愉快な韓国ナイトライダー!…Netflix映画『ソウル・バイブス』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:韓国(2022年)
日本では劇場未公開:2022年にNetflixで配信
監督:ムン・ヒョンソン
ソウル・バイブス
『ソウル・バイブス』あらすじ
『ソウル・バイブス』感想(ネタバレなし)
80年代の韓国の車文化に捧げる
1980年代の日本。この時期はバブル経済で盛り上がっていましたが、それは車の文化にも影響を与えていました。俗に言う「ハイソカー」が大人気となったのです。「ハイソカー」というのは「high society car」を縮めた言葉で、ざっくり言えば「上流階級の人が乗りそうなリッチな車」ということ。内装の高級感と性能の高さを両立した当時の都会的で上昇的な暮らしにマッチするような車が持て囃され、一大ブームとなってハイソカー国産車は爆発的に売れまくりました。
ではお隣の韓国はどうだったのか。韓国にとって1980年代の大半は軍事政権下であり、暗い時代でしたが、1987年に民主化宣言が発表され、政権も激変。流れが大きく変わりだします。1988年にはソウルオリンピックが開催されて、韓国は国際的な国の一員になろうという機運が最高潮に高まり、国民も熱狂し始めていきました。同時に1988年に自動車の輸入が自由化され、車の文化も活気づきます。韓国にとっては車の文化も1980年代終盤に新しいスタートを切ったんですね。
そんな韓国の1980年代終盤の車カルチャーをたっぷり詰め込んだ、80年代らしいカラフルなデザインセンスとレトロな音楽で飾り付けられたファンキーなカーアクション映画が登場しました。
それが本作『ソウル・バイブス』です。
『ソウル・バイブス』はジャンルとしては、「ケイパーもの」のクライムサスペンスなカーアクションであり、『ワイルド・スピード』シリーズのような特大の派手さはさすがに無理ですが、それでも韓国映画としてはこれまでにない豪勢なノリで突っ走る作品になっています。そして、何よりも先ほども書いたように、韓国というお国柄がものすごく濃厚に染み込んでいて…。
舞台は1988年のソウルオリンピックを目前に控えた韓国。ここで一発稼いで夢を実現してやる!と意気込んでいる若い運び屋たちが、韓国社会にまだくすぶっていた時代の闇の生き残りに利用され、とある犯罪のために運び屋をしないといけないことになる…そんな物語です。
単純に愉快なカーアクション映画として楽しんでもいいのですが、やはり『ソウル・バイブス』は車好きほど楽しめる作品になっているのは間違いありません。実在のあんな車種やこんな車種がバンバンでてきて、あれとこれを改造して「自分だけの最高にテンションのあがる車を作ってやるぜ!」という趣味全開の映画ですから。
監督は、1991年に韓国と北朝鮮による統一チームが世界卓球選手権に挑む実話を描いた感動作『ハナ ~奇跡の46日間~』(2012年)、1468年の漢陽を舞台にした探偵映画『王様の事件手帖』(2017年)で知られる“ムン・ヒョンソン”。『ソウル・バイブス』は5年ぶりの監督作となる映画ですね。
俳優陣は、『バーニング 劇場版』『国家が破産する日』などの“ユ・アイン”が主人公を熱演し、ハンドルを握ります。最近の主演作『#生きている』では閉じ込められてばかりの役でしたが、今作ではあちこちをとにかく爆走しまくっていて、真逆ですね。
他にも、『背徳の王宮』『7年の夜』の“コ・ギョンピョ”、『無垢なる証人』の“イ・キュヒョン”、ドラマ『人間レッスン』の“パク・ジュヒョン”、ドラマ『十八の瞬間』の“オン・ソンウ”、ドラマ『D.P. 脱走兵追跡官』の“キム・ソンギュン”、ドラマ『熱血弁護士 パク・テヨン』の“チョン・ウンイン”、『三姉妹』の“ムン・ソリ”など。
『ソウル・バイブス』はNetflix独占配信となりましたが、小さい画面で観るのは少しもったいないです。全編カーアクションというわけではないですが、要所要所で盛り上がるカーアクションが炸裂するので、ここぞというときの迫力を損ないたくないですし。
ちなみにある歴史上の“人物”が登場しますが、具体的な説明は作中にないので何もわからないと「これ誰だろう?」となるだけなのですけど、一応、後半の感想で言及しておいています。気になったら以下の後半の感想を読んでみてください。
『ソウル・バイブス』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2022年8月26日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :カーアクションが好きなら |
友人 | :80年代の車文化が好きな人と |
恋人 | :ロマンス要素は薄め |
キッズ | :車好きの子に |
『ソウル・バイブス』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):ソウル大作戦
1988年8月、サウジアラビア。砂地を猛スピードで走る1台の車。それを乗りこなすのはパク・ドンウクとその子分のようなジュンギです。2人は運び屋としてこの地で荒稼ぎしており、今日も箱に入った銃の山をお届け。届け先の所長と呼ばれる男は、ドンウクにポスターを渡します。それはデイトナ・コンチネンタルで、ドンウクにとっては出場が夢でした。おカネも溜まったし、出場だってきっと手が届くはず…。
「また戻ってこい。お前には運転の実力がある」…そう言われつつ、所長に感謝を述べて2人は立ち去るのでした。「韓国に帰るぞ」と意気込んで…。
韓国はオリンピック誘致で湧いていました。ドンウクたちが空港から出ると、すでに歓迎ムードの飾りつけがあります。そんなドンウクたちを黄色いタクシーで出迎える男。地元の親友であるボンナム兄貴です。
さっそく荷物を入れようとしていると、ドンウクの名を呼ぶ謎のスーツ&サングラスの男たちが…。怪しいと察知し、ドンウクは急いで車を走らせ、その場を逃げます。
故郷の町は開発で取り壊されて大部分が消えていました。そのドンウクの車を遠くから視認するある男。赤い車で接近してくるのは、カルチ兄貴率いる赤ジャージのグループ。「お前のいない間に鍛えたんだぞ」とライバルを自認するカルチはアクセル全開で勝負を挑みます。しかし、ドンウクは対面衝突スレスレで回避し、華麗な走行テクニックを見せ、見事なドリフトで砂まみれになり、その砂煙に紛れてドンウクの車は颯爽と消えるのでした。悔しがるカルチを残して…。
馴染の整備工場デヒョン・パンクに到着。そこに1台のバイクが…「兄さん!」と駆け寄ってきたのはドンウクの妹で暴走族をしているパク・ユニです。「かわいいジュンギ、元気だった?」と無邪気。
整備工場の中にはもうひとりおり、「工場を守ってやったんだぞ」と息巻くのはDJのウサムです。久しぶりに懐かしいメンバーが揃いました。
そこに空港で見かけたスーツ&サングラスたちがやってきます。その中心にいたのはアン・ピョンウクという検事。「口の悪さは昔のままだな」と好き勝手にモノをいじくりまわし、カバンの中の札束をばらまき、ドンウクたちの犯罪行為を列挙。「全員違法だぞ」と手錠をかけます。「これではアメリカなんていけないぞ」とドンウクの夢を挫かせつつも、他に目的があるようです。
なんでも高利貸業界の大物であるカン・インスクと、その手下であるイ・ヒョンギュン…こいつらの悪事に関して、ドンウクたちが運び屋になって情報をゲットしてこいという話でした。
運転手選びのテストは明日らしいですが、裏金の帳簿を見つけたらサウジアラビアでの違法行為の件を見逃してやると言われ、乗るしかありません。ドンウクは「ビザを用意してくれるなら信じてやる」と承諾しました。
テストは持ち前のスキルで難なく合格。とあるフロアに案内され、そこにオーラのある女性が現れます。例のカン会長です。「おめでとう、1等賞ね」「イ室長から指示をもらってね」と言われ、詳細な話に移ります。運搬は10回で1回で1000万ウォン、全部で1億の報酬をくれるそうです。ドンウクは安すぎると言い、そこで5回目以降は1人1000万ウォンにすることでカン会長と話をつけます。
これで大金持ちだと有頂天でいる5人。賑やかすぎるこの5人は自分たちが危険なことをしている自覚はありません。そんな人生の運転で大丈夫なのか…。
1人の男は世界を変えられる
『ソウル・バイブス』は冒頭からハイテンションでチャラチャラした奴らの軽快な登場に始まり、かなりの大部分がこのノリで突き進みます。人によってはもうこの時点でウザいと思うかもしれませんが、ある意味では当時の楽観的な韓国社会の空気の反映とも言えます。
そんなパク・ドンウクたちですが、ここで好きな作品として取り上げられるのがドラマ『ナイトライダー』です。80年代に放送されたアメリカのテレビドラマで、私立探偵機関の調査員マイケル・ナイトが高度な知能を持つスーパーカー「K.I.T.T.」を乗りこなして事件を解決する異色のカーアクション。根強いファンがいる人気作です。
この『ソウル・バイブス』におけるドンウクたちもその『ナイトライダー』みたいなフィクションっぽさを醸し出しながら、痛快に描かれていきます。
自分たちの最高の車を改造で生み出すシーンが本作の盛り上がりポイントですが、そこでベースになるのが韓国の現代自動車が生産する「ヒュンダイ・グレンジャー」というのもアツいです。初代のヒュンダイ・グレンジャーはソウルオリンピックを前にして開発された、いわば韓国の新しい時代を象徴するような車。
あのドンウクたちも「これからは俺たちの時代だ!」と息巻いているのがよくわかる場面であり、まさしく韓国はこうやって過去のものを再利用しながら生まれ変わろうとしていたんですね。
カン会長から景気よく大金を貰い、図に乗って行くドンウク一団。しかし、気づいた時にはもう遅い。自分たちが関わっていたのは韓国の歴史の闇の残党であり、まだ民主化したとはいえ、まだ韓国には陰惨なあの時代を築いた奴らが蔓延っていた…。
こうやって物語は中盤に向かって反転していきます。軽そうなノリでもしっかり歴史的・政治的なバックグラウンドを忘れていないというのは、相変わらずの韓国映画らしさです。
そしてその歴史の闇の中心にいるのはカン会長…ではなく、そんな彼女のさらに奥に真の大物がいる。それは誰かと言えば…。
あの野郎に鳥の糞を浴びせたい
『ソウル・バイブス』で序盤から「前の禿げた独裁者」とか散々な言われようで暗示され、前半でも後ろ姿だけが見えるあの人物。
これはもちろん、1980年から1988年2月まで韓国の政権トップに君臨した“全斗煥”(チョン・ドゥファン)大統領、あの人です。粛軍クーデターで実権を掌握し、戒厳令で韓国を暗い時代に変え、『タクシー運転手 約束は海を越えて』で描かれた光州事件のような虐殺を引き起こし、自分に逆らう者には『1987、ある闘いの真実』で描かれたように拷問さえもした…。韓国で最も嫌われているであろう政治家。
“全斗煥”は1988年11月に私財の国庫への献納と隠遁を表明しました。その莫大なカネの話がこの『ソウル・バイブス』における重要アイテムですが、当の本人である“全斗煥”は江原道の百潭寺で隠遁生活を送っていました。本作の1989年と表示されるミッドクレジットのシーンで映るのが“全斗煥”であり、彼のツルっとした頭に大量の鳥たちが糞を浴びせかけて連続爆撃していく…という「ざまあみろ」なシーンで終わっています。
なお、“全斗煥”はいろいろな悪事への追及が止まず、1995年に拘束されて、翌年の1996年8月26日に第一審で死刑判決を受け、その後に無期懲役に減刑され、さらに後に特赦となっています。2021年11月23日に死去しました。90歳も生きましたよ、ええ。国葬は行われませんでした。
『ソウル・バイブス』は一見するとお気楽ですけど、フィクションの強引なパワーで、歴史上の悪人に一発ぶちかますという、『イングロリアス・バスターズ』と同じアプローチの映画だったんですね。
そういう点を理解したうえで観ると、とても楽しさが増す『ソウル・バイブス』。多少の長さもあって中盤で中だるみするという欠点もありますし(DJウサムの恋愛模様とか要らなかったんじゃないか)、カーアクションがVFX頼みになっている感じもところどころあり、今の本物志向な映像業界にとってはやや味気ないのですが、歴史とミックスさせるのは上手い部分だったと思います。
終盤の飛行機での大立ち回りとか、これぞ映画らしい大嘘だ!というバカ騒ぎでしたからね。オリンピックで浮かれる前に、裏で悪さをしている奴をきっちり懲らしめないとダメなんですよ。
日本も国葬なんてしていたら、空から鳥の糞が大量に落ちてくるかもしれないです。きっと公安もそれを防ぐことはできないでしょう。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer –% Audience 81%
IMDb
5.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Song Kyungsub / Netflix ソウルバイブス
以上、『ソウル・バイブス』の感想でした。
Seoul Vibe (2022) [Japanese Review] 『ソウル・バイブス』考察・評価レビュー