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『わがままなヴァカンス』感想(ネタバレ)…ウニと2つの百合で織りなすひと夏の青春

わがままなヴァカンス

ウニと2つの百合で織りなすひと夏の青春…映画『わがままなヴァカンス』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Une fille facile(An Easy Girl)
製作国:フランス(2019年)
日本公開日:2020年2月21日
監督:レベッカ・ズロトブスキ
性描写

わがままなヴァカンス

わがままなばかんす
わがままなヴァカンス

『わがままなヴァカンス』あらすじ

リゾート地として賑わう海辺のカンヌで暮らす少女ネイマは、従姉ソフィアと16歳になったばかりの夏休みを過ごすことになる。以前はパリにいたソフィアは、高級ブランド品を身にまとい、肉感的な体つきで男を虜にする魅力的な女性になっていた。別荘地でのグループディナーや高級クルーズなど、初めての大人の世界で刺激的な経験をするネイマだったが、頭の中にくっついて離れないのは自分自身の未来への迷いで…。

『わがままなヴァカンス』感想(ネタバレなし)

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エロティックなだけの映画ではありません

日本でリゾート地とは言えば、ほぼ間違いなく「沖縄!」と答えが返ってくるくらい、たいていの人はリゾートに「サンサンと日差しが降り注ぐ中の綺麗な海と砂浜」みたいな光景を思い浮かべます。そういう風景があるのは日本だとどうしても南西諸島になってしまうのは、まあ、しょうがない話です。それにしてもリゾートと言っても2~3日しか滞在しないのが日本の普通。

一方で、長期のバケーションをとることが風習になっているヨーロッパでは、リゾート地もたくさんあります。その中でも地中海でも指折りのリゾート地として知られ、さらに映画ファンにとっても無関係ではない場所があります。

それは「カンヌ」

フランスの南東部「プロヴァンス地方」にあるこのカンヌと言えば、世界三大映画祭として著名な「カンヌ国際映画祭」が開催される地。実はこのカンヌは超高級リゾート地であり、平民には手が届かない値段のホテル、レストラン、ブティックが並ぶ、それはもう上級階級富裕層の世界が広がっています。カンヌ国際映画祭のときは世界中から映画関係の人々が集結しますが、そうなってくると稼ぎ時だと言わんばかりにさらにお値段も跳ね上がるので大変らしいです。よくこんな地で貧困を描く映画とかを上映して賞を与えるもんですよ…。

なんというか庶民の私なんかにはとても理解できない高みの世界のような気がするのですが、そんなカンヌを違った目線で見せてくれる映画があります。それが本作『わがままなヴァカンス』です。

本作はカンヌの地元であるフランス映画なのですが、物語の構成要素としてはよくありがちなもの。すごく肉体的に魅力溢れる若い美女がリゾート地にやってきて、男たちを魅了していく…。これはフランス映画の伝統であり、それこそリゾート地でのロマンスと言えば、巨匠“エリック・ロメール”監督の『海辺のポーリーヌ』(1983年)など土台になっていった作品はいくらでもあります。

この『わがままなヴァカンス』もそういう雰囲気を漂わせています。事実、若い美女が出てきて、ほぼ全裸なシーンもあり、男を誘惑しますからね。ただ、それがメインかというとそうではない。そもそもその美女は主役ですらないし、男が主役ということでもない。

ちなみに日本版のポスターではいかにも官能的な絵が使われていますが、作中であんなシーンはありません。明らかにミスリードしている(というか下心で釣ろうとしているのが見え見え)。なお、配信時の邦題は『わがままなヴァカンス 裸の女神』になっているので余計にアダルトムービーっぽさが増しています。

しかし、くどいようですが、そういう映画ではありません。そういうタイプの映画がそんなに好きじゃない私がそう言うのですから…。

『わがままなヴァカンス』はそういう「リゾート・美女と男・富裕層の快楽」といった華やかな要素を“持たざる者”の側から垣間見る映画であり、もっと言ってしまえばとても等身大の野暮ったい青春映画です。そして同時にある種の“百合”っぽい要素も兼ね備えており、しかもその“百合”が2つもあるという…。ちなみにシスターフッドと言ってもいいかもしれませんが、私はシスターフッドは明確な女性差別に対抗しようする連帯があるときに用いることにしているので、本作はそういう雰囲気とも違う、目的意識もあやふやの女性同士のフワっとした関係性だけがあるので、言葉として“百合”を用いています(「ウーマンス」と表現してもいいけど)。

そんな本作『わがままなヴァカンス』を監督したのは、2010年に初の長編監督作『美しき棘』で高く評価され、以降は『プラネタリウム』(2016年)などを手がけた“レベッカ・ズロトヴスキ”。『プラネタリウム』でも女性同士の関係性を軸にした物語だったのですけど、今作『わがままなヴァカンス』はわりとわかりやすいアプローチになったと思います。

個人的には“レベッカ・ズロトヴスキ”監督作の中でも『わがままなヴァカンス』はベストで気に入っていますし、なんだったら2020年の自分の映画ベスト10に加えるかどうか悩んだくらいだったのですが、惜しくもリストからは外し…。でも今も好きですし、ベスト10に入れておくべきだったかなと思ったり。

日本の宣伝素材から遠慮なく押し付けられてくるエロティックなバカンス映画のイメージはサクっと除去して、ぜひ鑑賞してみてください。

オススメ度のチェック

ひとり 4.5:隠れた百合映画の名作
友人 3.5:趣味が合う者同士で
恋人 3.5:真面目に楽しめる相手と
キッズ 2.0:性的描写があります
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『わがままなヴァカンス』予告動画

↓ここからネタバレが含まれます↓

『わがままなヴァカンス』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):16歳の夏休み

6月。ベルが鳴り、学校から生徒たちが騒々しく賑やかにゾロゾロと出てきます。夏休みシーズンに突入し、子どもたちの気分も高揚するのも当然です。

そのひとり、ネイマは大親友のドドに呼ばれます。そこには蝋燭を刺したパンでささやかに誕生日を祝ってくれる友達たちが待っていました。みんなからおカネのプレゼントまで貰ってしまい、感激です。ネイマは16歳になりました。

そのままドドとビーチでくつろぎます。ドドは俳優になるのに憧れており、ネイマも一緒にオーディションに参加するつもりでした。ネイマはエンゾという恋人と別れたばかりでしたが、ドドと一緒の毎日でじゅうぶんだと自分に言い聞かせていました。

家に帰宅します。今、家には従姉のソフィアが滞在していました。パリからやってきたのですが、ソフィアは久々に会ってみると、ガラリと雰囲気が変わっていました。奔放で大人の魅力を全開にしているのです。お尻の上あたりに「今を生きろ」という意味のラテン語のタトゥーがあるソフィアは、夏に母を亡くしたばかりでしたが、表向きは明るそうです。ソフィアはクラブでも男性とガンガン喋り、積極的です。

そんなソフィアはネイマにとても親しく接してくれて、3000ユーロもする高級バッグを誕生日プレゼントに渡して「これ私たちは双子ね」と言ってくれます。

ネイマはソフィアと人影のない秘境のような海辺で2人で水着でのんびりしていました。すると前方にクルーザーが近づき、男たちがこっちを見ています。さらに奥の岩場から男2人が歩いてきました。ソフィアはそれを意識しつつ、下だけ身に着けたビキニのみの自分の身体で寝そべっています。

近づいてきた男のひとりは、物知り顔でウニの生殖器を見せながら話しかけてきます。「君もウニみたいにトゲがある」とソフィアに語るも、ソフィアは「そんなことない」と言って男の手をとり、自分の肉体をなぞらせ、「ほらね、柔らかいでしょ」と動じません。そして自分の指を股間の方に持っていき、「一番柔らかいのはここよ」と官能的に呟きます。

男たちは一旦引きますが、しかしネイマとソフィアの帰り際に男たちは「戻ってこい」と呼びかけてきます。「尻軽女」と言われてネイマは怒りますが、ソフィアは気にしません。

ソフィアはネイマに優しく語ります。「ネイマ、恋人に何をもらった?」「愛かな」「私は愛には興味がない。欲しいのは刺激と冒険。恋愛感情は邪魔よ」「待ってないで、自分から行動するの」と助言をくれるのでした。

そんな日々の中、ネイマとソフィアはアンドレフィリップというマン島からやってきた大人の男2人にクルーザーに招かれます。こうして富を持つ者たちの道楽に付き合っていくのですが…。

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第1の百合

『わがままなヴァカンス』は日本の宣伝では「若い女性たちが大人の男性と淫らに…」な感じの匂わせをしていますが、そういうことを主として描くものではありません。厳密にはソフィアはそういう関係性を楽しんでいるのですが、主人公のネイマはそうなりません。

まずネイマはソフィアに強い憧れを持ちます。何にも縛られずに自由を謳歌する彼女の姿に刺激を受けたのか。しかし、その関心は“ソフィアのようになりたい”というものなのか、それともソフィア自身に興奮しているのか、その境界は曖昧です。ネイマもソフィアの裸体(ウニ両手持ち)を夢に妄想したり、アンドレとの性行為を覗き見したり、その視線はソフィアそのものに注がれている感じもします。だいたいネイマはあんまり男に興味ある感じでもないんですよね。

一方でソフィアはセックス至上主義でアロマンティックな雰囲気もありつつ、お姉さん的なポジションでネイマに助言めいたことを与えますが、“男と性的関係を持て”などと強要することもなく、いたってマイペース。作中ではこのソフィアの生き方を責める展開には一切ならず、それどころか彼女の中にある親の死という喪失感とひっそり寄り添いながら、いつのまにかネイマがソフィアを見守っていたかのような構図にも思えてきます

ソフィアに料理を作ってあげるネイマのシーンはとくにさりげないですが印象的。ソフィアにしてみれば一瞬亡き母に重なったかもしれませんし、そこで「シェフになれば?」と呟くソフィアの言葉がラストのネイマの選択に影響を与えたのかなと思うと…。

このネイマとソフィアの女性同士の関係性が本作の第1の百合ですね。

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第2の百合

そして忘れてはいけない第2の百合。それがネイマとドドの関係性です。

ドドはクィアっぽい佇まいで、「女優」になることを夢に明言し、ネイマとの関係性を「姉妹」と表現します。そんなドドとのネイマとの関係はいかにも幼馴染という感じで仲睦まじいです。恋愛とは違う、でも恋愛以上に強固な絆がある。そんな感じ。

ネイマはソフィアとの関係に気を持っていかれ、ドドは少し立場を失います。最初はアンドレの船から出ようとするドドに対して残ることにするネイマの場面。ここでのドドの何とも言えない寂しそうな顔が本当に可哀想。次にドドと一緒に受けるはずのオーディションをすっぽかしてアンドレのクルーザーでイタリアにまで行ってしまうネイマの場面。あそこでのネイマの後悔が伝わってくる表情もまた…。

結局、ネイマとドドはなんだかんだでベッタリで互いに想い合っています。「ドドがいればそれでいい」なんて言葉が出るくらいですからね。あれだけのことがあってもわりと簡単に仲直りしちゃう2人が可愛い。

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少女と大人男性との関係性

そんな百合百合のストーリーですが、ネイマにはフィリップという男性の関係性も持ち上がってきます。

このフィリップがまた掴みづらいキャラクター。アンドレと一緒にクルーザーにいるわけですが、アンドレとどういう関係性なのかはよくわかりません。少なくとも対等には見えますが。

そしてこのフィリップはアンドレと違って女性との快楽には興味がないようで、ソフィアはもちろんネイマに手を出すこともしません。フィリップもまたどことなくクィアっぽい空気を漂わせますね。

そのフィリップと何かの波長が合うネイマ。彼から「人の陰に隠れて生きるな」とこれまた助言めいた言葉を与えられます。それはアンドレとフィリップの関係と、ソフィアとネイマの関係が似ているからなのか。真意はわかりません。しかし、ネイマは最後にはフィリップにお別れを言いたくて涙まで見せる。

少女と大人男性との関係性は描き方を少しでも誤れば、すぐに支配構造が被さってしまうのですけど、この『わがままなヴァカンス』のネイマとフィリップの関係性はすごくピュアなものを感じさせていました。

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リゾートを支える者たち

また、ネイマの立場としては彼女は労働者階級の家庭だということも重要です。つまり、ネイマはこのカンヌの地で豪遊する富裕層とは居場所が違います。

本作ではリゾート地を裏で支える労働者層の姿がさりげなく映し出されていきます。必死にホテルで掃除婦として働くネイマの母。厨房で一心不乱に働く多様な人種の調理人たち。パーティでハメを外す金持ちをじっと立って見守るスタッフたち。クルーザーで下働きする人たちも。

どれもネイマの目線だから映るものです。こうした格差社会を浮かび上がらせるのもまた、ネイマの最終的な選択に無視できない影響を与えるもので…。

私が『わがままなヴァカンス』でいいなと思うのは、これだけエロスに満ち溢れた作品でありながら、主人公のネイマは性的関係どころか明確な恋愛すらもしていないままに物語は終わり、しかし、とても清々しい…ということ。リゾート映画にあまりノれない自分がずっといたのですが、その理由はリゾート映画ではたいていは恋愛や性愛が主軸になるからでした。けれども本作はリゾートという理想が何を犠牲にしているのかを可視化させ(それは労働階級という社会構造の意味でも、恋愛伴侶規範やセックス至上主義的な意味でも)、主人公の青春はクィア含む百合めいた関係性の揺れ動きだけで後はささやかに結実する。

ラストカットのネイマのまっすぐな顔つきも合わせて、私にとっては本作は居心地のいいリゾート映画でした。

『わがままなヴァカンス』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 95% Audience 51%
IMDb
5.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
8.0

作品ポスター・画像 (C)Les films VELVET – France 3 Cinema

以上、『わがままなヴァカンス』の感想でした。

Une fille facile (2019) [Japanese Review] 『わがままなヴァカンス』考察・評価レビュー