗った集団に襲われ、王は矢で射抜かれます。そしてフィヨルニルが顔を現し、中心でこの強襲を企てたことを語ります。それでも王は堂々と振る舞い、フィヨルニルに首を切り落とされました

隠れていたアムレートは見つかりそうになり、逃げます。その際に追手の兵士フィンルに押し倒され、反撃で彼の鼻を切り落としてみせますが、それ以上の抵抗はできません。村はフィヨルニルの部下の略奪に遭い、大勢が殺されていました。母のグートルン王妃は連れ去られ、なすすべ無し。

アムレートは小舟をだし、荒れ狂う海へとひとり逃げます。父の仇をとって復讐し、母を救うと何度も自分に言い聞かせて…。

数年後 大勢が船をこぐ中、たくましく成長したアムレートはそのひとりでした。彼はヴァイキングの一団に加わっていました。

焚火の前でみんな踊り、吠えまくり、アムレートも剥き出しの闘争本能で唸り叫びます。そして村を容赦なく襲います。敵の喉元に食らいつき、獣のようです。

襲撃がひと段落し、他の者たちは女子供をいたぶる中、アムレートは我関せず。家ごと燃やされていくのを黙って見ているだけ。

喧騒を避けて静まり帰った村を歩いていると、怪しい存在を目撃します。その目の見えぬ存在は復讐の機会が来たことをアムレートに伝えます

翌日、アムレートは仲間のエイリクルから、フィヨルニルがノルウェーのハラルド王によって王国を追われ、アイスランドに逃げ隠れて移住したと教えられます。カラスを目にして、これこそ復讐の時だと直感しました。

アムレートは奴隷の振りをして奴隷船に紛れ込み、フィヨルニルのもとへ向かおうとします。その船にはオルガという若いスラブ人女性も乗っており、船は嵐に飲まれ オルガに支えられて横になったとき、これまで会って来た者たちの幻覚を見ます。

船は転覆し、アムレートやオルガたちはフィヨルニルの部下に捕まって連れていかれました。フィヨルニルたちは平原で小さな村を築いており、フィヨルニルの長男ソリルがグートルンを妻として迎え、彼女との間にグンナルという子ができていました。

アムレートは憎しみの目でフィヨルニルを睨みますが…。

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男の復讐は何のために…

『ノースマン 導かれし復讐者』は序盤はいかにも王道な復讐劇が始まりそうな予感をさせます。それこそ『RRR』なんかと同じ、大切な人を奪った憎きあいつを打ち倒して、復讐達成!で大団円になりそうな…。

しかし、そう簡単にはいかない『ノースマン 導かれし復讐者』。

まず主人公のアムレートは大人になってなんか知りませんけど凄い筋骨隆々の大男に見違えるように成長しているんですが(何食べたらこんなふうになるの?)、預言者に言われてフィヨルニルへの復讐に乗り出します。逆にそれまでは全然復讐に乗り出しておらず、案外とパワータイプのわりには心の覚悟はできていなかったことが推察できます

そしていざフィヨルニルのもとに到着すると、フィヨルニルはフィヨルニルで王座をあっけなく他者に奪われてアイスランドで小さいな再出発をしている最中でした。権力基盤なんてろくにありません。

要するにこの本作の復讐の軸となる2人の男、アムレートとフィヨルニルは、双方とも「男らしい成功を手にすることができなかった」という共通点があります。この言い方は個人的にはあまり好きではないですが、いわゆる「負け組」であり、その男同士が戦っても実際は虚しいだけです。

そしてさらに追い打ちをかける衝撃の事実。なんとあの父の殺害は母のグートルン王妃の切望であり、母は父を憎み、あの生活から脱したいと考えてフィヨルニルに協力をお願いしていたのでした。

つまり、「男の復讐」だと思っていたら、これは「女の復讐」の話であり、すでに「女の復讐」は映像の外で完遂されており、「男の復讐」の方こそ用済みで蚊帳の外にすぎない…。自分のあずかり知らないところで復讐が進行しているというのが、少し『LAMB ラム』に重なりますね。

そういう状況に陥って、ではアムレートはどうするのかというと、やっぱり破滅の結末だとわかっていても復讐しかできないという…。

なので勇ましく戦った者はヴァルハラに還るという信仰すらも、そんな暴力に訴えるしかできない男たちを慰めているだけの話にも思えてくる。

本作は男の復讐劇に捻りを加えて、かなり冷たく突っ放した印象を残すヴァイキング・ストーリーだったのかなと感じました。

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オーディンはクィアだった?

『ノースマン 導かれし復讐者』の独自性を支えているのは禍々しさ。バイオレンスなヴァイキング作品ならいくらでも観てきましたが、ここまで禍々しいヴァイキング作品は“ロバート・エガース”監督ならでは。

序盤の王の継承の儀式からして意味不明なくらいにカオスです。なお、本作は歴史考証の専門家にサポートしてもらっているので、ヴァイキング文化の描写はかなり精密なそうですが、この序盤の儀式だけは一番フィクショナルなものになっているとのこと。まあ、そうですよね。

道化のヘイミルを“ウィレム・デフォー”が演じているというところに、何とも言えないおかしさがある…。後々で干からびた生首になっちゃうし…。

そしてお告げを授ける預言者。この“ビョーク”演じる姿も「なんだこいつ!」という視覚的なインパクトです。“ビョーク”、過去の映画出演があんな酷い体験になってしまったので、もう映画にでないのかなと思っていたのですけど、本作で出演すると聞いて私も嬉しかったですが、まさかこんなビジュアルだとは…。“ビョーク”らしいですけどね。

大剣ドラウグル獲得おつかいイベントをこなしながら、アムレートはいよいよ復讐に動きますが、この復讐も普通にフィヨルニルを殺せばいいのに、ホラー演出家ですか?というくらいに凝った回りくどいことをやりだします。死体をわざわざスレイプニル(8本脚の軍馬)風に磔にするあたりとか、一周回って笑っちゃうんですが…(大変だったろうに…)。

そう言えば、『ノースマン 導かれし復讐者』はわずかながらクィアの片鱗をみせるキャラクターがいました。気づいたでしょうか。

それはフィヨルニルのコミュニティでアムレートが出会う謎の魔術師(生首持ってるアイツ)。見た目は老人男性で長い髭を蓄えた容姿ですが、よく見ると女性の服装をしています。

これは史実に基づいており、魔法を実践できるのは女性だけという文化的背景があり、なので男性が魔法を使う場合は女装するしかなかったそうです。なのであの北欧神話のオーディンも男性的な神ながら魔法を実行しようとする描写が神話にはあり、実はオーディンもクィアとして解釈しうる存在だったりします。そう考えるとあの老人魔術師はオーディンと同一なのでしょうかね。

ヴァイキングに限らず、古代から中世の時代においてもクィアな人たちがいたと言われていますが、最近は考古学者もその前提で研究する傾向があります。『ノースマン 導かれし復讐者』の歴史考証には「女性のヴァイキング戦士」の研究で有名な“Johanna Katrin Fridriksdottir”が参加しており、そうした考証者の働きもあって本作にクィアな風味が引き出されているのかもしれません。こういう歴史的な作品にクィアなキャラクターが登場するのはまだまだかなり珍しいですからね。

また、アムレートが狼男みたいに振舞っているのも、狼男がクィア的な文脈で分析されやすいことを踏まえれば、これもこれで興味深いです。

まさに現代的な読み解き方へと繋げやすい『ノースマン 導かれし復讐者』は、単なる野蛮なヴァイキング映画では終わりません。今後ももっと奇妙な歴史映画が生まれるといいなと思います。

『ノースマン 導かれし復讐者』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 89% Audience 64%
IMDb
7.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
8.0

作品ポスター・画像 (C)2022 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

以上、『ノースマン 導かれし復讐者』の感想でした。

The Northman (2022) [Japanese Review] 『ノースマン 導かれし復讐者』考察・評価レビュー