ヨーロッパのファシズムの歴史から何を学ぶ?…ドキュメンタリー・エピソード『The Story of Fascism in Europe』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2018年)
日本では未公開
構成:『Rick Steves’ Europe』のエピソード
人種差別描写
ざすとーりーおぶふぁしずむいんよーろっぱ
『The Story of Fascism in Europe』簡単紹介
『The Story of Fascism in Europe』感想(ネタバレなし)
ファシズムのいい加減な情報にネットで染まるよりも
「ナチスをとことん悪者のように言うばかりだけど、全部が全部、悪かったわけじゃない。良いことだってしたでしょ?」
そんな主張をインターネット上で観察するのはそれほど難しいことではありません。というか、めちゃくちゃそんなたくさんの「ナチスは良いこともしていたんです」言説が溢れています。
その主張は本当に正確なのかを歴史的に整理しているのが、“小野寺拓也”と“田野大輔”の両氏が著した『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』(岩波書店)という本。こうした主張の多くに問題があることが細かくまとめられており、必読の一冊です。
「Twitterで私が“ナチスの政策で肯定できることはない”と発言すると、多くの反発がありました。私にナチスの“良い政策”を示し、“こんなことも知らないのか”とばかりに嘲笑う人もたくさんいました」(朝日新聞)
「一つ一つは“良いこと”に見えることが全体としてどのような意味を持つのか、目を光らせていかなくてはなりません」(東京新聞)
著者の専門家が語るように、SNSで蔓延りやすい逆張り的な主張。その背景にはネット上には「正義の反対はまた別の正義」「戦争は正義同士の戦い」みたいな浅い認識に基づく偽りの中立論が蔓延しているのもありますが、でもそうした考え方に染まりきって固執している人を一瞬で説き伏せる魔法のような言論もまた存在しないわけで…。
結局は歴史を精細に見つめ続け、真摯に学ぶという地味なことを徹底するしかないのでしょう。
今回紹介するドキュメンタリーも「歴史から学ぶ」という立場に立ち、その補助をしようと志す作品です。
それが本作『The Story of Fascism in Europe』。
本作は『Rick Steves’ Europe』というドキュメンタリー・シリーズのひとつのエピソードで、2018年に公開されました。
まずこの番組の顔であり、語り部でもある「リック・スティーブス」という人物を紹介しないといけないですね。
”リック・スティーブス”は日本だと全く知名度は無いですが、アメリカではわりと名の知れている有名人で、旅行作家として大ブレイクしたアメリカ人です。
1955年生まれの”リック・スティーブス”はノルウェー移民の家系で、子どもの頃から両親と一緒によくヨーロッパを旅したそうです。大学ではヨーロッパ史を学び、20代からツアーガイドとして働き始め、旅行ガイドブックを書きます。そして1991年に『Travels in Europe with Rick Steves』という番組を持ち、すっかり知れ渡ります。今や旅行業界の超大物です。
”リック・スティーブス”は何かとアメリカに籠りがちなアメリカ人に海外へ個人旅行する楽しさを伝え、それを普及させました。
その”リック・スティーブス”ですが、政治社会活動にも精力的です。彼自身は典型的な熱心なキリスト教信者であり、いかにもアメリカ白人らしい人物。その一方で、長年、民主党支持者であり、貧困対策や人権保護に関心を持って取り組み、アメリカの軍国主義を批判することもありました。
”リック・スティーブス”の姿勢の良さは、「旅行」を単なる現実逃避の享楽や観光消費と捉えるのではなく、海外の現地に実際に足を運んで観光名所から歴史を学び、それが自分の人生を豊かにするのだという「教養」として位置づけていること。旅行プレゼンターでありつつ、歴史ファシリテーターであり、旅行を得意武器として活動家をやっている人なんですね。
話を『The Story of Fascism in Europe』に戻すと、本作はまさにその”リック・スティーブス”の「旅行×政治×歴史」の掛け算が最も綺麗に組み合わさっている作品のひとつで、旅行ガイド風に進行しながらヨーロッパにおけるファシズムの歴史を学ばせてくれます。当然、本作が“ドナルド・トランプ”が1期目の大統領中だった2018年に公開されているのも偶然ではなく意図があるのだろうなということは察せられると思います(作中で“ドナルド・トランプ”は一切でてきません)。
とにかく「ヨーロッパのファシズムを学ぶ」というと、いきなりすぎて抵抗があるかもしれないですけど、旅行気分で触れてみませんか?という敷居の低さはちょうどいいのじゃないかなと思います(作中では歴史家など専門家も多数出演しているので正確性はしっかり担保されています)。
『The Story of Fascism in Europe』はYouTubeの公式チャンネルで配信されています。
『The Story of Fascism in Europe』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
基本 | — |
キッズ | 大人の補助のもとで歴史の勉強に使えます。 |
『The Story of Fascism in Europe』動画
『The Story of Fascism in Europe』感想/考察(ネタバレあり)
始まりはただの棒の寄せ集め
ここから『The Story of Fascism in Europe』のネタバレありの感想本文です。
「ファシズム(Fascism)」とはそもそも何なのか。辞書で調べれば、「極右、権威主義、超国家主義の政治思想および運動」と説明されていますが、これだとよくわかりません。
『The Story of Fascism in Europe』では”リック・スティーブス”がその語源から簡単に説明してくれます。もともとはラテン語の「fasces」に由来し、棒の束を意味しており、もっと言うと斧を形成するために束ねられた棒のこと。その名のとおり、ファシズムは結集することから始まります。それがどんなに粗末な棒きれでも…。
本作では1920年代から1930年代にかけてファシズムが国家社会を牛耳ったヨーロッパの国であるドイツとイタリアに焦点をあてます。
ドイツとイタリア。二国とも第一次世界大戦における歴史は違えど、その戦後の状況は似たりよったりでした。民主主義が一応は国の土台になるもあまりに弱々しく、経済は落ち込み、失業率も悪化。不満は増大するばかりです。国民は政府を信用できなくなり、自分たちのこの絶望を好転させてくれるような次の“何か”を渇望していました。
そこへ現れたのが、ドイツでは“アドルフ・ヒトラー”と、イタリアでは“ベニート・ムッソリーニ”。不満を抱く人々の代表だと自称する指導者として前に立ち、国家としての誇りを取り戻すと大見得を切り、一部の大衆を結集させます。
それは当初は本当に小さなギャングみたいなものだと本作では語られます。ヒトラーも「国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)」の組織後は、1923年、なんてことはないビアホールから始まる「ミュンヘン一揆」と後に呼ばれるクーデター未遂事件を引き起こしました。ムッソリーニは街でたむろする兵士を集めて「黒シャツ隊」という民兵組織を作り、自身の勢力としました。
まさにファシズムの語源の表すとおりですね。歴史の目立つどころだけを流し見すると巨大な悪であるファシストのリーダーが君臨していたように思えますが、その始まりはただの寄せ集めの群衆。どうせこんな奴らに何もできないだろう…と世間は思ってしまうような…。しかし、それは絶大な力を持ち始める…。
経済復活…それこそファシズムのレトリック
ドイツのヒトラーも、イタリアのムッソリーニも、政権を掌握すると、すぐさま経済政策を実行するのですが、それらは表面的には成果をだしているようにみえます。
しかし、その経済復活というのがすでに目くらましのようなものであり、それがいかにプロパガンダとして機能したのかを『The Story of Fascism in Europe』は語っていきます。
「経済を復活させる」といっても経済というシステムはそんな単純ではありません。みんな裕福になるわけでもないからです。そこでファシズムでは「経済を復活させる=強い国を取り戻す」という単純な置き換えをして、経済の複雑さから目を逸らします。
そして強い国を取り戻したとアピールするためには「象徴」が必要です。ひと目で大衆に印象づけることができる何かが…。
ということで作中で映し出されるのが、今もドイツやイタリアに健在する象徴的アイコン。ヒトラーはアウトバーンなど築き、自動車産業を看板に使いました。ムッソリーニはオリンピックのためのスタジアムを築き、イベントを利用しました。
いずれも未来都市的でありながら古代ローマを意識しているのが特徴。同時にそれは男らしさ(マッチョイズム)の誇示であり、「男は強くあれ!=それは国も同じ!」と一致させるなど、ファシズムはジェンダーの力場も積極的に活用し、マスキュリニティを扇動していたんですね。
だからこれらは「良いこと」ではない。というか、それを「良いこと」だと吹聴するのがファシズムの本質的な狙いであり、常套手段としてのレトリックなのだということが本作を観るとよくわかります。歴史の証拠が目の前にあるのでね。
プロパガンダは象徴的アイコンだけでなく、メディア戦略も鍵になってきます。映画からハガキまで何でも利用する中、新しいメディアとしてラジオが強力な拡散&リーチを担ったことも作中では説明されます。
こうして、個人を否定し、一体感の熱狂を作ることに成功したファシズム。
なぜ当時の大衆はそれに酔いしれたのか。それは複雑な問題に単純な答えを提示してくれたから。それがまさに人が聴きたかったこと。すぐに状況を変えて欲しかったのです。
ファシズムは「社会を良くします」という特効薬に見せかけるマインドコントロールそのものなんですね。
ファシズムはいつも陰謀論を活用する
『The Story of Fascism in Europe』は経済復興という表の看板の裏で残忍な行為に依存している実態を後半はおさらいします。
禁書、強制収容、惨殺…。その対象は、ユダヤ人、共産主義者、少数民族、性的マイノリティと、どんどん拡大する…。
当然、これらの迫害対象の人たちの経済は良くなってなんかいません。それどころか命が脅かされるのですから。
そしてその迫害の背景にあるのは陰謀論。「背後の一突き」と称される「俺たちを苦しめたのはアイツらの仕業らしい!」「俺らを負け組にさせたのはアイツらのせいだ!」という決めつけ。ヒトラーが獄中で執筆した『我が闘争』はそういう陰謀論だらけの支離滅裂な文章であっても、大衆は支持してしまいます。陰謀論は居心地よさを与えるものですからね。
あらためて思いますけど、陰謀論って人権運動やメンタルケアの真逆の行為ですよね。「尊厳が奪われている」とか「生活が苦しい」という人には、本来であれば「人権の保護を前提に社会を平等にしましょう」とか「精神的な健康面のケアを大切にしましょう」とか、そういうサポートが要るはずなのに。陰謀論は「あなたがツラいのはある属性集団が原因なんですよ」と耳打ちする…。それは結局、陰謀論に染まっている大衆のほうが扇動しやすく政治的に利用しやすいから都合がいい。陰謀論もまた常にファシズムの武器でした。
同時代のアメリカでのファシズムの沸き上がりの歴史は『Nazi Town, USA』でまとまっているので、そちらを参照してください。
『The Story of Fascism in Europe』にて、これらの歴史を観光名所とともに明解に要約して語ってみせた”リック・スティーブス”。彼のその語り方はファシストのリーダーの演説とは違う、自己反省の視座に立ったものなのが余計に際立っていました。
”リック・スティーブス”は、専門家に現在の時代にかつてのようなファシズムは繰り返されますか?と問います。1920年代や1930年代のメカニズムは今、起こっていることを理解するのに有用です。私たちに警告を与えてくれます。
作中のひとりの専門家が語る言葉が最後は耳に残りました。
「複雑な問題に対して非常に簡単な答えを提供する人を信用しないでください」
そういう人が政治やメディアの前で堂々と現れていないか、目を凝らしてみましょう。そしてあなたもそんな「簡単な答え」をつい欲していないのかと自問自答しながら…。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
作品ポスター・画像 (C)Rick Steves ザ・ストーリー・オブ・ファシズム・イン・ヨーロッパ
以上、『The Story of Fascism in Europe』の感想でした。
The Story of Fascism in Europe (2018) [Japanese Review] 『The Story of Fascism in Europe』考察・評価レビュー
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