100年以上前の映画に漂うクィアネス…映画『サロメ』(1922年)の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(1922年、一般公開は1923年)
日本では劇場未公開
監督:チャールズ・ブライアント
さろめ

『サロメ』物語 簡単紹介
『サロメ』感想(ネタバレなし)
クィア・カルト・クラシック?
クィア映画史において「カルト・クラシック」と評される映画を挙げるなら、この作品を紹介しないわけにはいきません。映画黎明期を通過した初期に生まれたこの映画は、単に古い作品であるというだけでなく、逸話を生み出すほどに熱狂させる力があり、それも納得の起源も備わっていました。
それが1922年に制作された本作『サロメ』です。
本作は初出が1891年である“オスカー・ワイルド”の戯曲を映画化したものです。内容自体は新約聖書を元にしており、古代パレスチナの領主ヘロデ・アンティパスを義父に持つ娘のサロメを主役にした物語となっています。実際のところ、新約聖書には「サロメ」という名は登場せず、「ヘロディアの娘」として『マルコによる福音書』に記述があります。
「サロメ」という人物自体が芸術の対象となることは以前からありましたが、今ではすっかり「サロメ」と言えば“オスカー・ワイルド”の戯曲が有名になりました。現在においては、日本でも演劇界にていろいろに翻案されて各地で公演されていますね。
この戯曲そのものがクィアなカルト・クラシックと言えるかもしれません。なにせ生みの親はあの“オスカー・ワイルド”です。ソドミー迫害の時代における同性愛者の芸術家としてもはやLGBTQコミュニティでは伝説的な偉人。ちなみに、1895年には「甚だしいわいせつ行為」(同性同士の性行為を示唆)で有罪判決を受けたため、自身の『サロメ』の初演が1896年にパリで行われたにもかかわらず、当時は服役していたので1度も観ないままに亡くなったそうです。
この戯曲『サロメ』は残忍で背徳的で非道徳的な内容だったために、当時は相当にセンセーショナルに受け止められ、反発も激しかったのだとか。
その戯曲の初期の映画化が本作『サロメ』なのですが、この映画ほど“オスカー・ワイルド”のクィアネスの魂を真正面から受け継いだ作品はない…かもしれないです。
まず本作の映画の企画をして、私費を投じ、主演だけでなく、自ら脚本まで手がけたのが、ロシアの女優“アラ・ナジモヴァ”でした。彼女は同性愛者もしくは両性愛者だったと言われており、“アラ・ナジモヴァ”が交際していたとみなされているアメリカのダンサーで衣装デザイナーでもあった“ナターシャ・ランボヴァ”にこの映画『サロメ』の衣装デザインも任せているんですね。なお、監督の“チャールズ・ブライアント”は“アラ・ナジモヴァ”と見せかけ上の結婚をしていたとされる人物です。
この企画エピソードだけでもめちゃくちゃ「女と女のクィアネス」に満ち溢れていると思うのですが、それゆえなのか、本作映画『サロメ』には「キャスティングされている俳優はみんなクィア当事者だ」なんていう逸話(都市伝説?)さえ語り継がれているほどです。その真偽はさておき、著名なクィア映画批評家の“ヴィト・ルッソ”が1981年の著書『The Celluloid Closet』(後に『セルロイド・クローゼット』としてドキュメンタリー映画に)で言及するほど無視できない映画となりました。
しかし、やはり映画のほうも当時は反応に苦戦したようで、1922年に完成するも一般公開にこぎつけたのは1923年。それでもヒットはせず、“アラ・ナジモヴァ”はひっそり映画業界から引退していきました。
今考えると信じられないですけどね。「こんな傑出したカルト作を生み出したのに?」と…。まあ、今では愛されているので、天国の“アラ・ナジモヴァ”も喜んでいてほしいところですが…。
とにかく『サロメ』と言えばクィアなんです。世間にはさまざまな翻案があるけど、私はクィアな『サロメ』を語りたい…。
そんなこんなで、後半の感想ではこの『サロメ』のクィアネスをもう少しほじくりだしていっています。
“アラ・ナジモヴァ”の『サロメ』はパブリックドメインになっているので、日本でもインターネット上にある本編を自由に観ることができます。
『サロメ』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
| 基本 | — |
| キッズ | 無声映画なので低年齢の子どもにはわかりにくいです。 |
『サロメ』本編動画
「Internet Archive」の映画本編動画です(パブリックドメインとなっているので著作権の問題はありません)。
『サロメ』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
古代パレスチナの属領主(テトラーク)のヘロデ・アンティパスは権力欲しさに自分の兄を殺め、その座を手にしました。最高の権力を手中におさめた今、もはや怖いものなし。毎晩、宮殿で宴会をして好きなように騒ぎ散らかしていました。
そんな中、冷静に真実を見通すことができる預言者ヨカナーンは、前領主の妻であるヘロディアの不貞を言い当てて、さすがに体裁が悪くなった現領主はとりあえずこのヨカナーンを幽閉してひと目につかないようにしていました。
一方、現領主はヘロディアの娘のサロメに魅了されていました。その若く美しさを放つサロメのことをいつもふしだらに眺めています。
そんな視線に飽き、サロメは宮殿を離れ、宴会場から中庭に向かいます。満月の夜空、月明かりの下、自由気ままに寝そべり、直立する若い武装する衛兵にもちょっかいをかけるほどにサロメは自由奔放です。
地下の牢獄を覗き込むと、ヨカナーンが大人しく閉じ込められていました。半裸で腰布だけ座り込んでおり、月の光が注ぎ、やせ細った肉体を照らします。
サロメはヨカナーンに会いたくなり、彼を外に出すための鍵は兵が持っていることを確認。誘惑しながら命令し、鍵を拾わせ、開けさせます。
こうしてヨカナーンは地下の牢獄から連れ出され、夜の空気を吸うことができました。サロメは立ち尽くすヨカナーンの前で今度は彼に狙いを定めて誘惑を続け、口づけをしようと顔を近づけます。
しかし、ヨカナーンはその誘惑に乗ることはせず…。

ここから『サロメ』のネタバレありの感想本文です。
オスカー・ワイルドのサロメのクィアネス
映画の話の前に原作の話を再度。そもそも“オスカー・ワイルド”の『サロメ』の舞台は、四分領の時代です。ユダヤ王国を統治したヘロデ大王の死後、この地域は各領主によって4つに分割されました。この物語はその史実の隙間を創作によって埋め合わせるようなものでした。そう考えると、これは権力闘争をサロメ中心に風刺した作品なのかな。
作中で属領主として君臨している男は、まさに支配欲の権化。権力の風刺のやりかたはいろいろあると思いますが、“オスカー・ワイルド”の『サロメ』は領主をいかにも自堕落そうに富を貪っているというだけでなく、14歳の少女であるサロメを性的にみているという描写で醜悪に表現してみせます。
そう考えると、あの領主は今でいうエプスタインなのかもしれない…。
しかし、この作品は領主の権力だけに主眼を置きません。そこにサロメという若き女性を、単なる「被害者」の枠に収めず、むしろその領主さえも上回る存在として描き切ったことで、当時から多くの大衆は衝撃を抱いたのでしょう。それこそ不道徳だと猛反発さえ起きるほどに。
領主が魅入られ、骨抜きにされるサロメですが、彼女自身もまたあからさまな性欲を隠さず、自分で主体的にそれを求めます。ただ、その相手は領主ではなく。預言者ヨカナーン(洗礼者ヨハネ)です。
信仰に忠実で当然のように禁欲的なヨカナーンはこの幼くも大胆不敵なサロメを無視するのですが、サロメも全く負ける気はありません。この宗教のタブーも平然と踏みつぶす無謀な少女。それは倒錯的な恋心というにはあまりに純真さで片づけることもできない、ある種の狂気です。
しかも、愛情を拒絶されて諦めるのではなく、終幕ではサロメはヨカナーンの生首を手に取り、接吻までする…。
一応書いておくと、サロメが猟奇的なのは“オスカー・ワイルド”の発明ではなく、それ以前からそういう描かれかたをされていました。
“オスカー・ワイルド”はかの有名な「七つのヴェールの踊り」を盛り込むことで(ストリップ・ショーみたい)、このサロメの異常さを芸術性を底上げしながら高めています。
こんな描写ゆえに、このサロメというのは、猟奇的な若き女性という理解不能な恐怖の象徴になりつつ、フェティッシュにも捉えられる、今っぽく言ってしまえばものすごくセクスプロイテーションを刺激するキャラクターになりました。少なくとも一般的な批評では、芸術表現において典型的なファム・ファタールとして定着したと分析されます。
当時の検閲を担当した人は手紙で「半分は聖書的、半分はポルノ的です」と説明していたという話もあります(Smithsonian Magazine)。気持ちとしてはわかる…。
私は“オスカー・ワイルド”の描くサロメというキャラクターが面白いなと思うのは、領主はまさに家父長的な男性の規範的権力の代表格なのですが、それに対抗するにはこちらから盛大に規範を逸脱してやることであると、その反撃の手段を提示していることです。要は性の規範に逆らうことが“弱き者”の武器になる…というわけで…。
作中で領主は首を欲するサロメにドン引きするほどですが、権力者を怯えさせるのはそれすらも凌駕する「欲」であると言わんばかりの展開です。性欲は強者が使えば支配の道具になるけど、弱者が使えば逆に権力者を震え上がらせることができる…。
劇中のサロメは「あなたは私を拒絶した。私を悪く言った。私を娼婦のように、淫らな女のように扱った」と己の自尊心を傷つけられたことに怒ります。政治的な権力者にも宗教的な規範にも歯向かい、自分のアイデンティティを貫いたのがサロメです。
そう考えれば、この“オスカー・ワイルド”の『サロメ』はこれ以上ないほどに非常にクィアなポリティクスに裏打ちされた反逆心をみせつける物語だったと言えるのではないかなと思います。
アラ・ナジモヴァのサロメのクィアネス
そんな“オスカー・ワイルド”の『サロメ』をさらに翻案して生み出された“アラ・ナジモヴァ”の『サロメ』。
なお、“オスカー・ワイルド”の『サロメ』の劇はその内容ゆえに問題視され、規制を受けて、イギリスでは上演できなくなってしまっていたのですが、秘密裏に地下公演が行われ、1931年に正式に禁止が解除されるまでイギリスでも続けられていたとされています。なので1900年代にはヨーロッパを巡業して活動していた“アラ・ナジモヴァ”もどこかしらで観劇したのかもしれません。演劇界の話題には敏感でしょうし、「オスカー・ワイルドの『サロメ』ってのがヤバいらしい…!」みたいな評判はいっぱい耳に入っていたのかな。
その“アラ・ナジモヴァ”は“オスカー・ワイルド”の『サロメ』を視覚的芸術、とくにファッションでさらに磨き上げ、結果、それがクィアネスをもっと頂点へ押し上げました。
「これは2020年代のハイコンセプトなクィア・アートです」と言われても信じそうなくらいに、本作のファッションはまるでドラァグ・パフォーマンスのようです。“レディー・ガガ”や“チャペル・ローン”がいないはるか100年以上前の時代でも、これほどの圧倒的なセンスを放てるとは…。
楽しかっただろうな、あの衣装を作るの…。インディーズの好き放題さがある…。
“アラ・ナジモヴァ”は『椿姫』(1921年)で娼婦を演じたりと、派手なセックス・パフォーマーになりきるのが上手い女優ですが、『サロメ』では自身は40代でありながら14歳の少女を堂々と表現しきっていました。
本作のサロメは強烈なエネルギーに満ち溢れており、催眠術でも使えるのかという妙技で意のままに周囲を翻弄します。清純で貞淑な肉欲という相反する骨格よりも、このサロメはビジュアルのキャンプさで自身を定義づけているような感じでした。
「キャスティングされている俳優はみんなクィア当事者だ」なんていう真偽も怪しい逸話があるという話は触れましたが、「異性装の人も混じっている」という噂もあって、でもそういう噂が立つのもわかりますね。異性装者がいても何ら変ではない風景でしたから。
ここまでやられてしまうとヨカナーンすらクィアなキャラクターにみえてきます。いや、衛兵みんなパンセクシュアルでもおかしくない…。きっと大皿のヨカナーンの首を囲んで、殺されてもなお生き返って踊り狂うサロメを中心に、みんなでお祭り騒ぎをするんだよ、あのラストの後は…。ほら、生首のヨカナーンも心なしか微笑んでいるよ…。
ということで、“アラ・ナジモヴァ”の『サロメ』は、現代で言うところのクィア・ホラーであると解釈してもいいですけども、カルト作としての輝きはモノクロの中から今も溢れているのでした。
シネマンドレイクの個人的評価
–(未評価)
LGBTQレプリゼンテーション評価
?(匂わせ/一瞬)
以上、『サロメ』(1922年)の感想でした。
作品ポスター・画像 (C)public domain
Salomé (1922) [Japanese Review] 『サロメ』考察・評価レビュー
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