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「クィア作品」の意味とは? 私とあなたのクィア作品の定義の交流会

クィア作品とは?

LGBTQ+関連で「あらためて考えてみる基本用語」のシリーズ記事。

今回は「クィア作品」という用語をとりあげます。

私のこのウェブサイト「シネマンドレイク」でも、映画やドラマの感想でよく「クィア作品」(クィア映画など)というフレーズを紹介に用いることがあります。最近は日本の配給でも「クィア」という言葉を宣伝に使うところも散見されるようになってきました。

さも当たり前のように何気なく使ってしまっていましたけど、この「クィア作品」とはどういう意味なのでしょうか? 「目にしてはいたけど、あらためて意味を聞かれるとわからない…」という人も少なくないはずです。

この「クィア作品」についてもっと掘り下げてみましょう。

※この記事は私が個人用に整理していたメモを多少構成を変えて修正して公開するものです。あまり専門性がなく、完全に網羅して整理もされていないのですが、それでもよければ読み進めてください。随時、内容を更新することがあります。
  • 「クィア(queer)」という言葉には、複雑な歴史があり、現在も単一の意味はない。
  • 「クィア作品」が何を意味するかは、人にとってそれぞれの捉え方が異なる。

そもそも「クィア」ってどういう意味?

「クィア」という言葉の歴史

まず「クィア(Queer)」という言葉の意味を、歴史を振り返りながら簡単に整理しましょう。

ラ・トローブ大学の歴史学のティモシー・W・ジョーンズ准教授によれば、この「queer」という単語の起源は定かではないそうですが、16世紀初頭には英語圏に現れたようですLa Trobe University

当時は奇妙な」「風変わりなという意味合いで、精神的な異常者とみなされた人や、それ以外の不適切とされる言動の人を指していたとのこと。イングランド北部には「there’s nowt so queer as folk」(人間ほど奇妙なものはない)という古い言い回しがあったくらいです(ちなみにこの言い回しを元ネタにして1999年に同性愛者を主役にした『クィア・アズ・フォーク』というイギリスのドラマシリーズが製作もされました)。

それが19世紀後半になると性的逸脱の意味が加わり、20世紀初頭には性的な点で規範的でないことが明白に見て取れる男性を意味するようになりました。とくに同性愛者の男性を指す口語表現となったわけです。ただし、当時は今と違って同性愛とトランスジェンダーを明確に分けていなかったので、ざっくりまとめるように「非異性愛・非シスジェンダーもしくは異性装的」という特徴を示す男性を指していたと捉えるべきかもしれません。

ではこの20世紀初頭から「queer」は同性愛者の男性を侮辱する言葉として使われていたのでしょうか?

どうやらそう話は単純ではないようです。

確かに「queer」が侮辱的な言葉として使われていることもありました。同時に、肯定的な自己表現として使う事例もこの時代からありました。同性愛者の男性当事者の中には自ら「queer」という言葉を使っている人もいました。

どういうニュアンスで使っていたのかは人それぞれだったようです。当事者が半分は自嘲的に自認する際に使われることもあったでしょう。それは「侮蔑か、肯定か」という単純な二分類はできない感情だったのかもしれません。当時の性的マイノリティへの迫害が濃い社会の空気を思えば、それも納得です。

そんな中、1950年代から1970年代にかけて「ゲイ(gay)」という言葉が性的マイノリティのコミュニティ内で普及します。この「gay」は当時のアメリカでは性的マイノリティを指す包括的な用語でした。後に当事者の社会運動で使われてるより包括的なフレーズとしてLGBTが定着します(そして「LGBTQ+」などへと派生していきます)。

となると「queer」という言葉の居場所は失われ、消えていったのでしょうか。

そうはなりませんでした。「queer」という言葉に新しい出番が舞い込んできます。

当事者の権利運動がますます勢いを増していた1990年代。「gay」は同性愛者の男性を指す意味に限定され、「queer」と同義語でもなくなり、この若干居場所を持て余した「queer」に新しい活用を見いだす当事者たちが現れます。

セクシュアリティやジェンダーに関する規範的な考え方に挑戦する批判的かつ政治的なアイデンティティとして使われるようになったのです。他にも性的マイノリティを指すシンプルな包括的な一語として使ってみたり、既存のラベルで自分を表現したくないけど何か存在を示したいときに使ってみたり…とにかくあれこれと応用できる便利な単語になりました。

こうして特定の言葉を「ネガティブ」な立ち位置から「ポジティブ」に変えていくという試みは、性的マイノリティの当事者の社会運動ではよく観察される出来事で、何も珍しくありません。

このように「クィア(queer)」という言葉は思ったよりも紆余曲折があり、その時代や地域で意味が変わり、今も複雑で多様な使われ方をしています。

「クィア」は差別用語?

では、現在において「クィア(queer)」はもう差別的な言葉ではないのでしょうか。

確かにもはや当然のようにとくに英語圏の当事者コミュニティの中でも使われる用語になっており、侮辱語として忌避する空気は年々薄れてきています。あえて放送禁止用語とかにもなっていません。日常で使うのもタブー視されるほどの問題はないです。

しかし、この言葉が普遍的に受け入れられているわけではないことに注意が必要です。ことさら、この言葉に嫌な経験を持つ人々(英語圏の年配の人に多い)にとっては、自分のアイデンティティを定義する言葉としては受け入れないかもしれません。

Merriam-Webster」では、「“queer”は中立的または肯定的な自己記述として使用されますが、軽蔑的な使用の長い歴史があり、クィアであると認識していない人に使用すると不快とみなされる可能性があります」と補足で解説しています。

なので「クィア」は差別用語ではないけど、少し注意が必要な言葉…くらいに受け止めておくといいと思います。嫌がっている人に向けて執拗に「クィア」という言葉を当てはめないとか、そういう基本の尊重の姿勢があれば良いでしょう。

これは「クィア」という言葉に限った話ではないですが、性的マイノリティのコミュニティでは、自分たちが使う、もしくは自分たちに向けられる「言葉」について、絶えず葛藤し議論し疑問を投げかけ向き合い続けてきました。それ自体がアイデンティティと社会の狭間での生存のための手段でした。

おそらくこれからの未来でも「クィア」という言葉の意味や使われ方は変わっていくでしょうし、感じ方も変わっていくのだと思います。

「クィア作品」とは?

ということで本題です。

前述したとおり、「クィア」という言葉自体にも非常に複雑な意味合いがあったことから察せられると思いますが、「クィア作品」という言葉も単純には説明できない複雑さを持ち合わせています。

「クィア作品」とは何なのでしょうか?

性的マイノリティのキャラクターが描かれていたり、性的マイノリティのストーリーがあったり、主題になっていたりすれば「クィア作品」なのでしょうか

それとも性的マイノリティ当事者のクリエイターが作った作品が「クィア作品」なのでしょうか

おそらく両方とも正しいです。というか、絶対に正しい唯一の答えはないです。

性的マイノリティのキャラクターや物語がなく、かつ性的マイノリティ当事者が作っていなくとも、「クィア作品」と呼ばれることもあります。それはその作品に「セクシュアリティやジェンダーに関する規範的な考え方に挑戦する批判的な姿勢」が感じ取れた場合です。この解釈もまた「クィア」の意味ともズレていません。

このため「クィア作品」が包括する射程は想像以上に広いです。

結局は「クィア作品」といったときの「クィア」はジャンル的な用法ですが(「ジャンルではない!」という考え方もまたあるでしょう)、どのジャンルでもそれを定義するのは至難の業です。「“SF”を定義しよう」とSFファンたちに持ちかけたら大変なことになるのと同じです。

「クィア作品」というべきか、「LGBTQ作品」というべきか、迷うことがあります。どちらも基本的に同じかもしれません。しかし、「LGBTQ」は連帯を表す包括的なフレーズなので、その意味合いを受け手は期待することもあります。例えば、「LGBTQ作品」と銘打っているのに、ゲイ男性を描いた作品しか紹介されていないなら、「LGBTQ作品」の使用は適切でないとも言えます。

結局のところ、人にはその人の「クィア」があると同時に、その人の「クィア作品」の捉え方があります。その個人の感性を尊重しましょう。そしてその違いがあるからこそ、奥が深くて面白いのだとも思います。

「この映画をクィア作品として読み解く人もいるんだ!」といった自分にはない価値観に出会えるのは新鮮です。「クィア作品」という言葉は、作品の批評の幅を広げますし、創作に新たな視点をもたらすことだってあります。

そうやって「私にとってのクィア作品」と「あなたにとってのクィア作品」を交流させ合い、「クィア」の言葉はもっと豊かになっていくのではないでしょうか。


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雑談
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シネマンドレイク

ライター(まだ雑草)。LGBTQ+で連帯中。その視点で映画やドラマなどの作品の感想を書くことも。得意なテーマは、映画全般、ジェンダー、セクシュアリティ、自然環境、野生動物など。

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