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『バーチャルで出会った僕ら』感想(ネタバレ)…そこになら私の居場所がある

バーチャルで出会った僕ら

そしてあなたがいてくれる…ドキュメンタリー映画『バーチャルで出会った僕ら』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:We Met in Virtual Reality
製作国:イギリス(2022年)
日本では劇場未公開:2022年にU-NEXTで配信
監督:ジョー・ハンティング
自死・自傷描写 恋愛描写

バーチャルで出会った僕ら

ばーちゃるでであったぼくら
バーチャルで出会った僕ら

『バーチャルで出会った僕ら』あらすじ

新型コロナウイルスのパンデミックによって世界的なロックダウンが発生。多くの人々は隔離生活を余儀なくされ、日常における何気ない他者との直接的な交流は消えてしまった。そんな期間中、ソーシャルVRプラットフォーム「VRChat」が話題となった。そのユニークな世界に魅入られた人たちは、デジタル領域で人と会い、そこで友人や恋人を作ったりして日々を過ごしている。そんな彼らがVR世界で繰り広げる生活を追体験していく。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『バーチャルで出会った僕ら』の感想です。

『バーチャルで出会った僕ら』感想(ネタバレなし)

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コロナ禍でもそこには交流があった

2023年5月8日、長らく続いていたコロナ禍は日本でも大きな節目を迎えました。新型コロナウイルス(COVID‑19)の位置づけは「新型インフルエンザ等感染症(いわゆる2類相当)」とされていましたが、この日から「5類感染症」になりました。マスクの着用も「個人の主体的な選択を尊重し、着用は個人の判断に委ねること」を基本とし、検温や消毒液の設置なども一律で求めることはなくなりました。

と言っても6月になりましたが、日本の風景はそんなに変わっていません。多くの人はマスクをつけて外出しています。何よりも新型コロナウイルスの危険性自体が低下したわけではなく、相変わらず感染者は発生し続けていて収まる感じはありません。

それでも多くの人々はコロナ禍前の雰囲気に少しでも戻りたいと思っており、気持ちだけが浮ついている感覚でしょうか。別にコロナ禍前の時代が理想郷だったわけでもないのに、あの時代が懐かしく妙に理想化されてしまう…なんとも変な気持ちです。

しかし、コロナ禍の真っただ中でも時が停止していたわけではないです。あの2020年から2022年のとくにこの3年間。そこには上手くいこうがいかなかろうが、それぞれの人なりにドラマがあったはず。むしろ歴史においては「あの数年の間に私たちは何をしていたのか」…それこそが語り継がれていくのではないかな。

そんなあの数年間を記録にとどめるという意味において、このドキュメンタリーほどユニークなメモリアル性を有している作品は他にないかもしれません。

それが本作『バーチャルで出会った僕ら』です。

原題は「We Met in Virtual Reality」。あとこういう邦題は「僕ら」じゃなくて「私たち」にしてくださいよ。

このドキュメンタリーはとにかく異色も異色、現状は唯一無二と言っていい作品です。なにせ全編がバーチャル・リアリティ(VR)空間で撮影されているからです。

どういうことかと言うと、まず「VRChat」というソーシャルVRプラットフォームがあります。これはアメリカの「VRChat Inc.」によって運営されているサービスで、2014年にリリースされ、どんどんアップデートを繰り返して今も絶賛展開しています。「メタバース」と言われたりもするこの業界ですが、そのパイオニアです。

この「VRChat」は基本的にVR機器をプレイヤーは利用し(使わなくても参加はできる)、自分が操作するアバターを用意し、それを自らなりきるようにして、VR上の世界観にログインできます。そこでアバターとなった自分を操作し、他のプレイヤーと交流できるというのが主な売りです。

アバターは独自のものを作ってアップロードできるので、自分だけの存在になれます。今はフルボディトラッキングの技術もあるので、頭や腕だけでなく、全身や指先まで“動き”がアバターに反映され、本当に自分がそこにいるかのように動いて、身振り手振りで交流ができます。もちろん音声で交流しても良しです。

『バーチャルで出会った僕ら』はこの「VRChat」を日常的に利用している何人かのプレイヤーに焦点をあてて、その交流の様子を記録したものです。ちゃんとVR空間を撮れるカメラがあって、それで撮影しているので、結構本物の撮影と同様のカメラワークが実現しています。

VR技術はまだまだ発展途上ですからその途中経過を記録するという意味でも貴重ですし、全編を「VRChat」にて撮影された世界初の長編ドキュメンタリー作品としても希少です。ほんと、現実の場面が一切映らないので、「私は今これは何を見ているんだろう」という不思議な感覚に浸れます。

それだけではありません。本作はコロナ禍における「VRChat」でのプレイヤーの姿を映し出しているのが重要です。

ロックダウンによる隔離で現実世界での他者との交流が寸断されてしまった私たち。しかし、「VRChat」にはその交流がなおも息づいていて、ここに居場所を見つけることで“救われていく”…そんな人たちがいて…。

取材を受けているプレイヤーごとにそれぞれのバックグラウンドがあり、それは家族、友人、恋人、ディサビリティ、LGBTQ、性と死…実に多彩です。VR空間なのでアバターの動きは不自然にカクカクするし、時折突拍子もない動きも見せるのですが、そこには確かに生の息づくリアルな人間の人生があります。

自分の経験を基に「ここがなぜそんなに重要なのか」と語るプレイヤーの言葉は非常に説得力があり、ときに重々しく、ときに誰よりも雄弁で突き刺さります。しょせんはVRでしょ?とバカにできるものでは全くないです。VRに全然興味ない人でも面白いのではないかな。

また、このVRからの発信をとおして、この本編では一切映らない現実世界の問題点も浮き彫りになったり…。VR映画だけど現実(リアル)にもしっかり切り込んでいるんですね。

『バーチャルで出会った僕ら』は日本では「U-NEXT」で配信されています。

現実社会に疲弊してしまったときにこそ、このドキュメンタリーはオススメです。

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『バーチャルで出会った僕ら』を観る前のQ&A

✔『バーチャルで出会った僕ら』の見どころ
★VR空間で繰り広げられるリアルな人間模様とメッセージ。
✔『バーチャルで出会った僕ら』の欠点
☆VR業界の解説など社会時事問題としての掘り下げはない。

オススメ度のチェック

ひとり 4.5:あなたを肯定する
友人 3.5:一緒に遊びたくなる
恋人 3.5:遠距離恋愛もこれで?
キッズ 3.5:子どもが遊びたがるかも
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『バーチャルで出会った僕ら』予告動画

↓ここからネタバレが含まれます↓

『バーチャルで出会った僕ら』感想(ネタバレあり)

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カオスだけじゃない世界へようこそ

ここから『バーチャルで出会った僕ら』のネタバレありの感想本文です。

『バーチャルで出会った僕ら』は初めはVRらしく非常に混沌とした世界を映します。居酒屋で乾杯し喋り散らかし飲み明かす集団たち。「運転免許を持っていない」と言いながら、ぶつかっても、クラッシュしても、気にしない車の運転。個性豊かな見た目のアバターがわちゃわちゃし、なおかつ仮想空間なので現実ではあり得ない動きもできてしまうので、カオスさが極まっています。

でも、想像どおりの無法地帯を初めに映し出しておいて、次にいきなり全く別の側面を見せるというのがこのドキュメンタリーの仕掛けです。

そこでは、手話講座ダンス講座に参加し、律儀に真面目にスキルを磨いているアバターたちの姿がありました。もちろん相変わらずバラエティ豊かな見た目のアバターが集っているので絵面はカオスなのですが、それでもとてもコントロールされた空間がそこに佇んでいます。

ここからがこのドキュメンタリーの本領発揮です。

最初に、ピンク髪で丸眼鏡のアバターの「Jenny(ジェニー)」を通して手話講座を映すのですが、この対象を選んだのも、この世界のコミュニケーションの在り方を見せるためでしょう。

指先の細かい動きもトラッキングできるからこその手話講座。デフ当事者だけでない、多様な参加者が楽しめる環境があり、この「ヘルピングハンズ」という手話コミュニティだけで2000人も参加しているというから驚きです。「Ray(レイ)」のようなデフ当事者も講師として存在し、違和感なく溶け込んでいます。

また、現実では17歳からダンスをしてきたという「DustBunny(ダストバニー)」はVR空間上で踊りを教えており、簡単なベリーダンスはVRにも最適。たぶんアバターだからこそ人に見られる恥ずかしさがなく、ダンスを学びやすいのもあるのかな。

かたや「IsYourBoi(イズユアボイ)」が参加するダンスステージでは、ナイトクラブ的なセクシーなパフォーマンスがメインとなっており、大人向けのエンターテインメントとなっています。全身を大きく使う動きってリアルでも大変なのに、よくVR機器をつけてパフォーマンスできるなと感心してしまう…(IsYourBoiは最初に踊ったときは壁にぶつかって鼻血をだしたと言ってましたけどね)。

さらにインプロショーも行われていたりして、即興の腕を磨いている者もいたり…。

VRはただのおふざけの場ではない、スキル習得や芸術の場になっているという紛れもないひとつの側面を提示し、私たちのVRへの“下にみる”ような先入観を突き崩すのでした。

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現実の人生にも波及する

VRでも現実と遜色ない、いや、それ以上の多様なコミュニケーションが成立し、文化がそこにあることを描く『バーチャルで出会った僕ら』はもっとさらに踏み込みます。

つまり、VRの交流はただのその場だけのコミュニケーションにとどまらない、それこそ現実の人生そのものに波及するイベントを引き起こすということ。

そのエピソードの代表として選ばれているのが、まず「DustBunny(ダストバニー)」「Toaster(トースター)」のカップル。この2人はもともとVRのk-popクラスで出会い、現実でも対面していたカップルでしたが、コロナ禍の隔離生活ですぐに会えなくなってしまいます。

事実上の強制遠距離恋愛(そうなったカップルは世の中にはいっぱいいたと思いますが)。それでも「DustBunny(ダストバニー)」と「Toaster(トースター)」の愛の熱は冷めないのは、やっぱりVRのおかげ。

私もVRの現行の技術に本作を見て驚きましたけど、結構いろいろな親密なスキンシップの動作ができてしまうのですよね。正直、あそこまでできてしまうなら現実で出会わなくても全然平気というのも確かにわかる。ひとめも気にしなくていいし、究極の自分たちだけのラブラブ空間を構築できるんですから。

そしてお次は「IsYourBoi(イズユアボイ)」「DragonHeart(ドラゴンハート)」のカップル。この2人にいたっては現実で出会ったことすらない。「IsYourBoi(イズユアボイ)」はイギリス、「DragonHeart(ドラゴンハート)」はアメリカにいるので、正真正銘の遠距離恋愛(VRオンリー)です。

しかし、そんなのは気にならず、「DragonHeart(ドラゴンハート)」からのプロポーズで「IsYourBoi(イズユアボイ)」との結婚を誓い、VR上でまずは結婚式。ちなみにこの2人は後にちゃんと現実世界で対面できたようです。

関係性としては普通のカップルを追いかけたドキュメンタリーになっているのですが、この「普通」がちゃんとVR上で展開しているから特筆できるわけで…。

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曖昧な世界での自己表現

『バーチャルで出会った僕ら』は恋愛だけをことさら取り上げるのに終わらず、多様な人間のアイデンティティがこのVR空間だからこそ肯定されるという実情をも示します。

例えば、アルコール依存症だったと告白する「IsYourBoi(イズユアボイ)」や、多くの音があると聞き取りにくくなる聴覚情報処理障害の「Jenny(ジェニー)」。

「Jenny(ジェニー)」はさらに自分が2019年の夏に自殺未遂をしたことがあるとまで過去を語り、このVRの場が“生”の次のステージとなったことを明かしてくれます。

また、その「Jenny(ジェニー)」の友人のデフの「Ray(レイ)」は兄が自殺した経験を打ち明け、あの手話講座のコミュニティが支えになってくれたと手話で説明。

このVRは決してメンタルヘルスをサポートする専門の場でないですが、間違いなくその役割を果たせる面もあることが証明されていました。

それに恐竜サファリパークを楽しんでいた「Scout」「MooseStash」「Kevin」「DylanP」の4人。みんな人間型でないアバターを利用しており、この世界での自己表現の可能性を自分なりの言葉で語っていました。とくに「DylanP」はノンバイナリーで、「ミスジェンダリングもここにあるけど、現実とは違う感覚がある」「自分を流動的に表現できる」「社会からの期待を気にしなくていい」と言っていましたが、確かにこれはこのVRの特有の土台ですよね。

現実世界は「出生時に割り当てられた性別」や「自分のそう簡単に変えられない容姿」を引きづって生活することを余儀なくされてしまいます。それは隔離生活以上にある人にとっては苦しい現実です。どうしてこの現実を押し付けられないといけないのか…。VRは完璧な理想じゃないけど、その現実とは違う“曖昧な”世界観ルールで生きられる。その感触が何よりもいいんですよね。

私もそれをあらためて知ってしまうと、今からでも「VRChat」を始めたくなってしまうなぁ…。

「Jenny(ジェニー)」が最後に語る、「純粋に人間性に恋することができます。実際の顔を知らなくても本質を知れます。深い部分で繋がれます」という言葉にはハっとさせられるものがありますし、現実世界の欠点について考えないといけない部分でもあると思います。VR世界から学べることもあるはずですから。

ただ、『バーチャルで出会った僕ら』はこの「VRChat」の世界をどっぷり浸かっているプレイヤー視点で語っているのであり、どうしても理想性をそこに見い出しがちですが、当然そんな単純でもないです。

例に挙げるなら、この「VRChat」でも運営会社はコンテンツ・モデレーションに苦労しており、プレイヤーは信頼度に応じてランク分けされ、ハラスメントや差別行為を管理する仕組みが備わっていますが、完全に機能しているわけではありません。これは現実でもVRでも永遠の課題です。

それにVR市場にもっと大企業がガンガン関わることになればどうなるのかも不透明です。あの現時点における「VRChat」は一種のまだニッチな空間だからこその“居場所の空き”がありますよね。

日本では「Vtuber」が今や空前のバブルですが、それも言ってしまえば資本主義による競争原理で成り立っており、見えづらい労働環境など、裏では問題が実は山積みです。「Vtuber」はVRの構造がとくに先鋭化している業界のひとつだと思います。

『バーチャルで出会った僕ら』で映し出されるあの「ここにしかない自分の居場所」というのが、平和かつ永続的だと嬉しいのですけど、それも含めて今後もVRは目が離せません。VRこそがリアルになり、私たちのリアルの境界を揺さぶるのはそう遠くない気もします。

『バーチャルで出会った僕ら』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 94% Audience 63%
IMDb
6.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
8.0
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関連作品紹介

コロナ禍を題材にしたドキュメンタリーの感想記事です。

・『ニューヨーク 第1波』

作品ポスター・画像 (C)HBO ウィー・メット・イン・バーチャル・リアリティ バーチャルで出会ったぼくら

以上、『バーチャルで出会った僕ら』の感想でした。

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