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ドラマ『アンダー・ザ・ヘブン 信仰の真実』感想(ネタバレ)…史実を知る覚悟はあるか

アンダー・ザ・ヘブン 信仰の真実

史実を知る覚悟はあるか、それとも都合のいい宗教に身を委ねるか…「Disney+」ドラマシリーズ『アンダー・ザ・ヘブン 信仰の真実』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Under the Banner of Heaven
製作国:アメリカ(2022年)
シーズン1:2022年にDisney+で配信(日本)
原案:ダスティン・ランス・ブラック
動物虐待描写(ペット) DV-家庭内暴力-描写 児童虐待描写 恋愛描写

アンダー・ザ・ヘブン 信仰の真実

あんだーざへぶん しんこうのしんじつ
アンダー・ザ・ヘブン 信仰の真実

『アンダー・ザ・ヘブン 信仰の真実』あらすじ

1984年、ユタ州のソルトレイクシティ郊外の住宅地で、モルモン教徒の若い女性と1歳の女の子が惨殺されるという事件が起きる。刑事のジェブ・パイアリーが捜査するうちに、この残忍な事件はモルモン教のゆるぎない信仰がもたらしたものであることが明らかになっていく。そして自身も敬虔なモルモン教徒のパイアリーは、自らの信仰に疑問を抱くようになりながらも、犯人を追いかけて闇に手を伸ばす。

『アンダー・ザ・ヘブン 信仰の真実』感想(ネタバレなし)

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観る前に「モルモン教とは?」を把握しよう

「キリスト教」とひとくちに言っても色々な宗派が存在します。カトリック教会、ルーテル教会、バプティスト派、メソジスト派、ディサイプルス…他にも多数…それぞれの歴史があります。

その中でも「末日聖徒イエス・キリスト教会」…通称「モルモン教」はかなり変わった立ち位置で、キリスト教でありながらも、他の宗派からは異端視されることがあるなど、複雑な背景が存在します。

末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教;英語では「LDS」と略される)は1830年に“ジョセフ・スミス・ジュニア”という人物によってアメリカで創設されました。当時、宗派対立が激しかったのですが、信仰の在り方に悩んでいたジョセフのもとにイエス・キリストの弟子たちが天使として現れ、神権(メルキゼデク神権)を授けられたと言います(本物の正しい教会が回復したという考え)。イングランドから移住してきた移民を先祖にもつジョセフはまだ20代。妻の“エマ・ヘイル”とともに、自身の執筆したモルモン書を教典として(聖書ではない)、末日聖徒イエス・キリスト教会を設立し、啓示を新たに示し続けながらその信仰を広めていきます。しかし、非モルモン教徒や教会から離脱した人が作った新聞がジョセフの末日聖徒イエス・キリスト教会を非倫理的で支配的だと厳しく非難し、ジョセフはこれに反発。結果、民衆の怒りを買い、暴徒化した一部の人と銃撃戦になり、ジョセフとその兄“ハイラム・スミス”は死亡してしまいます。

創始者が殉教した後も末日聖徒イエス・キリスト教会は継続し、いくつかの教派に分かれたりもしたのですが、現在でも勢力は維持。本部はユタ州ソルトレイクシティにあり、1600万人を超える信徒を抱えています。教会を仕切っているのが最高の役職である「大菅長」と呼ばれる人物で「預言者」とも呼称されます。信徒は「シオン」という共同体を大切にしています。教会が直営する高等教育機関としてブリガム・ヤング大学とエンサインカレッジがあります。

なぜこんな末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教)の歴史を説明したかと言えば、今回紹介するドラマシリーズと深い関係があるからです。

それが本作『アンダー・ザ・ヘブン 信仰の真実』

本作は1984年に実際に起きた凄惨な殺人事件を題材にしており、この事件の背景には末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教)がありました。本作は信仰というものがときに人を狂わせ、見捨て、暴力を生むという負の側面を強烈に突きつけるドラマとなっています。主人公は刑事であり、事件を捜査するサスペンスとして進行していきます。

原作は“ジョン・クラカワー”のノンフィクション小説「信仰が人を殺すとき」。ドラマの原案は“ダスティン・ランス・ブラック”であり、ハーヴェイ・ミルクの生涯を描いた『ミルク』の脚本家で有名です。“ダスティン・ランス・ブラック”自身もモルモン教徒の家庭で育ち、末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教)を題材にした作品をいくつも作っています。一夫多妻制を実践するモルモン教徒を描いたドラマ『ビッグ・ラブ』を手がけたり、同性結婚を禁止する政治活動に末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教)が関与したことを暴くドキュメンタリー『8: The Mormon Proposition』でナレーションしたり、宗教批判にも積極的です。

ということでこの『アンダー・ザ・ヘブン 信仰の真実』もかなり痛烈な内容。でも真剣に信仰の問題に向き合っている作品であり、批判したいだけの一面的なものではないです。

主演は“アンドリュー・ガーフィールド”。なんか『ハクソー・リッジ』といい『沈黙 サイレンス』といい『タミー・フェイの瞳』といい、宗教絡みの作品でよく見かけますね。

共演は、『フレッシュ』の“デイジー・エドガー=ジョーンズ”、『ウインド・リバー』の“ギル・バーミンガム”、『かもめ』の“ビリー・ハウル”、ドラマ『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』の“ワイアット・ラッセル”、『アバター』の“サム・ワーシントン”など。

『アンダー・ザ・ヘブン 信仰の真実』は「FX」の制作で、日本では「Disney+(ディズニープラス)」での独占配信。全7話のリミテッドシリーズですが、1話あたり約65分程度で、最終話にいたっては90分くらいあるので、ボリュームありすぎて観るのは大変かもしれませんが、見ごたえは保証します。

末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教)に関する解説は作中にはないのですが、歴史への言及がぽんぽんと飛び出すので、前述した簡単な歴史を頭に入れておくと良いです。

ドラマ『TRUE DETECTIVE』みたいなジャンルが好きな人にオススメです。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:信仰を問う題材に関心あるなら
友人 3.5:シリアスな内容だけど
恋人 3.5:家族と宗教の関係を考える
キッズ 3.0:やや暴力的な描写あり
↓ここからネタバレが含まれます↓

『アンダー・ザ・ヘブン 信仰の真実』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(序盤):なぜこんなことに…

幼い娘にねだられ、カウボーイごっこに付き合ってあげる男。ジェブ・パイアリー(パイア)は家族想いの父親でした。緊急の電話だと妻のレベッカが伝えてくれます。急いで身なりを整え出かける前に高齢の母に挨拶。母は痴呆が進行しています。「仕事で呼び戻されたから今夜は急いで祈りを捧げたい」…そう言って家族揃って祈ります。一家は敬虔なモルモン教の信徒でした。

刑事であるジェブは現場へ急行。一軒の家で、室内は凄惨でした。血塗れの床には被害者の女性の遺体があり、奥の子ども部屋には…。思わず顔を背け、「悪魔め」と涙するジェブ。外で現場の警官に指示していると、誰か近づいてきます。動くなと銃を向けると、それはゆっくり手をあげて近づいてくる顔面蒼白の男で…

犠牲者の女性はブレンダという名の24歳、子どもはエリカという15カ月の子。現場で捕まった容疑者は夫のアレンで、モルモン教の会員です。ベテランのタバ刑事はこの男が犯人で決まりだろうと考え、動機さえ解明すれば終わりだと思っていました。同じくモルモン教徒であるジェブが尋問することになり、アレンに丁寧に語りかけます。

アレンは「僕はやっていない」と口にし、かなり混乱しているようでした。そして「一族を狙っているものがいる」「変な男が家族につきまとっている」と主張します。ジェブは同じ教区にいたこの男に複雑な思いを抱いて見ていました。

しかし、タバだけで尋問している最中、アレンの口ぶりから信仰を捨てたことが事件の引き金かとジェブは疑い、部屋に駆け込んで問い詰めます。「心を尽くして妻を愛し結び合わねばならない」と教典を守ったのかと先ほどは打って変わってキツイ口調をぶつけ、「神殿でひざまずき結婚の制約を交わしたか? 神殿推薦状は?」と責め、神に背いたからこんな凶行をしでかしたのではと考えるジェブ。

ところがアレンは深く妻を愛しているようで、「妻は完璧なモルモン教徒だった」と無念そうに語ります。

アレンとブレンダは大学で出会いました。モルモン教徒同士ということもあって2人はすぐに仲良くなり、アレンは自分の家系であるラファティ家の集まりに招待します。ラファティ家はモルモン教の中でも名家であり、アモンを家長に、長男ロン、次男ダン、三男ロビン、他にもジェイコブ、サミュエルなどがおり、大家族でした。

アイダホ州から来たブレンダは自分は信仰深い方だと思っていましたが本場のモルモン教徒を体験し、新鮮でした。

この日、アモンは預言者に選ばれて宣教しないといけなくなり、ダンに代わりを継がせると発表します。

ブレンダと娘の殺害事件時、ロンやダンはどうしていたのか。行方はわかりません。情報から殺害前の時間帯に髭面の男4人がいたことが判明。

捜査は本格化していきますが、それはジェブの信仰を揺るがすことに…。

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連帯の裏には排除も起きうる

『アンダー・ザ・ヘブン 信仰の真実』はまず間違いなくモルモン教の当事者が観たら良い気分はしないドラマだと思いますが、モルモン教だけが異常だと語っているわけでもないと思います。そもそも「異端とは?」という問いかけでもあり、「人は何に居場所を感じ、一方なぜそこが居場所とならない者が現れ、それがどうして暴力へと発展してしまうのか」…その構造をひとつひとつじっくり解き明かしているようなドラマだと感じました。

今回のブレンダとエリカの惨殺事件。その捜査が物語の主軸ですが、同時にモルモン教創始者のジョセフ・スミス・ジュニアの歴史も描かれていきます。これを重ねる意味はやはりこの2つが同じ構造を持っているからでしょう。

ジョセフ・スミスは自分なりの信仰を見い出すも、他の主流の宗教社会からは異端扱いされ、最終的に暴力に倒れます。社会にとって「異なる者」がいれば、もうそれは異端になってしまう。その不条理です。

一方、ドラマの現在時点では、ダンとロンがしだいに独自の信仰を見い出す過程が描かれます。ダンはカイロプラクティック業をしていましたが、なかなかのリバタリアン思想の持ち主で「僕自身が法廷になって税制度は無くす」と宣うほどの勢いだけの人間です。愛国的な反税団体を立ち上げますが、政府に敵うわけもなく、あげくに父に見放されて行き着いたのは原理主義的なモルモン教(FLDS)でした。

原理主義的なモルモン教徒たちは一夫多妻制を実行しており、主流のモルモン教徒からは異端扱いで排除されています。ダンはそこに自分の居場所を模索する手がかりを得て、「神が僕に性的に旺盛な霊を与えた理由がわかった、僕たちの娘を第二夫人に迎えよう」と妻マチルダに言い放つほどにまでなってしまいます。しかし、この裏にはダンのおそらく同性愛者としての口にできない苦悩があり、モルモン教がクィアを包括していないことがこのダンを追い込んだことが暗示されています。

一方でロンは宗教から離れて現代的なビジネスの世界に生きていたのですが、事業に失敗。父にも認められない。それらの劣等感から妻ダイアナに暴力を振るい、信仰に救いを求め、ダンと共犯的に同調していくことになります。

「預言者たちの塾」という独自の宗派に依存を深めるダンとロンという兄たちに対して、本家のモルモン教との間で板挟みになるアレンとブレンダ。そしてアレンとブレンダの間にさえも歪が生まれる。最後にあの事件が起きる。

信仰は強い連帯感を生じさせるけど、ときにそれが強い排除性を副作用的に発生させもする。その残酷さがまざまざと突きつけられる人間模様がエグくて…。

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加害者構造を無かったことにする

その連帯と排除の裏表が繰り広げられる中で、『アンダー・ザ・ヘブン 信仰の真実』は信仰の負の側面を浮き彫りにさせます。それは「加害者意識の希薄さ」です。

序盤から露骨に描かれるのは、男女差です。夫は神権を持つということになっており、どうしたって家父長制をさらに助長するのですが、実際にラファティ家の女たちは身の程をわきまえることを徹底しています。サミュエルが「夫に服従しなかったことを姦淫と言うんだ」と断言するのもゾッとするを通り越すくらいの困惑なシーンですが…。

しかし、ブレンダだけはフェミニスト的というかしっかり反論するタイプの女性であり、やはりあのコミュニティでは異端になってしまいます。

表面上は仲睦まじくみえるパイアリー家でさえも、ジェブのパターナリズムがぽろっと顔を出す場面があったり、宗教が家父長制に加担する構造が垣間見えます。

また、先住民をめぐる側面も無慈悲です。モルモン教ではイスラエル人の末裔がアメリカに渡って「レーマン人」という民族となり、ネイティブ・アメリカンの先祖となったと認識しており、白人のモルモン教徒たちは自分たちをただの入植者ではないと考えています。普通に考えると先住民がその土地の歴史を持つうえで優位のはずですが、この歴史認識に基づいて白人のモルモン教徒たちは先住民の歴史的優位性すらも自分たちは持っていることにしているんですね(だから作中でビル・タバをレーマン人と呼んで上から目線な態度をとっている)。

白人のモルモン教徒たちは「だから先住民は仲間だ」と余裕の口調ですが、本作は1857年に起きた「マウンテンメドウの虐殺」という歴史的事件を描くことでそのご都合主義を暴きます。パイユート族に罪をかぶせられた歴史です。

このように「男女平等です」「人種・民族差別はしていません」と綺麗事を掲げつつ、権力上下関係を“無かったことにする”のに宗教は利用できてしまう…。

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「私は無神論者だから…」の感想で片付けないで

『アンダー・ザ・ヘブン 信仰の真実』は信仰を全否定はしていません。タバが最後に語るように「必要なときにちょっと祈るくらいでちょうどいい」という適度なスタンスもあります。何よりも人生の全てを宗教に支配されてしまうのはリスクであるということ。それを理解するだけでも違うはずで…。

一方で、本作に対して「私は無神論者だから…」と自分は関係ない安全圏にいるとの前提での感想も定番のように見受けられます。でもこういう人こそ私は気を付けないといけないのだと思います。

つまり、これは宗教だけの問題ではなく、「自分が属している社会規範を疑ったことはありますか?」という物語でしょう。誰だって何かの社会規範に属しているのです。そして妄信ゆえに何か見えなくなってしまっているものがあるはずです。

例えば「この世には男と女の2種類の性別しかない」という考えもそうです。科学的には間違っているし、それ自体はそれこそ宗教や政治によって築き上げられた固定観念なのですが、一度身に沁み込んでしまうと抜け出せません。

この2022年は日本社会が政治も含めてカルトに蝕まれていることが再確認できたばかりですし…。

また、ある日いきなり「あなたは加害者だよ」とか「それって差別じゃない?」と言われて素直に受け入れられるのか。社会規範に疑いもせずに身を投じているとこういう加害者意識は見えなくなってしまいます。作中でパイアリーが「モルモニズム:影または現実?」という反モルモン教本を読み、酷く動揺するシーンがありますが、自分の加害者意識に向き合うのは凄まじく大変です。

『アンダー・ザ・ヘブン 信仰の真実』は「私たちはそうした社会規範の服従に抗えるんだ」というパワーを信じさせてくれるラストでした。まあ、中にはそうやって今度は陰謀論にハマる人もいるので、今の世の中は本当にバランスが難しいのですけどね…。

『アンダー・ザ・ヘブン 信仰の真実』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 87% Audience 77%
IMDb
7.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0

作品ポスター・画像 (C)FX Productions アンダーザヘブン 信仰の真実

以上、『アンダー・ザ・ヘブン 信仰の真実』の感想でした。

Under the Banner of Heaven (2022) [Japanese Review] 『アンダー・ザ・ヘブン 信仰の真実』考察・評価レビュー