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『PLAN 75』感想(ネタバレ)…日本のディストピアSFとして身につまされる極限のリアル

PLAN 75

日本のディストピアSFとして身につまされる極限のリアル…映画『PLAN 75』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:PLAN 75
製作国:日本・フランス・フィリピン・カタール(2022年)
日本公開日:2022年6月17日
監督:早川千絵
自死・自傷描写

PLAN 75

ぷらんななじゅうご
PLAN 75

『PLAN 75』あらすじ

夫と死別してひとりで慎ましく暮らす、78歳の角谷ミチ。ある日、高齢を理由にホテルの客室清掃の仕事を突然解雇される。住む場所をも失いそうになった彼女は「プラン75」の申請を検討し始める。一方、市役所の「プラン75」の申請窓口で働く岡部ヒロム、死を選んだお年寄りに“その日”が来る直前までサポートするコールセンタースタッフの成宮瑶子は、このシステムに複雑な思いを抱えて作業に勤しむ日々を送るが…。

『PLAN 75』感想(ネタバレなし)

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この未来がすぐそこまで来ている気がする…

2023年も始まったばかりですが、無責任でろくでもない主張は今年も日本では旺盛です。

最近も「日本の高齢化社会に対処するには、高齢者の集団自決もいずれ考えないといけない」と呑気に豪語する論客がメディアで平然と映り、問題視されました。

人に向けるにはあまりに雑な「老害」というラベル、歴史的な残忍性を無視してお手軽に飛びつくようになった「反出生主義」というワード…。近年の大衆の様子を眺めていても、自分たちが抱える不満や鬱屈を他者の命そのものにぶつけることに躊躇いなく、それ自体が当然の空気として蔓延している感覚がよく伝わります。その背景にあるのは、優生思想や冷笑主義、劣等感、はたまた「もうどうでもいいや」という虚無的な思考かもしれません。“努力”とか“議論”とかもしたくない、“対象”が消えてさえくれば、この苦痛から解放されるんじゃないかという極めて現実味の無い希望的観測。

もっと言えば世間に蔓延っているのは「生命の価値を自分が決めてもいい」という持論です。別に「命は尊いんだ」なんて私も声を張り上げたいわけではなく、そもそも「生命の価値を断定することができる人間がこの世にいるのか」という話。根本的に考えると“生命”に”価値”があるかどうかは問う必要がないはずなのに、物事は価値で決まるという規範が生じてしまっている。そこに疑いを持つことすらしない。

そんな社会がこのまま静かに進行していくとどうなってしまうのだろうか…。

今回紹介する映画はその見たくない未来を映し出してしまっている、ゾっとする作品です。

それが本作『PLAN 75』

本作は日本を舞台にしており、「PLAN 75(プラン75)」という「75歳以上の高齢者が自ら死を選ぶ権利を与えて支援する制度」が法的に実施されている近未来の日本社会を描いています。一見するとスイスやイタリアなどで認められている尊厳死安楽死と同等に思えますが、本作で描かれている“それ”は全く別のもので…というあたりが重要です。

『PLAN 75』はジャンルとしてはディストピアSFと言っていいでしょう。そして日本のディストピアSFとしてはこれほど身につまされる極限のリアリティは他にないと思います。

ここで描かれているのは架空の制度ですが、もう完全に日本で明日にでも実行されていそうなリアルさがあるのです。この設定は描き方を一歩間違えれば、軽々しくお茶らけた雰囲気になってしまって、テーマもたいして深刻じゃないように見えてしまいかねないのですが、本作は徹底して「あり得そうに」描いています。

今の日本社会は、税金や保険料が上がるばかりですが、福祉サービスが充実するどころか、その質が削られているありさま。であるならば、この日本が行き着くのはこういう制度なのではないかという予想。それをもとにこの映画の作り手は考えたうえでの企画でしょうが、その風刺が私たちの今の社会をあまりにも容赦なくえぐります。

この衝撃的な『PLAN 75』を監督したのは、なんと本作が長編映画監督デビューとなる“早川千絵”。ニューヨークで写真を専攻し独学で映像作品を制作。2018年には、“是枝裕和”製作総指揮のオムニバス映画『十年 Ten Years Japan』の一編『PLAN75』の監督・脚本を手がけてきました。本作はその長編映画化となります。初長編監督作にしてカンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品され、初長編作品に与えられるカメラドールのスペシャルメンション(次点)に選ばれたという、とんでもないロケットブーストなキャリアアップを遂げたので、これは世界的に要注目の日本監督として今後もマークされるでしょうね。

“早川千絵”監督は写真を学んでいるせいなのか、映画内でもワンシーンワンシーンの1枚絵で惹きこまれるパワーがあったりして、映像だけでも深みをもたらしてくれたりします。

『PLAN 75』の俳優陣は、主人公の高齢者を演じるのは最近は『Arc アーク』にもでていた“倍賞千恵子”。今作も“倍賞千恵子”の名演が凄まじく、凄い人なのはわかっていますが、凄すぎてどう評すればいいのかもわからない…。この演技は永久保存級です。

共演するのは、『彼女が好きなものは』『前科者』の“磯村勇斗”、『燃えよ剣』の“たかお鷹”、『サマーフィルムにのって』の“河合優実”、『メランコリック』の“ステファニー・アリアン”など。

『PLAN 75』は正直、観ていて気分のいいものじゃありません。徹頭徹尾、地獄のような光景で、首を絞めてくるような息苦しさが充満し、希望の「き」の字もない…。

でもこれが映画だからまだいいんですよ。もしこれが実現してしまったら、それこそ逃げ場はありませんから。

『PLAN 75』は将来的に何度か掘り起こされて語られる映画になると思います。それこそ本作で描かれるのと類似の制度を制定しようという動きがみられるたびに…。ああ、その未来が目に浮かぶ…。

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『PLAN 75』を観る前のQ&A

✔『PLAN 75』の見どころ
★あり得そうな極限のリアリティ。
★俳優陣の静かな名演。
✔『PLAN 75』の欠点
☆かなり息の詰まる辛いシーンがずっと続く。

オススメ度のチェック

ひとり4.5:ディストピアSF好きなら
友人3.5:テーマを語り合って
恋人3.0:デート気分ではない
キッズ3.0:心理的に残酷な描写多め
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『PLAN 75』予告動画

↓ここからネタバレが含まれます↓

『PLAN 75』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):政府からの死の案内

小さなホテルの客室清掃員として角谷ミチはせっせと働いていました。同じ高齢者である同僚の体調を気遣い、医者に行った方がいいと心配したりしながら、この生活を続けていました。

夫は他界しており、他に家族もおらず、孤独な身。仕事仲間の高齢者同士で集まって仲良く食事するくらいしかできません。家では独りです。

一方、市役所で働く若い男性の岡部ヒロムは、席で番号を呼ばれた高齢者を案内。足腰が悪そうなので車椅子をだしてあげます。

岡部ヒロムの担当は「PLAN 75」の申請窓口です。今日も高齢女性にマニュアルどおりに説明します。支度金の10万円について質問され、「好きに使ってください」と語ると、「ご褒美みたいなもんね」とその高齢女性は気楽そうに口にします。次に合同プランについて聞かれ、「火葬場を共同で利用することで、これだと無料です」と解説。その高齢女性はこの場で申し込み手続きをしました。

市役所内だけでなく、岡部ヒロムは野外でも「PLAN 75」の申請の受付の仕事をします。そこはホームレス高齢者が大勢集まる場所で、すぐ横では配給されている食事を受け取る高齢者たちがたくさんいました。

ある日、申請窓口の岡部ヒロムの前に現れたのは疎遠だった叔父の岡部幸夫でした。「ご無沙汰してます」と挨拶すると、向こうも驚いたようですが、淡々と「これ、お願いします」と「PLAN 75」の申込書類を提出してきます。

後々でその書類を確認すると、今日で誕生日で75歳でした。三親等なので担当できないと上司に言われますが、岡部ヒロムは叔父を忘れられません。

その頃、角谷ミチら高齢者の従業員はホテルをクビになり、若い従業員から花束を受け取って退職となりました。角谷ミチはロッカーに「ありがとうございました」と呟いて、その場を離れます。

さらに角谷ミチは家からも追い出される通知を受け、働く場所と住む場所を見つけないといけなくなりますが、探すもなかなか見つかりません。

しばらくぶりに同僚だった高齢者仲間に電話をかけるもでず、心配で家に行くと机で死んでいるのを発見します。

角谷ミチは市役所に足を運び、生活支援の制度を考えますが、その気持ちも挫けます。公園で座っていると困窮者向けの食事をもらい、それを複雑そうに口に運ぶしかできません。

そして角谷ミチは決断します。ある日、「PLAN 75」のコールセンターから「申し込みありがとうございます」と電話が来ます。担当するのは成宮瑶子。「いつでもご連絡ください」と言われ、丁寧に返事をする角谷ミチ。

78歳の角谷ミチは死ぬことを決めました。

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高齢者の尊厳を奪って死に追いやる制度

『PLAN 75』はあらためてそのリアリティが凄まじかったです。

主題となる「PLAN 75(プラン75)」は本当に日本政府が考えつきそうな制度であり、その生々しさが作中でも細かく活写されています。

健康診断も要らない、ご家族の承諾も要らない、住民票が無くても利用できる…。異様なまでに利用しやすさだけが整備されており、そして支度金10万円という絶妙な額の餌も用意されています。

この世界ではどんな物価なのかはわかりませんが、おそらく年金制度もろくに崩壊しているのでしょう。たいていの高齢者は貧困に陥り、10万円という額はちょっと贅沢するにはちょうどいい金額です。自分の生活を改善する機会を与えるほどの額ではないところがまた…。

本作で印象的なのは、主人公の角谷ミチは少なくとも冒頭ではどの高齢者よりも「生きよう」という意思に溢れているということ。他の高齢者の面倒を見るなど、リーダーシップも発揮しており、孤独な身ながら前向きです。重い病気や障がいを抱えている感じもありません。

にもかかわらず本作ではその角谷ミチが「PLAN 75」で死を選ぶ。作中ではその角谷ミチがいかにして死ぬという決断をするに至ったか、言い方を変えると、いかにして死ぬように追い込まれたのかが描かれるわけですが、この過程があまりに心理的に凄惨です。

職と住居を奪われ、同僚とのコミュニティを失う。孫など子どものためという大義名分を与えられる。経済効果1兆円などと明るい兆しを専門家やメディアが謳う。そしてここぞとばかりに弱くなったタイミングを見計らって「PLAN 75」の制度が寄り添う。

事実上、これは高齢者に希死念慮を抱かせているのと同じ。国家による自殺ほう助です。高齢者の尊厳を奪って死に追いやる制度としての「PLAN 75」。

本作はこの「PLAN 75」の是非を問うような作品ではないことは冒頭で示されます。2016年の相模原障害者施設殺傷事件を連想するような、施設での大量殺人事件。「私のこの勇気ある行動がきっかけで、この国の未来が明るくなることを心から願っている」という犯人の主張が、制度として形を変えて具現化したのがこの「PLAN 75」であるということ。

こんな制度、実際は実現しないだろうと思うかもですけど、現実では狂気じみた制度がたくさん実行されてきたし、今も実行されていますからね。

最終的には死を選んだ高齢者の多くが産業廃棄物処理の扱いになっていることも明らかになりますが、作中では65歳以上に引き下げる案も提示されていました。この制度がさらに極まるとどうなるんでしょうかね。『ソイレント・グリーン』『2300年未来への旅』みたいになるのかな…。

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若者に「高齢者を殺す」仕事を与える制度

『PLAN 75』にて、もうひとつの側面として描かれるのが若者の物語。この「PLAN 75」は名目上は「高齢化社会における若者へのしわ寄せを解消する」というのが目的ですが、では実際どうなっているのか。

本作では岡部ヒロムと成宮瑶子の2人がその代表として映し出されており、2人とも「PLAN 75」の制度に淡々と加担しています。排除型ベンチを無邪気に試している岡部ヒロムのシーンなどに象徴されるように、悪意もなく制度に迎合してしまうことの恐ろしさが静かに伝わってくる描き方です。コールセンターでの、ちゃんと死ぬように誘導してあげるのが仕事だと研修されているシーンもキツイです。

ただ、この2人にもしだいに明らかに葛藤や苦悩が生じてくる。当然です。どう取り繕ったところで、高齢者を殺す仕事をしていることには変わりないですからね。

本作がまた恐怖なのは、全然高齢者以外の世代の生活が良くなっているようにも見えないという点です。むしろ悪化している気さえしてくる。高齢化社会を死を与えて無かったことにしても、今度は「PLAN 75」社会のしわ寄せが若者に集中するだけなんですね。

そしてそうやって精神的に滅入りながら生活して、やがては自分が高齢者になったときは死を選ぶまで追い詰められることになる…。

このあたりの一切の逃げ場もない地獄のループのような世界もディストピアSFとして非常に最悪な作りでよくできています。本作に小さい子が映っても希望に見えない、あの子も最終的には高齢者になって死ぬんだという絶望の予知にしかならない。

本作はこの「PLAN 75」で私腹を肥やす存在が明確には登場しません。それもまた不気味なところです。最後の最後で国家権力である警察がさりげなく現れ、「叔父を火葬したい」という岡部ヒロムの最後のせめてもの願いさえも止めさせてしまうというシーンも最低な後味ではありますが…。

一方で、フィリピン人の介護士マリアとそのコミュニティの描かれ方は少し浮いています。これは、フィリピンでは子どもが両親の面倒を見るのは当たり前で、介護施設に預けることはほとんどないという慣習から、対照的な存在として起用していると監督はインタビューでも語っていました。

ただ、まあちょっと日本視点のオリエンタリズム的な理想化なんじゃないかなとも思ったりもしますが…。

フィリピンだってどうなるかはわかりません。そもそも諸外国はこれは日本らしい社会描写だと思っているでしょうし、確かに私もそう思うのですが、でもそう言ってられるでしょうか? どんな国でも一気に保守化して、こうした制度が実現する未来の世界線はあり得ますからね。

これは高齢者だけでなく、社会そのものを死に向かわせる制度であり、社会全体の緩やかな滅亡です。たぶん今後の世界の権力者たちは「どうやって頂点の支配者になるか」ではなく「どうやってみんな死んでいく中で最後に死ぬ側のポジションになるか」を考えるようになるんじゃないかな。

日本は戦後の始まりの1945年から2023年で78年が経ちました。日本は78歳になったのです。そんな年代に生まれた映画『PLAN 75』を不吉な未来への暗示にしたくないものです。

『PLAN 75』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 93% Audience 93%
IMDb
6.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
8.0

作品ポスター・画像 (C)2022「PLAN75」製作委員会 / Urban Factory / Fusee

以上、『PLAN 75』の感想でした。

PLAN 75 (2022) [Japanese Review] 『PLAN 75』考察・評価レビュー