それは悪いものじゃない…映画『スマッシング・マシーン』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2025年)
日本公開日:2026年5月15日
監督:ベニー・サフディ
自死・自傷描写 恋愛描写
すまっしんぐましーん

『スマッシング・マシーン』物語 簡単紹介
『スマッシング・マシーン』感想(ネタバレなし)
こちらはベニー・サフディ監督作
2025年はいつもは兄弟で監督していた“ジョシュ・サフディ”が単独監督作として手がけた『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』が米アカデミー賞で作品賞や監督賞、脚本賞、主演男優賞にノミネートされ、キャリアをまた高めました。
実はその“サフディ兄弟”のもうひとり…“ベニー・サフディ”も単独監督作を公開したのですが、なぜかこちらは米アカデミー賞からは総スカンを食らっていて…(ヴェネツィア国際映画祭では銀獅子賞を受賞したのに)。どうしてなのかな。私は個人的にはどっちかと言えば、この“ベニー・サフディ”の単独監督作のほうが好きだけど…。
ということで、その映画が『スマッシング・マシーン』です。
“ベニー・サフディ”は最近はドラマ『THE CURSE/ザ・カース』を手がけたり、さらには俳優業にも精力的で、『ザ・スーパーマリオギャラクシー・ムービー』で「クッパJr.」の声をやったりするくらいに多芸ですが、映画監督の腕前も落ちていませんでした。
実はこの『スマッシング・マシーン』は、偶然なのでしょうけども『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』と似ているところが多く、「スポーツの勝ちに執着するアメリカの男が、異国の日本で惨敗して人生を崩壊させ、再起にもがく」という物語の主軸は同一です。そのため、本作も一部の舞台は日本となり、やたら日本の風景がでてきます。
ただ、『スマッシング・マシーン』は卓球じゃなくて総合格闘技が主題で、実在の人物を映すので完全に正真正銘の伝記映画です。
『スマッシング・マシーン』が描くのは「マーク・ケアー」という元レスリング&総合格闘技で名を馳せたアメリカ人の男です。私は格闘技に疎いので全然知らなかったのですけども、さっきも書いたとおり、日本でも試合をしていたので、日本の格闘技ファンの間では知られているみたいですね。
もともと2002年に『The Smashing Machine』というマーク・ケアーを主題にしたドキュメンタリーがあり、それを劇映画としたのがこの『スマッシング・マシーン』です。
そして「マーク・ケアーを映画にしたい! なんだったら自分が演じたい!」と熱望して企画を進めたのが、本人もプロレスラーである“ドウェイン・ジョンソン”。今作はこのわりとユーモラスな役柄をみせることが多かった“ドウェイン・ジョンソン”が、徹底してシリアスにマーク・ケアーが憑依するような名演をみせており、キャリア史上ベストアクトを披露しているのにも注目ですね。
“ドウェイン・ジョンソン”と共演するのは、『ジャングル・クルーズ』でも一緒だった“エミリー・ブラント”。さらに、総合格闘家の“ライアン・ベイダー”が出演し、加えて、“バス・ルッテン”にいたっては本人役で出演しています。キャスティングからして本物感にこだわっているのがわかります。
ちなみに日本からは“大沢たかお”が短い出番で出演しており、まさか“ドウェイン・ジョンソン”と肩を並べて映画でみられる日が来るとは…。
総合格闘技に興味ない人でも、「男らしさ」の意義を問い直すテーマ性など、現代的な視点でも面白いところが多い映画ですので、『スマッシング・マシーン』をぜひどうぞ。
『スマッシング・マシーン』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
| 基本 | 自殺未遂のようなシーンが一部にあります。 |
| キッズ | 大人向けのドラマです。 |
『スマッシング・マシーン』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
アメリカ・オハイオ出身のマーク・ケアーはレスリング選手でしたが、1997年に総合格闘技に進出。実力は未知数ながらも、デビュー戦でベテランのポール・ヴァレランス相手に強烈なパワーでテイクダウンして圧倒し、勝利を獲得。そこから一気にキャリアは絶好調となりました。
コーチ兼マネージャーのマーク・コールマンは速攻で倒すというマーク・ケアーのスタイルを後押しし、大勢のファンが熱狂。
その一方で、リングの外だと大人しいマーク・ケアー。相手を気遣う優しさもみせます。「感情を抑えないと不安に飲まれる」とインタビューに自身の姿勢を淡々と説明します。
1999年、マーク・ケアーは病院で大きい体を狭めながら椅子に座って待ってました。子どもにサインを求められ、「喧嘩はするな」と静かにアドバイス。日本で行われる「PRIDE」を前に診察に来ていました。
家では恋人のドーン・ステイプルズと暮らしています。ただ、ドーンは雑な性格で、何事にも几帳面なマーク・ケアーとは若干すれ違っています。それでも筋力トレーニングのサポートに付き合ってくれるのはドーンです。
そんなマーク・ケアーはオピオイド(鎮痛剤)に依存しており、家でも腕に注射を打つのをやめられません。何秒か数えながら気持ちを落ち着かせます。
飛行機で日本の東京に到着し、契約について関係者と話します。どうやら契約はもう継続しないらしく、試合前から悩みが増えます。
空いた時間でマーク・ケアーは土産物店を歩き回り、金継ぎの陶器を買ったりします。インタビュアーから「負けたらどうしますか?」と聞かれますが、マーク・ケアーはそれを考えていません。
全員が集めて反則技の説明もあります。マーク・ケアーが得意とする速攻での勝ちは、観客を楽しませるために長く試合を続けてほしい興行主には不都合なようで、マーク・ケアーの持ち技の多くは反則扱いになっていました。
ドーンも日本に来ました。最後の調整中、彼女が部屋に訪れますが、マーク・ケアーの表情は硬いです。それにドーンは不快感を感じ、怒鳴り散らして、激しい口論になります。しかし、すぐに試合が始まるので、リングに向かいます。
相手のイゴール・ボブチャンチンはすでにスタンバイ中。マーク・ケアーが入場すると歓声が沸きます。マーク・ケアーが有利だとみられていましたが、これまでにない対決なので何が起きるかわかりません。
こうして試合開始。しかし、イゴールに組み伏せられ、頭を蹴られまくってKO負けしてしまいます。「これは反則では!?」という抗議も虚しく…。イベントのトップである榊原信行にも不満をぶつけます。
静かにロッカールームに戻り、敗北を痛感して、座って泣き始めるマーク・ケアーでしたが…。

ここから『スマッシング・マシーン』のネタバレありの感想本文です。
スマッシュするマシーンの心
昨今の男性主役のスポーツ映画は、男らしさの問い直しがテーマになることが当たり前となっていますが、例えば、プロレスを題材にした2023年の『アイアンクロー』もそうでした。ご多分に漏れず本作『スマッシング・マシーン』もその系統と言えます。

ただ、『スマッシング・マシーン』は“ドウェイン・ジョンソン”企画なだけあって、リアリズム寄りながらも最終的には優しい作品だったなとも思いました。
本作の主人公であるマーク・ケアーだけでなく、この映画にでてくる多くの総合格闘家たちは、対戦の外…つまりプライベートでは非常に穏やかに描かれています。もちろん感情的になることはあれど、ひとりの人間として生きています。決して狂戦士ではありません。
これは当時の世間のイメージに対する一種のカウンターです。作中でも序盤にチラっと背景が映っていましたが、当時は総合格闘技は野蛮極まりない暴力でしかないとみなされ、「闘鶏」と揶揄されつつ、アメリカ国内では共和党の“ジョン・マケイン”上院議員を中心とする政治的ロビー活動によって、圧力をかけられていました。
その政治的圧力ゆえに、アメリカでの総合格闘技の大会は難しくなり、日本に活躍の場を移すしかなくなった…という事情があるようですが…。
『スマッシング・マシーン』はまさにタイトルのとおり、「スマッシュ(粉砕)」するだけの「マシーン(機械)」にみえるあの大男の素朴なまでの人間性をみせていき、この映画の深みとなっていました。
本作のマーク・ケアーは確かに対戦では相手を大怪我させるほどにぶちのめしますが、試合が終われば相手をひとりの人間として尊敬し、敵意を向けはしません。周囲に迷惑をかけないように、ひたすら謙虚に、相手が子どもであろうと、姿勢は低いです。『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』のあの男にほんの少しでも見習ってほしいくらいですね。
ここは“ベニー・サフディ”監督流の味なのか、ところどころ、ちょっと笑えるぐらいの素朴さも滲みます。サボテンを剪定するくだりとか、絵面としては面白いんですけどね。絶叫マシンにも乗れず、メリーゴーランドに楽しそうにちょこんと乗る姿とか、もはやここまでくると愛おしくもある…。
“ドウェイン・ジョンソン”の繊細な演技も良かったです。今回の演技力を知ってしまうと、今までのような大仰なユーモラスな役柄では物足りなくなってくる感じ。でも“ドウェイン・ジョンソン”のような格闘スポーツ系出身の俳優が、こういういわゆる「賞を狙えるような演技」ができる役の機会に恵まれるってなかなかないんですよね。やっぱりここも格闘家に対する偏見だと思うのですけど、「どうせそういうタイプの俳優にはいつもの定番の筋肉バカな役でもやらせておけばいいだろ」と業界に思われがちなところがあるし…。
なので今作の映画の実現は“ドウェイン・ジョンソン”だけでなく、同じような側に立つ俳優たちには大きな希望になったのではないかなと思います。
堂々と泣き、堂々と負ける
『スマッシング・マシーン』の男らしさの問い直しといて、感情的にも物語的にも大きく際立つのが「泣く」ということと、「負ける」ということ。
前半の日本での屈辱的な敗退のシーンから、大男がめそめそしくしくと泣く姿を映しますが、本作はとにかく泣いて泣いて負けて負けて、そればっかりです。「勝つ」ことにカタルシスをみせるような展開はほとんどありません。
実際にマーク・ケアーは全キャリアでは「15勝11敗」だったそうで、それほど圧勝しているような人生ではありませんでした。本作はその中でもことさら「負ける」ことに焦点をあてる、ちょっと珍しい方向性のスポーツ映画だったと思います。
それはテーマ的にも不可避の語りです。つまり、泣くこと、負けること…それらは何ら男にとっての恥ではないのだということ。その物語を貫き通すことで「男ならば泣くな。負けるな」という有害な男らしさの圧力を静かに跳ね飛ばしています。
物語のアプローチとしては、『クリード 炎の宿敵』のあの対戦相手であるドラゴ側の視点を、この『スマッシング・マシーン』では主軸に据えているような、そういう感じでしょうかね。
薬物依存はなんとか脱しますが、パートナーのドーンのことと言い、決してプライベートも順風満帆ではないです。それでも本作のマーク・ケアーは、仮に世間で言うところの「男らしさの成功条件」というものを満たしていないとしても、だからと言って悲劇の主人公ではありません。
『レスラー』(2008年)なんかと比べるとそのラストの幕引きの違いは明白ですね。悲劇に悲劇が重なり、ぐちゃぐちゃになりながら人生を全うするしかないほどに追い込むこともなく、どこかで「降りる」ということを覚える男の選択。それも悪くはないですよ?という肩の荷を下ろしてあげる優しさ。
『スマッシング・マシーン』のあのエンディングは本作の姿勢がとてもよく表れていたのではないでしょうか。男は歓声の中で格闘をしているときだけが全てじゃない、ただ普通に日常生活を送っているだけでじゅうぶんなのです。自分を苦しめなくてもいい、傷つけなくてもいい、ことさら秀でるようなこともしていなくても恥ずかしくはない…。
ということで“ドウェイン・ジョンソン”と“ベニー・サフディ”のコラボレーションで生み出してくれた『スマッシング・マシーン』は、新たなマスキュリニティを描く映画集団に加わってくれる、頼もしい一作になりました。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
以上、『スマッシング・マシーン』の感想でした。
作品ポスター・画像 (C)2025 Real Hero Rights LLC スマッシングマシーン
The Smashing Machine (2025) [Japanese Review] 『スマッシング・マシーン』考察・評価レビュー
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