ヨン・サンホ監督なりのフェミニズムSF…Netflix映画『JUNG_E/ジョンイ』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:韓国(2023年)
日本では劇場未公開:2023年にNetflixで配信
監督:ヨン・サンホ
JUNG_E ジョンイ
じょんい
『JUNG_E ジョンイ』あらすじ
『JUNG_E ジョンイ』感想(ネタバレなし)
ヨン・サンホ監督流のフェミニズム的なSF
BBCは、韓国はアジアで最初に成功した「#MeToo運動」を生み出した国であると記事内で評しています。しかし、上手くはいきません。韓国でフェミニズムが沸き上がった2018年以降、今度は反フェミニズムの波が国中に広がりを見せたからです。
女性差別撤廃のために声を上げる女性たちに対して、とくに10代後半から20代の若い男性は反発し、これは男性差別であると不満を蓄積しています。その背景には、男子だけに課せられる兵役義務が就職にも響くなどの韓国特有の事情があるとされていますが、この反フェミニズムをこじらせた20代の男性は韓国国内では厄介な問題の種です(韓国ではこういう若い男性のことを「イデナム」と呼ぶそうです)。
女性の権利の活動家には脅迫などの嫌がらせが頻発し、女性憎悪が新たな被害を発生させる状態となっています。政府もろくに対応してくれず、結局は女性が尻拭いをさせられるオチです。
社会に蔓延る女性差別の問題も、軍国主義に依存する兵役の問題も、全ては政治家の責任なのですが、日本と同様に家父長的な韓国政府の体質が変わらないことには、女性にも男性にも良い未来が訪れそうにはありません。
韓国映画界が近年は女性を主体的に描いた良作を創出しているのも、そうした情勢に対して映画という芸術が果たすべき役割を考えてのことだと思います。その点はやっぱり韓国映画の良いところですね。
そんな中、韓国映画界のこの人もフェミニズムを骨格に組み込んでいるような作品を投入してきました。
その人とは”ヨン・サンホ”監督です。
”ヨン・サンホ”監督と言えば、2016年に『新感染 ファイナル・エクスプレス』が大ヒット。世界のエンタメ業界で最も話題の韓国クリエイターとなり、2018年の『サイコキネシス 念力』、2020年の『新感染半島 ファイナル・ステージ』と、立て続けに勢い重視のエンタメ快作を生み出し、2021年には『地獄が呼んでいる』というこれまた強烈なドラマを送り込んできています。
作風としてはいかにもオタク男子という感じで、そんなフェミニズムな要素はこれまでの作品には観察できなかったと思うのですが、2023年の早々にNetflixで配信となった新作映画は”ヨン・サンホ”監督なりのフェミニズムを考えてきたデザインになっていました。
その映画とは『JUNG_E ジョンイ』というSFです。
本作は、ジョンイという伝説の傭兵(女性)の脳を複製して最強の戦闘アンドロイドを開発し、戦争で覇権をとってやろうと企む人工知能研究所が舞台になっています。いかにも”ヨン・サンホ”監督らしく、やたらと壮大な世界観、そしてVFX盛り盛りのアクションが満載です。ジャンルとしては『ブレードランナー』や『攻殻機動隊』の延長にあるものですね。
これがどうフェミニズムっぽく展開していくのかは観てのお楽しみ。”ヨン・サンホ”監督としても今作ではわざわざ女性兵士という主人公を設定し(それがとくに韓国ではどういう意味合いがあるかは前述の社会背景で察せると思います)、しかも単純なヒーローではない、捻った仕掛けも用意してありますから、これは意図的なんでしょう。
その物語の鍵を握る女性の傭兵を熱演するのは、ドラマ『地獄が呼んでいる』でも印象的だった“キム・ヒョンジュ”。今回はアクションがクールにキマっています。観る前はこんなにアクションがある映画だとは思わなかった…。
そしてもうひとりの主人公を『競馬場へ行く道』の“カン・スヨン”が演じています。“カン・スヨン”は久々の映画復帰作となったのですが、本当に残念なことに2022年5月7日に55歳の若さで亡くなってしまいました。『JUNG_E ジョンイ』は遺作というかたちになりましたが、“カン・スヨン”の繊細な演技が光る作品になっており、いつまでもその姿を心に留めておけます。
共演するのはこちらもドラマ『地獄が呼んでいる』で顔出ししている“リュ・ギョンス”。今作では非常に癖が強すぎる役をノリノリで演じており、”ヨン・サンホ”監督はこういうキャラを作らせると上手いですよね。
かなり大風呂敷を広げる思い切った設定のSFですが、ジャンル好きなら『JUNG_E ジョンイ』は気楽に味わえるエンタメになると思います。
『JUNG_E ジョンイ』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2023年1月20日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :ジェンダー視点でも |
友人 | :SF好き同士で |
恋人 | :ロマンス要素は無し |
キッズ | :わずかに性描写あり |
『JUNG_E ジョンイ』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):母は戦闘アンドロイド
近未来の世界。急激な気候変動によって人類は宇宙へと移住し、地球と月の軌道面の間に80個のシェルターを作り、一部の人類はそこに暮らすようになりました。しかし、突如としてシェルター8号、12号、13号がアドリアン自治国と名乗り、地球や他のシェルターを攻撃し始めます。連合軍とアドリアンの戦争は何十年間も続き、泥沼化していきました。
ある人工的なエリアで目覚めるひとりの傭兵。その女性は出現したロボット兵の攻撃をかいくぐり、圧倒していきます。ユン・ジョンイはチーム・リーダーとして無線通話で状況報告。「燃料棒のところには着いたか?」と言われますが、大型の敵が襲来し、対処に迫られます。
高速で追いかけてくる敵にロケット弾を撃ち込むも、相手は自己消火して攻撃と追跡を再開。ジョンイは負傷し、そのとき自分の指が剥き出しとなり、内部が機械化しているのを目にして動揺します。
そこで空間は停止。あたりは様変わりして、狭い施設の内部だと判明します。バーチャルな疑似空間で戦闘シミュレーションしていたジョンイと呼ばれるアンドロイドはアームに繋がれています。
「また失敗か」と研究員が入ってきて、「でもさすが伝説の傭兵ですね。大量に倒しました」と他の研究員もコメント。研究員はアームから切り離したジョンイのコントロールを確保し、研究施設内を歩かせて保管エリアでメンテナンスさせます。
同じ施設内の別の場所。セットされた食事に笑えない冗談で文句をつける所長の男は「今日は大事な日だからね」と上機嫌。そこに研究のチーム長が来ます。
所長は今回のプレゼン相手の大物軍人たちがすでに見ていることに気づき、「クロノイド研究所長キム・サンフンです」とぎこちなく挨拶し、仰々しい演出でプレゼンテーション動画を開始。
アドリアン内戦における伝説の傭兵、第8中隊チーム45を指揮したユン・ジョンイ。35年前、ジョンイは燃料棒の爆破作戦を行うも失敗し、植物状態となりましたが、クロノイドは遺族の同意を得て、ジョンイの脳を複製してデータ化。戦闘指揮AIを開発。プログラム名は「JUNG_E」…。
サンフンは「ジョンイ傭兵の娘のユン・ソヒョン博士がプロジェクトのチーム長です」と補足し、ソヒョンが専門的な説明を続けます。
脳データを移植したアンドロイドをシミュレーションし、戦闘にのみ必要なデータだけを抽出していること。まだシミュレーションをクリアできていないこと。
それを聞いていた大物軍人は「そんなAIでは意味がない」と吐き捨てますが、ソヒョンは完成させると淡々と意気込みます。
ソヒョンは半身のアンドロイドと面談。作動させると自分の体に驚いて苦痛の声をあげ、パニックに陥るアンドロイド。会話にならず、このアンドロイドの破棄を命じるソヒョンでした。
本社から来た研究員にソヒョンは語ります。「母がああやって戦っていたのは私のためだった。私は子どもの頃に肺に腫瘍があり治療費がかかった。母はしかたなく傭兵になった。私の手術の日が母の最期の日だった。母がどんな想いか気になる…」
実はソヒョンも腫瘍の再発で脳を複製して義体に移すことを医師に提案されていました。
次は18号をテスト。サンフンは銃で足を撃ってスタートしようと勝手に思いつき、それで仮想戦闘を試すとこれまで観察できなかった未確認領域がジョンイの脳内で増加しているのをモニタリングできます。
これは一体何を意味しているのか…。
ユーモアの欠片もないデータ・ディストピア
『JUNG_E ジョンイ』は物語前半で提示される世界観は既視感ありまくりのよくあるやつです。
アンドロイドが一般化し、それだけでなく、脳を複製することで事実上「アンドロイドとしての人生」も送れるようになった世界。人間かアンドロイドかを見極める倫理テストなんかは、もろに『ブレードランナー』のフォークト=カンプフ検査みたいです。
本作のひとつのオリジナリティをあげるなら、大企業によるデータ利用の問題をピックアップしていることでしょうか。この世界では、脳データを活用するにあたって複数のコースがあり、完全な人権が保障されるAタイプ、結婚や移動が制限されるBタイプ、そして企業にデータを売り払ってしまって何に使われるかもわからないCタイプがあります。結局のところ、高額なAタイプは富裕層だけが手に入れられる特権であり、低所得者はアンドロイドで第2の人生を送れるわけでもなく、単に脳データを利用されるだけ。臓器を売るのと同じありさまです。
このあたりはドキュメンタリー『グレート・ハック SNS史上最悪のスキャンダル』などでも問題視されているようなデータ・ビジネスが行き着くディストピアを具現化したものですね。
この側面を『JUNG_E ジョンイ』は”ヨン・サンホ”監督らしい社会の薄気味悪さを浮き上がらせる露悪性でガンガンに描いていきます。
しかも、戦闘アンドロイドを作ることが命題だと思ったら、クロノイド会長からの「もう武器を作る時代は終わった」との言葉どおり、一般商品化できるAIへとシフトするようにあっさり方針転換を要求されてしまう。
変わり映えしやすいデータ・ビジネスと、その激動の最中で切り捨てられる技術者や研究者たち。つい最近も世界のビジネスの成功者と評されてきた大手のIT企業が大量解雇をしまくっているというニュースをよく見たばかりですが、『JUNG_E ジョンイ』はそんな業界の実像を冷たく見透かしていました。
「消費される女性」とオタク批評
IT業界批判的な側面とはまた異なる『JUNG_E ジョンイ』の別のオリジナリティとしては、フェミニズムSFな要素です。
ユン・ジョンイは植物人間化してしまった後も、あの世界ではヒーローのアイコンとして人気なようで、「G.I.ジョー」みたいなフィギュア玩具も販売されていることがわかります。
しかし、これを「女性のヒーロー」として安易に称賛もできない事実を本作は露呈させます。
そもそもジョンイが傭兵としてその身を削って戦場に繰り出されていたのも、全ては娘の治療費を稼ぐためであり、要するにジョンイは母親という重荷を背負いながら過酷な労働を強いられている、ひとりの労働者でした。カッコいい英雄ではなく、母性の鎖に縛られていただけです。
さらに追い打ちをかけるのが、ジョンイのアンドロイドを性的なグッズとして私的利用している男性研究員のシーン。初登場時は良いやつそうに見える台詞を言ってましたが、素性は女性を性的に消費することでいかに当事者の尊厳が傷つけられるのかを何も気にしていない。この場面は、”ヨン・サンホ”監督からの男性オタク批判な風刺なのでしょう。
よくよく振り返れば、あのサンフン(実はアンドロイド)もミソジニー的な男性像の風刺かもしれませんね。家父長的な社会で気に入られたいという承認欲求、ひたすらにお茶らけることしかできないコミュニケーション能力、自己分析できない情けなさ…。ネット上でよく観察できる反フェミニズム男性クラスターは、まあ、確かにこういう連中で成り立ってますよ。
どちらにせよアンドロイドという素体を描くことで「消費される女性」の問題を浮き彫りにさせます。『JUNG_E ジョンイ』の場合はことさらオタク批評な勢いが濃いめなので、世間で人気の女性アンドロイド系の作品とそのファン層へのチクリとした居心地悪さを与えるかのような立ち位置も感じます。
『JUNG_E ジョンイ』はこのテーマにどう向き合うのかと思って展開を見守っていたら、最終的にジョンイはソヒョンの強力で自我に目覚め、研究所を脱出。ソヒョンからも離れて、ひとりでこの世界に立ち尽くすところでエンディングです。
ジョンイが本来の見た目を結果的に捨てて汎用型のアンドロイドのボディとして最後は立つので、まさしく母親という役割も女性という役割からも脱出できた…と解釈もできます。
その先をどうやって生きるのか、それはあのジョンイにしかわからないですけどね。
全体のテーマとしてはわりと攻めているので良かったのですが、いかんせん無駄に世界観が広いのは気になります。この題材ならもっとミニマムなアプローチの方がスマートに際立つのに…。
でも”ヨン・サンホ”監督がこういう人なのもわかる。とりあえずデカい世界を作って、そこでドラマを構築したいタイプなんだろうなというのは過去のフィルモグラフィーでも重々理解できるので…。
”ヨン・サンホ”監督はジェンダー的な視点で風刺もできる人なんだなとわかったので、今後もさらなるブラッシュアップに期待したいです。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 60% Audience 68%
IMDb
5.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Netflix
以上、『JUNG_E ジョンイ』の感想でした。
Jung_E (2023) [Japanese Review] 『JUNG_E ジョンイ』考察・評価レビュー