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『きみの色』感想(ネタバレ)…シナスタジアな青春の色合い

きみの色

それぞれの色がある…映画『きみの色』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

英題:The Colors Within
製作国:日本(2024年)
日本公開日:2024年8月30日
監督:山田尚子
恋愛描写
きみの色

きみのいろ
『きみの色』のポスター

『きみの色』物語 簡単紹介

離島が近くにある全寮制のミッションスクールに通う高校生の日暮トツ子は、嬉しい色、楽しい色、穏やかな色など、幼い頃から人がそれぞれの「色」として見えていた。それでもマイペースで生きてきたトツ子は、同じ学校に通っていた美しい色を放つ同級生の少女と出会い、気になってしょうがなくなる。そして思わずバンドを組むと発言してしまい…。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『きみの色』の感想です。

『きみの色』感想(ネタバレなし)

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共感覚をアニメーションで

脳(神経)について非定型発達であることを指す「ニューロダイバーシティ(ニューロダイバージェント)」(もう少し詳しくは以下の記事を参照)。

ニューロダイバージェントな人たちに配慮した「色」があるというのを知っていますか? よく色覚多様性(いわゆる色覚異常)の人に配慮した「色」としてカラーデザインが検討されることはあるのですが、実はニューロダイバージェントな人たちにも無縁な話ではないのです。

一般的にハッキリした鮮やかな赤色・黄色など刺激を与える色は避けるべきとされています。かくいう私もそういう色は苦手なので、この「シネマンドレイク」のウェブサイトが淡い緑やピンクでカラーリングされているのは、そんな事情もあったりするのですが…。

一方で、ニューロダイバーシティと色の関係として忘れてはいけないのが「共感覚」です。英語では「Synesthesia(シナスタジア)」と呼ばれます。

これは言葉で説明すると難しいのですが、ある1つの感覚が別の感覚に接続して知覚する現象、またはその現象を経験する人を指します。

「色」に関連したもので説明するならば、ある文字を見るとそれに対応した色を自然と知覚したりします。もちろんその文字に実際に色がついているわけではなく、「まるで○○色のようだ」と比喩を口にしているわけでもなく、本人の認識の中で色が付随するように“感じる”ということです。他にも、音に色を感じたりする人もいます。

この共感覚はまだまだ研究不足で謎も多いのですが、確かに当事者は世界中に存在します。独特な知覚を発揮するので、アーティストにしばしばみられるという話もありますが…。

今回紹介する日本のアニメ映画は、作中で明言はありませんが、ほぼ共感覚の当事者を描いていると言い切っていいような主人公が登場する作品です。

それが本作『きみの色』

『きみの色』を監督するのは、根強いファンも多い“山田尚子”で、『たまこラブストーリー』『映画 聲の形』『リズと青い鳥』に続いて脚本の“吉田玲子”と手を組んでおり、アニメシリーズ『平家物語』以降の居場所となっている「サイエンスSARU」との制作になっています。

2014年に劇場公開された本作『きみの色』は、映画としては2018年の『リズと青い鳥』以来の久しぶりで、原作ベースのフランチャイズもしくはアニメシリーズの続編ではない完全な映画オリジナル作は初ということで、“山田尚子”監督の作家性が全開で解き放たれています。

主人公はキリスト教系女子高校に在学する女子で、「人が色で見える」という特性を持っています。かといって本作はその主人公がトラウマ的に悩んだり、孤立したり、差別を受けたりしているわけでもなく、あくまでその自身の特性をふんわりと受け止めながら、自分らしい青春を模索する穏やかな物語です。

作中ではバンドをすることになるのですが、“山田尚子”監督も関わった『けいおん!』のようなエンタメ性の濃いキャラクター作品とはまるで違っていますし、音楽コンテンツで売っていく要素は限りなくゼロです。昨今の潮流とはまるっきり逆を行くあたりがさすが我が道を突き進む“山田尚子”という感じ。

観ていて不安にならない色と物語とキャラクターのアンサンブルを楽しめる『きみの色』は、何でも「激しさ」がまかりとおるこの世界における、ホっと息をつけるお休み場所になるのではないでしょうか。

映画だって轟音と点滅の激しい作品ばかり観ていると自覚している以上に疲れやすいですからね。休ませてくれる映画です。

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『きみの色』を観る前のQ&A

✔『きみの色』の見どころ
★観る人を疲れさせないデザインと物語。
✔『きみの色』の欠点
☆抽象的な知覚を味わるかどうかで体験は変わる。

鑑賞の案内チェック

基本
キッズ 4.0
子どもでも観れます。
↓ここからネタバレが含まれます↓

『きみの色』感想/考察(ネタバレあり)

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あらすじ(前半)

海に面したある町。礼拝堂でひとりで座って祈りを呟いて捧げる日暮トツ子がいました。キリスト教系の虹光女子高校の3年生です。こうやって祈るのがなんとなく癖でした。

日暮トツ子は他の人と少し違うところがありました。一般的に人間は目に映った光の波長を「色」として認識し、さまざまな物や風景の色を捉えるもの。そうらしいということは日暮トツ子も知識として理解していましたが、日暮トツ子の見える世界は違いました。

日暮トツ子には目に入る他人が固有の「色」として見えていたのです。子どもの頃からそうで、絵を描けば明らかに人と異なる絵になり、「私もピンク色になりたい」と親の前で語って困惑させたりもしました。あの人はみかん色、あの人はブルー。その人特有の色を感じます。みんなそれぞれの色があって不思議です。

でも自分の色は見えません。どんな色なんだろう…。

そんな日暮トツ子は、同学年で別のクラスの作永きみのことが気になっていました。その彼女の色に引き込まれました。でも陰ながら見つめることしかできません。

ある日、体育の授業で、作永きみの色に見惚れるあまり、その投げたボールを顔面で受けてしまいましたが、やはりその作永きみの色の良さを実感するのでした。その日の夜の寮部屋でもあのときのことを思い浮かべて満足感に浸り、同部屋の友人に怪我な顔をされていました。

ところが作永きみがいなくなります。体育だけでなく、教室にもいません。思い切って聞いてみると退学したと知ります。突然のことで同級生も驚いたようです。いろいろな噂があるようですが、確かなことはわかりません。

学校の外を探しもしましたが見つけられません。

困ってしまってやはりいつもの定番のように学校の礼拝堂で祈っていると、先生でもあるシスター日吉子が心配して話しかけてくれます。日暮トツ子にはシスター日吉子も綺麗な色に見えます。

「本屋で働いているのを見た」という話だけを頼りにあちこちの小さな本屋まで探す日々が続きます。しかし猫を見かけて集中できなかったり…。

ところが猫についていくと、「しろねこ堂」という古書店に辿り着き、その奥で作永きみを発見します。作永きみはギターを手にしていました。探していたとは思われたくなくて気まずくなって日暮トツ子は咄嗟にピアノの楽譜の本を手にして誤魔化すと、「ピアノを弾ける」と言い切ってしまいます。

でも退学の理由は聞けません。ちょうどその時、店を訪れていた男子高校生の影平ルイは、その日暮トツ子と作永きみのわずかな会話から「2人は仲良くバンドを組んでいる」と勘違いしたようで、柔らかい口調で話しかけてきます。

影平ルイも綺麗な色でした。ボーっとした日暮トツ子は「自分たちのバンドのメンバーを募集している」と呟いてしまいます。しかも、意外なことに作永きみも「やりたい」と承諾するのでした。

こうして影平ルイの家がある離島へ行くことになり、そこで3人のバンド練習が始まりますが…。

この『きみの色』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2025/05/02に更新されています。
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ジャンルから離れる

ここから『きみの色』のネタバレありの感想本文です。

『きみの色』は「高校生がバンドをやる」という、その大まかな設定だけ聞くと「またそのタイプか」となるくらいに日本アニメ界隈では見慣れたものなのですが、いざ中身を覗けば、「こんなの今までなかったのでは?」と思うほど全然違いました。

まず「趣味アニメ」のジャンルにすらなっていません。確かに主人公の日暮トツ子はピアノも初心者レベルからのスタートだし、テルミンなんてなかなか見慣れない楽器もでてくるし、どうとでも趣味をとことん描く方向に進めるはずです。しかし、楽器の「How to」を入門的に描くことに主眼を置いていません。作詞作曲はするのですが、それは趣味とは違った方面で描かれることになります。

最終的には学校の学園祭「聖バレンタイン祭」にてバンド演奏をするという、これまたベタな展開がありますし、演奏のアニメーションも丁寧に描かれていますが、不思議とジャンルっぽさが薄めです。このシーンでの日暮トツ子もよく見るとそんなに上手く弾いているわけでもないですし…。

とにかくストーリー的に緊張をさせず、かといってアニメ界隈でよく評されやすい「ゆるさ」とも違う、何とも言えない空気感がありました。

また、本作は日暮トツ子と作永きみの女子同士の繋がりから始まり、それだけだと「ガールズアニメ」がゆったり幕開けしそうですが、そこに影平ルイという男子とみなされる存在がとてもフワっと異物感もなく加入してきます。“山田尚子”監督は女子たちに男子を混ぜ込んでも何の揺れもなく雰囲気を維持できるという技を持ってますね。

この影平ルイの表象も、既存の男らしさをほぼ感じさせません。数年前に兄が亡くなってその死をまた引きずっている感じが若干あるという裏設定に、このキャラクターの影がみえますが…。

そんな3人という最小構成の中、恋愛感情も見え隠れします。

わかりやすいのは、作永きみの影平ルイへの恋心で、古書店での視線といい、かなり前から意識していたことが示唆されますが、ラストの別れの場面であっても、その想いが具体的に口にされることはありません(「頑張れ」という平凡な言葉のみ)。

一方で、日暮トツ子の作永きみへの感情もじゅうぶんに恋心とみなせるくらいには、「作永きみ→影平ルイ」の描かれ方と対等、いやそれ以上にたっぷりに描かれてもいたのも特筆できます。

この男女と女女の異性愛&同性愛が三角関係的に錯綜していく感覚は“山田尚子”監督の過去作『たまこラブストーリー』を彷彿とさせます。

しかし、今作『きみの色』は日暮トツ子が主人公となっていることで視点が女女の関係軸に置かれます。女子2人の関係性に主軸を置いた『リズと青い鳥』の色調で、『たまこラブストーリー』を塗り替えたのがこの『きみの色』…そんなようにも思います。

ともあれ本作は露骨にわかりやすい「恋愛アニメ」のジャンルにもなっていません。

それは深読みすれば本作がキリスト教系の学校の傘下にあるからだとも言えます。本作はミッションスクールの描かれ方は全体的にふんわりしたオクシデンタリズムなのですけども、ひとつだけ距離をとるのが恋愛に対してです。作中で言及されるとおり、日暮トツ子が通う学校は交際禁止(異性愛前提)で、それを踏まえると作永きみの退学の心情も透けてみえます。

恋愛の感情を表沙汰にできない世界で、気持ちの吐露に迷う高校生たちを映し出していると考えることもできるでしょう。

こんな感じであらゆるジャンルのラベルからわざと離れてみせているのが『きみの色』なのかもしれません。

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自分なりの創作が自己理解に繋がる

『きみの色』でもうひとつ目立つのは、何よりも日暮トツ子の「人が色で見える」という特性。

日暮トツ子のその知覚はじゅうぶんに「共感覚」的なのですが、とくにそれで社会生活上の不都合が生じているわけではありません(実際の共感覚もそういうことが多く、ゆえに「障害」とみなされない傾向があります)。

ただ、日暮トツ子にしてみればその知覚に基づいた他者の認識があること、そしてそれは当たり前なのだということが本作ではゆるりと描かれます。センセーショナルにも、周囲を動揺させるような感じにも描かれません。これは結構、ニューロダイバーシティの描き方としても、多くの作品ができないでいる…大事なことだと思います。

この共感覚がアニメーションで描かれることの相性の良さといいますか、ただでさえ口では説明しづらい感覚が、このアニメーションの世界では色を駆使していくらでも表現できてしまう…。まるで日暮トツ子にとってはアニメーションの中のほうが自己を表現しやすい解放感があります。

だからこのアニメの中の日暮トツ子は妙に伸び伸びしているように“見える”んですね。

その日暮トツ子が音楽活動をするわけなのですけども、それであっても日暮トツ子の特性が安易にスーパーパワーになったり、天才的な能力として開花するわけでもないのがまた良かったです。

作詞作曲するのも色を認識しながらの徹底して日暮トツ子のペースが貫かれます。上手い下手とかではなく、自分を表現できることの楽しさです。

最終的には日暮トツ子は自分の色が見えたようで、創作が自己理解に繋がる過程をしっかり描き抜いていました。

キリスト教系の学校を舞台にしているゆえか、「嘘は罪であって罪ではない」「打ち明ける」「変えられないものを受け入れてみる」といった、教義的な話題が振られることも多いこの『きみの色』ですが、宗教的な解釈を要求するというよりは、完全に「自分がどうありたいか」というプライベートな話に専念していたなと思います。

それは日暮トツ子の特性の話でもありますし、前述した秘めた恋愛感情の話とも言えますし、受け取り方もいろいろです。本作は何かを否定せずにその多様な「色」をステキだねと言ってくれる優しさがありました。

『きみの色』でますます自己表現に磨きがかかった“山田尚子”監督の今後の作品が楽しみです。

『きみの色』
シネマンドレイクの個人的評価
8.0
LGBTQレプリゼンテーション評価
?(匂わせ)

作品ポスター・画像 (C)2024「きみの色」製作委員会 君の色

以上、『きみの色』の感想でした。

The Colors Within (2024) [Japanese Review] 『きみの色』考察・評価レビュー
#日本映画2024年 #山田尚子 #吉田玲子 #音楽アニメ #女子高校生 #音楽 #バンド #ニューロダイバーシティ #共感覚