女性スポーツのマゾヒズム…映画『ノーヴィス』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2021年)
日本公開日:2024年11月1日
監督:ローレン・ハダウェイ
自死・自傷描写 性描写 恋愛描写
のーびす
『ノーヴィス』物語 簡単紹介
『ノーヴィス』感想(ネタバレなし)
尖りすぎるローイング映画
「ローイング(rowing)」というとピンとこない人もいると思いますが、「ボートに数人が縦1列で座ってオールの動きを揃えて一斉に漕ぐ競技」と言えば、「ああ、あれね」と頭にぽわんと浮かぶかもしれません。
日本語では「漕艇」とも呼ばれ、最近は日本語でも「ローイング」で統一して呼ぶようになったようです。
ひとりが大きいオールを1本持って漕ぐ「スウィープ」と、ひとりが小さいオールを2本持って漕ぐ「スカル」の2つがありますが、どちらにせよ水を漕ぐ動作には全身の筋肉が試されます。めちゃくちゃ持久力が求められるのは、見てるだけでもわかります。
ただ、スポーツとしては地味な部類にあり、あまり注目はされません。例えば、ボート競技を描いた映画があるか?と言われるとあまり挙がってこないと思います。『オックスフォード・ブルース』はロマンチックな男女の出会いの装置みたいになっているだけだし、『ソーシャル・ネットワーク』はなかなかリアルでしたけどワンシーンの演出にすぎないものでした。
そんな中、今回紹介する映画はローイングを主題にした代表作となるでしょう。
それが本作『ノーヴィス』です。
本作はアメリカ映画で、本国では2021年に劇場公開されたインディペンデント作品なのですが、日本では2024年にやっと劇場公開されました。ちなみに日本では近い時期に、ボート部の女子高校生を描いたアニメ映画『がんばっていきまっしょい』が公開されており、偶然ですが、題材がマッチングしています。
しかし、この『ノーヴィス』はボート映画としてのみならず、スポーツ映画としても尖りまくった一作です。
女性のスポーツというと、どうしても「きゃっきゃわいわい」と戯れている、そんな小動物的な感じに描かれがちですし(往々にしてそれは“男性の目線”でもある)、それをまとったスポコン(スポーツ根性もの)としての王道さが軸になっていたりします。これはやっぱり女性のスポーツが男性のスポーツと比べると格下にみられ、男性社会から鑑賞される存在に成り下がっているという、現実の女性アスリートが受けている境遇とも重なります。
対する、この『ノーヴィス』はそんな構図は微塵もありません。それどころか、ものすごく生々しくアスリートが身を投じる極限の状態をジェンダーに関係なく映し出しています。別に「女は集まると陰湿だよね」みたいな女性蔑視の嫌味さとかは全くないんですよ。ただただ心身をどこまで限界まで追い込めるか挑戦するアスリートに迫るマゾヒスティックな映画になっている…。
スポーツ・スリラーと言えばいいのかな…。
この異様に尖った『ノーヴィス』を監督したのは、これが監督デビュー作となった“ローレン・ハダウェイ”。監督としては初なのですけど、映画業界にはすでに長くいて、“ザック・スナイダー”監督作の『ジャスティス・リーグ』(スナイダーカット版含む)などや、“クエンティン・タランティーノ”監督作の『ヘイトフル・エイト』などの、ダイアログ(セリフ)や音の編集の仕事をしていた人物。
あの“デイミアン・チャゼル”監督の『セッション』のサウンド・エディターをしていたと聞いて、「あの映画の異様な演出の研ぎ澄まされかたはこの人の才能でもあったのか!」と納得しました。何が言いたいかというと、この“ローレン・ハダウェイ”、陰の天才です。つまり、世間的に名だたる男性監督の作品の裏にはこの“ローレン・ハダウェイ”という女性の才能が隠れていたということ。知らなかった自分が恥ずかしい…。
実際、今回の『ノーヴィス』もすごく『セッション』っぽいです。物語は大学の女子ボート部に入部した学生を主人公しているのですが、タイトルのとおり、この主人公はボートの初心者(novice)。そんな素の状態からしだいに狂気に染まっていく。その過程をガンガンに演出で攻めて描ききっています。
“ローレン・ハダウェイ”監督自身が大学でボート選手だったそうで、その経験を基に今回の映画を作っています。なので生々しく映像化できるのでしょうね。
あと、『ノーヴィス』の主人公はクィアで(“ローレン・ハダウェイ”監督もクィア当事者)、セクシュアリティを主題にしていなくても、自然と当然のようにセクシュアル・マイノリティが主役になっているのも、地味に良い部分です。
『ノーヴィス』で主人公を演じるのは、『エスター ファースト・キル』の“イザベル・ファーマン”。今作を演じるにあたって、ボート競技のローイングをゼロから身につけ、体力&筋力作りを本格的にこなして、まさに作中の主人公のように初心で頑張ったそうです。
共演は、ドラマ『エドワードへの手紙』の“エイミー・フォーサイス”、『The Good Mother』の“ディロン”など。
ボート競技にもアスリートにも一切忖度しない容赦ない映画の『ノーヴィス』ですが、この危うい世界に体験入部したい人はぜひどうぞ。
『ノーヴィス』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :尖った映画を満喫 |
友人 | :変わった映画体験を一緒に |
恋人 | :デート向けではないけど |
キッズ | :子どもにはやや怖い |
『ノーヴィス』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
大学1年生のアレックス・ダルは試験を記入し終え、急ぎ足で講義教室を後にします。階段を降りて薄暗い冷たい建物内を走り抜けると、ひとりの指導者を前に複数の学生が座っている場所に到着。それは女子ボート部の初心者向けのボート講習です。
なんとか間に合い、アレックスは後ろに座ります。ここで学べるのは余暇で楽しむものではなく、ボート競技としての本格的なものです。少し気が散っていると、先輩がやってきて、トレーニングの姿をみせてくれます。それはローイングマシン(エルゴメーター)で、ボートを漕ぐような動きを再現し、負荷をかけながら全身の筋肉を鍛えることになります。
各自で見よう見まねでやってみることにします。掛け声と共にひたすらローイングの動きを繰り返します。
その後も、アレックスはローイングのことが頭を離れなくなっていました。道を歩いているときも、あの掛け声が脳内で響きます。夢中でした。それしか考えられません。
次は初心者の学生で実際のボートを水辺に持っていき、浮かべます。ボートだけでもかなりの重さです。息を合わせないとこれもひと苦労です。そしてみんなで乗り込み、漕ぎ出します。しかし、最初は全く動きの統制がとれず、ろくに前にも進みません。
アレックスはどうやったらあの完璧なフォームをモノにできるか、そればかりを日常でも考えます。そして室内練習も必死に打ち込みます。汗だくになり、疲労困憊になろうとも、嘔吐することになろうとも…。
アレックスは小さいノートを持ち歩き、アドバイスになることをいつもメモしています。そんなことをしているのはアレックスだけです。
同じ学年にはジェイミー・ブリルという学生もいて、一緒にこの女子ボート部に入部していました。ジェイミーはスポーツ奨学金を獲得するためにこのボートに手を出していました。
先輩は食事も徹底しており、体力をつけることに特化した栄養の食べ物だけを普段から摂取しているようです。初心者の自分たちとはまるで違う世界の人でした。アレックスはついていこうと懸命に日々を過ごします。
しばらく後、アレックスは学業成績が下がるのも全く気にしなくなり、今やボートのタイムを伸ばすことに集中し、アレックスとジェイミーは代表チームの座に近づくことができました。ここで成果をだせればチームの有力選手になれます。
しかし、そんな喜びもつかの間、痛恨のミスでアスリートの道を後退することになってしまい…。
運動は健康にいいけど、競争は…
ここから『ノーヴィス』のネタバレありの感想本文です。
『ノーヴィス』はまず女性のスポーツを主題にしていながら、世間によくあるステレオタイプな扱いが一切ないのが気持ちがいいです。
女性アスリートの運動能力を男性より劣るものとして過小評価もしませんし、男性視点の性的な目線でその肉体を撮らえることもありません。
今作の描かれ方は非常に細部までリアルで、生々しいです。最近は『ナイアド その決意は海を越える』や『ヤング・ウーマン・アンド・シー』、はたまた『野球少女』のようにそんな余計な雑さのない直球の女性アスリート映画がポツポツと現れているのは嬉しいかぎり。
しかし、本作はその女性アスリート映画の中でもさらにひときわ尖っていました。他の女性アスリート映画は「記録に挑戦する」とか「大会に勝ち進む」とか、何かしらの男社会の抑圧の中で奮闘する女性という位置づけが強調されやすいのですけども、この『ノーヴィス』はあえて社会との関わりという描写はバッサリとカットされています。
その代わり、徹底してプライベートな心理スリラーとして没入的に作られており、異様な雰囲気を放っていました。
序盤から観客は主人公のアレックスの言動にヒヤヒヤさせられます。「おい、やめろ、それ以上やるとヤバイぞ…」とこっちがストップをかけたくなるくらいに、アレックスのローイングに対する情熱は危険水域へと直入していくのです。
自分の身体がどんなにボロボロになっても気にしない、あげくには自傷すらする…。他の授業の評価が下がろうとも気にしないし、友人を失っても気にしない…。
明らかにアレックスの心身は危険状態に真っ逆さまに落ちています。
適度な運動は健康にいいというのは科学的な事実ですけど、その運動の中で競争を強いられるのは心身を壊していく…。プロスポーツの有害な側面と言いますか、その実態を遠慮なしで突きつけるような映画です。
正直、この『ノーヴィス』自体はスポーツ映画としてボート競技の宣伝になるような作品ではないですよね。これを観て「ローイング、楽しそうだな~やってみたいな~」ってなる人はあまりいないと思いますから…。
マゾヒスティックに止まらない
そんなあからさまにアンチ・モラルなスポーツ映画である『ノーヴィス』なのですが、それでも目が離せず見てしまうのは、「おい、やめろ、それ以上やるとヤバイぞ…」と思いつつも「でもこの主人公はどこまでいってしまうのだろう…」とその先が気になってしまうからなのかな。怖いもの見たさと言いますか、人間には恐怖や危険を覗きたくなる衝動がやっぱりあるのか…。
そもそもこのアレックスはなぜこんなにもボート競技にのめり込んでいるのか、その動機はイマイチわかりません。冒頭から凄まじい執着心があるように見受けられます。それは錯乱や狂気に近しい心理であり、もう一般人には理解できないですし、同期や先輩も引いているくらいなところさえあります。
強迫的、いや、どこぞの作品ではないですけど、エゴイストなんですね。
アレックスの心理が垣間見えるのが、ダニという人物と付き合い出す展開。そこでベッドシーンにて恋人のダニを前にしていながら、アレックスの頭の中にはローイングする自分の光景が浮かぶ場面です。要するに、アレックスの中ではローイングは極めてエロティックな対象になっており、ある種のローイングそのものへの執着の裏には「愛」があるように解釈もできます。
そういう意味では本作は見境のなくなった愛を描いているのかもしれません。アスリートは極限までいってしまうと、スポーツに対してそんな感情に憑りつかれるとでも言いたいように…。
心身をどこまで限界まで追い込めるかに(または肉体的な拷問に)挑戦するアスリートになっているアレックスをマゾヒスティックに描き出しており、でも異性愛消費前提の性的な感じではないあたり、アレックスがクィア当事者であるというのもさりげなく活かされているのかな。
とにかく本作のローイングに特化する肉体の撮り方は独特でした。ローイングマシン(エルゴメーター)に最初に出会うシーンからして、何やら不穏ですし、そこからの脳内イメージ的な映像の連発が狂気を加速させます。
“ローレン・ハダウェイ”監督の映像と音の編集センスがまた惹き込まれますね。アレックスはもともと社交的ではないっぽいですけど、セリフもほとんど排除されているのも良かったです。茹でられる蟹とかの使い方もナイスでした。あのアレックスは蟹というよりは、泳ぐのを止めると死ぬマグロみたいだったけど…。
ラストの演出も終局にぴったり。雷鳴が轟く暗闇の中、みんなを水中に蹴落としつつ、ひとり漕ぎ続けるアレックス。自分が落ちても這い上がり、また漕ぐ。
“ローレン・ハダウェイ”監督は自身の経験を基にこの映画を作っているわけですが、スポーツ体験を映画にこうやって反映させる人は希少だな、と。スポーツってどうしても「感動!」を売りにするものじゃないですか。それは商業化されてエンターテインメント化しているスポーツの現実なんですけど。だからこそ今の時代、こういう真逆にぶっ込むスポーツ映画も必要なのかなと思ってしまいますね。
実力を証明した“ローレン・ハダウェイ”監督の次回作にも期待したいです。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
△(平凡)
作品ポスター・画像 (C)The Novice, LLC 2021
以上、『ノーヴィス』の感想でした。
The Novice (2021) [Japanese Review] 『ノーヴィス』考察・評価レビュー
#スポーツ #ボート #レズビアン