映画界の革命の反乱軍がこうして始まった…ドキュメンタリーシリーズ『ライト&マジック』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:アメリカ(2022年)
配信日:2022年にDisney+で配信
監督:ローレンス・カスダン
ライト&マジック
らいとあんどまじっく
『ライト&マジック』あらすじ
『ライト&マジック』感想(ネタバレなし)
映画界のVFXはこうして始まった
2022年夏、コロナ禍から映画館業界がすっかり回復し、興行で賑わっていた頃、VFXの界隈からの告発が世間を騒がせました。告発というよりはネット上に投稿された不満が目にとまり、それが掘り起こされたようなかたちだったのですが、その内容はこうです。
MCUで映画界を引っ張るマーベルの作品のCG処理を担当するVFXアーティストがその仕事を過酷だと訴えました。具体的には、スタジオと仕事の契約を結ぼうとするあまり安い価格で取引してしまうこと、製作ラインを監督する上司が多すぎて複雑だということ、多忙すぎる厳しいスケジュールを強要されてしまうこと…。
この告発は瞬く間に話題となり、SNSで他の告発も相次ぎ、炎上状態になりました。近年のMCUは作品の数が多いため、「MCUは作品が多すぎるんだ」という声も飛び交いました。
でも実際は「作品を減らせばいい」というものではありません。そもそも「Cartoon Brew」といったメディアが整理しているように、これはマーベルだけに発生している特有の問題ではなく、VFX業界全体で以前から生じている構造的な問題です。
実は他のスタジオでもこのようなVFX労働の過酷さはたびたび浮上しており、有名なのは2012年の『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』です。この映画は非常にたくさんのVFXが用いられており、アカデミー賞では視覚効果賞を受賞しました。ところがこの映画のVFXを手がけたスタジオはアカデミー賞受賞直前に破産を申請。250名以上が解雇され、授賞式の最中、VFXアーティストのデモが行われ、VFX業界の改善を叫ぶという事態になりました。
今やVFXは映画やドラマでは当たり前に使われています。多くの人は派手なCGばかりがVFXだと思っていますが、意外にさりげない場面でもVFXが使われていたりして気づいていないだけだったりもします。VFXを使っていない作品を探す方が困難です。VFXの需要は今後も増すばかりで、どうやったら持続的な労働環境を構築できるのか。業界全員が考えないといけないことですが…。
そんなVFX。さっきから連呼していましたが、この「VFX(visual effects)」って何なのでしょうか。日本語では「視覚効果」と言ったりしますが、そのVFXの映画界での始まりはどこなのか?
今回はそのVFXの出発の歴史に大きく関わったスタジオを題材にしたドキュメンタリーを紹介します。
それが本作『ライト&マジック』。
本作で主題となっているのが「インダストリアル・ライト&マジック」…通称「ILM」です。知っている人は当然知っている、あの『スター・ウォーズ』の生みの親“ジョージ・ルーカス”が創設した視覚効果スタジオであり、映画界における視覚効果の本格的な先駆けとなりました。このILMが存在したからこそ今のVFXがあり、今の映画界の姿があります。
『ライト&マジック』はそのILMの誕生から現在の姿までをまとめたドキュメンタリー・シリーズであり、製作は「ルーカスフィルム」なので(監督はあの『帝国の逆襲』『ジェダイの帰還』の脚本でおなじみの“ローレンス・カスダン”!)、ほぼ公式宣伝ドキュメンタリーみたいなもんです。公式だからこその秘蔵の映像のオンパレードでもあり、「うわ!こんな映像もあるの!?」という貴重な光景も見れます。
きっとVFXの黎明期はクリエイティブな情熱に満ち溢れていて、今とは違って過酷な労働に苛まれることもなかったんだろうなぁ…と夢想してしまうかもですが、本作を見ると案外とそんな理想郷でもなく、かなり生々しい現実的な苦難も映し出されています。なんというか、初期の頃も相当に労働環境はカオスだったことがわかりますし、もしかして昨今問題になっているVFXの労働面の劣悪さはこのスタートラインの時点でもう浮き彫りになっていたのではないか…? そう思ってしまうかも…。
まあ、でもとにかく観てください。視覚効果の輝く映画が好きな人は感動するはず。映画を作るって、楽しいこともあれば、キツいこともある。それがこんなに奇跡的な創造物を生み出す。それこそまさに「マジック」…魔法です。
『ライト&マジック』は「Disney+(ディズニープラス)」で独占配信中。全6話(1話あたり約50~60分)でボリュームがあるのですが、見ごたえはじゅうぶんです。
『ライト&マジック』を観る前のQ&A
A:Disney+でオリジナル映画として2022年7月27日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :映画愛が刺激される |
友人 | :映画への想いを語りたくなる |
恋人 | :デート向きではないけど |
キッズ | :映画作りの仕事がしたくなる |
『ライト&マジック』予告動画
『ライト&マジック』感想(ネタバレあり)
ただの学生寮状態
「映画とは視覚効果だ、いつの時代もそうだった」…そう語る“ジョージ・ルーカス”。その言葉どおり、映画の歴史は『動く馬』の“エドワード・マイブリッジ”、『月世界旅行』の“ジョルジュ・メリエス”、『キング・コング』の“ウィリス・オブライエン”、ダイナメーションの“レイ・ハリーハウゼン”のような先駆者たちによって視覚効果の技術とともに発展してきました。
そんな映画に惚れ込んだ“ジョージ・ルーカス”は親友“フランシス・フォード・コッポラ”の会社で長編映画監督デビュー作『THX 1138』を1971年に撮り、続いて「ルーカスフィルム」という自身の会社で1973年に『アメリカン・グラフィティ』を監督。これが大ヒットし、ハリウッドに認められます。
その中で“ジョージ・ルーカス”が思いついた次なる野心。それは「宇宙船同士のドッグファイトが見たい」。大の車好きで、高校のときに自動車事故で死にかけてもその情熱を失わなかった“ジョージ・ルーカス”は、『2001年宇宙の旅』のようなゆったりしたイメージのある当時のSFの印象を覆す、激しいスペースオペラとなる渾身の企画『スター・ウォーズ』を始動させることに…。
1975年、“ジョージ・ルーカス”はその前代未聞の視覚効果を作るべく、ロサンゼルス郊外のヴァン・ナイスに「インダストリアル・ライト&マジック(ILM)」を立ち上げます。
こうやって書くとめちゃくちゃカッコいい誕生譚に思えるのですが、実際はただの倉庫で、始まりのメンバーは“ジョン・ダイクストラ”が中心。彼の仲間ネットワークで電話しまくり、同類の技術者を集めて、その倉庫で2カ月雇用の契約で仕事を開始。“リチャード・エドランド”、“ジョー・ジョンストン”、“ローン・ピーターソン”、“フィル・ティペット”、“デニス・ミューレン”、“ケン・ラルストン”…。なんというか、もはや短期バイトの集まりも同然ですよね。
当の“ジョージ・ルーカス”はロンドンで撮影していて、ロサンゼルスは丸投げ状態。そこに集められたのは技術はあるけど大作制作の経験は乏しい変わり者たち。しかも若い。加えて『スター・ウォーズ』の脚本は読んでもさっぱりわからない(フォースがどうとか10代の子が書いたような脚本という辛辣なコメントに笑う)。
とりあえずそれなりの大金を与えられて視覚効果を作れと命じられたオタクの集団。自然とそこは学生寮みたいなノリになり、雰囲気は確かに楽しそうです。
ただ、やっはりこれは仕事。撮影から帰ってきた“ジョージ・ルーカス”は、あと1年もないのに100万ドル費やして3カットしかできていないILMの惨状に激怒(怒るのも無理はない…)。でも“ジョージ・ルーカス”も映画作りのアナログな作業は苦手らしく、全然マネジメントできず…。なんとか“ローズ・ドゥイニャン”といった事務作業で管理してくれる存在が現れて、ようやく仕事場として機能し出す…。
あらためてこの有様を見せられると、よくILMはこの初期のカオス状態を乗り越えたなと思いますね。
デジタル革命とその影で…
『新たなる希望』『帝国の逆襲』『ジェダイの帰還』の3部作を作り上げたILM。しかし、完璧主義の“ジョージ・ルーカス”は納得していなかった…。
本作を見ていると、“ジョージ・ルーカス”は「映画は好きだけど、でも映画作りはそんなに好きじゃない」というか、アナログな作業をとことんストレスに感じ、煩わしいとさえ思っているのがわかります。自分の脳内がそのまま映画になればいいのに…と言っているくらいですから。
そのめんどくさがりの“ジョージ・ルーカス”が業界の慣習なんて気にせず、デジタルへと舵を切ろうとするのは当然で…。
世界初のコンピュータの編集システム「エディットドロイド」を開発し、作業工程を劇的に変えつつ、さらに映画の中に当時は珍しかったCGを導入しようと猛進。
ILMとCG部門は当初は対立しつつも、ついに1993年、『ジュラシック・パーク』が全てを変え、脇役だったCGが主役となって既存の技術をひっくり返す日が来てしまいました。『ウィロー』『アビス』『ターミネーター2』の「モーフィング」技術から、いきなりこの限界突破。
当時は模型作りだった”ジーン・ボルト”が試写で動くCGの恐竜を見た時の「昔の視覚効果に戻れない」という率直すぎる完敗感想。そしてずっと人形作りに人生を捧げてきた“フィル・ティペット”の「絶滅する気分だ」という失望っぷり。
私は『ジュラシック・パーク』を大いに楽しむお気楽な側の人間でしたけど、この「絶滅する側」の人たちの姿を突きつけられると、かける言葉もない…。
それにしても、当時のCG部門を率いたのが、“マーク・ディッペ”と“スティーヴ・スパズ・ウィリアムズ”という、典型的なオタクとは真逆の肉体派な奴らだったというのが、偶然ながら奇妙な話ですね。
そして今度が主力となったCG部門が初めての連続の中で手探りで仕事のしかたを見い出していくという、あの初期のILMの歴史が繰り返されながら、『スター・ウォーズ』プリクエル3部作が生まれていく。
歴史の運命力というものを感じずにはいられない…。
魔法の他への影響力が凄まじい
そんな激動のILMですが、その過程で凄まじい影響力を他へと波及させているのもこの『ライト&マジック』では映し出されており、そこも圧巻です。
“スティーブン・スピルバーク”や“ロン・ハワード”、“ロバート・ゼメキス”といった後のベテランとなる監督のキャリアを押し上げ、80年代SFの流れを作り、今もそのノスタルジーに浸っている人は大勢います。
『スター・ウォーズ』1作目を映画館で見た“ジェームズ・キャメロン”の「仕事を辞める。私は映画を作る。しばらく生活費を頼む」との妻への発言も素直すぎて笑ってしまうけど、そう思った人は他にも無数にいるんだろうな…。
“ジョン・ノール”とその兄と「フォトショップ」を開発したり、“エド・キャットマル”の旧CG部門は“スティーブ・ジョブズ”に売られて「ピクサー」となってアニメーション映画界に革命を起こすし…。
“バリー・ジェンキンス”が、AMCの映画館で働いていた時に『エピソード1』が公開されて、それで監督になりたいと思ったという思い出話は貴重でしたね。
いろんな人の人生を良くも悪くも変えちゃった、とんでもない魔法でしたよ…(私も影響を受けたひとりだけども)。
VFX労働環境と今の模索
『ライト&マジック』の圧倒的熱量を浴びせられるとすっかり「映画って最高!」という大絶賛フィーバーになりそうになるんですが、本作はしっかりその混沌の弊害も描いています。
全てが理想的で良いことばかりじゃない。例えば、仲間割れしてしまうこともある、対立が激化することもある、捨てられる仲間もいれば、自ら去っていく仲間もいる。多忙で精神的に追い詰められることもあるし、業界の変化も残酷に降りかかってくる。
それでも本作が「めでたしめでたし」感で締められているのはもちろん思い出補正もあるでしょう。それだけではダメなのは昨今のVFX問題提起でも指摘されていることと同じ。
とはいえ、業界はまだ進化しています。『マンダロリアン』の撮影で使われたあの本作では「ボリューム」と呼ばれている技術。単に巨大なスクリーンで囲んだ中にセットを作っているだけでなく、カメラのモーションと同期してリアルタイムで撮影範囲だけ補正しているんですね。つまり、あのILM初期の「モーションコントロール」と「マットペイント」を思わせるような技術の発展版。デジタルとアナログの融和。初期は瞬間接着剤に驚いていたILMメンバーだけど、ほんと、遠くまで来たものだ…。
こうやって両方のいいとこどりで上手く発展していけば、辛い思いをする人を減らせるかもしれない。そんな優しい未来像が最後に見えるのはホっとする部分です。
失読症で双極性障害だったクリエイターが創作に命を救われた話を語っていましたが、やはり仕事は人を追い詰めるものではなく、人を育むものであってほしいですから。
“ジョージ・ルーカス”も「これを実現したかった」とラストは語っていましたけど、これが完成形ではないはず。将来はどんな進化を見せてくれるのか。
その未来をできる限り見届けていきたいなと私も思っています。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 100% Audience 100%
IMDb
8.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Disney ライト・アンド・マジック
以上、『ライト&マジック』の感想でした。
Light & Magic (2022) [Japanese Review] 『ライト&マジック』考察・評価レビュー