番組外から問いかける…ドキュメンタリー映画『Predators』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2025年)
日本では劇場未公開:2025年に配信スルー
監督:デイビッド・オシット
性暴力描写
ぷれでたーず

『Predators』簡単紹介
『Predators』感想(ネタバレなし)
ある番組をとおしてメディアと性暴力を問う
2025年の年末から2026年の年始にかけて、アメリカでは公開されたエプスタイン・ファイルでネットは大盛り上がりし、片や日本含めXのGrok機能で多くの女性が自分の写真をAIによって服を脱がせられて性的なものにどんどん変えられる騒動が乱発する…。
そんな時代に今回のドキュメンタリーを紹介するのは、あまりにも気力が削がれるのですが…いや、でもこんな時代だからこそ、この重要なことを問うドキュメンタリーの意義は大きいと思います。私たちは「性的加害事件」に対する向き合い方として大切なものを見失っていないか、と。
それが本作『Predators』です。
タイトルがいかにも某エイリアンが大暴れするフランチャイズと錯覚させますが、全然関係ありません。先ほどから書いているとおり、本作は性暴力を主題にしたドキュメンタリーです。ただ、具体的な題材はやや変わっています。
『Predators』が焦点をあてているのは、2004年から2007年までNBCで放送されていた番組「デイトラインNBC(Dateline NBC)」の中のひとつにあった『トゥ・キャッチ・ア・プレデター(To Catch a Predator)』です。
この番組は、未成年と性的関係を望む大人を「番組が用意した未成年のふりをした人物」を餌にして騙して誘い込み、警察に逮捕されるところをテレビクルーのカメラで大々的に撮らえるという内容で、囮捜査風なことをテレビショーのようにしていました。当時からカルト的に人気を集め、多くの視聴者の間で話題となったアメリカでは有名な番組です。
「プレデター」というのは、俗に「セクシュアル・プレデター(sexual predator)」や「チャイルド・プレデター(child predator)」などの表現で使われる意味で、子どもなど特定のターゲットに執着する性犯罪者をそう呼びます。
本作はこの番組『トゥ・キャッチ・ア・プレデター(To Catch a Predator)』をあらためて取り上げ、その未放送映像や関係者のインタビューも駆使しながら裏側を浮き彫りにさせていきます。
決して何か新事実を告発するようなものでありません。要するにこの番組の倫理観や正当性を検証するような切り口になっています。
こういう2000年代初頭のメディアの倫理観を問う作品というのは、ここ最近のドキュメンタリー界隈ではやや流行っている傾向があり、その理由はおそらく「今の時代はまさにそのメディアの倫理性というものが重要になってきているから」なのだと思います。今の主流メディアは間違いなくインターネットですが、その問題性は元をたどればテレビなどの従来のメディアが生み出したものと同一ではないのか、と。
実は本作『Predators』は「昔の番組の検証」だけを目的にはしていない、単なる検証系のドキュメンタリーにとどまらない射程の広さを秘めているのですが、そこまで詳細に言及するのはネタバレにもなるので控えておきます。
日本でも2025年に話題になった“伊藤詩織”監督の『Black Box Diaries』に通じる要素もあったりするので、そちらのドキュメンタリーを観た人もぜひこの『Predators』をチェックしてほしいですね。
『Predators』を監督したのは、“デイビッド・オシット”(デイビット・オシットやデビッド・オシットなどの表記ゆれあり)というアメリカのドキュメンタリー・クリエイターです。癌と診断された息子を夫婦が育てる内容のビデオゲーム開発を映す『Thank You for Playing』(2015年)、パレスチナの事実上の首都であるラマッラーの市長であるムサ・ハディドを2年間追った『Mayor』(2020年)といったドキュメンタリーをこれまで手がけてきました。
ドキュメンタリー『Predators』は、日本では「Amazonビデオ」の「Paramount+」内で鑑賞できたりします。
『Predators』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
| 基本 | 性的加害事件の被害者のトラウマに焦点をあてるシーンがあります。フラッシュバックなどに注意してください。 |
| キッズ | 未成年への性暴力事件を扱っています。 |
『Predators』感想/考察(ネタバレあり)

ここから『Predators』のネタバレありの感想本文です。
『トゥ・キャッチ・ア・プレデター』の面白さ
まず『トゥ・キャッチ・ア・プレデター(To Catch a Predator)』はどういう内容の番組だったのか、そこからですね。ただでさえ日本ではあまり視聴した経験のある人は少ないでしょうし。でもドキュメンタリー『Predators』の冒頭で映し出されるとおりであり、正直、あれ以上の中身はありません。
番組のアプローチは基本的にワンパターンです。
最初に「未成年のふりをする人(デコイ)」を用意します。未成年といっても幅がありますが、「13歳」くらいを想定しています。デコイは「少女」だけでなく、「少年」も用意されたりします。オーディションで選んでいるようで、俳優キャスティングと何ら変わりません。デコイに選出された人も本作にインタビューで登場しますが、とくに性暴力事件の分野に専門性があるわけでもない一般人です。
そのデコイを餌にして、未成年と性的関係を望む大人を釣ります。主にオンラインなどの非直接対面を利用し、テキストチャットや動画、電話などで交流を重ね、関係を獲得。作中では「釣られた男」と「デコイの少女役」の会話記録音声が流れ、わざとらしいくらい高い少女声で喋る相手と、楽しそうに親しげに話す男の声が聞こえます。
そしていよいよ直接対面。舞台は番組班が家の外と内に複数の隠しカメラを設置済みで、ばっちり撮影できるようにスタンバイ。何も知らずにのこのこやってきた「釣られた男」は、デコイの「come on(おいでよ)」の言葉に気を許し(しっかりこちらから誘っている)、室内へ。
「可愛いね」なんて会話をしてリラックスをしていると、ふとデコイの人は消え、ふらっとひとりの大人の男が入ってきます。その男は淡々と今まさに「釣られた男」が望んでいる行為の事実を問います。わけもわからず困惑する「釣られた男」。
「私はDateline NBCのクリス・ハンセン」と決め台詞を言うと、カメラクルーがぞろぞろと入ってきて、「釣られた男」は状況をやっと理解。
でも「自由にしてあげるよ」とクリスから言われ、お言葉に甘えて立ち去ろうとすると、家を出た瞬間に、外で待機していた警察に取り押さえられる…。
これで番組は盛り上がりのピークを迎えてフィニッシュです。
この番組は「Perverted-Justice」という「囮(デコイ)」を駆使して未成年を狙う性犯罪者を事前に特定し、公表する活動を行っている団体と共同で製作されています。
しかし、かなりがっつりエンターテインメント・ショーとして練り上げられているのもよくわかります。
何よりも番組の名司会者のクリス・ハンセンがわざわざ現場に登場する必要は全く皆無です。あれは完全に番組の盛り上げのためです。
そして一旦は男を「自由」にすると言うのですが、これはテレビクルーには逮捕権限がないからなのは建前で、外で大ごとのように逮捕劇をしてくれるほうが劇的に盛り上がるからです。そもそも逮捕するだけなら直接対面させる必要性もないでしょう。
もちろん少なくともこの番組で映る中に真の性暴力被害者は存在しません。全部があらかじめ作られた仕掛けです。壮大な釣り堀です。
全てが番組のエンターテインメント性のためだけに構築されています。まるで「卑劣な犯罪者が最後に敗北してスカっとするような映画」と同じ快感。視聴者が熱狂するのも頷けます。これは「面白い」番組なのです。
プレデター・ハンター産業
ドキュメンタリー『Predators』は前半ではこの番組『トゥ・キャッチ・ア・プレデター(To Catch a Predator)』の倫理性を問いかけます。
そもそもこの番組の原点である「Perverted-Justice」の囮活動も、賛否両論があり、「Perverted-Justice」側は「これは自警団などではなく、法的な範囲で活動しているもので、正当性がある」と主張しています。しかし、「National Center for Missing & Exploited Children」のような未成年性暴力対策団体も、この「Perverted-Justice」の囮活動を批判していました。
この行為自体が囮捜査の法的問題に触れているのではという指摘も当然あり、今作のドキュメンタリーでも未放送映像で映し出されますが、かなりハッキリとデコイのほうから性的に誘っており、警察側もその内容を知っていて黙認しているような雰囲気が漂っています。
ちなみに「Perverted-Justice」は2019年に活動を終了しています。
さらに番組化がこの合法性と倫理性を余計に崩壊させていますよね。「性暴力犯罪者を捕まえる」という大義名分のもと、本当に番組が欲しいのは高視聴率です。
実際に犯罪者が捕まっているならいいじゃないか?と思うかもですが、これらの活動で逮捕された容疑者のそれなりに少なくない数が不起訴になっており、その信頼性も疑わしいです。
そして番組打ち切りの主因となる、あの自殺事件が起きます。「自殺した」と知らされたときの外でのクリスと警官の会話映像といい、この倫理性の欠如を象徴する瞬間でした。その一方で、その自殺案件に囮で関わった人は今も心に傷を残していたりもする…。
しかし、状況はこの『トゥ・キャッチ・ア・プレデター(To Catch a Predator)』というひとつの番組では終わらず、これは大きな始まりに。
本作ではこの番組を模倣(丸パクリと言ってもいい)して続々とYouTuberがコンテンツを作っている現場を取材します。いわゆる「ペドファイル狩り(ペドフィリア狩り)」とも称される「プレデター・ハンター」。いつの間にかこれがYouTuberのサブジャンルになり、産業化していました。
もちろん未成年であろうがいかなる相手をターゲットとする性犯罪者は言語道断ですし、それは今さら論点にするまでもありません。ただ、性犯罪者に同情しろというわけでない…。そこに倫理というものはあったのか…倫理なき正義は正義ではないのではないか…という問いですよね。
番組の余波である産業化まで含めて見渡せば、「儲かるコンテンツ」になっていることは、誰にとって得なのか。どんなにプレデターを捕まえようとも、レイプ・カルチャーが無傷では意味はないのではないか。いろいろ頭がぐるぐるしてきます。
私は本作を観ていて、『ハードキャンディ』という2005年の映画の顛末を思い出したりもしました。この映画は、14歳の少女が自警団的に性犯罪者と疑う男を捕らえて拷問していく様子を描いたリベンジ・スリラーなのですが、主演した“エリオット・ペイジ”は後に自身の回想録の中で、制作スタッフのひとりに作品完成後に性的暴行を受けたと明かしているんですね。
『Predators』は、エンタメ産業と性暴力の間に内在する本当に見えないままになっている歪んだ関係性を直視していない(もっと言えば「性犯罪者を捕まえる」という劇によって産業に免罪符を与えてしまっている)…その現実を突きつけるようでもありました。
ひとりのサバイバーとして
でもこれで終わりではないです。ドキュメンタリー『Predators』は後半からまたトーンが変わってきます。検証から取材へとアプローチが変わる中で、ずっと参加していなかったある当事者が現れます。それは他でもない、本作の監督である“デイビッド・オシット”。
作中で彼は「自分が7歳の時に性暴力被害を受けた」と告白します。
さまざまな当事者の感情が吐露されていく本作の中で、最後に現れるのは被害者(サバイバー)の感情です。
思えばあの『トゥ・キャッチ・ア・プレデター(To Catch a Predator)』という番組には、サバイバーの視点が決定的に欠けていました。サバイバーはこのエンターテインメント化をどう思うのか、それは被害者のトラウマを余計にエグるだけではないのか…。
ここで本作はラストに、クリス・ハンセンへのインタビューの場をセットします。ジミー・キンメル、オプラ・ウィンフリー、ジョン・スチュワートにも楽しそうに絶賛され、すっかりクリス・ハンセンはメディアの中でヒーローです。
さすがメディアで長年仕事している人なだけあり、カメラの前でも堂々としています。『トゥ・キャッチ・ア・プレデター』のあの「釣られた男」たちとは大違いです。クリスは番組の1年前にカンボジアでの児童性的人身売買を取材したことが動機になっているとその使命感を語り、今も活動を続けている原動力を誇示します。
しかし、監督からの告白を聞き、この対峙する2人の関係性は少し揺れます。
結局、「自由」にされるクリス。それを映す隠しカメラ。何も起きないその後。
この仕掛けは極めて意図的ですが、本作のタイトルが暗示するように「番組自体(またはクリス)が別の意味で狡猾なプレデターだった」という直球の皮肉だけでなく、声をあげることができないサバイバーの苦しみが滲み出るひと幕でした。
同じ隠し撮りでも意味は全然違うんですよ。世間は性犯罪者だけがカメラの前で懲らしめられる姿を期待するけど、本当にサバイバーがカメラに映したいものは何なのか…ということ。
『Predators』でひとりのサバイバーの心理を垣間見て「面白い」と気楽には言えないでしょう。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
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・『キャッチ&キル / #MeToo告発の記録』
以上、『Predators』の感想でした。
作品ポスター・画像 (C)Paramount Pictures プレデターズ
Predators (2025) [Japanese Review] 『Predators』考察・評価レビュー
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