申し訳ございません…映画『ブゴニア』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:イギリス・アイルランド・韓国・アメリカ(2025年)
日本公開日:2026年2月13日
監督:ヨルゴス・ランティモス
自死・自傷描写
ぶごにあ

『ブゴニア』物語 簡単紹介
『ブゴニア』感想(ネタバレなし)
陰謀論が悪化し続けるこの時代に
2025年もそれはもう夥しい数のデマや事実無根の陰謀論が吹聴され、拡散され、信じる人が続出しました。「妊婦がタイレノールを服用すると子どもが自閉症になる」だとか、「ハマスへのコンドーム購入のためにガザに5000万ドルが送金された」とか、「チャーリー・カークを銃殺した容疑者の銃弾には“トランスジェンダーの思想”が刻まれていた」とか、「奈良公園の鹿が外国人観光客に暴行されている」とか…(FactCheck.org;Washington Blade;東京新聞)。
残念ながら人間は「信じたいもの」しか信じなくなり、「検証」は面倒になり、不正確なAIに依存し、2025年も一段と衰退してしまいました。
私もその人間のひとりとしてこの「ヒト」という地球に生息する生き物の未来が本当に危ういと痛感しているのですが、どうしたらいいんでしょうね…。
今回は今やすっかり身近になった陰謀論にハマった平凡な人を主人公に、平凡な出来事が平凡に描かれる映画を紹介します。
それが本作『ブゴニア』。
本作は、巨大製薬会社のCEOの女性は「地球を侵略する宇宙人」だと信じる男がその女性を誘拐するお話。いや~、平凡ですね…。
『ブゴニア』を監督するのは、シネフィルから大評判のギリシャの奇才“ヨルゴス・ランティモス”。ただ、今作は企画の始まりは曲がりくねっています。
まず本作はそもそも2003年の“チャン・ジュナン”監督による韓国映画『地球を守れ!』(英題は「Save the Green Planet!」)のハリウッド・リメイクです。で、この韓国映画を気に入って「リメイクしたいな~」と考えていたのが、『ミッドサマー』や『エディントンへようこそ』でおなじみの“アリ・アスター”だそうで、彼から企画が始動します。
当初はオリジナルを手がけた“チャン・ジュナン”をそのまま監督に起用しようとしたらしいですけど、健康上の理由で降り、白羽の矢が立ったのが“ヨルゴス・ランティモス”でした。
そして主演に“エマ・ストーン”の起用も決まり、彼女の制作会社も参加して、“エマ・ストーン”もプロデューサーで企画が進行。“エマ・ストーン”は『女王陛下のお気に入り』(2018年)、『哀れなるものたち』(2023年)、『憐れみの3章』(2024年)とすっかり“ヨルゴス・ランティモス”定番俳優になってますね。


ということで、今回の『ブゴニア』では“ヨルゴス・ランティモス”は雇われ監督的なポジションではありますけど、自分がプロダクション全体をコントロールできないと仕事しないこだわりのある人なだけあって、今作でも“ヨルゴス・ランティモス”監督らしさは光ってます。
元の韓国映画と比べると、コテコテのコミカルさは抑えつつ、現代のアメリカの陰謀論界隈を下地にブラック・コメディとして成立しています。脚本は『ザ・メニュー』を手がけた“ウィル・トレイシー”なので、似たような露悪風味の感触です。
実は“ヨルゴス・ランティモス”監督作としては『哀れなるものたち』を上回る製作費だったらしいですが、観てみるとその理由はわかります。
“エマ・ストーン”と共演するのは、『憐れみの3章』でも目立っていた“ジェシー・プレモンス”。彼も監督作の常連になっていきそうではある…。
『ブゴニア』を鑑賞して人間の末路に付き合うも良し。見放すも良し。好きにしてください。
『ブゴニア』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
| 基本 | 拷問や自殺の描写が一部にあります。 |
| キッズ | 残酷な暴力の描写があります。 |
『ブゴニア』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
趣味で養蜂を営んでいるテディと、彼を慕う従弟のドンは、今日も防護服を身にまとって家のすぐ脇の蜂の巣箱を確認しに行きます。近年はミツバチの群れが原因不明の大量失踪をする現象が社会の話題となり、「蜂群崩壊症候群(CCD)」と呼ばれていました。ある人はその原因は農薬や気候変動にあると言い、またある人は政府が食料供給を支配するために人工的に引き起こしていると主張しています。
テディは持論をドンに語ります。これにはもっと大きな裏がある、と。そして結論に辿り着きました。自分たちの生活を脅かす脳にまで侵入する存在がいる…。だから止めなくてはいけない。これ以上の危機を食い止めるために…。そのために2人は鍛え、策を練ります。狙うはひとり。
それはミシェル・フラーという女性です。彼女は世界的に有名な巨大製薬会社「Auxolith」のCEO。ミシェルは超富裕層であり、高級な邸宅に独りで暮らし、順風満帆なキャリアを謳歌しています。
テディはこのミシェルを誘拐する計画を実行しようとします。もちろんドンも誘い、彼も自信なさそうな口ぶりをするも、「これはお前を守るためだ」とテディに言いくるめられ、断ることはできません。
計画実行前、化学的な去勢という名目でメドロキシプロゲステロンを自身に打ちます。本来は女性ホルモンの調整のために使用されるものですが、テディいわく、これによって無駄な雑念を消すことができ、この計画の成否に関わるそうです。子作りも結婚もそんなの価値ない…衝動を殺すんだ…そう彼はゆっくり語りかけます。ドンはここでも了解します。
スーツでキマっているミシェルは企業のPR動画を撮影していました。「多様」という言葉を多用しすぎていると原稿に苦言を呈しつつ、その後は自分で車を運転して移動。家にテディとドンが待ち構えているとは知りもせず…。
家の前で車から降りた瞬間、テディとドンに襲われますが、普段から格闘術の訓練をしているミシェルは2人を撃退し、家の庭先に逃げ込みます。しかし、麻酔で昏睡し、捕まってしまいました。
テディは車内でドンにすぐにミシェルの頭を剃るように命じ、ドンは言われるがままに剃りあげます。
テディはミシェルの正体は「アンドロメダ人」という宇宙人であり、人間に変装していると考えていました。眠っている彼女に抗ヒスタミンのクリームを全身に塗りつけます。これはテディの考えた「他のアンドロメダ人に救難信号を送らないようにする」ための対策です。
そして正装し、自宅の地下に軟禁している目覚めたミシェルの前に立ち、ミシェルに、来たる4日後の月食の前にアンドロメダ皇帝と会談するための交渉を行うよう指示します。
ミシェルは「私は宇宙人ではない」と刺激しないように穏やかな口調で否定しますが、テディは「45歳でその若い見た目はありえない。熱検査もした」と頑なに自説を曲げません。
そして膠着状態は続きますが…。

ここから『ブゴニア』のネタバレありの感想本文です。
ヨルゴス・ランティモスは宇宙人
『ブゴニア』は陰謀論に乗っ取られた現代アメリカの世相を露悪的に風刺するという点では、“アリ・アスター”監督の『エディントンへようこそ』と同質ですけど、あちらと比べると、登場人物も最小限で、プロットもとっ散らかってなくて見やすいです。
実質的な主人公はテディであり、彼の陰謀論者としての存在感は、誇張でも何でもなくリアルがあります。
作中でも描かれていたように、職場では普通に他者と喋れる程度に協調性はあるし、人として平凡なコミュニケーションができる…。それなのにひとたび陰謀論のスイッチが入ってモードが切り替わると、極端に心を閉鎖し、「エコーチェンバー」などと分析して自身を陰謀論者とみなすミシェルを前には対話すら一切拒絶します。
そしてこれも作中で示されるとおり、テディの内にある陰謀論の動機は、両親であり、製薬会社に搾取された母サンディから陰謀論として憎しみを吹き込まれ、父親に見捨てられた孤独が重なり、家族の呪いが圧し掛かっています。
底辺の労働者として格差を解消したければ、労働組合とかで活動すればいいはずだし、またあの地元警官のように気を使って心配してくれる人もいるので、そのサポートに頼ることもできたはず…。
でもテディはそれをしません。本来の「正しい」手段をとれません。意地になってしまい、「世界を救う」というたいそうな名目で「自分の苦しみ」から目を背け、孤立を深めています。
結局のところ、テディを救う術はこの映画内では示唆されません。
それが最終的なミシェルの決断に繋がるわけですが…。もうこんな「地球人」なんて生き物を導くのは無理だよ…という諦めの境地。いや、気持ちはわかる。「ハッピーエンドでクリアするのはムリゲーすぎないか?」って投げ出したくなる…。
この映画内では地球は「地球平面説」というデマどおりのかたちになっているのですが、その姿が余計にボードゲームみたいな絵面にみえて、ますます地球が矮小化されているのが何とも言えない演出です。
もちろんミシェルらアンドロメダ人の行動も、どこか優生思想に近いものなので、賛同は全くできないのですけども…。
それにしても今作のアンドロメダ人のビジュアルといい、演出が凝っていましたね。全体的にステレオタイプな悪者宇宙人な風貌は避け、フェミニンで民族風な存在感を際立たせています。宇宙船のフォルムもそうですけど、デザイナーのこだわりを感じます。
それにミシェルが車内で聴いている曲が“チャペル・ローン”の「Good Luck, Babe!」だったり、この選曲とかも“ヨルゴス・ランティモス”監督らしいと言えば、そう思えてきますね。
今作のオチは元の韓国映画と全く一緒なので別に特異なものではないのですけども、全体として“ヨルゴス・ランティモス”監督の味つけがつくことで、より「宇宙人であった」という結論に説得力が増しているというか…。こう言っちゃあれですけど、だって“ヨルゴス・ランティモス”監督が一番宇宙人みたいな凡人離れしたセンスを持っているじゃないですか…。
自閉スペクトラムの当事者キャスティング
『ブゴニア』は、ミシェルを演じた“エマ・ストーン”も、テディを演じた“ジェシー・プレモンス”も良かったのですが、やはり特筆したいのが、ドンを演じた“エイダン・デルビス”。
作中のドンは自閉スペクトラム(かつては「自閉症」と呼ばれました)という設定になっており、“ヨルゴス・ランティモス”監督はこのドンの役はニューロダイバージェントの当事者をキャスティングしたいと熱望していたそうで、そうして選ばれたのがこの“エイダン・デルビス”だったとか。
ドラマ『思うままの世界』のようなマイナー作はあれど、ハリウッドの有名作で「自閉スペクトラムの役を当事者が演じる」という大々的な事例はかなり珍しいです(目立たない脇役とかはありますが)。
やはりいまだに自閉スペクトラムの役は非当事者がこなして「難役に挑戦しました!」とアピールされるのが関の山ですから。その現状は同時に「自閉スペクトラムの人に俳優の仕事ができるわけない」という能力否定の偏見に繋がっています。
今作『ブゴニア』での“エイダン・デルビス”は俳優経験ゼロだったそうですが、お世辞でも何でもなく見事に名演をみせており、その世間の偏見を吹き飛ばしてくれました。
まあ、表象としては決して評価できるものではないかもですが…。本作のドンの役回りって、その自閉スペクトラム的な性質含めて都合よくサスペンスとして活用されている感じですからね。「良心的な障害者」というベタな型でもありますし。
でも“ヨルゴス・ランティモス”監督作では珍しいくらい同情的な扱いのキャラクターで、そもそもで言えば、“ヨルゴス・ランティモス”監督は束縛的な支配関係を描くのが好物なので、テディとドンの関係軸はこれ以外にあり得ないのでしょう。“ヨルゴス・ランティモス”監督の世界で、幸せな結末を迎える人間はひとりもいませんから。
願わくばこの『ブゴニア』が良い先例となって、自閉スペクトラム当事者で俳優として活躍する人がたくさん増えていくといいなと思っています。
そういう地球の未来があるなら、まだまだこの地球人を滅ぼすのは早いでしょう。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
以上、『ブゴニア』の感想でした。
作品ポスター・画像 (C)2025 FOCUS FEATURES LLC.
Bugonia (2025) [Japanese Review] 『ブゴニア』考察・評価レビュー
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