社畜に逆転劇はありますか?…映画『グリンゴ 最強の悪運男』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:アメリカ・メキシコ・オーストラリア(2018年)
日本公開日:2020年2月7日
監督:ナッシュ・エドガートン
グリンゴ 最強の悪運男
ぐりんご さいきょうのあくうんおとこ
『グリンゴ 最強の悪運男』あらすじ
朝から晩まで真面目に働いていたハロルド。しかし、現実は残酷だった。人生を捧げてきた会社からクビを言い渡され、友人だと思っていた経営者にだまされ、最愛の妻まで横取りされてしまう。どん底に突き落とされたハロルドは上司のリチャードとそのパートナーのエレーンへの怒りを溜め込んでいく。そんな中、仕事先のメキシコで予想外のトラブルが起こり…。
『グリンゴ 最強の悪運男』感想(ネタバレなし)
正直者は映画を観よう
日本全国のサラリーマンの皆さん、毎日バカ正直に働いていますか?
クソみたいな組織の中で、クソみたいな客を相手に商品やサービスを売り、クソみたいな取引先と仲良いふりをして、クソみたいな上司に媚びへつらい、クソみたいな部下に白い目でみられ、クソみたいなルーチンワークを日々こなしている。
自分って一体何のために存在するのか疑問に思ってきませんか? 給料をもらうために仕事をすることへの意義を見失っていませんか? 働いているだけのロボットみたいになっているという実感がありませんか?
もしそんなふうにちょっとでも考えているのならば、よし、『グリンゴ 最強の悪運男』を観よう。
これで劇場には死んだ目をしたサラリーマンが押し寄せて、異様な空気になるなぁ…。
おふざけはそれくらいにして、でもこの本作『グリンゴ 最強の悪運男』はそういう社畜の労働者には他人事ではいられない映画になるかもしれません。本作の主人公は製薬会社の管理部長なので、それくらいのキャリアの人にはとくに刺さります。
物語は、自分をクビにするクソ上司とその上司と浮気する妻にブチ切れた主人公が行動を起こす…という内容。それがどんな行動なのかは結構他の映画サイトではあらすじとして書いてしまっているし、公式サイトや予告動画でもデカデカと載っているのでここでも説明しますが、自分が誘拐されたと嘘をついて偽装します。しかし、話はそれだけでは終わらず…というのが面白いところ。二転三転、さらに反転と、忙しい映画です。
気軽に観られるドタバタ・サスペンスですね。
本作の製作は今やプロデューサーとしても大活躍している“シャーリーズ・セロン”。アクションの『アトミック・ブロンド』、母親ドラマの『タリーと私の秘密の時間』、恋愛喜劇の『ロング・ショット 僕と彼女のありえない恋』、社会派ドラマの『スキャンダル』と、常に多様なジャンルの映画をプロデュースしており、凄い手腕です。年間2本ペースですからね。
『グリンゴ 最強の悪運男』は2018年の映画でそもそも日本での公開が少し遅いのですが、エンタメ・サスペンスにも手を広げているあたり、本当に“シャーリーズ・セロン”は器用です。
“シャーリーズ・セロン”自身も本作に出演しており、彼女の他に“ジョエル・エドガートン”が重要なクソ上司役で登場。最近の彼の演じるキャラは、“クソ”か“超善人”かの極端な振れ幅でなんか凄い…。
そしてその“ジョエル・エドガートン”の兄である“ナッシュ・エドガートン”が本作の監督です。“ジョエル・エドガートン”も『ある少年の告白』など監督業として良作を生み出していますが、兄の“ナッシュ・エドガートン”も実はかなり前から短編を中心に監督をやっていたそうで、『グリンゴ 最強の悪運男』は長編映画監督第2作目だとのこと。これからはどっちのエドガートンなのか注意しておかないとな…。
肝心の哀れな主人公を演じるのは、『グローリー 明日への行進』でマーティン・ルーサー・キング・ジュニアを演じて大絶賛された“デヴィッド・オイェロウォ”。ここまでコミカルな役柄を見るのは新鮮な気がする…。
他にも、ドラマシリーズ『ウエストワールド』で印象的な演技を見せた“タンディ・ニュートン”、『マンマ・ミーア! ヒア・ウィー・ゴー』でも変わらない姿を見せる“アマンダ・サイフリッド”、『第9地区』や『ハードコア』など変な映画に出ている印象がある“シャールト・コプリー”など、個性の強い俳優が脇を揃えています。
なかなかリアルな人生で上司に反逆したことのある人はいないと思います。でも映画の中でならできるのです。こっそり観に行ってスカっとしてみませんか?
まあ、上級者向けの鑑賞方法としては、「嫌いな上司とあえて一緒に観る」という高難易度スタイルがありますが、これはさすがにハイレベルすぎてリスクも高いので積極的にはオススメしませんけど…。でももしそれに挑戦する無謀者がいるとしたら、ちょっと感想を聞いてみたいですね。
オススメ度のチェック
ひとり | ◯(俳優ファンも検討を) |
友人 | ◯(気軽な一作を選ぶなら) |
恋人 | ◯(気楽なサスペンスを) |
キッズ | △(こんな大人にならないで) |
『グリンゴ 最強の悪運男』感想(ネタバレあり)
何も知らない可哀想なグリンゴだよ!
業界でさまざまな契約を結ぶ有数のプロメチウム製薬のシカゴ本社。その企業の共同代表を務めるリチャード・ラスクとエレーン・マーキンソンはビジネスだけでなく、プライベートでもパートナー関係にあります。
ある日、忙しい二人のオフィスに一本の電話がかかってきました。それは緊急の電話です。しかし、仕事の電話ではありません。「ミスター・ラスク?」と問いかける秘書の声。そして電話がつながれます。その電話先の相手はハロルド・ソインカ。この会社の管理部長です。
「リチャード」と切羽詰まった感じの声がし、なにやら騒がしい物音や叫びが聞こえます。「ストップ」と連発し、まるで今にも危険が迫っているような…。どうやら彼いわく出張先のメキシコで誘拐されてしまったらしいのです。しかも、誘拐犯は500万の身代金を要求しているのだとか。「ペソ?」と思わず聞くと「ドルだ!」と怒鳴るハロルド。ちなみに「1メキシコ・ペソ=約5.75円」なので全然ドルとは額が違います(ペソだとしてもそれなりの身代金ですけど)。
その2日前。通勤するハロルドの姿がありました。彼にはボニーという妻がおり、平凡な家庭と労働の人生を過ごしているように思えます。彼自身も実直で真面目に働いていました。
しかし、ハロルドは知らなかったのです。信頼する友人で上司だと思っていたリチャードは実はハロルドをたいして重視もしていないということを。そしてリチャードはボニーと愛人関係にまであるということを。上司の裏切りと妻の不倫を知らずにただ働き、おカネを稼いで家庭を養うハロルドはまさに井の中の蛙。いや、こういう場合は本当に社畜という言葉がぴったりすぎる。
そんな絶望を自覚していないハロルドは、リチャードとエレーンと一緒に3人でメキシコを訪れることになり、現地の工場長であるサンチェスと面会します。実はこのサンチェスはプロメチウム製薬の商品である錠剤医療用のマリファナをそのまま麻薬カルテルに横流しするという悪事を働いているのですが、案の定、お人好しハロルドは知りもしません。
ところがさすがに少しオカシイと怪しみ始めたハロルドはメキシコでのディナーの席でテーブルにスマホを置いてこっそり録音モードにしながら席を立ちます。そして帰ってきてひとりになった後、リチャードとエレーンが自分がいないときにしていた会話を聞くのでした。そこにはハロルドがクビになることを堂々と話す内容がバッチリ収められていました。
さらに妻とビデオチャットをしていると、ボニーは自身の不倫と離婚を望んでいる心情を告白。
ここでハロルドは完全に把握します。自分は全てに捨てられたんだ、と。このまま負け組として泣き寝入りするのか。異国の地で? いや、したくはない。
そこで夜中にホテルを出てタクシーに乗り込み、ひとりモーテルに泊まったハロルドは、そこで出会ったモーテル経営者の兄弟の協力のもと、狂言誘拐を行うことにします。
部屋のベッドに座り、兄弟になんかテキトーに現地の言葉で罵声っぽいことをBGMで言ってもらいながら、リチャードに電話をかけます。自分で手を叩きながら痛めつけられているふりをする迫真の演技が炸裂。これで立場は逆転、こっちのものだと確信できる…そう考えていた時期がこの哀れな男にもあったのです。
ハロルドはやっぱり何も知らない男でした。
自分を平気でクビにする奴らがわざわざ身代金なんて払うはずがないことを。それどころか元傭兵を送り込んで殺しにかかるなんて…。さらにハロルドをボスだと勘違いしたカルテルが命を狙って刺客を差し向けてくるなんて…。
メキシコのグリンゴ(よそ者)の夜はここから長い…。
真面目はスキルにならないのか
『グリンゴ 最強の悪運男』は主人公のハロルドがとにかくいたたまれないくらい可哀想で、なんですか、「ドンマイ、一緒に映画でも観る?」って声をかけてあげたい…。
会社をクビになる。まあ、あり得る。
妻に不倫された。まあ、それもあり得る。
その不倫相手が上司だった。まあ、ちょっとキツイ。
元傭兵のスペシャリストが殺しにきた。え…。
カルテルの殺し屋もやってきた。は…?
いくらなんでもこんな不幸はないですよ。『ダイ・ハード』や『ジョン・ウィック』でもここまで不幸な目に遭っていないです。それにそっちの映画のアンラッキー主人公勢は自分でその悲劇に対処できるパワーを持っている人だったじゃないですか。
それに比べてこのハロルドはどうです。実質、無能ですよ(失礼な言い方)。どんなアクションテクニックも、不屈の忍耐も持ってませんよ。ノーマル・オブ・ノーマル。ザ・凡人。どうしろっていうんですか。
あらためて「真面目」はスキルにはならないんだなって思いました。ええ。私も真面目に生きるの、やめよう(唐突な宣言)。
作中のハロルドの追い込まれっぷりは観客も“心中お察しします”という気分になります。そりゃあ、酔って現実逃避もしたくなる。しかし、このハロルド、そうやってボケっとしている間にさらなるトラブルが襲来してしまい、どんどん悪化していくので、なんとも哀れな喜劇に発展。
またそんな男が反撃してやろうと自作自演の誘拐を企てるのもなんともアホっぽい。こういうことを言うのもあれですけど、なんとなくクビや不倫したくなる気持ちもわからないでもない。コイツ、ダメなんじゃないか臭がする…。
そんなヘッポコ・ハロルドを熱演した“デヴィッド・オイェロウォ”は、ここまで喜劇役者に徹することができるなんて知らなくて、なかなか新鮮な姿を見せてくれました。『大統領の執事の涙』とか『アメリカン・ドリーマー 理想の代償』とか、過去作では渋い演技をするのがイメージだったのに。大英帝国勲章を持っている俳優が、本作では飲んだくれてギャーギャー喚いているんですよ。
これまで黒人俳優のコメディといえば、某レジェンド級のコメディアンが築き上げてきたドタバタスラップスティックな感じが王道でしたが、最近は『ゲット・アウト』といい、新しいアフリカ系コメディのスタイルを再構築している感じでなんかいいですね。
メキシコはもっと厳しい気もする
その主人公に対して『グリンゴ 最強の悪運男』におけるその他大勢にあたる諸々の奴ら。
まずリチャードとエレーンのクズ上司カップル。いや~、絵に描いたような嫌な奴だった。
こいつらのクズさを示す演出が随所にあって面白く、とくに冒頭の誘拐を告げる電話のシーン。最初は観客にも情報が伏せられているので緊迫感が一応はあります。ところが後にまたそのシーンが、今度はハロルド側も合わせて描かれるとき、電話前にこのリチャードとエレーンはがっつりセックスしているというのがもう憎たらしくて(だから服を直していたのか!と後々わかる)。
リチャードを演じた“ジョエル・エドガートン”は表情があまり変化しない顔で、最低行為をしてたりするのが完全に持ちネタになっている気がする。そしてエレーンを演じた“シャーリーズ・セロン”は悪役っぷりがかなりさまになっており、善悪どっちにせよカッコいいのがズルい。
ハロルドに迫ってくる傭兵ミッチを演じた“シャールト・コプリー”。彼の絶妙な善悪のわからない立ち位置がまたよくて、きっとコイツも本当はハロルドと同じ“利用される側”の人間なんだろうなと思わせます。ミッチが車で盛大に轢かれてすっとんでいくシーンが、ワンカットで撮られているのが個人的にツボ。別にわざわざそんなことしなくてもいいのに、謎のこだわりだった…。
話自体は全体的にコミカルな勢い重視なこともあって、粗が多いのも事実。悪い事態が連発して起こるのに対して、それを打開する最終的な転換のきっかけも「それでいいの?」というレベルで、最終的にハロルドが“勝ち”を得られるというオチも都合よくみえます。麻薬の運び屋であるカレシのマイルズに連れ回されたサニーと親交を深めるくだりもアッサリしていますし…。
DEA乱入以降の、どうやって事態を収拾するんだ…というピークでここぞというところで主人公の唯一の機転や性格の良さが功を奏したというのも良いのですが、メキシコってそんな甘いところでもないと思うのですよね。ましてやメキシコ麻薬戦争モノ映画を散々見て、実際のメキシコのドラッグ業界の現状をドキュメンタリーなんかで知ってしまうと余計にそう思います。
絶対、ビーチサイドでくつろぐハロルドに魔の手が迫るパターンになりますよ、リアルだと。せめてメキシコからもっと離れた場所に逃げないと…。
でも実際もし自分がハロルドと同じ立場だったらどうするかを考えると…。たぶんモーテルに引きこもってシクシク泣くくらいしかできないような…。誘拐されたふりをしただけで勇気があったのかもしれない。
リアルな社畜の皆さん、さすがに狂言誘拐はオススメしませんので、決してマネをしないようにしてください。でも不正の現場を録音したりしておくのは効果的な活用ができるかも…しれないです。何はともあれ正しいことを日ごろからしておくのは悪いことではないはずですから。間違っても悪い奴の仲間入りをしないようにしてくださいね。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 40% Audience 39%
IMDb
6.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 5/10 ★★★★★
作品ポスター・画像 (C)2018 STX FINANCING, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
以上、『グリンゴ 最強の悪運男』の感想でした。
Gringo (2018) [Japanese Review] 『グリンゴ 最強の悪運男』考察・評価レビュー