広告に表現の自由は通用しません!…Netflixドキュメンタリーシリーズ『ペプシよ、戦闘機はどこに? ~景品キャンペーンと法廷バトル~』の感想です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:アメリカ(2022年)
配信日:2022年にNetflixで配信
監督:アンドリュー・レンツィ
ペプシよ、戦闘機はどこに?
ぺぷしよせんとうきはどこ
『ペプシよ、戦闘機はどこに?』あらすじ
『ペプシよ、戦闘機はどこに?』感想(ネタバレなし)
そんなものが貰えるの!?
マイナンバーカードを意地でも普及させたい日本政府の苦肉の策である「マイナポイント」キャンペーン。第1弾と第2弾を合わせて最大2万分のポイントが貰えることを必死に宣伝して国民にアピールしていますが、世間の反応は政治家が考えている以上に冷ややかです。
今の日本政府は何でもポイントにしたがるので、そのうち「企業の給料もマイナポイントにしよう!」とか言い出すんじゃないかと心配になりますが…。
確かに今の時代は「ポイ活」なんていう言葉が生まれるくらい、各企業が展開するポイント経済圏が広く浸透し始めています。一方であまりにもポイントだらけなので、私たち庶民もややポイント疲れを起こしている感じもあり、ポイントが必ずしも人々にポジティブな影響を与えているとも言い切れません。ポイントのインセンティブで大衆を誘導しようという下心は簡単には上手くいかないものです。
ポイント以外だと景品キャンペーンも以前よりもはるかに身近に定着しています。昔はハガキで応募したりするなど参加も限られていましたが、今やSNSで簡単にキャンペーンに応募できますし、企業だけでなく個人さえも気軽に景品キャンペーンを実施している風景も当たり前になりました。こちらも懸賞や景品キャンペーンが定番化しすぎて、あれもプレゼントこれもプレゼントと飽和状態になり、なんだかもう手当たり次第に…という感覚があります。
そんなポイントや景品に翻弄されているだけのようにも思える現代社会で生きる私たちを、「まあ、いいから落ち着きましょうか」とちょっとクールダウンさせてくれるようなドキュメンタリー・シリーズが今回紹介する作品です。
それが本作『ペプシよ、戦闘機はどこに? 景品キャンペーンと法廷バトル』。
なんだか珍妙なタイトルの本作ですが、原題は「Pepsi, Where’s My Jet?」。これは『Dude, Where’s My Car?』(邦題は「ゾルタン★星人」)という2000年のコメディ映画のタイトルのパロディになっています。
この『ペプシよ、戦闘機はどこに? 景品キャンペーンと法廷バトル』は、タイトルが内容をほぼ説明してくれているのですけど、中身がいくら何でも荒唐無稽すぎて頭での理解が追いつかないですよね。
事の発端はペプシです。あの炭酸飲料のペプシ。ペプシはコカ・コーラと熾烈なライバル争いを繰り広げており、1970年代から開幕したその戦いは、激しい広告合戦へと突入し…。そのあたりの経緯についての全体の話題は『COLA WARS コカ・コーラvs.ペプシ』というドキュメンタリーでも解説されているとおりです。
で、そのペプシなんですが、1990年代にあるCMを放送します。それは景品キャンペーンをお知らせするもので、ペプシを買って手に入るポイントでTシャツとかジャケットとかが貰えるのですが、ノリノリなCMの最後にはハリアーに乗った少年が現れて「ハリアー:700万ポイント」とデン!と表示されて終わるのです。注意事項は明記無し。
念のために説明しておくと、ハリアーというのは、正式名「AV-8B ハリアー II」という垂直離陸できる攻撃機、つまり戦闘機であり、アメリカ海兵隊などが配備し、実践投入されているものです。
当然このCMの「700万ポイント貯めればハリアーをプレゼント!」というのも冗談。少なくともCM制作者であるペプシはそう考えていました。
しかし、そう思わなかった人がひとりいました。そのアメリカ在住の20歳の青年が本当に700万ポイントを貯めてハリアーを手に入れてやる!と行動を起こす。その驚きの顛末をまとめたドキュメンタリーが本作です。
『ペプシよ、戦闘機はどこに?』はNetflixで独占配信された全4話のドキュメンタリー・シリーズなのですが、その「本当にこんなことがあったのか!?」と誰もが驚く衝撃的な内容から一部で話題になりました。Netflixは以前も驚きの実話を題材にした『タイガーキング: ブリーダーは虎より強者?!』が話題沸騰となりましたし、こういうドキュメンタリーも見逃せませんね。
『ペプシよ、戦闘機はどこに?』は変わり種の実話解説ドキュメンタリーに興味がある人はもちろん、マーケティングなどの仕事に関わっている人も必見です。というかこれはもう広報や広告制作に関与している人なら研修で見せるべき基礎教材みたいなものですよ。
一見するとふざけた事件を面白おかしく扱っているドキュメンタリーに見えますが、その根底にあるのは「企業は契約を守れ」「広告に責任を持て」という至極まともな組織倫理の話ですから。
『ペプシよ、戦闘機はどこに?』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :下手な映画よりも面白い |
友人 | :友達に薦めて |
恋人 | :暇つぶしにでも |
キッズ | :子どもも勉強に |
『ペプシよ、戦闘機はどこに?』予告動画
『ペプシよ、戦闘機はどこに?』感想(ネタバレあり)
企業広告を作っている自覚なし
ドキュメンタリー『ペプシよ、戦闘機はどこに?』を見て、まず唖然とさせられるのは、例の問題のCMを制作したペプシ側の呆れた態度です。
作中ではCM作成の経緯がそれこそ関係者の証言で詳細に説明されるのですけど、まるで企業広告を作っているという自覚がゼロなんですね。自主制作の短編映画とか、もっと言えばYouTubeやSNSにあげる面白動画をノリで作って楽しんでいるだけの連中に見える…。
案の上、メインで登場する子はぽっちゃりしたダメそうな雰囲気の少年がいいとか、そういうキャスティングの話ばかり夢中になっていて、誰もこのハリアーの描写が法的にマズいとは微塵も感じてない。
後半で明らかになる、「初期の企画では7億ポイントのはずが、ゼロがいっぱい並ぶのは見栄えが悪いという指摘で700万になった」という、あまりにも情けない裏事情がまた残念感をプラスさせる…。
いや、これが本当に短編映画や趣味の動画なら全然いいんですよ。ハリアーを飛ばそうが、潜水艦を登場させようが、何をしようとも…。それは表現の自由です。
けれどもこれは企業広告。企業責任が生じる広告です。法的な契約だって成立しかねない。何を表現しても自由だ!と言い張れるようなステージではないのは当然理解をしていないといけないはずで…。
しかし、このペプシ側はそのリテラシーが炭酸水のごとくシュワシュワと気泡になって溶けてしまっているようで、「大丈夫か、こいつら…」と不安にしかならない…。世界の大企業なんですけどね、ペプシって…。
しかも、本作ではこのペプシが今回たまたまやらかしただけではないことが驚愕の事件とともに語られます。それが1992年にフィリピンで起きた「ナンバー・フィーバー事件」。ペプシのキャップの裏に書かれた数字で賞金があたるというキャンペーンを展開し、1等は100万ペソ。ところが同じ番号がいくつもあるというミスをやらかし、当選した人が続々と出現。販売所に人が殺到し、暴徒化。あげくには死者をだしてしまったという…。
このフィリピンの件が過小評価して黙殺されているあたりは、もはやアメリカの大企業による発展途上国への蔑視というか、植民地主義的なおぞましさすら感じ取れる、かなり嫌な話です。
ともあれ、儲けさえすればいいと思って広告を安易な思いつきで打ち出してしまってきたのは自明。「自業自得じゃないか」とアメリカ庶民が反応するのももっともだと思います。
その後にCMを修正して「7億ポイント」に変更し、「冗談です」と付け加えて再放送するあたりが余計に虚しさを残す…。広告って失敗すると逆に企業イメージを大幅ダウンさせる諸刃の剣だから、やっぱりちゃんと念入りに熟慮を重ねて考えないとダメですよね…。
純真な「ダビデとゴリアテ」
ドキュメンタリー『ペプシよ、戦闘機はどこに?』にて、そんな呆れてものが言えなくなるペプシに対して、冷笑でも注意でもなんでもなく、本気で「戦闘機が欲しい!」とぶつかっていくのがジョン・レオナード。この青年の姿勢がまた印象的です。
当時は20歳でシアトル郊外にある大学に通っていて、CMを偶然に見て、その場で思い立ったジョン。凄いのはちゃんと事業計画を立て、かなり綿密に実行性を練り上げているということ。山登りが趣味だからなのか、目標を決めたらそこまでのルートを決め、着実に一歩一歩進んでいく。スタートアップみたいで、実は起業精神という意味ではビジネスの才能もあったり…。ペプシこそこんな人材欲しいのでは…。
このジョンの純真な姿勢があるからこそ、この事件が泥沼化してお茶らけた感じで終わらないのだと思います。もしこれがおカネ目当てだったら、それこそペプシに完全に丸め込まれて、それこそペプシの広告塔として利用されてしまったかもしれませんが、ジョンはそうはならない。
100年間1日190本飲む必要があるものの、細則にペプシポイントを買えると発見し、当初の想定予算の430万ドルが70万ドルでいいことになり、計画は本格始動。
そこで協力者として仲間になる投資家のトッド・ホフマン。彼は最初みた時は「こいつは大丈夫なのか?」という大人なんですけど、後半ではむしろジョンの良心としてしっかり支えてくれて、「なんていい、アドバイザーを持ったんだ」と感心してしまうというか…。今も付き合いがあって登山しているあの2人の友情は、実は最高の思わぬ“当たり”だったでしょうね。
あそこで攻撃的なマイケル・アベナッティと手を組む方向にジョンが傾いてしまっていたら、本当にジョンは今頃犯罪歴アリの人生だったかもしれないですからね。
ジョンはメディア出演をしまくって注目されるのも、この青年が大企業に挑んで戦闘機を手に入れようとするというストーリーがすごくアメリカンドリーム的なプロットに重なりやすいからであり、これもアメリカならではだなと思います。日本だったら「失礼だ。分をわきまえろ」の一言で社会に一蹴されそうですもんね。
ふと思いますけど、仮に民間企業がハリアーを1機手に入れられて、ペプシがジョンにハリアーを贈呈していたら、おそらくペプシ側の企業宣伝としても莫大な効果をもたらしただろうし、たぶんアメリカ軍も良い宣伝材料になっただろうしで、みんなWin-Winだったのでは?と…。まあ、いかんせんハリアーは値段が高すぎましたね…。ほんと、そもそも戦闘機の値段がバカ高いんですよ…。
ペプシ、虚偽広告をありがとう
ドキュメンタリー『ペプシよ、戦闘機はどこに?』は後半は法廷闘争へと発展していきます。ペプシ側も「大企業が訴えたら、こんな若造はびびって尻尾を巻いて逃げるだろ」と調子に乗って舐め腐っていたら、完全に本格的な裁判沙汰になってしまい、覚悟を決めるしかありません。
結局のところ、裁判はジョンにとって都合のいい結果ではなく、企業びいきと噂のキンバ・ウッド裁判官がだした結論は「戦闘機を支給する義務は無い」というものでした。あのCMの内容であれば明らかにフィクションで冗談だとわかると…。
しかし、この「ジョン・レオナード対ペプシコ」の裁判は思わぬ成果をあげました。この裁判は広告にまつわる重要な判例として、それこそ教科書に載って、この分野の法律を学ぶ誰しもが学ぶ基本となったということ。
ここでこのエキセントリックなドキュメンタリーは誠実な着陸を迎えます。つまり、訴えを起こすというのは、荒唐無稽な内容であっても、法治社会にとって大事なことなのです。そうやって法律を遵守した社会というのが堅実に作られていく。
今回の事件もジョンは思い通りになりませんでしたけど、確実に企業の広告の在り方に関して襟を正す効果はありました。もう同じような二の舞は許されません。「広告はノリじゃなく、ちゃんと法律を守って作らないといけないんだ」という常識が企業の中で再確認されたでしょう。
もうこんなの今は当たり前の話だけどね!と言いたいところですが、最近も日本の某企業が広告で詐欺まがいのことをやらかしていますし、常に何かしら起きるんですよね、この問題。
誇大広告、情報の誤り、セクシャライゼーションなどによる差別や偏見の助長…。近年はネット広告がおびただしい数でネット空間に跋扈し、そのコンプライアンスの酷さも問題視されています。ペプシもびっくりな酷すぎるネット広告は無数にあり、みなさんも嫌と言うほどに目にしているはず。
広告に表現の自由は通用しない。いいえ、正確には表現の自由はあるのだけど、同時にさまざまな企業責任と法律の兼ね合いが生じるので慎重に考えないといけないんだよ…ということ。この大事なことは案外とまだ社会に認知されていないのかも。というか、こうやって定期的に教えていかないと、毎年どこかでヘマする人たちがでてくるのか…。
繰り返しになりますけど、ドキュメンタリー『ペプシよ、戦闘機はどこに?』、ぜひ企業は広報や広告の担当者となった人たちに初回の研修で視聴させておいてください。じゃないと「戦闘機をくれるってCMで言ってましたよね?」という客からの70万ドルの小切手がいきなり届くかもしれないですよ。
最後に、ここでお得なお知らせです。私のサイト内の感想記事にアクセスした人の中から抽選で、特別な戦闘機をプレゼント!
…冗談です。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 100% Audience 76%
IMDb
7.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
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・『スーパーサイズ・ミー ホーリーチキン!』
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作品ポスター・画像 (C)Netflix ペプシよ戦闘機はどこに?
以上、『ペプシよ、戦闘機はどこに? 景品キャンペーンと法廷バトル』の感想でした。
Pepsi, Where’s My Jet? (2022) [Japanese Review] 『ペプシよ、戦闘機はどこに? 景品キャンペーンと法廷バトル』考察・評価レビュー