それはどこまでも仮想現実…Netflix映画『超かぐや姫!』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:日本(2026年)
2026年にNetflixで配信(日本では2026年2月20日に劇場公開)
監督:山下清悟
ちょうかぐやひめ

『超かぐや姫!』物語 簡単紹介
『超かぐや姫!』感想(ネタバレなし)
2026年の今の日本を映す「竹取物語」
日本のアニメにとってメディアミックスは欠かせません。漫画、小説(ライトノベル)、ラジオ、そしてタイアップにいたるまで…。あれやこれやと繋がりを増やすことで日本のアニメ市場は活性化していき、一大産業となりました。そうです、これは商業の原理です。ビジネスなのです。その現実は否定しようもないことです。
2020年代になるとこのメディアミックスに急速にもうひとつの存在が加わることになりました。それはインターネット上で動画配信を行う「YouTuber」、とくに「VTUber」です。
もともとアニメ文化の派生で生まれたようなものであるVTuberは、当然ながらアニメ産業との親和性が高く、容易に混ざりあえました。単に既存のVTuberがアニメに声優として参加したり、楽曲提供するだけでなく、アニメ『夜のクラゲは泳げない』のように作中で登場した配信者をそのまま現実のインターネットでも活動させたり、展開は境界線がありません。VTuberを主題にするアニメも本当に増えました。
おそらくこのVTuberとアニメの連動は今後も10年は続くかもしれません。紛れもなくそれが今のアニメ産業の有り様そのままですから。
今回紹介する2026年の日本のアニメ映画も、そんなバーチャル活動最盛期の時代性の真っ只中に産声をあげた一作として象徴的と言えるのではないでしょうか。
それが本作『超かぐや姫!』。
本作は、あの今に語り継がれる平安時代の『竹取物語』を、バーチャル・リアリティー(VR)のデジタル・ワールドの世界観とそのファンダム文化を土台に大胆に現代バージョンにアレンジしたオリジナルのアニメーションとなっています。主人公は毎度おなじみの女子高校生ということで、全体的にはいつもどおりの日本のアニメです。
真新しさみたいなのは正直それほどでもないのですし、“細田守”監督作や他のアニメシリーズなど先行作品が「現代の日本の若者が退屈な現実社会ではなくデジタル世界で解放を得る」というストーリーを散々やってきて、手垢もつきまくりではあります。
ただ、この『超かぐや姫!』は、単純にメタバースやVR、はたまた配信活動をリアルに描いているとか、ビジュアルデザインやライブパフォーマンスが魅力に作り込まれているとか、そういうことよりも、私は今の日本のバーチャル産業の実力者が本作にがっつり結集していることに存在感があるのだと思いました。
例えば、いわゆる「ボカロP」と呼ばれるVOCALOID文化の有名ベテランが6者も参加しており、楽曲を提供。これだけも業界の注目を集められますし、付随して鑑賞者を見込めるものです。この感想記事では今回は「産業」という言葉をあえてくどく使わせてもらいますが、今作が産業の中でどういう位置づけで「売って」いきたいのか、すごくよくわかる事例だと思います。それは同時に現在の日本でこのバーチャル産業がどれほど力を持ったのかの鏡映しでもありますし。
内容は、歌あり、コメディあり、アクションあり、SFありと、盛りだくさんで、アニメ映画としてはボリューム多めの140分もありますので、見どころには尽きません。
『超かぐや姫!』を制作するスタジオは、『雨を告げる漂流団地』や『好きでも嫌いなあまのじゃく』の「スタジオコロリド」。すっかり「Netflix(ネットフリックス)」専属の日本のアニメスタジオになっていますが、今回も「Netflix」独占配信です。
監督を手がけるのは、これが初の長編アニメーション映画監督作となった“山下清悟”。彼自身は「スタジオクロマト」の代表であり、「ツインエンジン」からのバックアップを受けており、こうして各アニメーターが小さいスタジオを保有し、それを大資本の出資社がまとめあげる…これもいまどきな日本のアニメ産業の姿ですね。
『超かぐや姫!』は日本では好評なようで、配信後に限定劇場公開もされるという盛り上がりっぷり。2026年の顔となるアニメ作品として、この1年、日本の競争激しいアニメ市場で残り続けられるでしょうか。
後半の感想では、ネタバレありで『超かぐや姫!』の中身を語っています。
『超かぐや姫!』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2026年1月22日から配信中です。
鑑賞の案内チェック
| 基本 | — |
| キッズ | 子どもでも観れます。 セクシュアライゼーション:なし |
『超かぐや姫!』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
17歳の女子高校生の酒寄彩葉は母親と仲が悪く、独りで上京してきました。今は健気にバイトをし、生活費と学費を稼いでいました。成績も優秀で、周囲からは優等生だと思われていました。ピアノの演奏も手慣れています。
趣味はゲームであり、こちらもかなりの実力。家ではパソコンに向かって、鮮やかなプレイでオンラインゲーム仲間に絶賛されてもいました。
そんな酒寄彩葉はある存在の推し活にも夢中です。それは、インターネット上の仮想空間「ツクヨミ」の管理人、そして大人気AIライバー(配信者)でもある月見ヤチヨです。
月見ヤチヨの曲を聴きながら、今日の夜もくたくたな体を癒して帰ります。夜空を見上げれば満月。ふと沸き上がる涙をこらえます。
そのとき、流れ星を見つけ、願い事をします。しかし、家路の最中、一本の電柱が七色に光っていました。まるでゲーミングPCのようです。
幻覚だと思ったら、その電柱は扉が開き、中に赤ん坊がいました。呆然 状況が理解できないまま、一旦は無視しようとしますが、警察に届けるべきかと抱きかかえた瞬間、普通の電柱に戻ります。
しょうがないので泣き止まない赤ん坊を抱え、近くの自分の家に駆けこみます。家でどう泣き止ませればいいのかと悩んでいると、子守歌は知りませんが、月見ヤチヨの曲を歌ってみることにします。すると赤ん坊は泣かなくなりました。
対処に困ったまま、疲れ果てて、翌朝。オムツなどの必要な道具を買いそろえ、面倒をみるのに1日が過ぎていきます。せっかくの連休だったはずなのに…。
赤ん坊はなんだか成長が早い気がします。その子を抱きかかえて眠ってしまい、「お腹空いた」と言われ、起き上がる酒寄彩葉。
なぜかその子はすっかり10代前後にまで成長。オムライスを感激しながら平らげます。「あなたどこから来たの?」と聞くと、月を指差すその子。
ずっと思っていた「竹取物語」について触れてみます。状況は似ていました。その物語のあらすじをおおまかに教えると、バッドエンドだと怒るその子。
「ハッピーなのがいい!」と駄々をこねますが、「普通のエンドで結構です」と酒寄彩葉はそっけないです。
朝、その子はもう酒寄彩葉と同じ身長になっていました。さすがに今日は登校しないといけないので置いていきます。
学校終わり、綾紬芦花と諌山真実の仲良しな友達とカフェにいると、ずっと尾行していたあの子が乱入。咄嗟に「かぐや」という名のいとこだと説明してその場をやりすごします。
かぐやはおカネを使いまくり、やりたい放題。離れようとしません。しかたなく「ツクヨミ」に連れていってあげると…。

ここから『超かぐや姫!』のネタバレありの感想本文です。
バーチャル活動でジャパニーズ・ドリーム
『超かぐや姫!』を観て、真っ先に思ったのが「ああ、典型的な“ジャパニーズ・ドリーム”のタイプの物語だ!」ということです。
「アメリカン・ドリーム」という言葉がありますが、その日本版が「ジャパニーズ・ドリーム」。では現代の若者がどういうかたちでジャパニーズ・ドリームを思い描くか。本作はそのお手本そのままでした。
そもそも『超かぐや姫!』の主人公の酒寄彩葉は、あからさまに貧困の立場にあります。親の支援はほぼなく、独りで生活費と学費を稼ぐ日々で、身体的にも精神的にもボロボロの孤立気味。作中ではカジュアルに描かれてはいますが、貧乏を自虐しながら、助けを求められない限界ギリギリの心境を映していました(親友も先生もなんとなく心配はしてくれている)。
その酒寄彩葉にとってゲームと推し活が現実逃避であり、かろうじて命を繋いでいます。このあたりはじゅうぶんリアリティがあると思います。まあ、架空のテクノロジーなので何とも言えないですけど、一体いくらするのだろうとは思いましたけども…。
そんな鬱屈を溜め込んだ現代の日本の若者の象徴のような酒寄彩葉が、ギャル化しており、パリピ感強めな「かぐや姫」と出会うことで、まず最初に身近な救済を得ます。友人とは違う、悩みを共有し合える存在に救われる…。『バーチャルで出会った僕ら』を彷彿とさせます。
このキャラクター・アークだけでも物語として不足無しだとは思うのですが、本作はこの後に2人で配信活動をするようになり、その成功で酒寄彩葉は貧困を脱するのですよね。それどころか、マンション暮らしという明らかに裕福な生活を送れるまでになる…。
配信者になって一攫千金!…というのが、現代の若者が思い浮かべられる最も身近そうな夢である…。その現実感は確かにわかります。
ただ、序盤で提示した貧困へのテーマ的な探究としてはあまりに浅い帰結なのは否めないかな、とも。
本作、無邪気で可愛らしい絵柄のアニメですけど、すごい露骨に「カネで解決!」をぶっ放していますよね。『ドラえもん』の野比のび太だったら、この後にしっぺ返しがあるでしょうけど、本作は成金物語を直球でなぞります。ハッピーエンド…なのかな、これ…。
酒寄彩葉だけではなく、帝アキラ、駒沢雷、駒沢乃依の3人からなるバーチャル・プロゲーマー・グループでもある「黒鬼」こと「ブラックオニキス」のキャラクター勢も、あくまでこの界隈で成功した「おカネと影響力を持っている人」という扱いにとどまり、なんというか、文化的なバックグラウンドにものすごく乏しいのも気になります。
不透明化される産業
その『超かぐや姫!』の無邪気な「カネで解決!」問題をより一層曇らせているのが、本作における「産業」の不透明化です。
どういうものであれ、インターネット上のものは必ず産業の上に成り立っています。「YouTube」には「Google」、「TikTok」には「ByteDance」…たいていは巨大な多国籍企業の手中にあります。日本の大手VTuber事務所企業も、各活動者を契約でコントロールしてIPで儲けるビジネスをしているところです。
しかし、『超かぐや姫!』の舞台である「ツクヨミ」は企業性が全く見えてきません。それどころか酒寄彩葉とかぐやの活動もいろいろ話題になっていくにつれ、当然、いくつものメディアと関与しているはずなのに、その企業性は不問のまま。
なおかつ、本作はそういう本来は企業が利権のために産業として成立させているはずの代物を、さも純粋なファンダムの空間であるように歪曲して描いている傾向が強いです。
「ツクヨミ」は各ユーザーが運営から「ふじゅ~」を貰え、クリエイターを応援できるとありますが、ビジネスモデルを映しません。酒寄彩葉とかぐやは間違いなくそれで稼いでいるはずなのに。中盤で描かれる人気投票も、実際はマーケティングの作用は無視できないのに、あたかも純粋で健全な熱狂だけが世界を構築しているかのように思わせています。
これはハッピーエンドなストーリーじゃなく、企業にとって都合がいいストーリーですよね。
こういう傾向は『超かぐや姫!』に限らず、日本のアニメにはよくありがちな問題で、「産業を主題にしているはずなのに産業を脱臭する」という姿勢をとります。結果、すごく綺麗事なだけで終わってしまいます。実際は企業が「若者の夢を応援します!」という建前で、貧しい若者からおカネをとっている…そういう実態は無かったことになっています。
『ONE PIECE FILM RED』みたいに産業の支配性を風刺したり、『シュガー・ラッシュ オンライン』みたいに有害なファンダムを批評したり…そういう視点もいくらでもできるのに。
『超かぐや姫!』の最後のオチ(酒寄彩葉が10年後に成すこと)なんて、どこぞのテクノロジー系専門学校の宣伝動画みたいでしたよ。この映画が映す青写真は相当に楽観主義的です。
極めつけは、捻りとして終盤にぶっこまれる真相(月見ヤチヨの正体)で、ここまでくるとオタク・ナショナリズム全開なんですよね。まさに産業じゃなくて宗教として神秘化するまでに踏み込んでいるような…。
でもこういう現実の脚色が日本の今の若者に好まれるだろうというのも事実。個人にとってはエンディングがバッドなのかハッピーなのか、そこしか見えません。あまり産業構造とか、そういうものには見て見ぬふりをしたい心理がある…。けれどそれこそが実のところ、若者を貧困化させているはずなのですが…。
『超かぐや姫!』を観ていて、これから5年後の日本はここまで無邪気な表現の自由を前提とする作品を眺められるのだろうか…と、そんな杞憂も感じたりしました。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
以上、『超かぐや姫!』の感想でした。
作品ポスター・画像 (C)Netflix
Cosmic Princess Kaguya! (2026) [Japanese Review] 『超かぐや姫!』考察・評価レビュー
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