2026年もまだ遭難している…ドラマシリーズ『LORD OF THE FLIES / 蠅の王』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:イギリス(2026年)
シーズン1:U-NEXTで配信(日本)
ショーランナー:ジャック・ソーン
イジメ描写
ろーどおぶざふらいず はえのおう

『LORD OF THE FLIES 蠅の王』物語 簡単紹介
『LORD OF THE FLIES 蠅の王』感想(ネタバレなし)
2026年にドラマ化された「蠅の王」
戦後の20世紀で最も有名なイギリス人小説家のひとりと言えば、この“ウィリアム・ゴールディング”の名は真っ先に挙げられるでしょう。何よりも彼が教師の仕事をしながら幾度となく出版社に断られつつ、なんとか1954年に世にだされたデビュー作『蠅の王』は、今や屈指の名作として語り継がれています。
少年たちが島に漂着し、そこで子どもなりに社会を築いて生存しようとするうちに、本性が炙り出されていく…。簡単に言うとそういう物語。
でも『蠅の王』は出版当時は相当に物議を醸したようです。というのも、『ロビンソン・クルーソー』を土台にした『珊瑚礁の島』(1857年)が子どもを主役にした島漂流モノとしては定番だった時期。その作品では、西欧の視点から「島」という外界の非文明的な野蛮さや暴力性を映すのが主流であり、暗黙のうちに植民地主義的な価値観を内面化していました。
その先行作品に真っ向からたてつくような挑戦的な小説が『蠅の王』だったわけで…。西欧とか関係なく、人間の本質は利己的で暴力的なものなのだという批評。兵士として第1線で戦争体験をした“ウィリアム・ゴールディング”だからこその容赦ない人間分析。
現代では『蠅の王』はカルト作となり、後の多くの作品に影響を与えました。少女版のような作品も生み出され、例えば『イエロージャケッツ』や『The Wilds』にはそのレガシーを感じます。


肝心の『蠅の王』自体の映像化としては、1963年の“ピーター・ブルック”監督のイギリス映画と、1990年の“ハリー・フック”監督のアメリカ映画…この2作が代表作でしょうか。
そしてこのたび2026年にドラマ版がイギリスの「BBC」製作で登場しました。
それが本作『LORD OF THE FLIES 蠅の王』です。
「2026年に今さら?」とも思いましたが、全4話のミニシリーズのボリュームで原作をたっぷり映像化してくれるのは初めてです。また、今作はこの人が企画・脚本であることにタイムリーなテーマ性の再定義を感じさせてくれます。
ドラマ『LORD OF THE FLIES 蠅の王』で原案を務めるのは、“ジャック・ソーン”。多作な人ですが、今はあの『アドレセンス』のクリエイターと紹介するのが定石となっていますね。

「有害な男らしさ」に気づかぬうちに染まって自身の人生を破滅させてしまった普通の少年を映し出し、この社会問題をあらためて伝え、イギリス国内も揺さぶった『アドレセンス』。その視点をそのまま『蠅の王』に持ち込むこともできます。いや、なぜそうしなかったのか…。これは「男らしさの呪いに縛られ苦しむ“男の子”たちの物語」だと。
ということで、基は古い作品だけど現代にも響くテーマで強調されたドラマ『LORD OF THE FLIES 蠅の王』。全4話で1話あたり約1時間なので、4時間弱の映画みたいなつもりで鑑賞してみてください。
『LORD OF THE FLIES 蠅の王』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
| 基本 | 子どもの死が描かれます。 |
| キッズ | 暴力の描写があります。 |
『LORD OF THE FLIES 蠅の王』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
鬱蒼としたジャングル。湿り気のある泥土の地面に無防備に横たわったひとりの少年は、横になったままゆっくり傍に落ちていた丸眼鏡を拾い、顔にかけます。何か動物の鳴き声が聞こえてびびりながらも、「誰かいる!?」と声を張り上げますが、返事は無し。
痛む身体を静かに起こし、見渡します。本当にひたすらにジャングルです。気を紛らわすように歌いながら、草木をかきわけ、倒木を乗り越えて、凸凹した道なき道を歩き続けます。すると向こうに海が消えてきました。ここは島です。
巨大な樹の根を通り、途中で飛行機の残骸に出くわします。腐った実、動物の死骸。その光景に思わず後ずさり…。
腹が減ったので木になっている実を落としてとりあえず口にします。何かの物音がして、近づくと自分以外の子どもを発見。挨拶してみると、向こうも挨拶を返します。
相手の名前はラルフというそうです。水を探しているみたいで、協力してあげます。眼鏡の子は「ピギー」と名乗り、笑わないように釘を刺します。
水辺を発見。じゅうぶん泳げる広さと深さで、水も綺麗です。ラルフは真っ先に泳ぎますが、泳げないピギーは遠慮します。それでもラルフは誘い、ピギーは丁寧に上着と靴を脱ぎ、恐る恐る水に足をつけます。こうして2人は無邪気に水遊びに興じます。そこでピギーは大きなホラ貝を拾い、2人は探索を続行。
浜辺に到着。ホラ貝を吹いて遊んでいると、別の子どもを見つけます。何十人もいます。大人はひとりもいません。みんな一同に集まり、果実で小腹を満たします。
ピギーとラルフはみんなに呼びかけ、これから何をするべきかと話をまとめようとします。そこに黒い服を身にまとった合唱団の子どもたちも現れ、リーダーのジャックは高圧的でした。誰がまとめ役をするか、ラルフとジャックが候補となり、みんなで手をあげて多数決で決めます。結果、ラルフとなりました。ジャックは「だったら自分はハンターのリーダーをやる」と勝手に納得します。
ラルフ、ジャック、サイモン、ピギーの4人は森の探索を続行。ピギーはラルフがみんなの前でピギーのあだ名をバラし、笑ったことを根に持っています。
しばらく後、大人の男の遺体を発見し、どうするか揉めます。ピギーは反対しますが、ジャックは崖下に座席ごと落として追悼する案を強行します。
他の子たちは暇を持て余していましたが、しだいにこの島には得体の知れない怖い獣がいるという噂が広まります。最初は笑い飛ばしていた子たちも怖くなってきます。ひとまず狼煙をあげるか、狩ってみせるか、またも子どもたちは意見が分裂しますが…。

ここから『LORD OF THE FLIES 蠅の王』のネタバレありの感想本文です。
男の子の脆さと知性
今回のドラマ『LORD OF THE FLIES 蠅の王』は、ほぼ“ウィリアム・ゴールディング”の原作どおりの脚色であり、忠実な映像化でした。私も原作の『蠅の王』を読んだのはちょっと昔だったのですけど、本作を観ていると「ああ、これだ…!」と思い出しましたよ。
大まかな展開は原作と同一ですが、私がとくに注目した脚色は、主役である男の子たちの描写の奥深さ。今作は単に「男というのは本質的に野蛮で恐ろしい!」とセンセーショナルに煽り立てるようなものにはなっておらず、その男の子たちが内側で抱えている脆さや弱さというものに寄り添い、その「助けて」という声を逃さずにさりげなく映していました。そこが何よりも良かったですね。“ジャック・ソーン”らしい優しい脚本です。
例えば、ピギーはその「豚」というあだ名のとおり容姿ゆえにイジメられ、島でも嘲笑のまとになってしまう、最も可哀想な子のひとりなのですが、今作では原作と違って彼の本名が明かされます。その本名をラルフが知り、その本当の名前を親しみを込めて使ってあげることで、2人の少年同士の(有害ではない)絆がより強い印象を残すようになっていました。
ピギーは他にも丁寧な描写によってキャラクターの魅力が増していて、彼は啓蒙主義的な理性を説くことで他の子たちを束ねようとするのですが、その姿もとても真摯に映っていました。ある種の「男の子はたいてい教室でもうるさいだけで勉強なんて無理だよね」という知性の軽視に対する、しっかりしたカウンターを担っているのですけども、今回のピギーは良いバランスでした。変人として露骨に描くわけでもない、一方で未熟すぎるわけでもない、子どもの知性をちゃんと信じて描いている感じで。
私はこの「子どもの知性をちゃんと信じて描く」ってすごく大事だと思っていて、それができないままに子どもをどこか見下して大人の目線で説教してしまう作品はあまり好きじゃないのでね…。
そして本作でも最も嫌悪感を与える存在であるジャックのキャラクター描写も画一的にならない絶妙なバランスでした。
親の愛情に飢え、力を誇示することだけが己を強くすると思い込み、強権政治家のように振舞い、他の男の子たちを部族として従えていく。蠅(ベルゼブブ)に魅せられ、悪魔の囁きに乗せられた少年。ジャックはまさに有害な男らしさに染まって自分も他人も滅ぼしていきます。
そんな中、どこかその脆さをジャックが露呈してしまうとき、「別にそういうこともある」「それって何もカッコ悪くないよ」と、笑わずに受け止めてくれる同年代の仲間も確かにいるのです。その欠かせないひとりであったサイモンとの前半の会話は結末を知れば切ないです。
少年同士のケアが互いを救えるという選択肢だってあったはず。本作はその可能性を否定しないことで、男の子という存在を見捨てることはしません。
少年たちに対する大人の責任
ドラマ『LORD OF THE FLIES 蠅の王』はボリュームの余裕もあるためか、世界観をじっくり映すことであの「男の子たちの心の孤島」として機能する舞台を堪能させてくれます。視覚的にも見ごたえがありました。
マレーシアで撮影したらしいのですけど、森の動植物を何気なく映すカット、音楽、カメラワーク…そのどれもがあの弱肉強食の自然界を淡々と示し、人間を動物と同一線上に置いてくれます。私たち人間が抱きがちな「人類というのは他の動物と違って優位性がある」という自惚れがいかに取るに足らないものなのかを物語るように…。
でもやっぱり一番の功労者は出演した子どもたちですね。メインのピギー、ラルフ、ジャック、サイモンの4人だけでなく、その他の大勢の子どもたちは、その多くが演技未経験で募集して集められたそうで…。
あの島での生活の様子もすごく自然体で撮っています。本当に少年たちが島でサバイバルすることになり、見よう見まねであれこれとやっている感じが伝わってきます。野外キャンプ体験実習の風景みたいだった…。初めのほうとかはあんまり緊張感がないので、普通に可愛いひとときでしたよね。
「Kill the beast!」の流れからはそんな雰囲気は消し飛びますが…。
炎上するジャングル、豚(野生化してほぼイノシシ)を狩ることによる鮮血、メイクによる豹変…少年たちは自然と一体化する中で、映像は暗さを増していきます。
最後までその狂喜乱舞する少年たちを他者的に見つめるのはラルフです。今作の彼は異人種カップルの子という設定になっており、ラルフ自身のアイデンティティの不安定さが、あの子の島での揺らぎに接続していました。最後にラルフは「責任をとる」というリーダー的な行為をするのですけど…。
ラストのオチは原作どおりなのですが、ここはトキシック・マスキュリニティにおける子どもと大人の関係をどうしたって連想させてしまいますよね。私が原作を読んだときは、そんな感想を全然抱かなかったですけども。
よりにもよってイギリス海軍士官の男。自然の中で抑制を失ったまだ幼い男らしさが、今度はイギリス社会という檻の中に戻っていく。それは実のところ、何も解決になっていない…。
今の私たちはわかるわけです。文明的な社会に戻ればあの子たちはまた理性的なお利口さんになってくれる…というわけではないことを。少年のあの同年代の子の命さえ奪う暴力性は、人間の動物的な本質なのではなく、それこそ文明という社会が植えつけたものではないのかということ。
島で生きることと、人間文明社会の中で生きること。どちらが少年たちの幸せなのか。そこに大人はどう責任を果たすのか。
今回のドラマ版は、原作では問われなかったその先のことに暗黙の内に触れているようにも感じました。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
以上、『LORD OF THE FLIES 蠅の王』の感想でした。
作品ポスター・画像 (C)2025 Eleven Film Ltd. All Rights Reserved.
Lord of the Flies (2026) [Japanese Review] 『LORD OF THE FLIES 蠅の王』考察・評価レビュー
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