芸術の支配を欲する権力建築…映画『ブルータリスト』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:イギリス・アメリカ・ハンガリー(2024年)
日本公開日:2025年2月21日
監督:ブラディ・コーベット
性暴力描写 人種差別描写 性描写
ぶるーたりすと
『ブルータリスト』物語 簡単紹介
『ブルータリスト』感想(ネタバレなし)
妥協なき3時間半に挑む
加齢とともに尿意を我慢できなくなっている気がする…。私もそんなひとり。
映画ファンにとってそれは趣味の天敵です。映画館で鑑賞中にトイレ問題が生じるからです。2時間の映画ならまだいいのですが、3時間となると今の私はキツイ…。
そして2025年も強敵が2月に出現しましたよ。なんと…3時間半もあるのです…。試されている…試されているよ…。
それが本作『ブルータリスト』。
“ブラディ・コーベット”監督の2024年の最新作で、俳優として活動していた人物でしたが、2015年の『シークレット・オブ・モンスター』で鮮烈に映画監督デビュー。2018年には監督2作目の『ポップスター』を世に送り出し、野心的で作家性全開の映画作りに専念してきました。
その“ブラディ・コーベット”は監督としてこの『ブルータリスト』で、ヴェネツィア国際映画祭にて銀獅子賞(最優秀監督賞)に輝くまで到達し、なんか一気に凄い領域にいってしまいましたね。
なお、脚本はこれまでと同じで“ブラディ・コーベット”監督のパートナーである”モナ・ファストボールド”との共同になっています。
『ブルータリスト』の物語は、第二次世界大戦後にホロコーストから逃れてアメリカに渡ったひとりのユダヤ人の男を主人公にしており、移民の半生が描かれます。ホロコースト自体が直接的に描かれることがほぼないのですが、その歴史を大きく引きずった人物の苦悩、そしてそれが主人公の建築の才能にどう表現されていくか、はたまた芸術と権力支配との関係…そうしたテーマがゆっくり紡ぎだされていきます。
で、冒頭の話題に繋がりますが、上映時間です。この『ブルータリスト』は215分(約3時間半)もあるわけです。
「うわ…膀胱が絶対にもたないよ…どのタイミングでトイレに行けば…」と不安なそこのあなたに朗報です。
本作『ブルータリスト』には15分のインターミッションが用意されています。ちょうど映画の中間あたり。しかも、後付けでくっつけたものではなく、35mmフィルムで撮られた映画内にちゃんとインターミッションが設けられています。英語映画ではかなり珍しい事例です。
こういう「インターミッションあるよ!」という情報は映画館でスクリーンの前に座った観客に必ず目立つかたちで知らせてほしいですよね。せっかく映画の途中でトイレのために立ったのに、帰ってきて数分後にインターミッション休憩が始まった…という虚しい体験を回避するためにも…。
とりあえずこれでトイレ問題は解決できそうですが、別にインターミッション以外の上映中でも我慢できないならトイレに行っていいと思います。
なにせこの映画、かなりゆったりした映像が流れ続ける静寂と会話ベースのストーリーテリングで、集中力が要るからです。トイレ我慢状態では話に入り込めないでしょう。
そしてそのゆったりとした映像に加えてクラシックなBGMが静かに流れるシーンが多く、すごく眠くなりやすい映画でもあります。お疲れの身体で鑑賞はあまりオススメできないかも…。
でもこういう映画って映画館でじっくり観ようと覚悟を決めないと、なかなか鑑賞しきることもできませんよね。インターミッションすらも映画的な体験として思い出になりますから(家で観てもインターミッションはむしろ余計な時間ロスにしか感じなくなる)。
ということで鑑賞のハードルが高いのか低いのかわからない紹介になってしまいましたが、アメリカ移民物語としては映画史にまたひとつ刻まれる一作なのは間違いない『ブルータリスト』。付き合える人はぜひどうぞ。
『ブルータリスト』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
基本 | ユダヤ人への差別的な発言の描写があるほか、ヌードや性暴力が一部で描かれます。 |
キッズ | 直接的な性行為の描写があります。極端に映画時間が長く、内容も大人のドラマなので子どもには不向きです。 |
『ブルータリスト』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
ラースロー・トートは、自由の女神を見上げ、喜びの表情を浮かべていました。ついにアメリカの地に辿り着いたのです。
第二次世界大戦、ハンガリー系ユダヤ人だったラースローはホロコーストという残酷な迫害の対象となり、逃げる以外に道はありませんでした。ヨーロッパに安全はありそうになかったのです。しかし、出国は簡単ではありませんでした。
妻のエルジェーベトや姪のジョーフィアとは強制的に引き離されてしまいました。それでもラースローはいつか再会できる日があるとかすかに希望を残して、なんとか自分だけでもこのアメリカに向かったのです。
今、ラースローは船旅を終え、アメリカにいます。現実です。やっとこの日が来ました。
ときは1947年、ラースローはペンシルベニア州のフィラデルフィアに移動していました。待っていたのは従兄弟のアッティラ。熱く抱擁を交わします。こうしていられるだけでもありがたいです。さらに妻は生きていると教えられ、緊張の糸が切れたようにラースローはその場で泣きじゃくります。
従兄弟はカトリック教徒の妻オードリーと暮らしており、彼の家具ビジネスを手伝うことになります。落ち着いたデザインの家具が並ぶ部屋を自信満々にみせてくれ、家に居候する新生活が始まりました。
しかし、アメリカでの暮らしはなかなか馴染めません。やはり異国です。文化も異なります。どうも居心地が悪く、そわそわします。何よりも遠く離れている妻が心配です。どういう状態なのか、今も元気なのか…手紙ではなく直接会いたいものですが、簡単には行きません。
ある日、ラースローは裕福な実業家のハリソン・リー・ヴァン・ビューレンの息子ハリーから依頼を受けることになります。なんでも父親が留守の間、所有する屋敷の一部を改装してほしいとのこと。
実際に行ってみると確かにそこは豪華な屋敷内の大部屋で、天井は高く、大きな空間がすべてを包み込むようにそこにありました。あまり使っている気配もなく、改装しようと思えばいろいろできます。
そこでラースローは自分なりのアイディアでデザインを考えます。実はラースローは故郷では建築を学んでおり、それなりに有名な建築アーティストなのでした。その実力を発揮する機会でした。
そして自分の表現で、このスペースを日差しが明るい広々とした空間に変え、椅子をぽつんと置くだけのシンプルな場所にしました。以前とは全く雰囲気が違います。
ところが家主のハリソンが早めに帰宅してしまい、自分の知らないうちに屋敷の一部が突然改装されていることに唖然とし、大激怒。叱責しながら追い出されてしまい、本来の家具ビジネスの評判にも傷がつきます。
そしてラースローは責任を問われて従兄弟の家を追い払われ、行き場もなく、同じような境遇の人たちと集団生活する状態になってしまいます。
しかし、意外な人が訪ねてくることに…。
ブルータリズムな映画
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ここから『ブルータリスト』のネタバレありの感想本文です。
『ブルータリスト』、まず初手からびっくりするのがワイドスクリーンの「ビスタビジョン(VistaVision)」で撮られていること。映画の舞台が主に1950年代なので、当時の技術であるビスタビジョンを使ってみたということらしいのですけど、随分とそれだけでも変わった映画です。
この映画自体がすでにあらゆる面でデザインに凝っており、それは主人公の建築家としてのクリエイティブと重ねるようになっています。
そもそも『ブルータリスト』というタイトルは「ブルータリズム」という建築様式のことであり、これはコンクリートで平面を固めているような無骨でこれといって目立つ文化的要素のないデザインだそうです。
本作で主人公のラースローが作り出す建築もブルータリズムです。それは一見すると冷たくどこかもの寂しさを感じさせもします。まるでひとりでこのアメリカの世界に佇むことになったラースローの心情を投影しているかのようです。
ラースローは架空の人物なのですが、本編でたっぷりその半生を描き切っていることで、本当にこの世に存在したかのような実在感がありました。いろいろ実在の建築家やデザイナーを基にしてキャラクター構築をしたそうですけどね。
キャラクター性もどこかブルータリズムそのもの。ラースローはユダヤ系ですが、そんなに露骨にユダヤ文化らしさをだしていくわけでもありません。もちろん酷い差別経験があるので、警戒して自分を抑制している部分はあるでしょう。
ともかく序盤から終盤に至るまでラースローは抑圧的に内に感情を封じ込めるような佇まいが続き、ときどき一気に漏れ出すように感情が決壊します。ヘロイン依存に陥っていくあたりも含めて、ラースローの心身は見た目以上にボロボロです。
それでも私たち観客が最後に見ることになるあのラースローの集大成である建築、コミュニティセンターの完成形が強制収容所を模したものでありながら、暴力ではない平和な空間として再創造されたという事実。そこにラースローの人生を創作によって乗り越えていく力強さがありました。
ラースローを演じた“エイドリアン・ブロディ”も見事な名演でした。二枚目俳優的な感じでジャンル映画に起用されたり、小粒な作品に少しでたりと、最近はそこまで堂々たる主演作に恵まれているほどでもなかったと思いますけど、2024年にまた返り咲いたかな。
歴史的な流れとしても『戦場のピアニスト』の精神的継承を感じるこの『ブルータリスト』はぴったりでしたし。“エイドリアン・ブロディ”以外にハマりそうな人はあまり考えにくいくらいです。
アーティストを支配したい欲求
『ブルータリスト』のブルータリズムな設計はさておき、もうひとつさりげなく気になったのは、この映画が微妙にずっと漂わせていたゲイな一面性。
本作が最も強烈にゲイを浮きだたせるのは、夜の隅っこで酔っぱらって座り込んでいるラースローをハリソンが後ろに座ってレイプするシーンです。ここだけ抜き取ると、本作は非常に露骨な略奪的なゲイ(Predatory gay)の表象のように思えますし、実際大方の印象としてはそういう方向に傾くのは否めないと思います。
ただ、このラースロー周りの男たちはどれもどことなくやけにゲイネスを匂わせる描き方が多かったようにも感じました。とにかく男性同士の親密さの描写が目立つんですね。
最初の従兄弟のアッティラもラースローにとても馴れ馴れしいです。とくに妻と踊るようにラースローが嫌がっているのにもかかわらず強要する仕草が、ゲイっぽい駆け引きを感じます。
続くシングルファーザーの黒人のゴードンともかなり親密です。見ようによってはゲイカップルで子育てしているふうにさえ映ります。あくまでドラッグでよろよろになっているだけではありますが、一時は一緒に部屋でだらしなく共存してますし。
そして問題のハリソン。演じた“ガイ・ピアース”いわくロックフェラーを参考にして演技したそうですが、このキャラクターはアーティストを所有するという欲に憑りつかれた人間であり、アーティストとパトロンの有害性を象徴するものでもありました。その有害な関係を性暴力的にも表現した結果があのシーンなのかなと思います。
ハリソンの息子であるハリーも、ジョーフィアを狙って性的加害をしたように思えるシーンも描かれており(直接的な描写はない)、基本的にあのハリソンの家族は支配的なパワーを行使する存在でした。
でも表象がぎこちないとはいえ、『ブルータリスト』がクィア方面でそんなに注目されることもないのはやや寂しい感じではあります。ナチス・ドイツはクィアの人たちも強制収容所へ送って迫害したのですから(ドキュメンタリー『エルドラド:ナチスが憎んだ自由』を参照)、ユダヤ系と並んで性的マイノリティの苦悩もこの映画に混ざっていると考えるのは、別に特異な解釈でもないでしょう。
あと、『ブルータリスト』の感想で付け加えておくならばAIの問題です。
本作は公開後に編集者のインタビューが物議をかもしました。主演の“エイドリアン・ブロディ”と“フェリシティ・ジョーンズ”のハンガリー語のセリフのイントネーションの精度を上げるためにAIソフトを使用したと語ったからです。さらに最後に登場する建築物にもAIを利用したと報じられもしました。
セリフがコンピューターの編集で書き換えられることは今のハリウッドでは普通に行われており、これが異例ではないです。AIは製作のあらゆるステージで使われてもいます。
問題はこの『ブルータリスト』が人間のクリエイターの創造力の尊さを訴えるテーマがあるからで、その創作原動力は迫害の体験だったりと、コンピュータープログラムには絶対に経験できないものです。なのに「AI、使いました。みんな使ってますよ」のコメントはさすがに空気を読まなすぎる…。興醒めでしょう。
“ブラディ・コーベット”監督も火消しに追われていましたけど、もう少し熟慮してAI利用クリエイターは発言してほしいところですね。
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関連作品紹介
第81回ヴェネツィア国際映画祭の受賞作の感想記事です。
・『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』(金獅子賞)
作品ポスター・画像 (C)DOYLESTOWN DESIGNS LIMITED 2024. ALL RIGHTS RESERVES (C) Universal Pictures
以上、『ブルータリスト』の感想でした。
The Brutalist (2024) [Japanese Review] 『ブルータリスト』考察・評価レビュー
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