そのスポットワークは誰の支配権?…映画『ロイヤルホテル』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:オーストラリア(2023年)
日本公開日:2024年7月26日
監督:キティ・グリーン
セクハラ描写 恋愛描写
ろいやるほてる
『ロイヤルホテル』物語 簡単紹介
『ロイヤルホテル』感想(ネタバレなし)
最悪スポットワーク
最近の日本は、「スポットワーク」という働き方が広がっているそうで、これは空き時間に数時間だけ働くという短期間バイトよりもさらに単発的な労働の形態です。
スポットワークの仲介企業で構成する「スポットワーク協会」によれば、スポットワークのマッチングサービスに登録している人は年々急増しているとのこと。
この「スポットワーク協会」は事業ガイドラインを作成・公表しており、そこには「スポットワーク雇用仲介事業者は、職業安定法のほか、労働基準法、最低賃金法等の関連する法令を理解の上、遵守し又は求人者による遵守の支援を図ること」などと明記されています。
でも「じゃあ、安心だね」ということになるわけはなくて…。なにせ一般的な雇用形態でさえ酷い労働環境が平然と蔓延っていたりするのが今の社会です。スポットワークなんて働き方はもっと脆弱です。これを「新しい労働の在り方」なんて簡単には称賛できません。派遣、ギグ・ワークときて、スポットワーク…。労働構造の質はどんどん悪化しているようにも思います。
結局、そんな構造の中で踏みにじられるのは弱い立場にいる労働者。どんなスポット(場所)でどんな目に遭おうともその声はかき消される…。
今回紹介する映画は、気軽に訪れた仕事場で酷い体験を強いられる女性2人を描いた強烈な作品です。
それが本作『ロイヤルホテル』。
本作はオーストラリア映画で、舞台もオーストラリア。この国に旅行で訪れた若い女性2人組が旅の途中でおカネに困り、短期間の仕事を探すと、仲介業者に教えられたのは辺境のパブでした。そこで働き始めるのもその環境は酷いもので…。
早い話が「こんな職場は嫌だ!」というディストピアなお仕事モノ。非常にリアルで生々しい描写が続くサスペンスです。泊まり込みなのでスポットワークではないですが…。
この『ロイヤルホテル』を監督するのが、注目の新鋭である“キティ・グリーン”。長編劇映画監督デビュー作となった『アシスタント』は、アメリカの映画会社で働くひとりの若い女性アシスタントが、その会社内で淡々と雑務をこなしながらも、キャリア上のあからさまな女性差別を受けつつ、さらに会社で行われている有害な文化を間近で実感して…という物語でした。
続く監督作である『ロイヤルホテル』も、その系譜を受け継ぎ、ジェンダーの緊張感を巧みに捉えて物語に取り入れています。“キティ・グリーン”監督は本当にこのアプローチが抜群に上手いですね。
“キティ・グリーン”監督は『ジョンベネ殺害事件の謎』というドキュメンタリーを撮っていて、元はドキュメンタリー畑の人ですが、そのときから実際の社会問題を脚色しながらサスペンスを作っていくセンスがずば抜けているなと思ってました。
『ロイヤルホテル』は前作よりもジャンル的なサスペンス度合いが強めで、嫌な空気をずっと味わいながら、状況が読めない落ち着かなさが最後まで続く…。監督としての作家性が持ち味そのままにさらに幅広く器用になっている気がします。
近年はこういう女性差別的な社会構造の中で犯罪や悲惨な状況に陥る女性を描くというジャンルは「フェミニスト・スリラー」と呼んだりするらしいですが、たいていは女性の経験を明らかにし、女性の権利に関する問題に対する洞察を提供します。昔からあるジャンルですが、2020年の『プロミシング・ヤング・ウーマン』からより目立っている感じです。“キティ・グリーン”監督は間違いなくこのジャンルのベスト・クリエイターでしょう。
主演は、“キティ・グリーン”監督の前作『アシスタント』でも名演をみせていた“ジュリア・ガーナー”。今回もツラい役でなんか可哀想…。
今作では“ジュリア・ガーナー”ひとりではなく、共演として『グレイマン』や『ナイブズ・アウト グラス・オニオン』の“ジェシカ・ヘンウィック”が横に並んでいます。やっぱりツラい目に遭わされますが…。
他の俳優陣は、『移動都市/モータル・エンジン』の”ヒューゴ・ウィーヴィング”、『ベイビーティース』の“トビー・ウォレス”、『Top End Wedding』の“アースラ・ヨビッチ”など。
内容が内容なのであまり万人に気軽にオススメしづらいですけども(実はハイコンテクストな作品で、ハラスメントの講習的な基本解説には使いづらいくらい)、鋭利なフェミニズムの良作としてこれは外せません。
『ロイヤルホテル』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :主題に関心あれば |
友人 | :ワイワイ楽しめないけど |
恋人 | :デート気分ではない |
キッズ | :差別描写多め |
『ロイヤルホテル』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
カナダから来た2人の若いバックパッカーであるハンナとリブはオーストラリアを旅していました。今はシドニーの船の中のナイトクラブ。ガンガン音楽が鳴り響く中、絶好調の気分で身を任せていました。
踊っているとノルウェーから来たというひとりの男が慣れない英語でハンナに話しかけてきます。場所が場所だけにナンパ目的の男の声かけはいくらでもやってきます。
リブが明るい船上にでると、ハンナは出会ったばかりの男とキスをして楽しんでいました。そのムードを壊すようにリブはクレジットカードが使えないとハンナに告げます。これでは資金がないので旅行を続けることができなくなってしまいます。
そこで2人は人材派遣会社に足を運び、一時的でもいいので働ける場所を教えてもらいます。そうして提案されたのが、辺鄙な町にあるパブ「ロイヤルホテル」でバーテンダーとして働くこと。他に仕事はなく、やむを得ず受け入れます。
乗り物を乗り継いで到着したのは、荒地が広がる地域です。バスを降りると自分たち2人だけ。思わず笑ってしまいます。期待していたカンガルーもいません。
重い荷物を背負ってとぼとぼ歩いていると、迎えに来た車がピックアップしてくれて、言われるがままにバッグを車に乗せ、車で移動します。運転する女性は愛想は無く、会話は弾みません。
着いたのは砂風に晒されて相当にボロボロなパブ。舗装された道路に面してポツンと建っています。
中へ入ると扉をロックしろと言われます。店内はよくあるパブそのものです。
階段を上がり、部屋を確認。他にもここで働いている女性2人がいました。ジュールスとキャシーという名です。この2人も海外の人のようで、イングランドから来たと言います。
シャワーはでません。するとバスタオルを巻いただけの裸の2人の前でも一切に気にせずにひとりの男が入ってきます。ぶしつけに下品な言葉をぶつけてきながら去っていったその男がこのパブのオーナーであるビリー。
2人にここでの働き方をざっくりと教えていきます。厨房には自分たちをここまで連れてきた女性がおり、ビルの妻のキャロルというそうです。
夜になると常連客で大賑わいになり、2人は初日から大忙しです。何人かの男たちは気ままに話しかけてきて、仕事は進みません。ビリーは客と談笑するだけで何もしていません。
酔っぱらったジュールスとキャシーの客がテーブルの上に立ちあがって大はしゃぎ。男たちは胸を見せろと囃し立て、ノリに答えます。その2人は男たちに抱えられ、どこかへ行ってしまいました。ジュールスとキャシーは今日でここで働くのも終わり。随分と地元の男たちと仲良くなったようです。
ひと段落し、散らかり放題の店内を清掃。ハンナとリブの2人は厨房に引っ込み、ハンナは「もう辞めたい」と心情を素直にリブに告げます。1日だけでここの環境にうんざりでした。しかし、リブはもう少し辛抱して続けてみようとなだめます。ここはそういう文化なんだから、と。
おカネが必要なのは確かです。ハンナも納得して友人の言葉に従いますが…。
現代日常版『マッドマックス』
ここから『ロイヤルホテル』のネタバレありの感想本文です。
『ロイヤルホテル』は結構、ジャンル作品としてしっかり作り込まれており、構成は定番です。主人公が自分の知らないどこか辺境の地に辿り着き、そこの非倫理的なコミュニティの洗礼を受けるように翻弄され、生死を彷徨いつつ道徳を試される。この形式を主軸とする同様の作品はいくらでもあります。
私はオーストラリア映画にそんなに詳しくないですが、オーストラリア映画史でもこの形式は見慣れたもののようで、1971年に『荒野の千鳥足』というカルト的名作と知られるオーストラリア映画がありました。
この『荒野の千鳥足』は、シドニーの都会から単身赴任でやってきた小学校教師の男が荒れ地のとある町に一泊すると、地元の男たちのコミュニティに巻き込まれていき、アルコールと暴力が入り乱れる世界を体験していく…という、ざっくり言うとそんな話です。ぜひ観てほしい一作ですが、かなり残酷です。
この『荒野の千鳥足』の英題は「Wake in Fright」ですが、別タイトルは「Outback」。この「outback」というのはオーストラリアでは内陸部を指す単語だそうです。オーストラリアは海側の外周に都会があり、内陸は砂漠帯になっている地理的特徴があります。
『ロイヤルホテル』の舞台もまさにこの「outback」です。そして流れも『荒野の千鳥足』にかなり似ています。決定的に違うのは主人公が「男」ではなく「女」だということ。女性として社会のジェンダー構造が残酷に襲いかかってきます。
これと同類の構図がある著名なオーストラリア初の映画は『マッドマックス』であり、2024年は偶然にもついに女性主人公となった『マッドマックス フュリオサ』が公開されましたし、なんだかタイムリーな揃い踏みとなりました。
『マッドマックス』の女性主人公版のもうちょっと以前からある先例であった『マッドタウン』という映画もありましたけど…。
『ロイヤルホテル』は現代日常版『マッドマックス』みたいな映画であり、エンターテインメント気分でなかなか見られないほどに、リアリティのピンポイントで研ぎ澄まされた一作でした。
変わる男の勢力図と女の生き残り戦術
『ロイヤルホテル』は女性が社会のジェンダー構造の中で何を経験しているかという批評が上手くて、類似のアプローチだと『バーバリアン』がありましたが、『ロイヤルホテル』は超常現象もなく、もっとリアルです。
まず冒頭でシドニーのいかにも観光船の中でハンナとリブは楽しんでいます。ここだって性暴力などいくらでも危害を加えられることは起きうるのですが、とくにハンナはそれほど警戒していません。都会という見慣れた世界だからでしょうか。
しかし、辺境の地となるとそうはいきません。あからさまに危険な匂いがプンプンしています。キャロルから入り口のドアを施錠しろと言われるのが、終盤の伏線になるあたりも演出的に上手いです。
仕事を始めた初日から2人にとっては情報量を処理するのが大変です。単純な仕事の忙しさの話ではありません。何が安全で、何が危険なのか、どこまで警戒すべきか…そんな対人関係の探りが連発し、疲れ切っていくのがわかります。「この男は比較的安心か、あの男は近づかないほうがいいか」…そういう判断をしないといけないというのは、女性には”あるある”な日常。
結局、その男もあれなんですけどね…。ハンナとリブはそれぞれ自分なりの信じられそうな男に目星をつけるのですが(これもジェンダー・パフォーマティビティな適応で身についてしまった生存戦術か)、どちらも失望させられることになります。なんかこんな光景、『HOW TO HAVE SEX』でも見たばかりだ…。
後半に船で出会ったトルステンがやけにハイテンションで2人の働く場に登場してあっという間に警戒もなく地元の男に馴染んでいるあたりなんかは、『バーバリアン』でも見た皮肉センスだった…。
終盤ではあのロイヤルホテルの家長であるビリーが退場し、ついに周縁の男たちが待ってましたとばかりに乗り込んできます。前任のバイトたちに何が起きていたのかと不安を煽る演出がずっとこちらを包囲してきていましたが、来るときは一気に来ました。
ほんと、この映画、ラスト間際でいきなり畳みかけるように展開が動きますね。でも納得の展開(嫌だけど)。家長の喪失でジェンダー構造が変化し、勢力図が変わろうとする。そういうときこそ、弱い立場の者は貪られる。
アルコールのせいではない、異文化のせいでもない、ジョークでは済まない、自業自得でもない…。
最初から…あの「ロイヤルホテル」がこの地に建ってしまったときから、この男たちの見苦しい勢力争いは続いていたのでしょう。キャロルは先住民であることから、さりげなく植民地主義的な横暴の歴史も醸し出します。
女性同士であるハンナとリブも微妙にすれ違っていましたが(リブも鈍感なのではなくハンナとは違う人種も交えた交差性の中にあるんでしょうけどね)、最後の最後でこの虚しい争いの場を燃やすことに決めます。こんなスポット(場所)、無くなってしまうほうがよっぽどいい…。
こんな退職のしかた、一度はやってみたいなと心の中で思ったことはある…かもしれない…。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
作品ポスター・画像 (C)2022 Hanna and Liv Holdings Pty. Ltd., Screen Australia, and Create NSW
以上、『ロイヤルホテル』の感想でした。
The Royal Hotel (2023) [Japanese Review] 『ロイヤルホテル』考察・評価レビュー
#オーストラリア